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【70万PV突破】傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む  作者: かずまさこうき
第九章 併吞編

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第175話 小さな石

 紅髪の義賊がジャックとレベッカを驚かせたあの日から、四日後。サデーナ騎士団の使者は、降伏勧告の命を帯びてカインエの城門をくぐった。彼の真の目的は、長引く兵糧攻めによる敵の疲弊具合を偵察することであった。しかし、案内された城内の光景は、使者の期待を裏切るものだった。兵士たちの顔に飢えや絶望の色はなく、不気味なほど規律が保たれており、混乱の気配など微塵も感じられない。

 総督府の応接室に通された使者は、思いのほか丁重な歓待を受けた。やがて現れたのは、新領土の総督であるレベッカ・リカールだった。


「降伏勧告ですね。しかし、私の一存では到底決めることができません。本国におられる女王陛下の御判断を仰ぐ必要があります」


 レベッカは、想定通りのゼロ回答を涼しい顔で口にした。だが、使者は彼女の物腰の柔らかさに拍子抜けしていた。あの悪名高きミレーヌの懐刀にしては、妙に態度が丁寧で、よくわきまえている。すると、レベッカがふと、親しげな笑みを浮かべて尋ねた。


「ところで、大公閣下はお元気でいらっしゃいますか?」

「大公、ですか? 私は他国の元首に直接お会いできるような身分ではございません」

「他国?」


 レベッカが小首を傾げる。


「はい。私は、サデーナ騎士団の者です」


 使者がそう答えた瞬間、レベッカの表情から一切の感情が抜け落ちた。先程までの温和な笑みは跡形もなく消え去り、氷のように冷酷な視線が使者を射抜く。


「サデーナ騎士団の使者ですって……? 用件は済みました。とっとと出て行きなさい」


 使者は唖然とする間もなく、衛兵によってつまみ出されるように城を追い出されたのだった。


◆◇◆◇


「大公の使者ではないと知った途端、手のひらを返したように追い出されただと?」


 サデーナ騎士団領の元首、ベアディ・グルーデ総長は、使者からの報告を聞いて太い腕を組んだ。


「はい。まるで、フェラスレツ大公国の使者だけを特別扱いしているかのような、不自然な態度の豹変ぶりでした」


 使者の言葉に、ベアディ総長は微かな疑念を抱く。


(何かあるのか……。フェラスレツ大公国とクライナイン王国の間に、我々の知らぬ密約でも結ばれているというのか?)


 その疑念は、四日後の深夜に決定的なものとなった。就寝中だった総長は、近侍の者からの急報で叩き起こされた。


「どうした、こんな夜更けに」

「ご報告いたします。南の陣営付近で怪しい影を見つけ、追跡したのですが逃げられました。しかし、曲者はこのような紙を落としていきました」


 差し出された羊皮紙を見た総長の顔が、怒りで赤黒く染まっていく。その紙は、ミレーヌ・グラッセからフェラスレツ大公国のヨゼフ二世宛ての密書であった。


『大公閣下、魅力的なご提案に感謝いたします。大公閣下が、手薄になったサデーナ騎士団領を占領することについて、我が国は最大限の援助をお約束します。つきましては、後日戦費をお送りするとともに、成功の暁には我が国と攻守同盟の締結をよろしくお願いいたします』


「あの裏切り者め……!」


 翌朝、怒り心頭のベアディ総長は、大公の陣幕へと怒鳴り込んだ。


「大公! 私に何か隠し事をしてはいませんか!」


 早朝から怒鳴り込んできた総長に対し、ヨゼフ二世は怪訝な顔をした。


「隠し事……? はて、わざわざこんな朝早くにお越しになって、何を言っているのかまったく分からん。寝ぼけておられるのでは?」


 白を切るような大公の態度に、総長はギリッと歯を鳴らす。


「ということは、私には話せないということですか!」

「いや、だから、何を言っているのかよく分からないぞ」

「……失礼する!」


 総長は吐き捨てるように言うと、陣幕を後にした。


◆◇◆◇


 三日後。フェラスレツ大公国のヨゼフ二世は、総長の無礼な態度にいまだ腸が煮えくり返っていたが、今日ばかりは機嫌が良かった。長引く退屈な対陣に飽き、本国から呼び寄せていた二人の妾が、ようやく陣営に到着したからだ。待ちに待った夜、そのうちの一人とベッドを共にしていると、彼女が不安げに口を開いた。


