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【70万PV突破】傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む  作者: かずまさこうき
第九章 併吞編

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第184話 女王からの手紙

 夏の終わりを告げる風が、サデーナ騎士団領の荒涼とした大地を吹き抜けていく。

 かつて十六万もの大軍を誇った強国は、今や見る影もなく疲弊しきっていた。旧バニア皇国の首都カインエを包囲した大軍は、ミレーヌ・グラッセの巧妙な策によって同士討ちを演じさせられ、さらに背後からの急襲を受けて完全に瓦解した。実に四割が死傷し、三割の将兵は逃亡すら諦めてクライナイン王国に降伏したのだ。

 命からがら本国へ逃げ帰ることができたのは、総長ベアディ・グルーデに率いられた五万の残存兵のみであった。

 ジャック・レルネ大将率いる三万のクライナイン王国軍は、フェラスレツ大公国を平定したのち、間髪を入れずにサデーナ騎士団領へと兵を進めていた。彼らが目指すのは、騎士団の本拠地であるテューハイム。しかし、ジャックはテューハイムの手前数十キロに位置する要衝、ハンシュタットの街をほぼ無血で制圧すると、そこで進軍をピタリと止めた。城壁に自国の旗を掲げさせ、兵士たちに十分な休息を与える。


「閣下、なぜここで足を止めるのですか?」


 本陣の天幕で、ジルダ少将が不思議そうに尋ねた。彼女の目には、この勢いのまま本拠地まで一気に攻め上るのが常道だと映っているのだろう。ジャックは、机上の地図に視線を落とした。


「敵は半壊し、身も心も疲弊しきっている。今、テューハイムを力攻めすればどうなる? 手負いの獣は、死に物狂いで牙を剥くものだ。我々も無駄な血を流すことになるだろう」

「なるほど。追いつめられた敵ほど手強いということですね」

「ああ。手前のこのハンシュタットで強固な陣を構え、敵が干上がるのを待つのが上策だ」


 ジャックの判断は、歴戦の武人として極めて理にかなった、兵糧攻めの構えであった。


 ハンシュタットに居座ってから三日後。本国から派遣されてきた情報庁の密偵が、ジャックの元へ一通の手紙を届けにやって来た。封蝋には、見慣れたクライナイン王国の紋章が押されている。

 ジャックは素早く文面に目を通した。その瞬間、わずかに目を見開き、やがて呆れたような感嘆の息を漏らす。


「なんと書いてありましたか?」


 ジルダが興味津々に覗き込むと、ジャックは羊皮紙を渡し、天井を見上げた。


「陛下は流石だよ。現地にいなくとも、天からこの盤面を俯瞰しているとしか思えない」


◆◇◆◇


 ジャックが驚嘆したのと時を同じくして、サデーナ騎士団領の全土に、ある情報が嵐のように駆け巡っていた。


『隣国のフェラスレツ大公国は、クライナイン王国に無血占領された』

『徹底抗戦を唱えた者を捕らえれば、即座の帰還と恩賞すら約束されるそうだ』

『抵抗せずに降伏した街や砦には、一切の略奪も危害も加えられず、寛大な処置が施されている』


 それらは、情報庁の者たちが、街の酒場や井戸端で意図的に撒き散らしたものであった。半数が死傷した大戦のあとで深い厭戦気分に支配されていた騎士団領の民衆や兵士たちにとって、その情報は暗闇に差し込んだ新たな希望の光だった。

 降伏すれば、助かるのだ。その事実は、死の恐怖に怯える彼らの心を容易く揺るがしていった。

 一方、サデーナ騎士団の本拠地テューハイム。高く堅牢な城壁に囲まれた広場には、逃げ帰ってきた五万の敗残兵が集められていた。彼らの前に立つのは、元首であるベアディ総長である。彼は豪華な甲冑に身を包み、自らの権威とプライドを守るため、喉を枯らして徹底抗戦を叫んでいた。


「聞け、我が誇り高き騎士たちよ! 敵はすぐそこまで迫っている。だが、我々は野蛮な大公国の連中とは違う! 城門を閉ざし、我らの誇りにかけて最後の一兵まで戦い抜くのだ!」


 ベアディは剣を抜き放ち、空へと高々と掲げた。彼は、大公国のように手紙一枚であっさりと国を売り渡すような、惨めな末路だけは絶対に迎えたくなかった。自らの武のプライドが、それだけは許さない。


「我々の不屈の闘志を見せつけてやろう! そうだな、お前たち!」


 ベアディは自信満々に振り返り、五万の兵士たちに力強い同意を求めた。

 しかし、広場を支配していたのは、水を打ったような、重く冷たい静寂だった。誰一人として剣を掲げる者はおらず、鬨の声も上がらない。ベアディは怪訝に思い、兵士たちの顔を見渡した。

 その瞬間、総長の背筋に冷たいものが走った。

 五万の兵士たちの瞳が、光を失った、ひどく冷え切った色をしていたのだ。そこには、祖国を守る熱意も、武人としての誇りも、微塵も存在しない。あるのはただ、自分たちを死地へと追いやろうとする愚かなトップに対する、静かで底知れぬ殺意だけだった。


「お、お前たち……なぜ剣を抜かない……?」


 ベアディが震える声で一歩後ずさった、その時だった。

 最前列にいた副官の一人が、無言のままスッと剣を抜いた。それを合図とするかのように、周囲の部下たちが次々と刃を抜き放ち、ギラギラとした目で総長へと歩み寄る。


「や、やめろ! 貴様ら、狂ったか! 私は総長だぞ!」


 悲鳴のような怒号は、殺気立った兵士たちの足音に容易くかき消された。自分のプライドを守るためだけに兵を犠牲にしようとする男を、彼らはただ冷ややかな目で見つめていた。

 絶望から反転した怒りの刃が、一斉にベアディへと突き立てられた。広場に断末魔の叫びが短く響き、サデーナ騎士団を率いた最高権力者は、部下の反乱により見るも無惨に惨殺された。


◆◇◆◇


 数日後。ハンシュタットで陣を構えていたジャックの元に、テューハイムの城門が開かれたという報せが届いた。

 残った騎士たちは恭しくひざまずき、血まみれの布に包まれた総長の首を差し出して、ジャックに降伏を申し入れたのである。

 本陣の天幕で、ジャックは改めて密書を見返した。そこには以下のとおり書かれていた。

『テューハイムを力攻めする必要はない。

 手前のハンシュタットを制圧して、そこで待機すること。

 情報庁などの者が、大公国の制圧の情報を騎士団領に撒いている。

 いずれ彼らは自ら総長の首を手土産にして、降伏する。以上』


 一字一句、その短い文面をなぞり終えたジャックは、呆れと深い畏怖の入り混じった声で呟いた。


「本当に、指示通りとなったな」


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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おっとろしや
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