表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【70万PV突破】傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む  作者: かずまさこうき
第十章 狂信編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

194/223

第193話 宰相と商業長官

 二月の凍てつく風が、王宮の厚い窓ガラスを容赦なく叩きつけていた。

 暖炉に赤々と火が熾されている室内は、御前会議特有の重厚で厳粛な空気に満ちていた。財務庁長官のカインは、指定された己の席で小さく息を吐き、制服の上からこっそりと胃の辺りを押さえた。連日の激務と主君の威圧感により、ここ最近、彼の胃腸はキリキリと締め付けるような痛みを絶えず訴え続けている。

 今日は、国家の最高意思決定機関である御前会議の日である。

 上座には、プラチナブロンドの髪を美しく結い上げた女王ミレーヌ・グラッセが、玉座に深く腰を沈めていた。そのすぐ隣の特等席には相変わらず義賊のリナが気だるげに腰を下ろしており、向かいには金髪をきっちりとまとめた宰相のレベッカが控えている。長机には大将のジャックやゲオルク、中将のアルノー、そして商業庁長官のラウールらが顔を揃えていた。

 議事が本格的に始まる前、レベッカが手元の書類から視線を上げずに口を開いた。


「陛下。本日の議題に入る前に、各位に報告すべきことがございます」

「そうだったわね。構わないわ」


 ミレーヌが、凪いだ海のように静かな声で促した。レベッカは立ち上がり、感情を一切排した平坦な声で宣言する。


「来月より、我が領内で生産される『塩』と『鉄』について、国家がすべてを買い上げ、直接販売する専売制度を施行いたします。すでに陛下のご裁可は得ております」


 その言葉が響いた瞬間、長机の一角からガタッと椅子が乱暴に引かれる音が鳴った。


「なっ……私はそのような話、一切聞いておりませんぞ!」


 立ち上がったのは、商業庁長官のラウールだった。普段の抜け目ない商人の笑みは消え失せ、恰幅の良い彼の顔には明らかな焦燥と怒りの色が浮かび、額には脂汗が滲んでいる。


(やっぱり、猛反発するよな……)


 カインは内心で深くため息をついた。彼は事前に、財務を預かる立場としてレベッカからこの制度の相談を受けていた。その際、「商業庁長官に事前の根回しをしなくてよろしいのですか」と再三にわたり進言したのだが、レベッカは「問題ない」と一蹴したのである。果たして、この修羅場がどう転ぶのか。カインの胃痛がさらに一段階、鋭さを増した。


「意見を聞く必要がありましたか?」


 レベッカの声音は、どこまでも冷ややかだった。


「私は商業庁長官です! 国家の商業にかかわる重大な制度を、こちらに何の確認もせずに実施するなど、到底信じられません!」

「商業庁の主な役割は、物価の統制や市場の振興政策だと理解しています。専売制の導入により国家財政は向上しますが、商業庁長官は、塩や鉄が専売になって何か『困ること』があるのでしょうか?」


 レベッカの視線が、刃のようにラウールを射抜いた。


(うわぁ……)


 カインは心の中で頭を抱えた。塩と鉄が専売になれば、それらを大々的に扱っているラウール商会の莫大な利益が国に吸い上げられ、商会の収入が激減するのは火を見るより明らかだ。だが、それをこの御前会議の場で、「商会の収入が減るから」と公然と反対できるわけがない。完全に退路を断つ言葉の刃だった。


「こ、困ることなどございませんが……専売制は市場の競争原理を破壊します。健全な競争が失われれば、結果として末端の価格が高騰する恐れが……」


 ラウールが商人の意地で反論を捻り出した。だが、その言葉を聞いた瞬間、カインはしまったと目を伏せる。


(あ、それ、最悪の失言だ……)


