第199話 労務管理
女王の執務室には、宰相レベッカを筆頭に開発部門の文官が集まっていた。その黒檀の机の中央に鎮座しているのは、鈍い光を放つ鉄の筒――技術開発庁と王宮研究所が総力を挙げて完成させた、「後込め式新型銃」であった。
「陛下! ついに、ついに完成いたしましたぞ! 偉大なる叡智の結晶がここに!」
白衣を煤で汚した王宮研究所室長のホマン・ナヴァールが、目を血走らせ、唾を飛ばさんばかりの勢いで熱弁を振るっている。その背後には、技術開発庁長官のレーモン、工務庁長官のサミール、さらには宰相のレベッカと財務庁長官のカインが控えていた。王国の中枢を担う文官と技術のトップが勢揃いしている。
「うるさいわね、ホマン。もう少し静かに説明できないの」
ミレーヌ・グラッセは、冷ややかな視線でマッドサイエンティストを一瞥した。だが、その温度を感じさせない声も、今のホマンの耳には全く届いていなかった。
「ついに、ついにです! 陛下からご助言いただいた『薬莢』の着火問題を、我々は見事に解決したのです!」
ホマンとレーモンが辿り着いた機構は、真鍮で作成した薬莢の火薬が詰まった後端部分に小さな横穴を空けるというものだった。銃の撃鉄が落ちて火花が散った際、その火花が横穴を通じて薬莢内部の火薬へと導かれ、発火して弾丸を打ち出す仕組みである。発射時の爆発による圧力で真鍮の薬莢が瞬間的に膨張し、銃身との隙間を完全に塞ぐことで、ガス漏れを防ぐことに成功していた。
「よくやったわ。それで、実用試験の結果はどうだったの?」
ミレーヌが淡々と問うと、ホマンの背後からレーモンが一歩前に出た。普段は気弱な彼は、神妙な顔つきで報告する。
「問題が一つございます。百発撃って、十五回程度、不発が発生します」
「八十五パーセントの成功率か……。もっと高められないの?」
ミレーヌが値踏みするような目で尋ねると、ホマンが勢いよく身を乗り出した。
「おお、確かに! すぐに研究所へ持ち帰り、更なる改良の実験を……!」
「室長、待ってください」
暴走しようとするホマンを、レーモンが落ち着いて制止した。
「初期の試作品では不発率が三十パーセントもありました。現場から集めた膨大なデータを基に、薬莢の素材の配合や、火花を導く横穴の角度など、ミリ単位での改良を重ねてようやくここまで高めたのです。現行では、これが限界です」
「そう……。連射性能は?」
ミレーヌは、静かな瞳でレーモンを見据えたまま質問を重ねる。
「撃つだけの動作であれば、一分間に十回以上は可能です。しかし、実戦での不発率や、敵に狙いを定める時間を考慮しますと、一分間に七回から八回程度が現実的な数字かと」
その報告を受け、ミレーヌは小さく顎を引き、脳内で素早く計算した。従来の先込め式マスケット銃の連射速度は、熟練の兵士であっても一分間に三回程度が限界である。それが、一分間に七発から八発。不発のリスクを考慮しても、倍以上の圧倒的な弾幕を張ることができるのだ。
「射程距離はどうなの?」
ミレーヌが顔を上げる。
「施条と椎の実型の弾丸のおかげで、従来の倍以上の距離であっても、十分な殺傷能力を維持しております」
「分かったわ。ホマンとレーモンは、今後も不発率の低減をさらに研究しなさい。それで……サミール」
ミレーヌの射抜くような視線が、工務庁長官へと向けられた。
「は、はいっ!」
「この後込め銃を大量生産するとして、月にどの程度作れそうなの?」
サミールは、額に滲んだ汗を無骨な手で拭いながら、渋い顔で答えた。
「……構造が今までよりも格段に複雑になりました。特に銃身内部のライフリングの加工には、熟練の職人でもかなりの手間がかかります。銃本体は月産一千丁程度が限界かと。また、弾丸についても、真鍮の薬莢の精密な加工が難しいため、月産五万発くらいが精一杯でございます」
サミールとしては、現状の設備と人員をフル稼働させた上での、かなり強気な見積もりのつもりだった。しかし、一切の妥協を許さない女王の眼差しは、その数字をあっさりと否定した。
