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マグ・メル  作者: 加賀アスナ
7/8

未来へ

 結果から言えば、リボンちゃんとエルフは傍から見ると恋人同士以外の何物でもないものとなっていたが、本人達は否定をする、俗に言うバカップル状態である。しかし、二人の事をよく知るツインちゃんに言わせればリボンちゃんは何一つ変わっていない。変わったのはエルフの方だった。二人は共に住み共に同じご飯を食べて、リボンちゃんが夢屋の仕事をしてエルフが手伝って、そして同じ場所で寝る。それを続けていく内にエルフの方がリボンちゃんに依存してしまった。心が。精神的支柱にリボンちゃんがなっていた。それでいて互いに友達以上の好意がある。十分恋をしている状況になれたのだ。そして、その日は訪れた。


 いつものように大図書館に三人はいた。ツインちゃんは司書の仕事をしていて、リボンちゃんは夢屋の仕事を一つ終わらせて来てエルフはその両方を手伝い、今は司書の仕事を手伝っていた。その中で唐突にツインちゃんが言った。

「エルフ? もし今私が、実は私とリボンちゃんはデキてるから別れて欲しいんだけどって言ったらどうする?」

「……………………え?」

 突然の告白にエルフは戸惑って、リボンちゃんは呆れて、ツインちゃんを見ていた。

「だから私とリボンちゃんはデキてるんだって。アンタがこの世界に来るより前から。でもリボンちゃんはこんなでしょ? だから私がいつも苦労してたんだけど」

 根も葉もないことをよくもまあ、面白げに話す。時折リボンちゃんに視線を送る。その眼は真剣なもので何か考えがあっての事だろうとは思うので口は出さずにリボンちゃんは二人のやり取りを見ていた。

「う、嘘ですよね? それ? ちょっと何を言ってるのか分からないですよ。冗談だとしても性質が悪いからやめてください」

「冗談じゃないって言ったら?」

 その言葉にエルフの表情が変わる。それと共にリボンちゃんに近寄る。

「仮に、冗談じゃないとしてもリボンちゃんがずっと演技をしていたなんて思えない。きっとツインちゃんには愛想を尽かしていたんじゃないですか。そうですよね?」

 話の矛先がリボンちゃんに振られる。果たしてどうしたものかと逡巡していると、

「リボンちゃんが答えられないのはツインちゃんに直接言えないからですよ。言ったら傷付けてしまいますからね」

「違うわ。だって私の事を好きって言ったらアンタが悲しむと思ってるからよ」

「それこそ違いますよ」

「そう? じゃあリボンちゃんに訊いてみれば?」

 なんだが話がどんどん転がっていく。リボンちゃんはツインちゃんの思惑が分からず、かといっておいそれと喋る訳にもいかず。もちろんツインちゃんとできてなんかいないのだが。

 その沈黙がエルフに焦りを生む。

「嘘ですよね?」

 ツインちゃんを見るも首を振る。何を考えているのか見当がつかない。

「ねえ、エルフ。私はリボンちゃんが好きよ? だからこうして全幅の信頼を寄せてリボンちゃんがアンタと付き合って恋をしてもいずれ私の元へ帰ってくることを信じてる。でもアンタはリボンちゃんに好きって言ってもらわないと自分の好きって気持ちも言い出せない。リボンちゃんの事を愛して、信じてるなら私の言葉に左右されないで好きって言えるでしょう?」

 その言葉にリボンちゃんは理解した。エルフを試して、エルフの好きって気持ちを刺激して恋の、エルフが焦がれるほどの気持ちを引き出そうとしているんだと。

 …………何とも唐突な思いつきだ。しかし、リボンちゃんには引き出せてはいなかったエルフの焦がれるほど恋しいという気持ちをツインちゃんは引き出そうとしたのだ。

「アンタに言える? リボンちゃんが好きだと、胸を張って。もちろん私は言えるわ。好き、大好き、愛してる、愛されてるってね」

 ツインちゃんの言葉に怯みそうになるもエルフは毅然とした態度をとって告げた。

「言えますよ。ええ! リボンちゃんが好きですよ! 大好きですよ! 貴方に取られたくない程にね。だからいくらツインちゃんとデキてると言われても簡単には引き下がれません。だって好きなんですから!」

 言い放ってからリボンちゃんを見据える。リボンちゃんは頷く。それを見たエルフは顔を綻ばせる。それからツインちゃんを見て、もう、いい? と訊ねると、

「ええ。もういいわよ。ごめんなさいね」

 さっきの剣幕もどこへやら。急に表情を崩して、にひひッ、と笑う。その光景にエルフはどうしていいのか分からず、リボンちゃんとツインちゃんを交互に見ながら、困惑するばかりだった。

