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マグ・メル  作者: 加賀アスナ
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自分の幸せ

 先生が劇的な手を加える事がないままエルフが住人と溶け込める程度に時が経った。

 エルフと先生を陰ながら見てきたリボンちゃんは結局何一つしてないじゃないかと呆れる気持ちが浮かびつつ、エルフが住人と溶け込むに連れて一人、二人、大図書館に足を運ぶ人が増え、正確にはツインちゃんと駄弁する事が目的なのだろうが。

 結果、徐々に会議室に人だまりができ、その人だまりの中心足るツインちゃんに負担がどっと増えていた。時にはリボンちゃんがツインちゃんの役をする時もあった。

 リボンちゃんとも友達である住人達とはエルフを含めても雰囲気はいいものだった。が、エルフは未だ夢屋の利用者だ。先生は一体何を考えているのか、流石に心配にならざるを得なかった。それをエルフに言うと、

「確かに、先生は何を考えてるのか分からないですけど、でも何かしらの準備をしてるんじゃないでしょうか。恋をするってやっぱり難しい事だと思いますし」

 本人は先生に疑いの一つも持ち合わせてはいなかった。それもそうだろう。とリボンちゃんは思った。

 何せ、大図書館での療養を終えてからというもの先生は家と大図書館を往復するもしていることはいつだか言っていたあの前衛芸術の製作であった。もちろんその事はエルフに伝えていないし見せてもない。唯一リボンちゃんが知っていたものの口止めをされていたからエルフに言う訳にはいかずエルフには先生の行動の意味を知る由はなかったのである。

 複雑な気持ちを抱かずにいられずに先生を問い詰めると先生は観念したものの決して理由は言わなかった。

「こればっかりはどうしても言えないんだ。でもね、間違いなくいい方向になってるんだ。もう少しでエルフが恋をできるはずなんだよ。だからリボンちゃんはもうちょっとだけ黙っていてもらえるかな」

 先生の様子は決してふざけている様子もなく真剣だった。それは間違いなく信じられる。だが、そうならエルフの事を構わずに一体何てものを作っているのか。

「エルフの事はしっかりと見てるよ? でもね見てるだけっていうのは時間がもったいないでしょう? だからこうやって文化財を作ってるのさ。また空飛ぶ鯨に訪れてもらう為にも世界のそのものの価値を上げないといけないと思ってね」

 この人は何を言っているんだろう。リボンちゃんは元は人のいる世界の常識を持っていなかったが、少しずつ身に着けて今では誰がどういう価値観を持っていても許容できる考え方を持つに至っている筈だったのだが、久しぶりに許容範囲を超える他人の行動と思考を目の当たりにした。

 こういう場合は相手の機嫌を損ねるような事はせず言わずだ。それとなるべく自分に実害が及ばない位置にいるのがいい事をリボンちゃんは心得ていた。故に当たり障りのない返答をしてもやもやした気持ちを抱えながら家に戻った。

 こういったもやもやした気持ちを抱えたまま誰かとあってしまうとうっかり話かねない。リボンちゃんは口は堅い方だが、それでも言いたくなる誘惑が襲ってこないとも限らない。聞いた直後は特には。だからこそ一人になって言いたくなる誘惑を振り切っているのだ。

 ふとエルフの事を思う。今日も今日とて大図書館で他愛もない話に華を咲かせているのだろう。それくらいしかすることがないだろうし、仮に大図書館に行かないとしても住人に連れられていろんな事をしてるのだろう。以前、リボンちゃんもエルフを連れて湧水場に行ったことがある。先生があまりにもエルフに構わないのでエルフが暇を感じないように住人同士で連れ回した結果だった。

 こんな事をしていていいのだろうか。これで本当にエルフが望んだ恋ができるのだろうか。

 遅々として進まない事態に悶々とするリボンちゃんだがリボンちゃんがどうこうできる事でもなく言いようのない気持ちが溜まって居ても立ってもいられず、かといって誰かに会うのも憚られる今、リボンちゃんは思い切って外に出て一人になろうと思った。

 行くのは以前日向ぼっこをした岩場だ。ここは先生の手が入らないようにリボンちゃんが指定した範囲に含まれている。

 よってリボンちゃん以外の住人が近寄る事は滅多にない所で一人になるには十分だし行くまでそれなりに歩くからいい運動にもなるだろう。溜まったもやもや感を発散させるには丁度いい。

