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【70万PV突破】傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む  作者: かずまさこうき
第十章 狂信編

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第202話 命令

 八月に入り、灼熱の太陽が、王都クーロンヌ・ダルジャンの石畳を白く焼き焦がしている。

 だが、王宮の奥深くにある女王の執務室だけは、まるで真冬の極北のような絶対零度の冷気に支配されていた。

 情報庁長官マリユス・ピエールから提出された一枚の羊皮紙を、ミレーヌ・グラッセは無言で見つめている。常に完璧に整えられている彼女のアイスブルーの瞳が、ほんのわずかに、だが確実に揺らいでいた。


(……五十万以上の人民を、王都ごと焼き殺し、根絶やしにしただと?)


 報告書に記されたアルノー・ルベ中将の凶行は、ミレーヌの理解の範疇を完全に超えていた。

 確かに、ミレーヌの両手は血に塗られている。だが、それは彼女が目指す新しいシステムを構築するために、敵対する勢力などを排除をしてきた結果に過ぎない。しかし、五十万という数は、ただの数字ではない。国家の基盤となる労働力であり、富を生み出す生産力であり、将来の徴税対象である。それを、自国の将が何の生産性もない灰に変えたのだ。


(何を考えているのか……)


 ミレーヌは微かに眉間を寄せ、小さく息を吐き出した。怒りよりも先に、為政者としての冷徹な自己批判が脳内を駆け巡る。


(いや、あの男を重用し、一軍の将に任命したのは他でもない私だ。細かい指示を出すことはアルノーが萎縮し逆効果になると思ったが、完全に私の判断ミスだ。よって、今回の失敗は、すべて私の責任に帰結する)


 起こってしまったことは後戻りできない。同じ過ちを繰り返さないためにも、なぜこのような判断をしたのかを確認する必要がある。


(そもそも、アルノーがなぜこのような致命的な失敗をしたのか。再発防止の観点から、直接本人から話を聞かないと)


 ミレーヌは、感情を排した平坦な声で、室内に控えていたレベッカへと指示を飛ばした。


「ジャックを呼びなさい」


 ほどなくして、軍の総司令官であるジャック・レルネ大将が重厚な扉を開けて姿を現した。


「お呼びでしょうか、陛下」

「ええ。軍の総司令官である貴方の名で、直ちにアルノーを召還しなさい」


 ミレーヌの言葉は短く、有無を言わせぬ響きを持っていた。ジャックは深く首を垂れる。


「はっ。至急、手配いたします」


◆◇◆◇


 数日後。すべてが灰と化し、黒い煤の不快な臭いが立ち込めるイの国の中枢跡地。

 アルノーは設営された本陣の天幕で、汚れなき純白の手袋をはめ直し、不快な煤の臭いに微かに顔を顰めていた。


「閣下。本国のジャック大将より、至急の命令書が届いております」


 副官のエディ少佐が、緊張した面持ちで筒を差し出す。アルノーは涼しい顔でそれを受け取り、文面に目を通した。次の瞬間、彼の端正な顔に、三日月のような歪な笑みが張り付いた。


「……なるほど。王都へ帰還せよ、ですか」

「ジャック大将からの、直接の召還命令ですね」

「ええ。あの亀のように守るしか能のないジャックめ。私がこれ以上、華々しい戦功を立てるのがひどく妬ましいらしい。自分の地位が脅かされると焦っているのでしょう」


 アルノーは、鼻で笑いながら羊皮紙を無造作に机へ放り投げた。


(狂信者を効率的に処理した芸術的な手腕は、前時代的なジャックには理解できまい。その恐れが今回の妨害か……)


「何とお返事いたしますか?」

「適当な理由をつけて断りなさい。『現在、残党狩りの対応で忙しく、陣を離れるわけにはいかない』とでも」

「……しかし、総司令官からの直接の命令を拒否するのは」

「かまいません。私の主君はミレーヌ陛下ただ一人。嫉妬に狂った上官の命令など、聞く耳を持つ必要はありませんよ」


 アルノーは、自らの正当性を微塵も疑うことなく、暗い野心を孕んだ瞳で外の焦土を見つめていた。


◆◇◆◇


「……アルノーが、召還を拒否いたしました」


 再び王宮の執務室。ジャックの苦渋に満ちた報告が、重苦しい沈黙の中に響き渡った。 ミレーヌは、書類へ向けていた視線をゆっくりと上げた。


「なぜ?」

「はっ。『現在、残党狩りの対応で忙しく、陣を離れるわけにはいかない』とのことで……」


 バァン!!


 突如、ミレーヌが黒檀の机を拳で激しく叩いた。

 その巨大な音に、常に冷静沈着なジャックの肩がビクッと跳ねる。


「残党狩りだと……っ!」


 普段は氷のように冷徹な女王の顔が、この時ばかりは怒りで歪んでいた。その場にいた全員が、呼吸すら忘れるほどの圧倒的な感情の爆発だった。


「非武装国家の国民を根絶やしにしておいて、一体どんな反抗手段を持った『残党』がいるというの!」


 ミレーヌの張り上げた声が、壁に反射して鋭く木霊する。

 あまりの剣幕に、ジャックは深く頭を下げた。


「申し訳ございません」


 数秒の重い沈黙。ミレーヌは深く息を吸い込み、強制的に自らの激情を冷却した。


「……いや、ジャックが謝る必要はないわ」


 平坦な声色を取り戻したミレーヌに、傍らに控えていたレベッカが一歩前へ進み出た。


「陛下。この件に関連して、気になる投書が届きました」

「投書?」

「はい。匿名ではありますが、『アルノー中将に明らかな叛意あり』との告発文です」


 レベッカの言葉に、ミレーヌはスッと目を細めた。軍を持たない国を灰燼に帰し、総司令官の召還命令を虚偽の理由で拒否。さらに、匿名からの謀反の告発。


(……増長した駒。私が見誤ったのか……)


 ミレーヌの脳内で、あらゆる可能性が交錯する。あの男の精神構造が、私の計算式を完全に逸脱したとでもいうのか。


(いや、憶測だけで駒を捨てるのは早計よ。本人の弁を直接聞かないことには、正確に判断はできないわ)


 ミレーヌは、盤上の不規則な動きを見せる駒の真意を確かめるために、決断を下した。


「レベッカ」

「はっ」

「私の名前で、アルノーの召還状を作成して送付して。あわせて、軍の指揮権は直ちに次席に委譲するようにと記すのよ」


 ミレーヌの底冷えのする蒼い瞳が、鋭く光を放つ。


「承知しました」


 レベッカが淀みなく応じ、手配のために踵を返して退室しようとした。その背中に向けて、ミレーヌが声をかける。


「使者は派遣せず、今回は伝書鳩と早馬で届けなさい。時間が勿体ないわ」

「御意に」


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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