「エルフ。ごめんなさいね。私のさっきの言葉、全部嘘だから安心なさい」

「え? ――――――――え?」

「だから嘘なの。私ね、ずっとアンタ達を見てたから一つ思ってたことがあったのよ」

「思ってたことですか?」

「ねえ、エルフ。アンタさっき初めてリボンちゃんに好きって言ったんじゃない? 私に取られると思って初めて必死になったんじゃない?」

 その言葉にエルフはハッとしてリボンちゃんを見た。リボンちゃんとしては本当に何一つ変わっていないのだけど。もちろんエルフの事は好きだ。でもその好きはきっと誰に対しても同じ好きだ。ただし恋人レベルの。

「アンタが先生に言ったのは焦がれるほどの恋だったでしょ? どう? 焦がれるほど恋してた?」

 エルフは固く頷いた。

「はい。今、気付かされました。こんなにもリボンちゃんの事が好きになっていたんですね。――――本当に、今更ですけど。たった今、望んでいた恋が出来ました」

 リボンちゃんは頭を下げるエルフに顔を上げてくれるように頼んで、告げた。幸せを掴めた今、この世界の住人になりますか、と。

 エルフの返答はもちろん言わなくても分かっていた。

「――――はい。お願いします。この世界に居たいです」

 そうして、エルフは幸せを掴めた。統制世界ではできなかった焦がれる恋を。ただ、成就したかどうかはまた別の問題で。

「ということはエルフは特別顧客人からようやく外れるのね。長かったわ。先生のリボンちゃん並みに長かったと思うわ」

 ツインちゃんがやれやれと言った風に告げる。それをまあまあとたしなめて、ちゃんとしたエルフの家も必要になるね、と言うと驚いた表情をする。

「へ? なんでですか? リボンちゃんと住めばいいじゃないですか?」

 それにはツインちゃんが答えた。

「それはね、ここまでは、幸せを掴むために本気で付き合っていただけで、もちろんリボンちゃんはアンタの事を好きだと思うけど、アンタの幸せは恋をする事だったでしょ?」

「はい」

「恋ってさ、必ずしも成就するとは限らないでしょ?」

「それってまさか…………」

「ま、振られたわけじゃないからここから頑張んなさいよ。リボンちゃんを落としてみなさい」

「そんな~…………」

 気を落とすエルフの肩を抱いてあげると逆に抱きしめられてしまった。

 エルフは低い声のトーンで言った。

「恋って、こんなにも人を熱くさせるものだったんですね。いえ、統制世界の頃を思うと、こんなにも人を焦がれるなんて思いませんでした。すごく幸せです」

 離れたエルフはどこか晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

「この恋は恋愛には至りませんでしたけど、必ず、リボンちゃんを振り向かせて見せます。覚えておいてください」

 新たな決意を本人に言わなくても、とリボンちゃんは思った。

 

 エルフが特別顧客人でなくなるという事は今、リボンちゃんが夢屋として担当している人はいないことになる。

 ――――長かった、と思う。エルフが特別顧客人である間にリボンちゃんはどれだけの人の幸せを掴む手伝いをしてきただろう。そのお陰でこの世界に建つフラッグはとても増えた。リボンちゃんの記憶の中にある白い世界の風景はもうほとんど面影を残してはいなかった。唯一リボンちゃんが先生に指定した範囲だけが残っている場所と言えた。しかし、それももう限界だった。今の白い世界は幸せの世界としての顔の方が大きい。幸せの世界の中心は間違いなく大図書館だ。次いで夢屋。住人になろう決めた人々はなるべく世界の中心に近い場所に家を建てフラッグを建てた。今では先生が建てた訪問者用の宿泊施設の方が古く、馴染みがあるほどだ。ただ宿泊施設も訪問者が増えるにつれて不足感が否めなくなってきた。けれどリボンちゃんは建て直しはしたくなかった。

 先生がこの世界を、今の世界の形を作ったその証を残しておきたかったからだ。しかし、大図書館、夢屋の周辺にはもう何も建てられない。それに建てようと思えば離れた場所に建てる事は出来るのだが、いい土地とは言えなかった。白い世界の時ですらリボンちゃんがあまり近寄らなかったのだから、外から来た人が気に入るはずもなく、でもこの世界で幸せを掴んでこの世界で暮らしたいという人はまだ数多くいた。それだけ夢屋の存在は大きくなったのだ。人から人へ噂は伝播して尾鰭がついて過大評価されてる気がしないでもないが、それでも褒められれば嬉しく誇りに思い自信が持てた。とてつもない速さで先生の目指していた世界に近づいていく。

