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果てしなき旅路の果てに  作者: 左岸
第一章 貿易連合国編
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052 黄金都市の影 終

 空を重苦しく覆い尽くしていた漆黒の雲に、ほんの少しだけ引き千切られたような切れ端が出来、そこから冷厳な輝きを湛えた星々が微かに姿を見せる。そんな静まり返った夜空へ響かせるように、どさり、と容赦なく肉体を硬い大地へ投げ出す、重い音が響き渡った。


「も、もう一歩も動けねえ……。頭の芯が、ガンガンして目が回る……っ」


 ジグは四肢を大きく広げて大の字になり、大地へと身体を投げ出したまま、極度の疲労とともに天を仰いで大きな息を吐き出した。酷使しつくした身体は、まるでこのまま泥の大地へと深く沈み込んでいくかのように重く、指先一つ動かすことすら億劫だった。


「……だから、無理をしすぎだと申し上げたのです、ジグ」


 ぐるぐると回るジグのぼやけた視界の中心に、心底心配そうな色彩を宿して覗き込んでくる、アルスの顔が映り込んだ。深く被ったマントのフードの隙間からサラリとこぼれる彼の美しい銀の髪が、遠くの水場に灯された篝火かがりびの微かな明かりを浴びて、夜闇の中で神秘的に煌めいている。

 こうして数々の死線を共に潜り抜け、一緒に過ごすようになってから随分と長い時が経つと言うのに、ジグは不意に、その一枚の絵画のように整ったアルスの美しさに見惚れてしまい、自らの思考を一瞬だけ奪われてしまった。


「う、うう……。だってよぉ……、自分の中じゃ、多分もうちょいでコツが掴めそうな気がしたんだ、ぜ……」

「掴める一歩手前で身体の調子を完全に崩してしまっては、元も子もありませんよ」

「わーった、分かったって……。うう、脳を揺らされすぎて、本気で吐きそう……」


 頑なに空間転移術の猛特訓を繰り返していたジグの体内の総魔力量エーテルは、もはや一滴の残り火すら消えかける空っぽの寸前であった。

 生まれ持った負けず嫌いな性分が災いし、なんとか空間の座標を己の感覚で掴んでやろうと、身体の悲鳴を無視して意地になって術式を回し続けていたのだ。


「少しでも楽になるよう、冷たいお水を貰ってきましょう。ジグはそのままで、静かに休んでいてください」

「わりいな……。本当にすまねえ、助かる……」


 足早に宿舎の方へと戻っていくアルスの背中に向けて、ジグは仰向けに倒れたまま、星の覗く空を見つめて消え入るような声で返事をした。今の彼には、頭の角度をほんの数センチ動かすことすらひどく苦痛なのだ。

 額や全身から滲み出た大量の汗が、通り抜ける夜風に優しく洗われ、心地良い冷たさとなって火照りきった身体を芯から冷やしていく。


 目の前に広がる夜空の裂け目からは、相変わらず冷厳で、しかしどこか見守るような輝きを湛えた星々が、地上を静かに覗き見ている。



 ――先生、世界の果てって……一体、どんなところなんですか?


 記憶の底から不意に、まだ何も知らなかった少年だった頃の、自らの幼い声が鮮明に蘇ってきた。


「なんだ、ジグ。今日はやけに勉強熱心じゃないか。珍しいこともあるもんだ」

「だって、今夜は雲一つないから……。僕にも、世界の法則の隙間が見えたりしないかなって……」


 それは昔、少年のジグを含めた翠のみどりのたみが、峻険な山の小高い丘の上に野営地をとっていた時の事だった。

 その日は、天空全体を眩いばかりの無数の星々が埋め尽くし、夜空の中心に鎮座する満月は、世界を白銀に染め上げるほどの神聖な輝きを放っていた。


「あっはっは! 秘術の源なんてものはな、ジグ。そうやって目を凝らして望めば、誰でも簡単に拝めるような安い代物じゃないぞ」


 ジグの魔術の師であり、絶対の指標でもあったグレイデンは、豪快な笑い声を夜の山脈に響かせると、ジグの隣の乾いた草地へとドサリと腰を下ろし、愛弟子にも隣に座るよう優しく促した。


「ただまあ、目には見えずとも、その大いなる存在を肌で感じるためのすべならある」

「え、どうやるんですか!? 教えてください、先生!」


 グレイデンのすぐ隣に座り直した幼きジグは、逸る気持ちをどうしても抑えきれないといった様子で、目を輝かせて問いかける。


「よしよし、それならジグ。まず基本だ、星読みの運行術は、もう私に小言を言われずとも充分に出来るようになったのだろうな?」


「えっ……。あ、はい……。まあ、その、ほんのちょっとなら……」


 不意にグレイデンから核心を突く意地悪な問いかけをされ、ジグは居心地が悪そうに身を縮め、赤髪をかきながらもじもじと答える。彼は昔から、実践の魔術以外の地道な座学や天体観測といった勉強には、あまり興味が持てず、どうしても熱が入らなかったのだ。