「銃は月産三千丁、弾丸は最終的には月産五十万発にしなさい」
「なっ……! さ、さすがに、それは無理かと……!」
サミールは思わず悲鳴のような声を上げた。要求された数字は、彼の提示した限界値の三倍から十倍である。
「理由は?」
「そもそも、それだけの生産ラインを回すための職人も労働者も圧倒的に足りません……それに、私は現在、全土の街道拡張工事や、陛下肝煎りのオセロ型通信設備の整備も並行して陣頭指揮を執っているのです! これ以上は、私の体がいくつあっても足りません!」
悲痛な叫びを上げるサミール。確かに、彼は土木工事から兵器生産まで、国家のインフラのほぼすべてを背負わされていた。ミレーヌは退屈そうに頬杖をつくと、傍らに控える金髪の宰相へと視線を流した。
「レベッカ、何か良い案はあるかしら?」
水を向けられたレベッカは、一糸の乱れもない姿勢のまま、感情を一切排した平坦な声で答えた。
「人員につきましては、旧体制下の六カ国を併合したことで、労働力は豊富に存在します。全土から好条件で募集をかければ、数はどうにでもなります。ただし、生産用の工房を大幅に拡張する必要がございますので、ラインの本格稼働までには二ヶ月程度の時間が必要かと存じます」
「サミールの負担については?」
「サミール長官が多忙を極めている件につきましては、組織の再編をご提案いたします。工務庁の下に新たに『土木局』と『製造局』を新設し、それぞれに局長を配置して、工務庁長官の権限を一部委譲すれば、長官の負担は劇的に軽減され、問題なく回るかと」
レベッカの淀みない解決策に、ミレーヌは微かに口角を上げた。
「人選は?」
「有能な官僚や現場を束ねられる職人の候補は、人材登用局のリストに何人も挙がっておりますので、ご安心を」
「予算は?」
「六カ国併合により、我が国の税収は飛躍的に向上いたしました。初期投資の費用はカインに任せていただければ、全く問題ありません」
レベッカが視線を向けると、隣に立つ財務庁長官のカインが、胃の辺りをそっと押さえながらも涼しい顔を作って「なんとかなります」と深く頷いた。
「完璧ね」
ミレーヌは満足げに頷き、サミールへと向き直った。
「聞いたわね、サミール。新設する局長の人選はあなたに任せるから、レベッカと相談して後で私に報告しなさい」
その言葉を聞いた瞬間、今まで疲労困憊で死にそうな顔をしていたサミールの表情が、パッと花が咲いたように輝いた。
「レ、レベッカ宰相と、直接相談していいのですか!」
彼の声は裏返り、無骨な顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「……当たり前じゃない。組織の再編なんだから、宰相と相談するのは当然でしょ」
ミレーヌが怪訝な顔で答えると、サミールは直立不動の姿勢をとり、弾んだ声で叫んだ。
「承知いたしました! このサミール、粉骨砕身、命を懸けて必ずやご期待に応えてみせます!」
意気揚々と胸を張るサミールの姿を見つめながら、ミレーヌは内心で首を傾げていた。
(……そんなに嬉しかったのかしら?)
前世の記憶――ブラック企業で理不尽な業務を押し付けられ、評価もされずに擦り切れていったOL「幅下香織」としての経験が、彼女の思考を巡らせる。
(そうよね。土木工事に通信網の整備、さらに新兵器の大量生産まで一人に丸投げなんて、いくらなんでもオーバーワークすぎたわ。権限を委譲して自分の負担が軽くなったことが、あんなに顔を輝かせるほど嬉しかったのね……。反省だわ。いくら優秀な駒でも、潰れてしまっては元も子もない。今後は、駒たちの労務管理とワークライフバランスをもっと真剣に考えないと)
部下の純情な恋心など微塵も察することなく、冷徹な女王はひとり、見当違いな『現代的組織論』の反省に耽っていた。
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