 ただ、進んでいる時はいい。何も考えなくても前に歩いているのだから。でも、ふと立ち止まって後ろを振り返ってみるとどうだろう。先生の幸せに上手く沿っているだろうか、とか、これで正しかったのか、とか常に疑問を胸に抱かずにはいられなかった。

 人が増えて感謝されて世界にフラッグが増えていく。その度に白い世界を思い出して今の世界との間で揺れ動く。それでも先生との思い出を振り返って先生の為に、と言い訳をして頑張るのだ。

 何度も何度も繰り返して調律者としての役目も果たして頑張ってきた。だから、少しくらい休んでもいいだろう。

 リボンちゃんはツインちゃんに申し出た。期間は分からないけれど夢屋を休止したいと。それを聞くとツインちゃんは悲しげに微笑んで言う。

「…………疲れちゃった?」

 頷く。

「そう」

 ただそれだけの返事。けれどツインちゃんはリボンちゃんの事を分かっているようで、咎めもしないし怒りもしない。何も言わずに受け入れてくれた。だから妙な言い訳をする必要もなくて済んだ。

 エルフや住人達には大きくなったこの世界を一度見直すためと建前を言ったけれど。もちろん嘘じゃない。増えた人、変わった土地を見返すのは重要な事だ。でも本音を言えばリボンちゃんは心の休息が欲しかった。過ぎていく時が早すぎて受け止める暇もなく今に至ってしまった。その間にまたいろいろな事を知った。でも唯一恋だけはエルフ以来していなかった。みんな好きだ。みんな友達だ。みんなリボンちゃんを分かってくれている。でも本当にリボンちゃんの事を分かっているのはきっと先生だけだったろう。今、もっとも近くにいるのはツインちゃんだろうけど彼女も先生並に分かっていたかというとそうではない。でもある意味では先生より分かっていたのかもしれない。先生がリボンちゃんの本質、幸せのという芯がないことを見抜けたように、ツインちゃんはリボンちゃんの様々な事に対する欠落を指摘できた。

 先生からは生きる指針を、ツインちゃんからは生きる為の能力を貰った。これは大きいだろう。その所為だろうか、恋をしなくなったのは。エルフには悪いが。

 もしリボンちゃんが恋をして付き合うのなら先生かツインちゃん並みの人か、リボンちゃんの何もかもを受け入れる器の人だけだろう。リボンちゃんを理解していなくても信頼を寄せられる人。

 まぁ、エルフがそうなったらまた恋をしてもいいか、と思う。

 今はただ、夢屋を休んで静かにこの世界を見よう。

 リボンちゃんはかつて先生が作った前衛芸術…………じゃない訪問者を制御できる物を使って夢屋目当ての訪問者を軒並み削った。すると訪問者は劇的に減った。夢屋目当てでないとなると減るものだなぁ、と感心すらしたほどだ。エルフの話じゃないが、夢屋の噂はいろんな所に広まっているらしい。そういう人達には少し申し訳なかったが休止はやめなかった。


 休止をするとなぜだか、とても毎日が穏やかに感じられた。忙しくもなく住人同士でいざこざが起きているわけでもなく平穏と言っていいほどゆっくりと世界は動いていた。

 リボンちゃんは先生が建てた建物などの修繕や時折ツインちゃんからの要請で新たな本の調達などをして過ごしていた。

 そんなある日の事だった。住人の一人が世界を去ると言った。なぜと理由を聞くと自分は十分幸せを享受した。だからリボンちゃんが夢屋を再開しない今、世界を巡って少しでも人の幸せに協力したい、との事だった。感謝をしている。リボンちゃん、そして夢屋の創設者である先生に逢えてよかった居てくれてよかったと、そう言って世界を去って行った。

 なぜだか、別れはとても悲しいものであるのだが、それ自体の悲しみとは別の理由で体が震え、涙が毀れてきた。別の理由、それはリボンちゃんの存在に感謝してくれた事。いてくれてよかったと言ってくれた事に。嬉し涙が溢れてきた。

 でも、終わりじゃなかった。そう言って一人が去った後、続けて何人も同じ理由で世界を去って行った。もちろん悲しくて、人は減って、寂しくなるのに、誇らしかった。だから言ったのだ。

 夢屋をするのはとても辛い事だよ、と。それでも、それでもやるのなら、自分が幸せを掴んだ時の事を常に思っていてください。その気持ちを相手に共感してもらえることができたならそれは相手の人の幸せが叶った時だから。