 一人空を眺めながら長い道程を歩く。こうしてゆったりとした時間を過ごすのは久しぶり過ぎてむしろ新鮮だった。

 つくづくツインちゃん、先生、この世界の住人達と毎日を過ごしているなぁ、と実感する。しかも住人達の幸せを掴むのにリボンちゃんも一肌脱いでいるので相手から頼りされるし、リボンちゃんから頼っても悪い顔はされず、むしろどんとこいの構えだった。もしかしたら向こう側は恩を感じてそうした態度なのかもしれないがリボンちゃんにそんな恩着せがましい意図があるわけもなく、ただできる事をできるだけしただけの産物なのだ。

 が、今回はどうだろう。エルフとはいい関係を築けているが住人になるかどうかはエルフが決める事だし、そもそもエルフが恋をできるのか。物理的なモノであるならリボンちゃんも手助けしやすいがこうも相手の気持ちが全てである恋では手助けのしようがない。エルフが既に誰かに惚れているのならともかく。強いて言えばリボンちゃんが恋の相手候補になるぐらいだ。とはいえ以前、ツインちゃんに指摘されたように生殖本能が欠如しているリボンちゃんに惚れる腫れるの感情を理解できるだろうか。

 …………意識しても微塵も惚れるの感情を理解できそうな感覚はなかった。

 

 岩場に着いて小高い岩の上に横になる。ここまで歩いてきたお陰でもやもやしていた気持ちはいつの間にか晴れていた。これならば誰かに言いそうになる事はないだろう。

 ゆっくりと流れる雲を見ながらこの先どうなるのかを考えた。先生は何も言わない。リボンちゃんにできる事は精々エルフの暇を潰してあげる為に話し相手になったりどこかに連れて行ってあげる程度。幸せになる為にわざわざ統制世界から来たというのに何もしてあげられない事に申し訳なくなってくる。

 別にリボンちゃんがどうこうしなくてもいいのは分かってる。ただ、何かをしてあげたいと思った。純粋に。

 だけれどリボンちゃんがそういうと先生もツインちゃんも人の事より自分の事を考えなさいと言葉を返す。分かってはいるのだ。自分の事を棚に上げて人の事にかまけているのは。

 しかし答えが出ない以上、何もしないよりは誰かの為に動いた方が建設的だ。それに人の幸せの形を見る事で自ずとリボンちゃん自身の幸せの形が分かるのではないか、と淡い気持ちもある。

 その淡い気持ちは未だに淡いままだけれど。溜息を吐く。

 何も考えずに過ごしていたかつての自分を夢想する。戻る事はできないけれどこんな風に悩むことも考える事もなかった。今と昔、どちらがよりリボンちゃんにとって幸せなのだろう。知らなかったことが悪いこととは思わない。かといって知ってしまったことが無駄だったとも思わない。他人を思う喜びを知った。寂しさのない孤独を知っていた。それは愛すら知らなくていい完全な孤高。エルフはそれを始まってもいない世界と称した。だからこそリボンちゃんは前向きに捉える事が出来るのだと。だがエルフの言った言葉はリボンちゃんが持つ生来の性格、性質の事であって、リボンちゃんが望むだろう幸せではない。

 そもそも幸せに至る過程として大まかに分類すると、

 

 一つ、こうなりたい。

 二つ、これをしたい。

 三つ、これが欲しい。

 

 の、三種類を挙げられる。例を言うならツインちゃんは三つ目、これが欲しいに値するだろう。居場所を求めるというのは何かを手に入れたい、欲しいという気持ちの延長線上にあるものだからだ。エルフを例に取るなら二つ目のこれをしたい、自分があることをしているその時が最も幸福を感じられる。エルフの場合は言うまでもなく恋だ。さらに言うなら先生も二つ目に当て嵌まるだろう。幸せの世界を作りたい。作っている時が最も幸せだろう。本人は生きてみて初めて分かると言っていたが、生きるのが楽しいのならばそれはそれで幸せなんじゃないかとリボンちゃんは思う。もっとも先生と言えど他人だからそんな事が言えるのだろうが。

