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【70万PV突破】傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む  作者: かずまさこうき
第十章 狂信編

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202/223

第201話 焦りの業火

 七月の王都クーロンヌ・ダルジャン。街には先日盛大に執り行われた「女王誕生祭」の熱気と祝祭ムードが色濃く残っているというのに、王宮の奥深くにある執務室は、玉座の主が放つ強烈な不機嫌さに支配され、まるで真冬のような冷気が漂っていた。

 重厚な扉が開き、大将ジャック・レルネが足早に入室した。室内にはすでに、宰相レベッカと情報庁長官マリユスの二人が、緊張した面持ちで控えている。


「お呼びでしょうか、陛下」


 ジャックが畏まって問いかけると、ミレーヌは眉をひそめたまま、無言で一枚の羊皮紙を突き出した。ジャックは恭しく受け取り、そこに記された文面に視線を落とす。直後、歴戦の将である彼の目が見開かれた。


「こ、これは……」


 そこには、イの国へ侵攻したアルノー・ルベ中将の軍が、住民一万人以上を虐殺したという凄惨な事実が記されていた。


「アルノーからの定期連絡は来ているの?」


 射殺すような鋭い視線で睨まれ、ジャックは冷や汗を流しながら首を横に振った。


「申し訳ございません。あちらからの報告は全く入っておりませんが……この内容は確かなのでしょうか」

「うちの諜報員から直接届いた、紛れもない事実です」


 マリユスが硬い声で補足した。ミレーヌは深くため息をつき、ひどく冷ややかな目で虚空を睨みつける。


「……殺せばいいというものではないわ。人民は国家の重要なリソースよ。生産力という基本概念を、あの男は理解しているのかしら」


 ミレーヌの独白に、三人は押し黙った。確かに、彼女はこれまでの覇道において、使えない特権階級や反逆の意を示す者は容赦なく処断してきた。しかし、国家の土台となり富を生み出す平民を、無意味に虐殺したことなど一度もない。アルノーの行いは、ミレーヌの掲げる絶対的な「合理性」から大きく逸脱していた。


「ジャック。直ちに定期連絡の義務を怠ったことを咎め、連絡の徹底を厳命しなさい。あわせて、無抵抗な民の虐殺は厳禁だと伝えなさい」

「承知いたしました。すぐに通信施設を使って……」

「待ちなさい」


 ミレーヌは、底知れぬ深みを持つ蒼い瞳を向けて、ジャックの言葉を遮った。


「言うまでもないことだけれど、オセロ型通信は、中継する下級兵士たちにも内容が筒抜けになるわ。自国の将が無抵抗の住民を虐殺しているなどという事実が漏れるのは、統治上極めて不都合よ。今回は、貴方が直接書いた手紙を、伝書鳩や早馬を使って密かに送りなさい」

「御意に」


 ジャックが恭しく頭を下げる。ミレーヌは右手で軽く払うような仕草を見せ、レベッカたちに退室を促した。重厚な扉が閉まり、一人残されたミレーヌは執務室に籠ったまま、その日は誰とも面会することはなかった。


◆◇◆◇


 乾いた風が吹き荒れる、イの国の荒野。アルノーは、純白の手袋をはめた手で、軍服に付着した見えない汚れを神経質に払い落としていた。彼が率いる九万の軍勢は、ついにイの国の王都を目前に捉えていた。しかし、その道程は異様なものだった。抵抗しない狂信者たちが自ら壁となって立ち塞がり、それを機械的に排除し続けた結果、これまでに彼らが「処理」した住民の数は、優に七万人を超えていた。

 血と臓物の臭いが染み付いた兵士たちは、精神の限界を迎えつつあった。無抵抗な者をひたすら殺し続けるという狂気の作業は、歴戦の兵の心すら容易く蝕んでいた。

 本陣の天幕で、アルノーは美しいハニーブロンドの髪を撫でつけながら、届いたばかりの小さな筒を受け取った。副官のエディ・ベケ少佐が、緊張した面持ちで見守っている。


「ジャック大将からの書簡です。何と?」


 文面を一瞥したアルノーの口角が、微かに、そして冷酷に吊り上がる。


「……定期連絡を怠ったことへの叱責と、今後は無抵抗の住民を虐殺するな、とのことです」


(ジャックめ。安全な王都でふんぞり返っているだけでは飽き足らず、私がこの戦で圧倒的な大功を立てるのを阻止しようと、小賢しい横槍を入れてきましたか。狂信者を最も効率的に処理した完璧な最適解が、前時代的なジャックには理解できるわけがない)


 アルノーの涼しい瞳の奥に、どす黒い野心が渦巻く。


「閣下、何とお答えしますか?」

「『承知した』とだけ伝えなさい」

「それだけで、よろしいのですか?」

「もちろん。……ああ、それと、我が軍はこれより、王都を即座に攻略します」


 その涼しげな宣言に、エディ少佐は思わず目を見開いた。


「す、すぐにですか! 王都にはすでに住民が全国民五十万人は集まっています。このまま周囲を取り囲み、兵糧攻めにすれば、いずれ飢えて降伏するはずですが……」


 アルノーは、エディの凡庸な進言を鼻で笑った。


(兵糧攻めは時間が掛かりすぎる。時間をかければかけるほどジャックから必ず鬱陶しい横槍が入る。それに、我が軍の兵士たちも、この薄気味悪い狂信者相手に精神的に参っている。ここは、短時間で最も効率的に一掃するしかありません)


「火攻めをします」


 アルノーの薄い唇から紡がれた言葉に、エディは凍りついた。


「ひ、火攻めですか……! しかし、先ほどジャック大将から、虐殺をするなという厳命が下ったばかりでは……」

「エディ少佐。虐殺というのは、あくまで『意図して』殺すことを指すのです」


 アルノーは、純白の手袋を見つめながら、まるで子供に言い聞かせるような優しい声で理屈を展開した。


「私はただ、街の周りに火を放つだけです。普通の人間なら、火を見れば当然逃げるでしょう? しかし、彼らが逃げずに勝手に焼け死んだとすれば……それはこちらが意図した死ではなく、単なる『不可抗力』です。違いますか?」


 その狂気を孕んだ完璧な詭弁に、エディはもはや反論する言葉を持たなかった。


「……かしこまりました。すぐに手配いたします」


 数刻後。アルノーの命を受けた兵士たちは、王都をすり鉢状に囲むように枯れ木や油を積み上げ、一斉に火を放った。イの国の建築物は、そのほとんどが木造である。放たれた火は乾燥した秋の風に煽られ、瞬く間に巨大な炎の壁となって王都全体を飲み込んでいった。

 小高い丘の上から、アルノーはその業火を涼しい顔で見下ろしていた。空を焦がすような猛火の中にあっても、不思議なことに悲鳴一つ聞こえてこない。五十万の狂信者たちは、逃げ惑うこともなく、ただ静かに「天の意向」に従って灰へと変わっていくのだろう。


(陛下は、優れた方ですが……このような狂信者を使いこなすことは不可能です。ならば、根絶やしにして消し去ってしまえば良いだけのこと。この極めてシンプルな最適解が、ジャックなどの頭の固い連中には理解できないのです)


 木々が爆ぜる音と、肉の焦げる不快な匂いが風に乗って漂う中、アルノーの端正な顔に恍惚とした笑みが浮かぶ。業火は三日三晩、王都を焼き尽くすまで消えることはなかった。女王サキャルをはじめとする国民たちは、誰一人逃げることなく、その命を天へと還していった。奇妙な静寂に包まれていたイの国の王都は、自己の信念に陶酔しきった将校の手によって、地図上から完全に消滅したのである。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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