 そう、口にした。考えてだした言葉じゃなく、自然と口からこぼれた言葉だった。それから、一言。

 ――――いってらっしゃい――――と、背中を押した。


 世界から去って行った住人達のフラッグを回収して集まったフラッグの数とすっかり寂しくなった主無き家々を見比べながら、この世界は本当に幸せの世界だ、と改めて思った。みんな多くの人の幸せの手伝いをする為に去って行ったのだ。それは初めて会った時の先生を彷彿とさせた。そして先生が残したモノはきちんと受け継がれているのだなと思った。


 回収したフラッグを持って大図書館の倉庫へ向かった。捨ててしまうのはもったいなく、かといって仕舞っておく場所をリボンちゃんが持っているわけもなくそれならば、世界の中心足る大図書館が相応しいと思ったのだ。

「それで、ここへねぇ」

 多くのフラッグを見ながらツインちゃんが言った。

「確かに捨てるにはもったいないけど大図書館に仕舞っておくのはなんか違う気がするんだけど、まぁいっか」

 どうせなら夢屋に仕舞っておけばいいのにとぶつぶつ言いながらもフラッグを仕舞うのを手伝ってくれる。フラッグは自分で作るものだから大きいものから小さいものまでいろいろあった。大きなフラッグを手に取ってエルフが答えた。

「フラッグにはこういう大きなものもありますから夢屋に仕舞ってはすぐに物置が埋まっちゃいます」

 ぶつくさ言うツインちゃんに一応の説明をして納得させていた。

「それにしても本当にみんな去って行ってわねぇ。去る理由としてはリボンちゃんにとっては嬉しいものだと思うけど寂しくなったわね」

「そうですね。大図書館周辺の家々はほとんど空き家状態ですし。必要な物は持って行ったみたいですけど家そのものとか家具とか残っていますしね

「家具は回収して、家は…………もったいないけれど潰しましょうか。あってもどうしようもないものだし」

 ツインちゃんが言う。けれど、帰ってきた場合はどうする? と言うと、

「必要な物は持って行ったんでしょう? 先生みたいに何もかも残していったわけじゃないのなら、もう家にはいらないものしか残ってないでしょう?」

 確かにそうかもしれないが。壊すにはやや抵抗がある。

「ま、そうかもね。でもま、家具とか使えそうなものは回収して置きましょう。朽ちるのはもったいないし。家を壊すかどうかはその後決めましょう」

 ツインちゃんの言う通りではある。せっかく作った家具を何もせずに朽ちらせてしまうのは先生に申し訳ない。


 フラッグを倉庫に仕舞い終えて三人で一服をする。今日は休館の為利用者はおらず、三人だけが大図書館にいた。窓から外を見ると住人達が行き交う光景はなかった。何人かの住人達が集まって談笑している姿が目に入るが、それだけだった。

「なんだかすごく変わってしまったような気がしますね」

 窓の光景を見ながらエルフがしんみりと言った。

「昔はもっと少なかったわ。まだ多い方よ。この世界はもともとリボンちゃんしかいなかったんだから」

「それでも、慣れた親しんだ人達が居なくなるのは悲しいですよ」

「まあね」

 二人してお茶を啜る。リボンちゃんは一人、昔を思い出す。一人だった時を。大分色褪せてしまった記憶を。何にもなくて満たされていてたまに来る訪問者に誰がが落としていく本や何に使うか分からないモノまで、拾っては飽きるまで読んで、弄っていたような気がする。ちょっと思い出せないけど、たぶんそうだった。

 それから、先生が来て、ツインちゃんが来て、住人が増えて、訪問者も増えて、フラッグが増えて。世界がどんどん変わって行って追い付くので精一杯で。

 いつの間にかこうして自分が世界を変えていく立場にいて、今また世界が変わろうとしている。幸せを掴んだ人達がこの世界から巣立っていく。

 いつか、ツインちゃんもエルフもそうなる日が来るのかな、と視線を向けると二人はその視線に気付いて、

「どうかした?」

「どうしました?」

 と何でもない様に声を掛けてくれる。リボンちゃんは先ほど思っていたことを訊ねてみる。いつか、二人もこの世界から去る日が来る? と。すると、ツインちゃんは怪訝な表情を浮かべて、

「アンタ、何考えてると思ったらそんなこと考えてたわけ? やっぱり時々アンタっておバカになるわね。アンタ、私の幸せを忘れたの? 私の幸せは居場所が欲しい、よ。なんで手に入れたのに自分で居場所を捨てなきゃならないの」