「価格が高くなる?」


 レベッカの声が、室内の温度を数度下げたように響いた。


「それは、我がクライナイン王国が、不当に価格を吊り上げ、民から利益を搾り取るために専売制を実施するとでも思っているのですか?」

「い、いえ、一般論を申し上げたまでです」

「国が直接管理することで、商人たちの不当な中抜きを排除し、『常に適正な価格で国民に供給し、生活を安定させる』のがこの制度の最大の目的です。……商業庁長官はまさか、一部の商人の利益のために、国民が不安定な価格の乱高下に怯えるほうが良い、とでも仰るおつもりですか?」


 息継ぎすら許さないレベッカの追及に、ラウールの顔色が土気色に変わっていく。


「毛頭そのようなことは思っておりません! 私が危惧しているのは、一部の商品を専売とした場合、商人たちが『他の商品も次々と専売になるのではないか』と疑心暗鬼に陥り、市場全体が冷え込むことかと……」

「クライナイン王国で最も大きな塩と鉄の取引をしているのは、ラウール商会ですね。長官、まさかとは存じますが」


 レベッカは言葉を区切り、絶対的な冷たさを持った瞳でラウールを見据えた。


「『国家の財政』よりも、『ご自身の商会の財布』が痛むことを憂慮されているわけではありませんよね?」


(痛烈すぎる……! 見ているこちらの胃が痛くなってきた!)


 カインは、長机の下で自分の膝を強く握りしめた。完全にラウールの息の根を止めにいっている。軍部のジャックは顎鬚を撫でながら気まずそうに視線を逸らし、ゲオルクは面白い見世物でも見るかのようにニヤニヤと笑い、アルノーに至っては退屈そうに己の手袋の皺を直していた。


「そ、そんなことは一言も申しておりません! 宰相閣下、今のご発言、明確な侮辱として取り消していただきたい!」

「二人とも、そこまで」


 激昂するラウールの声を、圧倒的な静寂が押し潰した。玉座から発せられた、体温を感じさせない冷ややかな一言。ミレーヌが、退屈そうに頬杖をつきながら二人を見下ろしていた。凍りつくような威圧感が会議室を支配し、全員の呼吸がピタリと止まる。


「ラウール」

「は、はいっ」


 ミレーヌの感情の読めない瞳が、静かにラウールを捕らえた。


「私の決定に、逆らうつもりなの?」

「い、いえ! 滅相もございません! 単に、専売制のデメリットを宰相閣下にお伝えしただけでございます!」


 ラウールは慌てて深く頭を下げた。


「そんなもの、レベッカは十分承知しているわ。塩と鉄の専売制は予定通り実施する。そして、この事業は宰相府に新たに設ける『専売局』に担当させるわ。ラウール、何か意見はある?」

「…………ございません」


 ラウールは、血が滲むほど強く拳を握りしめていた。本来であれば、商業に関わる専売は商業庁の管轄とし、少しでも商会に有利な利権を残すよう異を唱えたかったはずだ。だが、盤上の駒を見下ろすようなミレーヌの眼差しは、これ以上の反論を命に対する反逆と見なす、冷酷な光を放っていた。

 カインは、押し黙ったラウールの横顔を盗み見た。

 恭しく頭を下げてはいるが、その顔には屈辱と、必死に感情をねじ伏せようとする歪みが見受けられた。


(ラウールさんのあの表情……完全に、腹にどす黒いものを溜め込んだな)


 カインは再び、上着の上からそっと胃を押さえた。


(無理もない。商会にとっての莫大な利益を、不意打ちのように奪われたようなものだ。かつて建国時に、ラウールさんへの権力集中を阻んだレベッカ様だ。今回の専売局新設も、初めから彼の力を削ぐ狙いがあったのだろう。だが、それにしても容赦がない。……おかげで通信網の予算の穴は埋まったが、恨みを買った大商人がこのまま大人しく引き下がるとは思えない。ああ、また胃が痛くなってきた……)


 重苦しい空気の沈殿する会議室で、財務庁長官はただ一人、ひっそりと冷や汗を拭っていた。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

 今後の励みになりますので、感想・ブックマーク・評価などで応援いただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