第176話 激突
フェラスレツ大公国の大公ヨゼフ二世の陣幕内に、怒号が響き渡った。
「反乱鎮圧の部隊が騎士団に攻撃されただと!?」
ヨゼフ二世は、報告を持ってきた伝令を青筋を立てて睨みつけた。
「やはり奴らが反乱の元凶か! 全軍出撃だ!」
「大公閣下、カインエの包囲網はいかがいたしましょうか?」
側近の問いかけに、大公は鼻息を荒くして吐き捨てた。
「包囲網? まずは目前の敵を撃滅するのが先だ!」
「敵とは……?」
「サデーナ騎士団に決まっているだろうが!」
「しかし、カインエの南側に配置した兵を呼び寄せるには時間がかかります。全軍の態勢を整えてからのほうが……」
「構わん、後から追ってくるように伝えろ。本軍は直ちに向かえ!」
カインエの西側で包囲陣を敷いていた大公軍は、北で発生した武力衝突を鎮圧すべく、怒涛の勢いで進軍を開始した。残りの軍も順次それへ続く。
◆◇◆◇
一方、ほぼ同じタイミングで、カインエの東側に陣を構えていたサデーナ騎士団領のベアディ・グルーデ総長も、怒りで顔を赤黒く染め上げていた。
「我が軍が大公軍と交戦状態に入っただと!? やはり我が領地を乗っ取る気か! 全軍出撃だ!」
こちらもまた、カインエの包囲を解き、全軍をもって北へと雪崩れ込んでいった。
◆◇◆◇
カインエの北側で偶発的に始まった小競り合いは、包囲網を構築していた両軍が次々と兵力を投入したことにより、瞬く間に全面戦争へと変貌を遂げた。
互いに「相手が裏切った」と固く信じ込んでいる両陣営の間に、高度な策など存在しない。ただ純粋な殺意と、力と力のぶつかり合いだけがあった。
総兵力ではフェラスレツ大公国軍が勝っていたが、個々の戦闘能力に秀でたサデーナ騎士団は一歩も引かない。剣戟の甲高い金属音と怒号、そしてむせ返るような血の匂いが平原を覆い尽くし、戦況は完全に互角の泥沼と化していた。
◆◇◆◇
そんな激闘の最中。
「……なんだ、あの煙は!? 確認しろ!」
ベアディ総長は、自陣の遥か後方から立ち上る黒煙に気づき、目を剥いた。
「はっ! ……総長、あれは我々が包囲していた際の本陣の方角です。もしかして、待機させていた補給部隊が……」
「補給部隊をなぜ置き去りにした!」
「戦いが生じた際、非戦闘員を後方に配置するのは当然ですが……」
「そんな机上の空論を聞いているわけではない!」
苛立つ総長の元へ、血相を変えた伝令が転がり込んできた。
「大変です! 補給部隊が何者かに襲撃された模様です!」
◆◇◆◇
その絶望的な報告とほぼ同じ口上が、ヨゼフ二世の元にも届けられていた。
「我が軍の補給部隊が襲われただと?」
「はい! ほぼ全滅し、食料などの物資には火を放たれた模様です!」
大公は愕然として後方を振り返る。双方の後方、戦闘に参加していない補給部隊の方角から、空を黒く焦がすほどの煙が立ち上っていた。
食糧を絶たれたという事実は、激戦を繰り広げていた両陣営の兵士たちにも瞬時に伝播し、目に見える動揺を生み出していく。
◆◇◆◇
その混乱のさなか、サデーナ騎士団の側面に、空気を切り裂くような猛烈な銃撃が浴びせられた。
「側面から銃撃です!」
「銃撃だと!?」
「どうやら、クライナイン王国が城から打って出た模様です!」
激戦による疲労に加え、兵糧を絶たれたという事態に陥っていた騎士団は、予想外の新手からの激しい攻撃を受け、大混乱に陥った。
◆◇◆◇
それを見たヨゼフ二世は、口元を醜く歪めて歓喜の声を上げた。
「城に籠ったもぐらどもが、ついに這い出てきたか。この機を逃すな! 騎士団を撃滅し、返す刀でクライナイン王国を打ち破れ!」
大公の発破により、大公軍の攻撃はさらに苛烈さを増した。
◆◇◆◇
前面からは大公軍の猛攻、側面からはクライナイン王国軍の容赦ない銃弾の雨。ベアディ総長は、崩壊を防ぐため喉が裂けるほど声を張り上げて指揮を執ったが、その努力も虚しく、ついに撤退を決断せざるを得なかった。
「退け! 一旦兵を引け!」
しかし、その号令はすでに統制を失った騎士たちにとっては、ただの逃亡の合図に過ぎなかった。サデーナ騎士団は、誇りも陣形も投げ捨てて敗走し、事実上壊滅した。
◆◇◆◇
「見ろ、あの傲慢な騎士団が逃げていくぞ! 勝った!」
ヨゼフ二世は、馬上で高らかに勝利を宣言した。だが、その歓喜は数秒と持たなかった。今までサデーナ騎士団と戦っていた方角とは全く異なる方向から、突如として激しい騒乱の音が巻き起こったのだ。
「大公閣下、大変です! 後方部隊が猛烈な銃撃を受けています!」
「側面からも、新たな銃撃が!」
「騎士団を攻撃していたクライナイン王国の兵が、今度はこちらへ攻撃を開始しました!」
クライナイン王国の別働隊が、死角となる後方や側面から、怒涛の勢いで大公軍へ襲い掛かってきたのである。勝利を確信した直後の無慈悲な奇襲。退路も兵糧も失っている絶望的な状況下で、大公の兵士たちは完全に戦意を喪失した。
「ば、馬鹿な……」
ヨゼフ二世が呆然と呟く中、フェラスレツ大公国の軍は、三方からの激しい銃撃に耐えきれず、散り散りになって敗走していった。
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