 そう答えた。続いてエルフが、

「リボンちゃん以上に好きな人が出来たらですかね。まぁ当分ないと思いますけど」

 少しおどけた様に告げた。

「なに? アンタもしかして私達もいなくなるんじゃないかって思ってたの? 全く。エルフはともかく私はあり得ないわ」

「ともかくってなんですか」

 すかさずエルフが指摘するも、エルフも好きな人ができる前にもう一度リボンちゃんと恋をしますから、それまではいなくなりませんよ、と言う。

 それを聞いてどこか安堵している自分に気付く。リボンちゃんはツインちゃんやエルフに居なくなってほしくない気持ちがある。他の住人よりもそれがずっと強かった。


 先生から引き継いだ幸せの世界の形は少しずつ変化をしながら、でもこの世界にいる人を幸福にできていた。幸せを掴んだ人は第二第三の夢屋を作りにこの世界から去った。この世界から始まった幸せをもっと多くの人が享受できるように。その道を選択するのも一つの道だろうとリボンちゃんは思う。

 リボンちゃんは生きた証を作って変化する幸せの世界の調律者を果たしている。人が訪れては新たな世界へ旅立つ。その繰り返しをツインちゃん、エルフと見続ける。

 ――――ああ。やっぱりツインちゃんとエルフが傍にいてくれる事が嬉しい。何故か。決まっている。寂しくないからだ。だからそれを告白した。自分でも突然の事だとはリボンちゃんは思ったが。

「今更言われてもねぇ。それぐらい知ってたわよ。アンタさびしがり屋だからね」

「それはお互い様です。一緒にいれば寂しくないのは当たり前ですよ」

 ――――ああ。これだ。この何気ない言葉がいい。リボンちゃんには想像するしかないが、家族のような具体的な事を言わなくても分かってくれてる安心感というのだろうか。それがあった。


 もし、先生がこの世界を今の自分を見たらなんというだろうか。褒めてくれるだろうか。それとも先生が見ていたものと違うと言われてしまうだろうか。その可能性は否定できない。でもやり方は違っても先生が求めていたものとリボンちゃんが手繰り寄せようとしているのは同じもの。それは間違いない。住人こそ旅立っていったけれど、みんな自分の思うがままに幸せを掴んだまま新たな世界へ行ったのだ。それは先生も認めてくれるだろう。でもこのまま夢屋を休止していることは怒られてしまうな、とは思う。出て行った住人達の家々を片付けたらまた夢屋を再開しようかな、と久しぶりに思った。


 その日。出て行った住人達の家の取り壊しを行った。家具や残された物を取り出していらない物といる物に分類して、いる物は大図書館の倉庫に一旦収めて置くことにする。いらない物はもったいないが処分する。その作業は世界に残った住人達も手伝ってくれた。

 

 そして、いよいよ家々の取り壊しが始まった。壁を天井を崩して柱を倒す。大きな音を立てて家の形がなくなっていく。壊した家のほとんどが先生が作った家なのがなんとも言えなかったが仕方がない。一つ取り壊してはすぐに次に取り掛かり大図書館周辺にあった家々の群は見事に更地になった。家を壊した跡地はまだまだ汚いが掃除をすれば見た目も綺麗になるだろう。

「家を壊すと見た目も相まってますます寂しく見えますね」

 そんな事をエルフが呟く。

「そりゃアンタはそう思うでしょうね。でもね、私が来た頃はこんなだったわ。リボンちゃんにとってもね。跡地を綺麗にしたら元の光景が拝めるわよ?」

 ツインちゃんはそんなことを言う。けれど元の景色という言葉に少しだけ懐かしさを感じた。

 翌日、家々の跡地を綺麗にした。長い間陽に当たらなかった土地は周囲の土地とやや色が違っていた。

 土地の色こそ違和感が残るけれども景色はツインちゃんが来た頃辺りの懐かしいものに戻っていた。

「なんか懐かしいわね。私が来た時の事を思い出すわ」

 景色を見ながらしみじみとツインちゃんが呟く。それに同意するように何人かの住人がうんうんと頷いていた。もう、この世界では最古参になる住人たちだった。エルフやリボンちゃんが夢屋の時の住人達には分かりかねる感情なので不思議そうに見ていたが。