 リボンちゃんはどれに当て嵌まるだろうか。こうなりたい目標があるか? これをしたいという欲求があるか? これ欲しいという欲望があるか? 残念ながらそのどれにも当て嵌まる気がしない。

 では何のためにリボンちゃんはいるのだろう。誰かの為でなく自分の為でなく世界の為でもないのなら一体何を見て何を感じて何を思って過ごしていただろう。

 そう思って分かった事が一つ見つかった。リボンちゃんは何もないということ。自分も他人も世界も何一つリボンちゃんの中の核となりえないものであり、目標を、夢を、欲望を、描くのに必要な思いがない。いろいろな事を知って、いろいろな知識を手に入れて、いろいろな常識を弁えた。なのに、それらを束ね幸せという方向に向ける骨子がない。まるで、全ての事が書いてあるのにタイトルだけない本のようだ。それではジャンルを分けられない。一体何の為の本であるのか説明ができない。本来ならばタイトルに沿った内容が記されて然るべきなのにリボンちゃんにはタイトルがなかったが為に内容だけ多岐に渡って記され続けている。

 自分は何なのか、考えても考えても終わりの見えない思考のるつぼにはまってしまい、そこで考えるのをやめた。これ以上考えてもダメなのは流石に分かったからだ。

 大きく深呼吸をして頭を休める。一人で考えても答えは出なかった。が、一応先生には伝えておこうと思った。リボンちゃん自身も夢屋の特別顧客人でもあるからだ。

 そうと決まれば先生の元へ向かおう。だが、先生はどこにいるだろう。大図書館、先生の家、夢屋。可能性が最も高いのはやはり大図書館だろう。しかし。

 リボンちゃんの足は自然と夢屋の方向に歩き始めていた。


 夢屋の扉をノックすると、中から出てきたのは先生ではなくエルフだった。リボンちゃんの姿に不思議そうな表情を浮かべていたけれど、迎え入れてくれた。

 先生はどうやらいない様子で、大図書館か家のどちらかにいるのだろう。案外大図書館でツインちゃんに茶の用意でもさせているのかもしれない。そんな事を思っていると、手際よくエルフがお茶を淹れて差し出してくれた。

「リボンちゃんが夢屋に訪れるんなんてどうかしたんですか?」

 お茶を一口啜ってから、リボンちゃんは先生に会いに来たことを説明した。が、そこでエルフが、

「先生に会いに夢屋に来るって事はリボンちゃんも幸せを掴む手伝いをしてもらいに来たってことなんですよね?」

 問う。そういえばと、リボンちゃんは思い返す。エルフはリボンちゃんが夢屋の特別顧客人である事を知らないからだ。

 その事を説明するとエルフは驚いていた。無理もない。

「でも、なんだって特別顧客人なんです? ここにいる人はみんな幸せを掴んだ人だと思っていたのでリボンちゃんもその一人だと思ってたんですけど」

 その事については長い説明になりそうだったけれど、特に隠す必要もなく説明した。

「なるほど。ということはリボンちゃん自身は幸せが分からない。でも先生の幸せの世界の為にはリボンちゃんも幸せにならないと駄目だから特別顧客人という形で幸せを探しているんですね」

 けれど、未だに幸せが見つけられていないのが申し訳ないと思う事もエルフに語った。そしてここに来る前にいろいろと考えたけれどもやっぱり答えが出なかったと伝えに来たのだが、先生が居なくて代わりにエルフが迎えてくれたと、ここに来た経緯も話した。

 すると、エルフは不思議そうな顔をしてリボンちゃんはここにいるのは長いそうですが、ずっと幸せを見つけられずにいるのですかと、ずい、と踏み込んだ質問をしてきた。

 リボンちゃんは恥ずかしながらとそうみたい、と答えた。

「ということは恋とかも幸せにはならないってことですよね? こういうのは失礼だと思うんですけど、なんか可哀想ですね。幸せが分からないというのは」

 かつてツインちゃんも同じことを言っていたと思い返す。だが、こうも正面から言われたのはエルフが二人目だった。やっぱりリボンちゃんは可哀想なのかな、とエルフに問うと、

「う~ん。自分の物差しでものを言ってますからね。リボンちゃんの物差しで言うのなら可哀想じゃないと思うんですけど他人の目線だとそう思われても仕方ないかもしれません」