「大公様。侍女から変な噂を聞いたのですが……反乱が起きるかもしれないと」

「反乱だと?」

「はい。大公様がいらっしゃらない隙に、領民が反乱を企てているとか」


 大公は鼻で笑った。


「そんなわけがあるまい」


 しかし翌日、商家の出であるもう一人の妾からも奇妙な話を聞かされる。


「大公様、騎士団の方は大丈夫でしょうか?」

「何を突然言い出すのだ」

「親からの手紙が届いたのです。なんでも、騎士団が我が大公国の領民をそそのかしているようだから気をつけろ、と」

「そそのかす……だと?」


 大公の脳裏に、数日前のベアディ総長の不審な怒りがよみがえる。まさか、あの小悪党が我が国の背後を突く準備を進めているのか。

 さらにその二日後、本国からの使者が血相を変えて駆け込んできた。


「大公閣下、大変です! クレンペン地方で、反乱が発生いたしました!」

「なに!」


 クレンペン地方は、大公国の南東部に位置し、サデーナ騎士団領や旧バニア皇国と国境を接する要衝である。


「戦費を調達するため税を倍にするという噂を聞いた領民が集まっていたところに、代官が鎮圧しようとして、逆に暴動が発生した模様です!」

「馬鹿な! そもそも、税を倍にするなど誰が決めたのだ!」

「なぜか地方ではそのような噂が広がっており、皆信じ込んでいる模様です」


 大公は冷や汗を流した。クレンペン地方が不穏になれば、本国からの補給線を大きく迂回させねばならず、軍の維持が不可能になる。


「すぐにクレンペン地方へ向けて、五万の兵を派遣し、反乱を鎮圧するのだ!」


◆◇◆◇


 大公国軍の陣営から五万という大部隊が北へ向けて離脱したという報告は、すぐさまベアディ総長の耳に入った。


「大公国の兵五万が、北に向かっています!」

「北だと!」


 総長は目を血走らせた。クレンペン地方を経由して北へ向かえば、そこは手薄になったサデーナ騎士団領だ。


(私に何の断りもなく大軍を動かすとは……。さてはあの密書にあった通り、空き巣となった我が領を侵すつもりだな!)


 「直ちに六万の兵で大公軍を追え! そして、なぜ無断で陣を離れるのか問いただすのだ!」


◆◇◆◇


 大公国軍五万の最後尾に、砂塵を上げてサデーナ騎士団の六万が迫る。


「大変です。騎士団の軍がこちらに向かってきます!」


 部下からの報告に、大公国の指揮官は眉をひそめた。


「なに? 私が出向こう」


 両軍の指揮官が馬を進め、荒野の中央で面と向かった。


「何用か?」


 大公国軍の指揮官が尋ねると、騎士団の指揮官が鋭く問い返す。


「貴公らは、大軍を率いてどちらへ行かれるのですか?」

「本国で反乱が発生したので、その鎮圧を命じられたのだ」

「反乱ですと?」


 騎士団の指揮官は、あからさまな疑いの目を向けた。大軍を自国領へ向かわせるための見え透いた嘘だと直感したからだ。その視線に、大公国軍の指揮官も苛立ちを隠せなくなる。


「そうだ。そもそも、貴様らサデーナ騎士団が裏で画策したことだろうが!」

「事実無根だ! そのような無礼な言いがかり、看過できんぞ!」

「無礼なのはそちらだろうが!」


 両指揮官の罵り合いは、背後に控える兵士たちにも伝播し、いつしか両軍の間に険悪ないがみ合いが始まった。極度の緊張状態に置かれた十万を超える兵士たち。その一触即発の空気の中、どこからともなく飛んできた一つの石が、大公国軍の兵士の額に命中した。


「痛っ! 騎士団の奴らがやりやがったぞ!」

「殺せ!」


 その石を合図とするかのように、ついに両軍の感情が爆発し、凄惨な同士討ちの戦闘が開始された。


◆◇◆◇


 土埃と怒号が入り混じる大混乱の戦場。その喧騒から少し離れた小高い丘の上で、紅い髪を風に揺らす女が、気だるげにその惨状を見下ろしていた。リナ・オハナは、手の中でお手玉のように転がしていた石ころを放り捨てると、琥珀色の瞳を細めて呟いた。


「ちょっと石を投げただけなのに……大人げないよね、ほんと」


 彼女は呆れたように肩をすくめると、戦場に背を向けて、音もなくその場から立ち去っていった。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
情報戦。。。 そりゃそうだろうけど、リナ。あんたも異世界の人間じゃなかろうな。
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