「さぁて、終わったわね。みんなありがとう。じゃあ、解散!」

 ツインちゃんの言葉に手伝ってくれたみんながばらばらといなくなる。残ったのは結局、いつもの顔ぶれだった。

「私たちも帰るわよ。エルフはどうする? 図書館寄ってく?」

「ええ。寄って行きます」

 リボンちゃんもエルフに続いて大図書館へ寄るとツインちゃんに伝える。

「そう。じゃあ、帰って一服つきましょう。はぁ、最近は肉体を酷使する作業が多いからくたびれたわ」

 大きな溜息を一つ吐いて誰に言うでもなく悪態を晒す。司書の時には絶対に見せないツインちゃんの顔に少しだけおかしくて笑ってしまう。

「何よ?」

 むっとした表情でツインちゃんが見る。リボンちゃんは謝りながら先程思っていたことを素直に述べると、

「そりゃあね。図書館を利用してくれる人にこんな態度は取れないわよ」

 と肩を竦めて見せた。それにすかさずエルフがリボンちゃんや自分には悪態を見せていいのかと問うと、

「いいのよアンタ達は。もう私の事なんて分かってるだろうから」

 手をひらひらとさせて構わないと告げるツインちゃんに信頼されてるのか単にツインちゃんが自分達の前にでは大雑把なのか分かりかねた。


 一服ついた所でツインちゃんは司書の仕事があるからとどこかに行ってしまった。エルフとリボンちゃんだけが残されて、大図書館の主のくせに一応客人の自分達をほったらかしで大丈夫かと思ってしまった。それを口にすると、

「信用されてるんですよ。ツインちゃんだって信用できない人をほったらかしにはしないと思いますよ?」

 エルフがそういって納得はする。ただ自分達以外の例えば訪問者達の前でこういう態度をとらないか心配になる。

「大丈夫ですよ。ツインちゃんは人を見る目はあるようですから。流石に窃盗行為を働くような人から眼は離さないですよ」

 その言葉にいつかの事を思い出す。

 確か以前、大図書館を訪れた訪問者の中に手癖の悪い人が来て持ち出し厳禁の本を持ち出そうとした時の事だった。ツインちゃんが目を離した隙に本を盗ったのだろうけど、大図書館を退館する際、ツインちゃんはその訪問者を見逃さず盗った本を提出させて強制退館。次にしたら出禁にするとペナルティまで与えた姿は見事としか言えない手際だった。誰もが気付かなかったのにツインちゃんだけ気付いていたのだから。

「あの時の事は後から聞きましたけどすごいと思いましたよ。ですからツインちゃんは見てる所は見てるんですよ」

 改めてツインちゃんの凄さを認識した。流石は大図書館司書兼館長である。少なくともリボンちゃんだったら見逃しているだろう。

「いいんですよ。できる人ができる事をすれば。リボンちゃんができてツインちゃんができない所をリボンちゃんが補ってあげればいいじゃないですか。その逆もあります」

 エルフの弁は納得できるが、でも自分でもできる努力はするべきでは? と言ってみると。

「それは人それぞれじゃないですかね。まぁできるように努力するのは素晴らしいと思います。何だってできないよりはできた方がいいですからね。けれど、相手に頼るのも悪いことではないですからバランス次第ですかね?」

 その方がいいな、とリボンちゃんは言った。


「ところで、」

 エルフが話の話題を変えた。やや真剣味を帯びた声に居住まいを正す。

「リボンちゃんは夢屋の再開はしないんですか?」

 どくん、と心がざわついた。そういえばもう長く夢屋をしていない気がする。時間としてはそんな経ってはいないだろうけど。

「多くの住人達がリボンちゃんや先生の姿を目指して出て行ったじゃないですか。リボンちゃんはこれからどうするんです?」

 これから、どうする、か。夢屋は再開するつもりだ。ただ、今までのように夢屋目当ての人は制限したままでだが。

「人は制限したままなんですか?」

 驚くエルフになぜ制限をしたままなのかを説明する。

 理由としては世界に旅立っていった住人達の邪魔をしない為と安易に幸せを掴みに来る人の防止だ。ここまで名が知れたとなれば確実に楽をする為だけに訪れる人もいるだろう。楽をするのは幸せと言えるだろうか。もちろんそういう人もいるだろうが、楽をしたいだけならわざわざ夢屋を使ってもらわなくてもいいのではないかとリボンちゃんは考えていた。

「なるほど。それは、確かにそうですね」

 顎に手を当ててうんうんと納得するエルフにもう一言告げる。

 ただ、それだと人は来ないかもしれないと。誰だって名の知れた所へ流れるから、旅立った住人達の夢屋へ向かうだろう。そういう事もあるかもしれないと。

「それは、それならそれでいいんじゃないですか? もし住人達の方が勢いがあるからといって流れていく人達ならば結局どこでもいい人達なんですよ。だから本当にリボンちゃんじゃないと駄目な人達をリボンちゃんが手伝ってあげればいいんじゃないですか?」

