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マグ・メル  作者: 加賀アスナ
6/8

 …………そんなに長くは話していなかったと思う。けれど話している時はとても時間が長く感じられた。

 リボンちゃん自身の幸せについて。無理に幸せになる必要はないとはエルフの弁だけど、先生の目指す幸せの世界はそれを許さないのだ。誰もが自分だけの幸せを掴める世界。そして多くの他人に迷惑を掛けない、けれど助け合う事が出来る関係性。価値観の統一ができてなくても不平不満が一切ない変則的平等性。幸せという基準がそれを成り立たせている。個人個人の価値観を認めた上で世界の枠組みとしての常識はみんな一定の理解を持っている。

 そんな言葉で言うのが馬鹿らしいと思うくらいの、かつてのリボンちゃんの世界ともエルフのいた統制世界とも違う理想として完璧な世界の体現。

 先生は死ぬ時にしかそれを判断できないと言った。それはつまり死ぬまでは幸せの世界を体現し続けるという事。

 リボンちゃんには分かる。先生の考えを理解できるからこそ、その道がどれほど報われなくてどれほどの労力を掛けてどれほど時間が掛かってそれでいて幸せの体現者であり続けなければならず、最後の最期にまさに己の命が尽き果てるその瞬間に己の一生が幸福に辿り着いたのか半ばで朽ちたのかが分かる茨なんて道じゃない、それこそ世界を背負う道だ。

 そんな道を歩く人が目の前にいる。そして道の途中にいるのがリボンちゃんなのだ。どれほどの覚悟があって決意があって道を行こうと思ったかは知らない。前に一度過去の話は聞いた事があったけれどそれは切っ掛けでありそこからの葛藤をリボンちゃんは知らない。きっと戻る道なんてないのだろう。先生にとっては全ての人が幸せになるべき存在に見えている。

 話を聞いてリボンちゃんを見据える双眸がその決意を物語っている。例えば、前衛芸術のようなリボンちゃんにとっては分からないモノでも先生にとっては必要な物でありそれがきっとどこかで幸せの世界の創造に繋がっている。今だってそうだ。エルフ、リボンちゃんという二人の幸せを叶える為に動いている。話を聞き己の力で幸せを掴ませる案を考えている。

 それに比べてなんでもできるのに幸せの方向性がないリボンちゃん。だから不安がある。不安だけがある。

 

 リボンちゃんの話を聞き終えて指を組んで先生はリボンちゃんとエルフを交互に見る。何を考えているのか見当もつかないが、一度床に視線を落としてしばし逡巡すると顔を上げて口を開いた。

「エルフには悪いけれど、リボンちゃんの幸せを優先させてもいいかな? というよりその方がエルフにとってもより速く幸せが、つまりは恋ができるはず」

 リボンちゃんもエルフもその言葉に驚きを隠せなかった。幸せを掴ませる。恋ができる。リボンちゃんは思ってもみなかった返答に目を瞬かせる。己が考えても考えても出す事の出来なかった幸せの形を先生は分かったというのか。

「リボンちゃん。リボンちゃんは幸せの世界をどう思う?」

 その言葉にリボンちゃんは迷ったが素直に答えた。幸せの世界の形を保ち続けるのはとても難しく、体現者は一番最後にしか己の幸せを知る事ができない。それが幸せの世界の形だと。

「そうだね。リボンちゃんの言ったことは間違ってないよ。けど正解とも言えない。それは誰も正否の判断が付けられないからだよ。前例がないからね。そういうリボンちゃんは先生の見ている物が分かるのかな?」