 自分で喋ったことだとはいえ誰かから言われると辛いものがあると思った。

 この世界では幸せでない事の方が異端なのだろうな、と思わざるを得なかった。

「それはどうでしょうか? 確かにこの世界ではリボンちゃんだけが幸せを掴んでいない住人なのかもしれませんが、それのどこが悪いんです? あくまで先生が掲げた幸せの世界という基準から外れているだけでしょう? 先生に忠誠を誓っているわけでもなく、ましてや先生がこの世界の王でもありません。統制世界と違って決められた事に対しての罰もないのですから先生の言う幸せの世界の為にわざわざ幸せにならなくてもいいのではないですか? 幸せって自らが望まなければ意味がないですから。他人の示す幸せはいずれ崩れます。だからこそ先生もあれをしろこれをしろと命令を出さないのでしょうけど」

 エルフの弁を聞いて正直驚いた。先生に幸せになる権利があると言われてもリボンちゃんにとっての幸せの形が見つからないのなら幸せになる必要がない。そう言い切ったエルフに唖然とした。今まではとにかく幸せにならなければと思っていたが、幸せにならなくてもいいという考え方は初めて聞いた。だが――――。

「無理に幸せになる必要はありませんが、それはこのままずっと先生の特別顧客人であり続けるという事でもあります。先生はこの世界を幸せの世界にしたいようですからね。まあそのお陰でこうやって恋をする場を与えてもらっているのですけど」

 そう締め括った。結局の所、このまま幸せでなくてもいいという考え方だったとしても今の立場が変わる訳でもなく、かといって幸せになれる訳でもない。…………何も変わらないのだ。何も。

 やはり一度先生と話し合わなければならないと思いリボンちゃんは自分の話を切り上げてエルフに話を振った。

 エルフ自身はこの世界に来てそれなりに経つけれど恋する相手を見つけられたのか。

「どうでしょう? みんないい人達ばかりですし好意は持っているんですけど好きなのかそれとも相手の好意に甘えているのかこれは分かりませんね」

 リボンちゃんはならば自分はどうだと、意地の悪い質問をした。

「リボンちゃんですか? ほ、本人に言うのはちょっと気が引けますよ」

 どう答えても怒らないと約束をしてエルフを丸め込んでリボンちゃんの評価をなんとか聞き出そうとすると、

「分かりました。でも何も言わないでくださいね。…………そうですね、リボンちゃんの事は確かに他の人よりは好意の度合いが多いと思います。きっと行動している時間が長いからだと思います。でもだから、リボンちゃんに恋をしているかと訊かれれば疑問もあります。仮に恋をしていたとして、こう、燃えるような恋になるでしょうか?」

 それこそ恋をしているのなら、リボンちゃんに積極的にアプローチするのではないかと指摘をする。そうでないのなら、エルフが受け身なのか積極的になるほど恋をしていないかのどちらかだ。

「せ、積極的ですか。それも自分からアプローチ…………」

 照れるエルフにリボンちゃんは言った。

 もし自分からアプローチをするのが苦手ならばそれは、今までが統制世界で何もかも決められていたから相手に積極的になる免疫がないのだろう、と。

「う。そう言われると確かにこの世界に来てから自分から積極的になったことはないですね。リボンちゃんやツインちゃんに他の人を紹介してもらったようなものですから自分からというはなかったと思います。…………やはり、相手は積極的な人の方がいいのでしょうか?」

 迷うエルフになんと答えようか考える。適当な事は言えないし、かといって恋の経験がないリボンちゃんがそれらしいことを言っても説得力はないだろうし。当たり障りのない事を返すのが無難であろう。人次第だろうと。

「そう、ですよね」

 それでも悩むエルフに一つだけ言ってみた。

 積極的なのが好きかどうかは人次第だけれども相手に好意を持っていることは伝えなくては意味がない。

「それは、確かに」

 そして、リボンちゃんは今一度意地の悪い質問をした。今の事を踏まえてリボンちゃん自身は恋の相手になる可能性はあるのかと。

「む。見かけに寄らず酷いですね。またその質問に答えないといけないなんて。まぁ、一度答えてるので二度も変わりませんね。そうですね。可能性だけで言うのならあるかもしれないです。ただ、その場合答えを言うのはリボンちゃんになるんですけど」