 その言葉に固く頷く。そうだね、と。

 リボンちゃんは席を立つとグッと胸の前で握り拳を握って、よし頑張るぞ、と自分を鼓舞した。

「今から、準備するんですか?」

 頷く。

「そうですか。だったらツインちゃんには伝えておきますから、どうぞ」

 エルフに礼を述べて飛び出すように大図書館を出て行った。また夢屋を再開する。まだリボンちゃんの夢屋を求める人が一人でもいるのなら、その一人の為に頑張ろうと思った。


 夢屋の扉を勢いよく開けると長い間使ってなかったかのように埃が舞い上がった。机や椅子、本棚の位置はそのままであったけれどとにかく埃がすごかった。一度掃除をしなければ夢屋としては使えないだろう。

 掃除用具を手に棚を机を椅子を綺麗にしていく。バルコニーや家具の上にある埃から綺麗していき最後に箒と塵取りで床に落ちた埃ともども取り除く。

 一人でするには時間が掛かるがこれは一人でやりたかった。ツインちゃんとエルフは手伝うと言ってくれたが断った。ツインちゃんに意地? と訊かれてそうかもしれないと答えると、納得してくれたようで何も言わなかった。


 以前使っていたぐらいに掃除し終えた時には陽は二度落ちてしまっていた。けれど、綺麗になった夢屋を前にすると一つの達成感があった。椅子に座ってリボンちゃんしかいない夢屋の中を見渡すと随分懐かしい光景に見えた。机にうつ伏せになる。そして思う。また、始まる夢屋に人の幸せの為に動く自分。きっと住人も増えるだろうし、そうしたらまた徐々に変化していく世界。小さな変化に戸惑う事もあるかもしれないけれどいつだって受け入れてやってきたんだ。それが今の自分に繋がっている。今のリボンちゃんを作っている。

 先生から受け取った生きる指針と幸せの道。それを目指してきちんと歩いている。不安だってあるけれど、ツインちゃんやエルフに話すと何でもない様に感じられた。


 気付けば寝ていたようで。外は夜になっていた。暗いなぁ、と思いつつ夢屋を出ると空には多くの星々が煌めいていた。

 ――――なんだか。これからの事を応援してくれてる様な、そんな気がした。

 空はいつ見ても変わらない。一人だった時も先生やツインちゃんが来た時も、今この瞬間も。なら、変わったのは自分自身か、もしくは自分の周囲かどちらかだろう。ただ、どちらにしても戻る事の出来ない変化。いいか悪いかはリボンちゃんは分からない。でも一つだけ言えるのは先生からもらったものはリボンちゃんの為になっていると。

 もう一度空を見渡す。

 ――――ああ。綺麗な空だ。きっと明日は晴れるだろうな、と思いながら家路についた。


 綺麗になった夢屋をツインちゃんとエルフに見られている。何とも評価されてるような気がしてちょっと恥ずかしかった。

「へ~なるほどねぇ。随分頑張って綺麗にしたのね。それだけやる気があるって事かしら」

「それはそうでしょう。夢屋を再開するのは久しぶりですから、リボンちゃんなりに気合が入ってるんですよ」

 まぁ。気合が入ってないと言えば嘘になるが。

「ふ~ん。それじゃあ頑張んなさいよ。何かあったら私も手伝ってあげるしね」

 そう言ってツインちゃんは手をひらひらさせる。以前の様に頼れって事なのだろう。

「それで? 今日からもう再開なの?」

 それは明日からと告げる。今日一日は夢屋の最終点検をしてどこも不備がないようにしなければ。

「心配性ね。これだけ綺麗なら大丈夫よ」

 そうかもしれないが一応だ。以前のリボンちゃんはがむしゃらに頑張っていた部分があったから細かい所には気を配りきれていなかった、と思う。だからこの再開ではより先生に近づけるように頑張りたいのだ。

「でも、そこまで先生を目指す必要はないと思いますよ? リボンちゃんはリボンちゃんの良さがあるんですから。リボンちゃんのやり方でやって行けばいいんです。きっと先生もそれがいいと言いますよ」

「そうね。アンタはアンタのやり方で先を目指せばいいわ」

 エルフとツインちゃんがそれぞれリボンちゃんのやり方でいいと言ってくれる。

「じゃあ、私は戻るわ。いつまでも大図書館を閉館しているわけにはいかないからね」

 そう言ってツインちゃんは夢屋を出て行った。

「頑張って下さいリボンちゃん。何かあったら手伝いますから遠慮なく言ってくださいね」

 エルフも夢屋から出て行ってリボンちゃんだけが残る。

 さあて、と気分を入れ替えて夢屋の中を点検していく。建物自体はまだまだ現役で使える。だから家具であったり夢屋を利用する人の部屋で不足品があれば、と入念に見ていく。

 一つ一つ確認していって問題なしと思う度に心が躍った。何故かは自分でも分からなかったけれど。きっと夢屋を再開する事にわくわくしている自分がいるからだろうなと思った。

