第153話 土木工事
冬の冷たく乾燥した風が吹きつける中、クーロンヌ・ダルジャンから旧バニア皇国の首都カインエへと続く広大な平原では、無数の人々がツルハシを振るい、巨大な石を運ぶ熱気に包まれていた。汗と土の匂いが混ざり合う大規模な街道拡張工事の現場。そのど真ん中で、工務庁長官のサミールは、満足げに腕を組み、力強く何度も頷いていた。
「順調か?」
「はい、長官!」
部下たちの威勢の良い返事に、サミールはニッと白い歯を見せた。もともとは鉄砲鍛冶であった彼が、今や国家の土木事業を統括している。だが、現場の活気は職人肌の彼にとって嫌いなものではなかった。すると、泥まみれの部下の一人が、不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「長官、一つ質問よろしいですか!」
「なんだ、言ってみろ!」
「そもそも、なんでこの街道の拡張工事、我々工務庁が主導でやってるんですか?」
当然の疑問だった。もともと工務庁は銃や兵器などの生産がおもな仕事。しかし今回、大規模な土木工事を任されている。しかし、サミールはそんな正論を鼻で笑い飛ばした。
「うるせー! 四の五の言って口を動かす前に、さっさと手を動かせ!」
怒鳴り声を上げつつも、その表情はどこか晴れやかだった。サミールが別の区画へ視察に向かうと、残された部下たちがシャベルを動かしながらヒソヒソと囁き合う。
「なぁ、最近、長官やけに機嫌いいよな」
「ああ。麗しの宰相様がいなくなった時は、この世の終わりのような顔をしてあちこちに八つ当たりしてたのにな。いったいどうしたんだろうか?」
「なんでも、カイン宰相代行が、今回の仕事を頼む時に、長官の耳元で囁いたらしいぜ」
「なんて?」
「『サミール長官。この拡張工事する街道は、旧バニア皇国の首都カインエに真っ直ぐ繋がっています。そして、カインエには今、総督がいます』……だってよ」
「なるほど、そういうことか! あの広い道が完成すれば、すぐに愛しの総督に会いに行けると。それでこんなに張り切ってるのか! 笑えるな」
「愛しい総督へいち早く会うために、自らの手で街道を切り拓くサミール長官。三流のへぼ詩人が歌いそうな文句だよな」
部下たちの忍び笑いが耳に届いたサミールは、カッと顔を赤くして振り返った。
「おい、そこのお前ら! おしゃべりしてないでさっさと土を運べ!」
照れ隠しの怒号が冬の空に響き渡る。図星を突かれた気恥ずかしさを誤魔化すように、彼はわざとらしく大きな咳払いをした。そこへ、一人の役人が息を切らして駆け寄ってくる。
「サミール長官! 失礼いたします、カイン宰相代行がお呼びです!」
その言葉に、サミールは太い眉をピクリと寄せた。
「なんだと? 俺を呼びつけるとは、カインの野郎もずいぶんと偉くなったじゃないか」
「い、いえ! すぐに『陛下の執務室』へ来るようにとのことです!」
「おい、それを早く言え! それはカインじゃなくて、陛下が俺を呼んでるのと同じだろうが!」
サミールは血相を変え、慌てて現場に停めてあった馬に飛び乗り、王宮へと向かって猛烈な勢いで駆け出した。
◆◇◆◇
王宮の女王執務室。そこには、書類の束を抱えて胃を押さえているカインと、黒檀の机の奥で優雅に紅茶を嗜むミレーヌがいた。サミールは緊張で喉を鳴らし、深く一礼する。
盤上の駒を見下ろすような眼差しを向けたミレーヌは、前置きを省いて命じた。
「エズ、ヴァール、カオールの三カ所に、東西に延びる堀を作ってちょうだい。そうね、長さは一キロメートルくらいで、それぞれ四本程度。簡単でしょ?」
サミールは一瞬、自分の耳を疑った。エズ、ヴァール、カオール。いずれもクライナイン王国の北西部に位置する戦略上の要衝地点であり、すべて、王都と旧バニア皇国領の中間地点に位置する。そこに長大な堀を計十二本も掘削するなど、並大抵の土木工事ではない。しかも、ミレーヌの口ぶりは、まるで庭の草むしりでも命じるかのような軽さだった。
「へ、陛下。それはいつまでに完成させればよろしいのでしょうか?」
「できる限り早くだけど、大変だと思うから一か月以内に。もちろん、今進めている街道の拡張工事も並行してやって」
無機質で氷のように冷たい視線で射抜かれ、サミールの背筋に冷や汗が伝う。
「……そ、それでは圧倒的に人手が足りません。人手はどう手配しましょうか?」
「そんなこと、いちいち私に聞かないで。カインと考えなさい」
「では、その予算は……?」
「二人で相談して、なんとかしなさい」
ミレーヌは退屈そうに左手を上げて追い払うような仕草をした。それは「話は終わりだ」という絶対的な合図だった。これ以上の反論は死を意味すると悟った二人は這うようにして一礼し、逃げるように執務室を後にした。
◆◇◆◇
重厚な扉が閉まった瞬間、冷え切った廊下で、カインが両手で頭を抱えて泣きそうな声を上げた。
「なんでこうなるんですか! 街道工事だけでもお金借りてくるのが大変だったのに、追加で堀を作るなんて聞いてないですよ!」
「俺の知ったことかよ。とにかく人を新しく大量に募集するから、予算の工面はそっちでしっかり頼むぜ」
サミールが丸投げすると、いきり立ったカインは彼を睨みつけた。
「そんな莫大な予算、どこを叩いても出てくるわけないですよ! そうだサミールさん、ホマン室長のところへ行って、その辺の石を黄金に変える錬金術を研究するよう頼んできてくださいよ!」
王宮研究所室長のホマンなら嬉々として研究するだろうが、爆発の回数も絶対に増える。
「無茶言うなよ! あいつにそんなこと頼んだら、王宮の半分が吹き飛ぶぞ!」
男二人が大声で言い争っていると、背後の扉が音もなく開いた。
「……陛下が、外がうるさいとおっしゃっています。ここでの無様な言い争いはおやめください」
静かで、感情の欠落した声。振り返ると、ミレーヌの専属メイドであるリサが立っていた。普段は温和な彼女の瞳は、内に秘めた怒りの炎を帯びて二人を見下ろしている。
彼女の怒りを察したサミールとカインは、這うようにしてその場から逃げ出した。
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