 そう言われてリボンちゃんはツインちゃんに言われた事を思い出す。恋の概念が欠如していることを。好意の判断はついてもそこから先の感情を知らない、あるいは元からないのか。

 そう言われたことをエルフに苦笑しながら語ると、

「人の事、あまり言えないじゃないですか。自分の事棚に上げて酷いですよ、もう」

 不満を漏らした。しかしリボンちゃんの過去を考えるならば仕方のないことでもあると、思ってるのかエルフは不満は言っても文句は言わなかった。

「まぁこれを機にリボンちゃんも恋をしてみたらどうですか? 積極的でも消極的でも好意を伝えれば恋はできるんでしょう?」

 今度はリボンちゃんの弁を使ってエルフに意地の悪いことを言われた。

 確かに人に言える事は自分にも言える事だからリボンちゃんでも恋ができるはずである。つまりはリボンちゃん次第という事。

「――――と。大分話し込んでしまいましたけれど、大丈夫なんですか? 元はと言えば先生に用があって来たと思うんですが」

 そうだった。もう失念していた。当初の目的は先生に幸せが未だ分からない事を報告しに来たのだった。

 けれど、ここに来てエルフと話せたことは無駄ではなかった。無理に幸せを探さなくていい。それもありだと分かっただけでも前進している。それと、もう一つ。

 恋だ。

 リボンちゃん次第ならば分からなくても努力をすれば恋を知る事が出来るという事。

 話ができて良かったとエルフに言うと、

「少しでもリボンちゃんの為になったのならば良かったです。それに意地悪な質問もされましたけど恋って自分次第だなって教えてもらいましたしいい時間でしたよ」

 エルフとリボンちゃんの会談は互いにいい刺激をもたらしたようだった。

 エルフに別れを告げるとリボンちゃんは大図書館へ向かった。エルフとの会話で生まれた気持ちが色褪せない内に先生にも聞いてもらいたかったからだ。

 

 だが。この日リボンちゃんは先生に会う事は出来なかった。ツインちゃんに聞いても分からず、住人のみんなに聞いても陽が上がってる内は見かけたけれどいつの間にか姿が見えなくなっていたと言われ、一応先生の家にも行ったけれど留守のようで。仕方なく今日は諦めるしかなかった。

 言いたいことはたくさんできたのだけど肝心の先生がいないなら意味がない。リボンちゃんは何だかひどく自分が空回りしているなぁ、と肩を落として家へと戻った。明日、朝早く大図書館へ行けば先生も顔を出すだろうと思い、今日は大人しく眠りに就くことにした。


 翌日、大図書館へリボンちゃんは顔を出した。ツインちゃんに先生の事を訊ねると今日はまだ大図書館には来ていないとの事で大図書館で待たせてもらう事にする。

 ツインちゃんを見ると今日はどこか暇そうであった。大図書館を利用している人はチラホラといるのだがみんな立ち読みをしていて借りる様子はなさそうだった。

 先生が来るまで手持無沙汰のリボンちゃんは何か手伝えることはないかとツインちゃんに訊くと、残念ながら今はないわ、と欠伸を噛み締めながら言う。その態度を見るに本当に何もないのだろう。欠伸が出るほど暇な様子なのだから。しかしそれを聞いてリボンちゃんが肩を落としてしまったのをツインちゃんは見逃さなかった。だからわざとらしい咳をしてからお茶を淹れてきてくれる? と頼んできた。リボンちゃんは頷いてお茶の用意をするも、かえって気を遣わせてしまったなぁとも思った。

 お茶を差し出すとツインちゃんは礼を述べてから一口啜った。

「ん。おいしい。ごめんなさいね。こき使うようで」

 別にそんな事はないのだけど、とリボンちゃんは思う。

「それで? 今日はなんか先生に用があるの?」

 お茶を置きながらツインちゃんが質問した。

「アンタ昨日も先生に用があるみたいだったけどどうかしたの?」

 どうかした、という訳ではないのだが、リボンちゃんの幸せについて今一度話しておくべきだと思ったからだ。そう言うとツインちゃんは複雑な表情を浮かべる。

「そっか。アンタはまだ――――。ねぇ、私が口を挟むことじゃないのは分かってるんだけど一つ教えて欲しい事があるの」

 答えられることなら、とリボンちゃんは前置きして言ってみてとツインちゃんを促す。

「私はアンタとはそれなりに長い付き合いをしてると思うんだけどアンタと初めて会ってそれから友達になっていろいろな事を経験して今があるんだけど、私はアンタと友達で良かったって思ってる。すごく幸せな事だと思ってる。もしかしたらそれは私がもう自分の幸せが叶っているからかもしれないけど私はアンタと一緒にいれて良かった。アンタといれた時間は楽しかった。アンタはどう、だった?」