 ひとしきり点検し終え、問題がある部分はなく明日から夢屋を再開するのかと、夢屋の中を見渡す。そして心の中で先生にこれからまた頑張ると伝えて夢屋を後にした。


 翌日、大図書館へ顔を出すとツインちゃんとエルフがいた。二人に挨拶をした後、大図書館を後にして夢屋へ向かう。今日からリボンちゃんの夢屋が再開されるのだ。

 夢屋に着くなり夢屋を再開したことを知らせる説明札を作る。

 ただ、少しだけ控え目に。扉の横に大きな主張をするでもない説明札を設置してリボンちゃんはうん、と頷いて中に入る。先生が座っていた場所に再び夢屋の主として座り直す。

 そう、ここに座して幸せを掴みたい人を待つのだ、と言えば格好の良い言葉に聞こえるが、人知れず再開した事により開店休業で閑古鳥が鳴くほど人は来なかった。その状態がしばらく続くものの住人達の間ではリボンちゃんの夢屋再開は瞬く間に広がって、夢屋を利用はしないが興味をもった訪問者が訪れるくらいには人足も増えた。

 そんな訪問者から、ある興味深い話を聞いた。とある世界で幸せを掴む手伝いをしてくれる人がいるらしい、という話だ。リボンちゃんを指しているわけじゃないのはリボンちゃん自身がよく分かっている。その噂の出所の先にはきっとこの世界から旅立った住人達の誰かだろう事は想像できた。リボンちゃんの夢屋に人は来なくてもどこかの世界で夢屋をやっている住人達の所で幸せを掴む人が増えているのなら喜ばしい事だった。

 しかし、ツインちゃんやエルフに言わせれば住人達が頑張ってるのにリボンちゃん自身の所には人が来ないので喜んでばかりはいられない、と。

 けれど人が来ないのでは仕方がない。かといって訪問者の制限を解くと人は増えるだろうが、それはリボンちゃんが幸せを掴む手伝いをする人達とはいえなかった。楽をしたい人や夢屋という流行に乗りたいだけの人が多く訪れるようになる。人を選ぶのは一体何様なんだと時折自分でも思う時があるが、流行に乗る人は住人達がやっている人気の夢屋へ行く。それを住人達は叶えて行くだろう。無茶苦茶なものもあったり、夢屋の力を借りなくてもいいものもあったり、幸せを掴む手伝いをする自分達とは何だろう? と思う時が来るかもしれない。それも経験だ。リボンちゃんも通った道だ。そう思えば先生は来る人拒まずのていだったので楽をしたい人も流行に乗りたい人も本当に手伝いが欲しい人も無茶苦茶な願いの人も全て手伝って幸せを叶えさせた。その姿勢はリボンちゃんにも真似できないもので改めて先生の凄さを認識した。

 先生と同様な全ての人を向かい入れる形をリボンちゃんは取らなかった。取れなかったともいうが、やはり自分以外の夢屋の存在が一番大きい。もし住人達が夢屋をしなかったらと考えるとリボンちゃんは全ての人を受け入れただろうか。想像にするに受け入れたと思う。ただ、先生とは違うリボンちゃんがそんなことをすれば最初こそ上手くいくだろうが次第にリボンちゃんの方がついていけなくなる事は容易に想像できる。そう思えば今の状況になったのは僥倖と言えた。先生とリボンちゃんが見た先へ上手く進んでいる。

 

 リボンちゃん以外誰もいない夢屋の中で椅子に腰かけて追憶に浸る。なんだかんだと考え、自分なりに動いてきたけれど、それをふと自分の主観ではなく客観的に見てみる時がある。すると、どうだろう。先生の言っていた生きた証とやらがしっかりと歩いてきた道に刻まれている。ツインちゃんを通して、エルフを通して、住人達を通して、訪問者達から伝え聞く風聞を通して、そして何よりリボンちゃんの眼を通して。それらを振り返ると自分はやれている、と思える。これからも――――不安に駆られたり、時として暗澹たる思いに潰されそうになる時もあるけれど――――何とか大丈夫と、根拠はないがそう思えるのだ。

 その為にも夢屋を求めている人をこの世界で待ち続ける。

 長い長い道なのは分かってるけれどきっとリボンちゃんの幸せと先生の幸せが待っていると信じて――――。


 そして、夢屋の扉が開かれた。

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