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【70万PV突破】傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む  作者: かずまさこうき
第十章 狂信編

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第203話 決断

 八月中旬。アルノー中将は、イの国王都の跡地に設営された本陣の天幕で届けられた一通の書状を前に、美しく整えられた眉を微かにひそめていた。

 書状には、見慣れたクライナイン王国の印が押されている。しかし、そこに記された内容は、彼の完璧な計算を根底から狂わせるものだった。


「……指揮権を次席のマカーリオ少将に委譲し、私単身で王都へ帰還せよ、ですか」


 信じがたい事実に、アルノーの薄い唇から低い声が漏れた。

 マカーリオは、元クムーラーナ共和国出身の傭兵団の隊長であり、同国攻略時に彼の幕僚へと引き入れた男だ。


「何故だ。私は陛下の意向通り、最も効率的に不要な民を掃除し、この国を真っ新な更地にしたというのに。何故、凱旋ではなく、単身での召還なのだ」


 書状を握りしめた手に力が入り、アルノーは珍しく苛立ちを露わにした。傍らに控える副官のエディ・ベケ少佐が、重苦しい声で応じる。


「閣下、これは……。残念ながら、命令違反を咎められるものかと推察いたします」

「命令違反? 無抵抗の者を意図して殺してはならないという、ジャックからの命令のことですか? 私は街の周囲に火を放っただけで、彼らは逃げずに勝手に焼け死んだのです。完全な不可抗力だ。それに、あのゲオルクのように勝手な振る舞いをしても許されているではないですか!」


 アルノーは、自身の発した言葉が完璧に論理的であると信じて疑わなかった。しかし、エディは静かに首を振る。


「しかし、この陛下の命令書は閣下宛てに直接届いたものです。ミレーヌ陛下には、慈悲というものがありません」


 エディの言葉に、アルノーはハッとした。


(確かに、あの陛下が、わざわざ単身で呼び寄せた私を無条件で許すとは思えない。王都に戻れば、間違いなく粛清されるだろう)


 焦燥がアルノーの胸の内を駆け巡る。だが、すぐに彼の優れた頭脳が一つの違和感に気づいた。


「しかし、そもそも一軍の将を解任し召還するという重大な命令に、勅使が来ないのは何故ですか? 手紙一つで済ませるというのは、あまりにも不自然で非合理的だ」


 アルノーの疑問に、エディが声を潜めて囁いた。


「もしかしたら……閣下の大功を妬んだ者が、陛下の名を騙って作成した可能性もありますが……」


 その瞬間、アルノーの脳裏に様々な推測が閃いた。


(本当に、陛下が自ら作成した命令書なのか? ジャックか? いや、あの実直な男にそんな小細工ができるはずがない。では、常に陛下の側にいるレベッカか……。となると、陛下はすでに、あのような佞臣たちに手玉に取られ、正確な判断力を失っているということか……)


 王都の権力闘争に巻き込まれ、自分の輝かしい功績が泥に塗れようとしている。


(このまま召還に応じれば、私の命は無い。仮に命は取られなくとも、軍籍は剥奪されるだろう。私がこれまでに踏み越えてきた死体も、重ねてきた努力も、すべてが無駄になる)


 アルノーの握りしめた拳が微かに震える。それを見たエディが無念そうにつぶやいた。


「残念です。一国をこれほど容易に滅ぼせる、偉大なる一軍の将になられた閣下が、このようなことになるとは……」


――一国を滅ぼせる。


 その言葉が、アルノーの狂気じみた野心を決定的に燃え上がらせた。


(そうだ。一国を滅ぼせるのだ。あの女に出来て、私に出来ないはずはない。ましてや、佞臣たちの言に惑わされるようになった女など、もはや王の器ではない)


 アルノーの頭の中で、次なる盤面が急速に組み上げられていく。


(ゲオルクの軍団は現在、北方のギルディン都市連邦の攻略にかかりきりですぐには戻れない。王都を守るのは、ジャックの軍と直轄軍のみ。柔軟性に欠けるジャックなど、私の敵ではない。ジャックを葬ったあとに、直轄軍を撃破し、あの女を玉座から引きずり下ろせば……)


 アルノーの顔から苛立ちが消え去り、澄み切った笑みが浮かんだ。


「私が、この世界の新たな支配者になります。手始めにあの女を殺す」


 アルノーの静かな、だが確固たる宣言に、エディが息を呑む。


「閣下……」


 狂気の決断を前に、エディは絶句したように見えた。アルノーは、そんな副官に涼しげな視線を向ける。


貴方(あなた)はどうします? 私を裏切り、今すぐあの女の元へ尻尾を振って行きますか?」


 すでに剣に手をかけたアルノーの問いに、エディは一瞬だけ目を伏せた後、顔を上げて真っ直ぐに上官を見据えた。


「いえ、閣下の元で引き続き働きたく思います。しかし……条件があります」

「条件とは?」


 反逆の徒に加担する対価。アルノーは、それが金や領地であろうと高を括っていた。だが、エディの口から出た言葉は、彼の予想をわずかに超えていた。


「事が成就した暁には、私を宰相にしてください」


 その途方もない要求に、アルノーは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに声を出して笑った。


「わかりました。私の右腕として働くのであれば、その程度の対価なら安いものです」


 アルノーは純白の手袋の皺を優雅に直すと、酷薄な声で命じた。


「すぐに、各部隊の高級士官たちをこの天幕に集めなさい。幸いなことに、彼らは我が国に併合された国々の出身者ばかりです。私の圧倒的な力を間近で見てきた彼らが、この申し出に『(いな)』とは言わないでしょうが……念のため、武装した伏兵を密かに手配しておくように」

「承知いたしました」


 エディが恭しく一礼し、天幕を後にする。

 一人残されたアルノーは、机上の地図に視線を落とした。彼の端正な顔には、世界を自らの手で作り変えるという、狂った信念に満ちた優越感が張り付いていた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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