 それは、どうだろう。ツインちゃんと友達でいれた事。これは嬉しい事だ。ツインちゃんと一緒に過ごした時間はとても楽しかったと言える。

 嬉しい事、楽しい事を幸せと言えるならリボンちゃんは幸せなのだろう。だが、幸せという形のないものは嬉しい楽しいの感情では言い表せない。リボンちゃんは幸せを想像できない。きっと今の自分より報われてはいるのだろう。それぐらいだ。だからもしかしたら既に幸せなのかもしれない。

 そう答えるとツインちゃんは、

「そう。幸せってなんだろうね。自分が楽しいだけじゃ駄目なのかもね、アンタの場合は。私は想像もつかないよ。つかないけど、アンタにとって私と一緒にいる事が楽しいと思ってくれてるなら私はそれでいいの。アンタが幸せになるかどうかはアンタと先生に任せるわ」

 ツインちゃんはそういうと表情を崩して真剣だった空気を弛緩させる。

 リボンちゃんはツインちゃんが最後に言った幸せを任せるという言葉に少しだけ疑問を持った。先生は確かに多くの人の幸せを掴む手伝いをしてきた。それによって先生の言う幸せな世界にこの白い世界は変わりざるを得なくなっていった。

 その結果、この世界では現在リボンちゃん以外の住人はみんな幸せだ。先生を除けば。先生本人は自分の幸せの事を死ぬまで分からないと述べていた。幸せの世界を創るのが幸せの一環であるという難しい幸せの形だ。だが、難しいが、人には理解されにくいかもしれないが、先生にとっての幸せの形ははっきりしている。その一点がリボンちゃんとは違う。リボンちゃんは未だ、分からないとしか言えないのだから。

 まぁ、頑張るよ、とツインちゃんに告げて先生を待つ事にする。

 そういえばと、思って図書館内を見渡してみるが、エルフの姿がなかった。一応ツインちゃんにも訊いてみるが先生同様、今日は一度も顔は出していないようだった。

「そうだねぇ。先生もエルフも来ないなんて珍しい事もあるのね。まぁ、先生はいつも何してるのか分からないから陽が落ちる頃には顔を出すんじゃない?」

 そうかもしれないが、それでは陽が落ちるまで待たなくてはならない。

 先生に伝える事が出来ず、リボンちゃんはやや肩を落とした。それを見てツインちゃんが、

「そんなに気にするんなら探してきなさいよ。もしここに来たら私が足止めしておくから。ある程度探していなかったら戻ってきなさい」

 そう提案してくれた。その提案に少し迷った後、ツインちゃんに甘えることにした。

「そう。じゃあいってらっしゃい」

 ツインちゃんに見送られてリボンちゃんは大図書館を後にする。


 まずは夢屋に向かう。先生が居たらそれでよし、いなくてもエルフに今日見かけたかどうかを聞けるだろう。ただ、エルフも居なければ何の手掛かりもないが。

 急ぎ足で夢屋へ着くとエルフはいるようで向かい入れてくれた。そして、目的の先生もいた。が、空気はあまりよろしくないようで先生は厳しい表情をして、エルフは困惑していた。場違いだったのかリボンちゃんは二人を前にしてやや萎縮してしまった。それに先生が気付いて表情を崩して助け舟を出してくれた。