 リボンちゃんは頷いた。絵空事のような先生の語る幸せの世界。でもリボンちゃんにはそれが理解できた、できてしまった。自分の幸せも分からないのにだ。

「自分の幸せが見つけられない事を悔やむ必要はないし、それを恥じる必要もない。だけど、もう一度聞かせて欲しい。リボンちゃんには先生の見ている物が理解できる?」

 同じ問いにリボンちゃんは今一度頷いた。それを見て先生は柔らかい笑顔を浮かべた。

「そうか。それは良かった。ならば―――――――――先生はいらないな、リボンちゃん」

 一瞬、何を言われたのか分からなくなった。先生は、先生は何と言ったのか。

「リボンちゃん。リボンちゃんがどうして幸せを見つけられないのか分かったよ。もちろん偏見と独断だ。でもきっと正解だ。リボンちゃんはね、先生と同じなんだ。取り敢えず生きてみて死ぬその時にしか幸せであったのかなかったのかを判断できない人なんだよ。だから消えようと思う。夢屋もこの世界も先生の幸せの世界を創る夢も先生が持っている技術も何もかも、全部リボンちゃんにあげよう。それが今からリボンちゃんの幸せになる。きっとなる。そしてエルフを幸せにしてみてごらん。リボンちゃんならエルフに恋をさせてあげる事もできるだろう」

 何を、言っているのだろう。先生の全てを、全てを貰うってことは先生の夢を奪う事じゃないか。そんなことが許される筈がない。許されていい筈がない。だってそれは先生の想いを覚悟を決意を台無しにしてしまう事なんだから。

「リボンちゃんには悪いけど、これは覆さない。君はこのままだと一生幸せを見つける事は出来ない。断言してもいい。君はこの世界にたった一人の存在で世界と対になっていたんだ。だからたった一人でもこの世界に居られた。それを先生が壊してしまった。ここに幸せの世界を作ると言った時から。ならば先生はその責任を取る必要がある。でも償いの気持ちで言っているわけじゃない。リボンちゃんにはかつて話したことがあったよね。先生の過去を。先生は自分の立場を渡すことで償った。いつでも助けられたはずだったのにそれを怠った罰が回ってきたんだと思った。何もかもが手遅れで立場を渡すしか救えず、それを行って逃げた。その場から逃げた。でも今回は違う。リボンちゃんに希望と夢と幸せを込めて先生の全てを渡そう。今は呪いだと思ってくれて構わない。でもこれは幸せにしかなれない呪いだ。リボンちゃんが今から何人、何十人、何百人と幸せにしていき、その為に辛くて、苦しくて涙を流す時もあるだろう。それでも生きた証になる。リボンちゃんという存在がこの世界にいた証になる。先生には分かる。だから、後は任せるよ。先生はすぐにでもこの世界を去ろう。同じ幸せを掴む人は顔を合わせてはいけない。どちらが先に掴んだかで優劣ができてしまう。他人同士で顔も知らずどちらが掴んでいても問題にならない関係ならば同じ幸せでも構わないんだけど残念ながら先生とリボンちゃんは他人同士とは言えない。だから去ろう」

 あまりにも突然すぎる告白に思考が追い付かなかった。つまりはつまりは先生はこの世界からいなくなるというのか。それではエルフはどうなる? ツインちゃんは? 先生に幸せを掴む手伝いをしてもらったこの世界の住人は? どうなるのだ。

「エルフ。最後まで面倒を見られなくて済まない。でもリボンちゃんがいるから大丈夫だ。この子は言われた事を投げ出す子じゃないから。先生の後をしっかりと果たしてくれる」

「それは、信じてもいいんですか? 先生」

「もちろんだ。それにリボンちゃんの人柄ならエルフもよく知ってると思うけど」

「そうですか。そうですね。じゃあ、お世話になりました。夢屋という素晴らしいものを作った人をきっと忘れないでしょう」

 エルフはリボンちゃんよりも毅然とした態度で先生の言っている事を受け入れる。しかし、リボンちゃんはそうはいかなかった。未だ理解が及ばず、混乱するしかなかった。

「そうだ。リボンちゃん。実はね先生が作っていたあの芸術品。それは文化財じゃなくてね、この世界へ来る人を規制する為のものなんだよ。リボンちゃんが一人で夢屋をするんだから多すぎる人にならないようにと思ってね。使ってくれれば嬉しいかな」