「リボンちゃん? 何か用があってここに来たのではないかな? 扉の前に立っていても何も分からないよ?」

 そう言われて先生と対面側の椅子に座る。

「今、実はねエルフの幸せの事について話していたんだけれど、リボンちゃんの話は一体何かな? もし後にしてもいい話なら少し待ってもらいたいんだけど」

 先生は申しなさそうに告げる。対してリボンちゃんは後でも構いません、と前置きしてリボンちゃん自身の幸せについて話しておきたいと言う。

 それを聞いて先生は、ああ、と分かったように呟いてしばし逡巡して口を開いた。

「なるほど、何かリボンちゃんも思う事があるようだね。どうしようかな。エルフ、君はどうする? リボンちゃんが同席してても大丈夫かな?」

 話をエルフに振ると、エルフはリボンちゃんと先生を見比べてから、

「まぁ、構いませんが」

 と告げた。すると、先生は頷いてからリボンちゃんに向き直る。

「さっき、エルフの幸せについて話していた、と言ったけれどその中でリボンちゃんの話が出てきたものだから同席していいか悩んだのだけど。と言っても昨日の話なんだけどね」

 そういって昨日エルフとリボンちゃんは話したことに先生は独自の解釈を付けていろいろとエルフにいいにしても悪いにしても影響があったと言う。

「正直に言うとね、今までエルフに何もしてこなかったのはある事が起きるまで待っていたからなんだ。そしてそれが昨日起こった。まさかリボンちゃんが起こすとは思わなかったけど。いや君の事だから純粋に好奇心なのだろうけど、一番初めがリボンちゃんとは思わなかったんだ。だから驚いてしまってね。でも、もしかしたらこれも一つの運命だったのかもしれない」

 先生の語る事がいまいち理解に及ばないリボンちゃんが首を傾げていると先生は説明するからと言ってエルフに顔を向けた。それはまるでエルフに何かの了解を得るような感じでエルフも頷くと先生は改めてリボンちゃんに向き直った。

「じゃあさっきの説明といこうか。待っていたある事。それはね、エルフは恋をしたい。が、恋をするにはもちろん相手がいるよね? その相手探しの基準に密かにしていたのがエルフにある質問をするかどうかだったんだ。その質問というのがもしかしたらもう分かってるのかも知れないけれどエルフに恋の相手として自分はどうなのか、という質問なんだ。何故かというとその質問には大きく分けて三つの要因が含まれているから。一つ、相手に惚れている場合、二つ、惚れてはいないが自分に自信がある場合、三つ、単なる好奇心。この三つ。だけどねこの要因には前提として質問する側が質問される側にそれなりの好意を持っているという前提がある。何せ、人に聞かれでもするなら、ああ、好きなのかもと周囲に勘違いされる可能性があるからだ。好きじゃない相手を周囲が好きなのだと持て囃す。あるいはそういった空気ができる。それは本人にしてみれば溜まったものじゃない。どうして好きでもない奴と、ってなる。だから好意にも度合いはあるだろうけどそれでも恋に至らないなりに好意を持っている人しかその質問はしないんだ」

 先生が説明をしてリボンちゃんも何となくだがその基準に納得した。

「ま、すごく偏見が入ってるんだけどね。最後のだって決めつけだし」

 苦笑しながら酷い基準決めだよ、と言うがリボンちゃんはそうは思わなかった。先生の言いたいことの先が自然と理解できたから。 恋は所詮、人の気持ち次第だ。ならば恋がしたいという人にどう恋をさせるか。その為には恋がしたいという本人に積極的になってもらい、その上で恋が出来そうな、好意を持っている人を用意して恋をさせる土台を作る事が肝要だ。そして本人でない人ができるのもここまででもある。先生はその中で一番好意を持っている人を見定めていたのだろう。それが、ただリボンちゃんだっただけで。

「とはいえ、リボンちゃんの場合は好意は持っていても好奇心として訊いたと思うんだよね。だからどうしようかと思ってた。正直に言っちゃうと無責任に聞こえるかもしれないけどその質問をした人を焚き付けようと思ってたからね。一度エルフと付き合ってみたらどうかってね。相手の好意の上に胡坐を掻いてさらにエルフを試しているっていう酷いやり方だと思うよ。酷いやり方だけど一番合理的だと思った。恋をするもっとも早い道筋。まぁ、エルフにもリボンちゃんにも今知られちゃったからもうこの手は使えないんだけれどね」

 先生は自虐のような引き攣った乾いた笑いをしてから、一度大きく溜息を吐いた。

「それで? リボンちゃんの話を聞こうか」

 話の主導権をリボンちゃんに振る。リボンちゃんはエルフの話を聞いていたなら大凡は分かってると思いますけど、と前置きをしてから話し始めた。

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