 そう言って先生は席を立った。それに反射するようにリボンちゃんも立ち上がる。

 まだ、まだだ、行かせてはいけない。そう思ったからだ。

「ごめんねリボンちゃん。こればっかりは前から少しだけ考えていたことなんだ。もし、リボンちゃんが先生と同じだったら、こうしようってね。だって先生にとってみんなが幸せであることが一番なんだから。それにリボンちゃんが創る幸せの世界、先生も見てみたいから」

 屈託のない笑顔を先生は言う。


 ――――その言葉に、その笑顔に、返せる言葉はなく――――


 リボンちゃんは夢屋を出ていく先生を見続ける事しかできなかった。


 先生が出て行き、追いかけようにも足は前に進まなかった。

 エルフがリボンちゃんに近づいて気にかけてくれるのだが、リボンちゃんは唖然としているだけだった。

 リボンちゃんにとってよほど衝撃だったのか、まるで魂が抜けてしまったかの如く無気力になってしまっているのをエルフはわざわざ席に着かせて落ちかせてくれた。

「リボンちゃん。大丈夫ですか? 先生の事は突然の事なんでショックを受けるのも無理はないと思うんですが」

 エルフが何かを言っている。が、理解するだけの余裕もなく。俯いて床の一点を見続けている。

 何をしても反応がないのを見てエルフはなるべく刺激をしないようにリボンちゃんの視界から消える。でも何かあってはと思い、リボンちゃんが見えるところに席を移動した。

 やがて一点を見つめるリボンちゃんの視界がぼやけていく。知らない内に涙が溢れてきたからだ。頬を伝い涙が落ちる。自分で泣いているのだと認識すると、――――ああ、悲しいんだ、先生が居なくなることを悲しんでいるんだ――――そう理解した。理解して、もっと涙が溢れてきた。リボンちゃんがこの世界で変わらざるを得ない原因をもたらした張本人。そしてこの世界で誰よりも長く共にいた。先生がいたからツインちゃんと会えて友達になれた。それから多くの人と仲良くなって、多くの知識と常識とルールを覚えた。それでも世界が、自分が変わる事に不安を持った。自らの幸せの形を見つけられなかった。多くの人が友達が、幸せを掴んでいくのを傍から見るしかできなかった。正直に言うと羨ましいと思ったこともあった。幸せになれる喜びを知っている事に。それを思えば、自分が何の為にいるのか、分からなくなった。自分の為にという人もいた。けれどリボンちゃんにはそもそも自分がなかった。叶えたい夢もなければ掴みたい幸せもない。己の指針になるものが一切なかった。なのに皮肉なことに何でもできる能力だけは身についてしまった。それもこれも全て元を糾せば先生の所為だ。それを先生は自分の全てをリボンちゃんにあげる事でリボンちゃん自身の生きる指針に、引いては幸せの為に捧げたのだ。誰よりも幸せの世界を夢見た先生がだ。でもリボンちゃんは言い返せる事が出来なくて、先生を往かせてしまった。追いかければまだ、追い付くことはできるだろう。しかし追い付いた所で何も言えまい。それが分かってるから追いかけなかったのだ。

 今、リボンちゃんの中に生まれつつある気持ちは何だろうか。リボンちゃん自身には分からないが、名前を付けるならきっと罪悪感だろう。リボンちゃんにとっては先生の幸せを自分の幸せとして奪わされた形だからだ。だけど先生は望んでリボンちゃんに託した。リボンちゃんの生きた証になるようにと、そう言って。

 先生の見ているものが分かるリボンちゃんならと。…………なんでこうなってしまったのか。涙は未だ止まらなかった。


 しばらくして、ようやく涙が止まってきたころだった。夢屋の扉が激しくノックされた。大きな音にリボンちゃんとエルフはびっくりするも、誰かが訪ねてきたのだという事は理解できた。

 エルフが席を立ち扉を開けるとそこには息を切らしたツインちゃんが立っていた。

「ごめんなさい。水を貰えるかしら?」

 そうエルフに言うと奥から一杯の水を持ってきてツインちゃんに渡す。それを豪快に一気飲みをして大きくと息を吐くと、リボンちゃんに歩み寄り一喝した。

「バカ! 先生に聞いたわよ。アンタに全てをあげてこの世界から去るってね! アンタ、アンタはそれでいいの? 先生に何も言わなくて。ついさっきね先生、私の所に来て言ったわ! リボンちゃんの幸せの為に自分のできる事をしたって! ええ! 先生にとってはそうでしょうよ! 幸せの見つけられないアンタに変わりのそれも自分の幸せを渡したんだから。でもね、渡されたアンタはどうなるのよ! いきなり渡されてはいそうですかってなる訳がないでしょう! だったらアイツに先生に言ってやらなくちゃいけない事があるでしょ?」

 ここまで猛々しいツインちゃんは見た事がなかった。力づくでリボンちゃんを立ち上がらせて、先生に対する思いを言いに行きましょうとリボンちゃんを促す。だけど、リボンちゃんに言える事は何もなく。ただ俯くだけでツインちゃんにいう事はなかった。

「アンタ。今、どういう状況に置かれてるのか分かってる? アイツの、先生の全てを背負わされたのよ? この世界は今、先生という調律者がいるから成り立ってる。幸せって基準を守るためだけの調律者。そして調律者が居なければこの世界は今の状態からまた変わるでしょう。先生が作った幸せの世界の形から大きくね。それはアンタに更なる負担を強いる事になる。私はアンタが幸せを見つけられずにこの世界に居る事を不安に思ってたのを知ってる。アンタがいつも誰かの為に動いていたのも知ってる。それをアンタは先生に対しての罪滅ぼしだと思ってたのかもしれないけど、私には分かる。誰かの為にアンタが動いていたのは、アンタが、他の誰よりも優しいからよ。そんなアンタが先生の理想を背負ってみなさい。きっとその重さに潰れてしまうわ。今すぐ、先生を呼び戻しに行きましょう。それがアンタの為になるから。――――エルフ! アンタも手伝ってお願い!」

 ツインちゃんの言葉に圧倒されそうになるもエルフは動かず、リボンちゃんは自分の為に言ってくれているツインちゃんに嬉しくて止まった筈の涙が滲んでいた。そしてふるふると首を振った。

「な、んで…………。アンタ、自分の事分かってるの?」

 リボンちゃんは言葉もなく頷く。それからツインちゃんの瞳を見た。真っ直ぐに。また涙が毀れてきそうだったけれど構わない。だって、先生に言われた時に分かってしまったから。先生の見ている先を。理解出来てしまった。それと共にリボンちゃん自身が他人とは違うとも。だって、先生の絵空事の夢を完全に理解できるのは、きっと自分しかいないと分かってしまったから。だから、奪ってしまった罪悪感はあれど、逃げ出すわけにはいかないと、そう思ったのだ。故に、ツインちゃんにどれだけ言われても引くわけにはいかなかった。

「本気で。本気でそう思ってるの?」

 固く頷く。

「アンタ自身が背負った幸せに潰されそうになっても?」

 なっても。

「泣いちゃう時だってあるかもしれないよ?」

 泣いても。

「逃げ出したくなるほど辛いよ?」

 辛くても。

「誰にも分かってもらえなくても?」

 なくても。

「アンタはその道を歩き通せる?」

 通せる。

「…………………………………」

 …………。


 ツインちゃんは何も言わなくなった。ただ、どうしてか、目尻いっぱいに涙を浮かべて優しくリボンちゃんを抱きしめた。


 先生は去った。住人の誰もが驚いて心の整理を付かせる間も無くこの世界から消えた。どこに旅立ったのかはリボンちゃんにもツインちゃんにもエルフにも住人達にも分からなかった。この先会えるのかどうかも分からない。探す宛もないしそんな事をしている暇はない。リボンちゃんは先生の後継者としてこの世界の調律者になったのだから。

 ツインちゃん以外の住人は調律者の事を知らない。ただ、先生の後を継いだのがリボンちゃんという事だけを知っている。

 それはリボンちゃんとツインちゃんが持つ秘密であり、先生がここまで作り上げた幸せの世界の核だ。リボンちゃんと住人達の関係を考えるなら知られてしまっても問題はないのかもしれない。しかし、今まで影の役職として存在したものを表に出すにはそれなりに危険を伴うだろう。ならばこのまま誰にも知られないまま一人その役目を背負った方がいい。

 

 リボンちゃんは今、夢屋にいた。たった一人で。エルフは大図書館にいる。先生の引き継ぎをするからと断りを入れて夢屋に一人にさせてもらったのだ。

 ここには先生との思い出があり過ぎる。でも夢屋も引き継いだからにはここを使っていく事になる。

 ――――先生が居なくても上手くやれるだろうか。そうリボンちゃんは思い悩む。

 先生の思い描く先は見えている。けれどそこに辿り着く手段をリボンちゃんは上手くこなせるか。それが心配だった。

 手始めにエルフの幸せである恋をしなければならない。どうするのか、一応することは決めている。先生が言っていた言葉を頼りにしてはいるが。

 恋の相手として自分はどうかと、質問した相手――――つまりは自分、リボンちゃん自身――――がエルフの恋の相手をすればいいのだ。だが、果たしてうまく恋をできるだろうか。エルフに対して好意は少なからずある。それは間違いない。ただエルフの相手として足るだろうか、と不安になる。

 深く息を吐いてかぶりを振った。さっそく弱気になっている。ツインちゃんにあんなに言い張ったのに恥ずかしい。

 肥大する不安を抑えてリボンちゃんは席を立つ。エルフの所へ行かねば。夢屋を出て何とはなしに振り返る。夢屋が出来てから大分経つ。もう建てた人はいないけれど。

 ふと、あるものが目に入った。それを見てエルフの元へ行く前に

するべき事がある事に気付いた。その為にある場所へ足を向けた。


 そこは、湧水場からさほど遠くない場所。そこにあったのは先生の家。見上げると屋根の一番上に先生が作ったフラッグがなびいていた。

 ――――フラッグ。ここにいる証。でも先生はもういない。ならばこのフラッグはここにあってはいけない。

 先生の家の扉を引くと開いてしまったので不用心だなぁ、なんて思いながら家の中から屋根の上に行けそうか探索してみる。家の中の物は何もかも残されていて先生の言葉からするに全てリボンちゃんに譲ったとみるべきだろう。

 先生が居なければ家だけあっても、と思い悲しみに流れそうになる自分を叱咤する。

 家の中を入念に調べていると天井に不自然な窪みがあったのを発見した。台になるものを持ってきてその窪みを触ると奥に引っ込み天井が落ちて来た。突然の事に驚いて台の上から落ちて尻もちをついてお尻をさすっていると目の前に現れたのは上へと続く梯子だった。その梯子を登ると天窓があり窓を開けるとちょうどフラッグが建っている場所に出た。

 まじかで先生の作ったフラッグを見ていると本当にもういなくなったのだなと改めて思い知らされて、我慢したけれどちょっぴりだけ涙が毀れてきた。


 エルフの前で思い出し泣きをしないようにきちんと涙が止まってから先生の家を後にする。扉の鍵は家の中で見つけたのでしっかりと掛けておく。もし。もし先生が帰ってきた時の事を考えて。


 大図書館に着いたのは結局、夢屋から出てから大分経った後だった。一度先生の家に行った所為もあるのだがそれからリボンちゃんの家にもフラッグと鍵を置きに寄ったからだ。その為に大幅に時間が掛かってしまった。だけれどもエルフの表情を見るに怒ってはいなさそうだった。当然か、とも思う。何せ先生が去ってから時間は全然経ってはいないのだから。みんな自分の心に無理矢理けじめをつけて普通を装っているだけだ。故に、

「遅かったですね。引き継ぎに結構かかったんですね」

 理由も何も聞かずにいてくれた。

「当然でしょ? あの先生の後を任されたんだから。それにリボンちゃんは初めてなのよ? 夢屋として働くのが。手伝い経験はあっても主導じゃないからね。身に付けないといけない事はたくさんあるでしょ」

 ツインちゃんが至らない所を補ってくれるおかげで助かる。本当は引き継ぎの所為で遅れたわけじゃないけれど。

「それじゃ改めて訊くけど、エルフの恋を叶える算段は付いたのかしら?」

 頷く。一応、決めてある。二人とも驚くだろうけど、と内心思いながら。

 リボンちゃんの言葉に目に期待を寄せてエルフが身を乗り出す。

「それは、どうするんです?」

 それは――――、と言葉を一旦切ってから答えた。エルフの恋の相手は自分がすると。理由としては先生の言葉をつかわさせてもらおう。

 案の定、ツインちゃんが、

「アンタ、馬鹿じゃないの? エルフはアンタに恋をしていないでしょうが。それなのにアンタが恋の相手になるの?」

 手厳しい言葉を貰った。けれども一応の反論はさせてもらう。先生の言葉はエルフも聞いているので信用はあるだろう。

「む。確かに先生は言いましたけど、リボンちゃんの質問は好奇心からではなかったのですか?」

 好奇心と言われればそうかもしれないが、好意は大なり小なり持っている。恋ができるかどうかは置いておいてともかく恋の相手の資格はあるはずだ。そう主張すると、

「まぁそれはそうですけど…………」

「ここまで人となりを知ってるとねぇ。恋の相手の資格はあってもドキドキとかしないでしょうね」

 それはリボンちゃん自信にときめかないという事なのだろうか。言っている意味は分かれど、それではまるでリボンちゃんに魅力がないと言っているのと変わらない。

 失礼だな、と思いつつも食い下がる。リボンちゃんにしてもエルフにしても相手の事は分かっている。そういった友達関係から始まる恋でもいいのでは、と。

「それも恋の形ではあるわね。でもそれはエルフが望む形じゃないでしょう?」

 そうかもしれない、とツインちゃんに押されそうになるがそれでもまだ食い下がる。あくまで友達関係と付き合ってみた関係では違うのではないか。

「それは、確かにそうですけど。リボンちゃん。逆に聞きますけど…………」

 そう言いながら真剣な表情でエルフは言った。そもそもリボンちゃんはエルフに惚れているのか、好きなのか。どうか。リボンちゃんが恋をするだけの価値があるとエルフに思えるのか。それはとても重要な質問であった。あったがことリボンちゃんには無意味である事をツインちゃんは知っている。

「エルフ。その質問はリボンちゃんには意味がないわ。だってそういう思考がないんだもの。…………そうだわ。いい機会だわ。エルフ、アンタ、リボンちゃんと付き合って恋をしてみなさい。きっと普通に恋をするより面白い恋ができると思うわ。だってよくよく考えてみたらリボンちゃん、アンタより恋を知らないもの」

 その言葉にエルフが反応を見せた。自分より恋を知らない。

「アンタ達似た者同士だわ。片や完全な世界の欠落者。片や統制世界の有識者。二人で恋をしてみなさい。きっとどんな恋人同士もできない恋ができるわ。まあ、悲恋もあるだろうけど」

 最後にどうしていらない一言をいうのか。せっかくエルフをその気にさせてくれそうな流れだったのに、とリボンちゃんは恨みがましい視線をツインちゃんに送る。

 が、エルフに視線を戻すと何やら先程から考え込んでいる様子だった。

「ツインちゃん。さっきの言葉は本当ですか?」

「ん?」

「どんな恋人同士にもできない恋の事です」

「ええ。それはもちろん。だってアンタ達みたいな恋人同士なんて未だかつていないでしょうから」

 その言葉にエルフはなにやら火が着いたのか先程とは打って変わって告げた。

「リボンちゃんと恋をします」

 リボンちゃんはその言葉に安堵するも、エルフからいくつか条件を出されてしまった。それは、エルフがリボンちゃんを好きになれるように努力する事と、リボンちゃんがエルフを好きだという事を証明する事。それだと今の状況と何も変わってないような気がしないでもないが、エルフが恋をすると言ったのでリボンちゃんは気にしなかった。


 だが、この先どうなるのかなんて二人には知る由もなかった。

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