 グレイデンはそんな愛弟子の分かりやすい態度を見て、本当に仕方のないやつだなとでも言うように、大きな掌でジグの赤髪をごしごしと撫で回し、それから二人で同じ夜空を見上げた。


「ほら、よく見るんだ、ジグ。あそこの天頂の空に、今夜集まっているどの星よりも一際、強く眩しく輝くものが見えるだろう」

「あ、はい。夜が明けて、朝が近づくと一番最初に見える、あの大きなやつですね」


 グレイデンの太い指が指し示す方角へとジグが真っ直ぐに視線をやると、そこには遥か遠く、虚空の深淵で王者のように眩く凛然と輝く星が、ぽつんと一つだけ存在していた。


「あれが『ステラマリス』。我ら魔導を志す者の間では、『始まりの標星ひょうせい』とも呼ばれている特別な星だ。広大無辺な宇宙という名の、果てなき虚空の海を渡るための絶対の道標。……言い伝えではな、あの星から放たれる光の軌道を己の紡ぐ魔術の糸で正しく追うことが出来れば、人は、この世界のあらゆる因果や法則の外側に行ける、とされているんだ」

「あれが……法則の外側……」


 少年のジグは、しばらくその星が放つ圧倒的な魔力の輝きに魅入られたように、瞬きすら忘れて、ずっとずっと夜空を眺めていた。

 グレイデンはそんな愛弟子の小さな身体が夜の寒風で冷えてしまわぬよう、自らの大きなマントの肩を抱き寄せ、将来の大魔術師の卵である少年の、純粋で果てなき好奇心を優しく支えてやった。


「……でも、先生。どれだけ目を凝らしても、僕の魔力じゃ何も感じないです」

「そりゃあそうだろう。あくまでも気の遠くなるような大昔の言い伝えだ。ただ、昔、その言い伝えを本気で信じちまった我が一族のご先祖様がな、あらゆる術式を極めた果てに、本当にこの世界の果て、法則の外側を覗き見てしまったという、それだけの話さ」


 なおも小さな唸り声を上げながら、なんとか今の自分の未熟な感覚だけでもその一端を掴めないかと意地になって天を睨みつける少年に、グレイデンはどこまでも優しい、暖かな眼差しを向けたまま、静かに言葉を続けた。


「――なぁ、ジグ。お前は、世界の果てというのは、一体どんなところだと思う?」

「えっ? 世界の、果て、ですか……?」

「そうだ。こういう高位の秘術というのはな、魔術の構築と同じで、まずは自分がどれだけ鮮明にその光景をイメージ出来るかどうかが全てなんだ。自分が思い描けない場所に、術式は決して届かない」


 少年のジグは腕を組み、小さな目をきゅっと閉じて、まだ見ぬ世界の最果ての景色を必死に脳裏に思い描こうとする。

 満月の清らかな光に照らされた、師弟のよく似た鮮やかな二つの赤髪が、夜風に吹かれて互いに言葉を交わし合うかのように、静かに、優しく揺れていた。


「先生は、その……どういうイメージなんですか?」

「お、なんだ。散々偉そうな口を叩いておいて、もう俺の答えを聞いちゃうのか?」

「ヒントを貰うだけです。真似するわけじゃないですよ」


 少しむっとしたように子供らしく頬を膨らませるジグに、グレイデンはまたしても天を仰いで豪快に笑うと、夜空の頂点で静かに息づく始まりの標星ステラマリスをじっと見つめた。その深紅の瞳に、星々の光が鋭く反射する。


「俺はな、ジグ。あれが『波』に見えるんだ」

「波?」


「そうだ。この世界、いや、神々をも作り出した根源の大いなる存在なにかがいる最果ての世界……そう考えると、寄せては返す巨大な波が、全方位の虚空に満ち満ちているような世界だと思った。……そうやって頭の中をカチリと切り替えた途端、俺の身体には、その世界の法則を捻じ曲げる秘術を扱えるだけの『下地』が、一気に出来上がってきたな」


 波かあ……と、ジグは先生の言葉を反芻しながら、再びきゅっと目を閉じて想像の翼を広げた。

 幼さの残る眉間にこれでもかと深い皺を寄せ、何とか天才であるグレイデンのイメージを道標にして、自らもその深淵のきっかけを掴もうとする。だが、自分という人間の魂が本能的に感じるものとはどうも決定的に違うらしく、どれだけ念じても「波」の情景は生きた術式として脳裏に浮かび上がってこない。


 グレイデンはあえてそれ以上は声をかけず、幼い愛弟子の思考を邪魔しないように、静かにその横顔を見守った。全く、日中の他の退屈な座学の授業では、すぐに気持ちよさそうに爆睡してしまうというのに、ひとたび魔術の深淵に関わる事となると、大人顔負けの凄まじい集中力と執念を見せるやつだなと、グレイデンは可笑しそうに、そして誇らしげに思った。


「……神様も作ったって事は、それは、僕たちがいるここよりも『もっと上の世界』に住んでるって事ですか?」

「うーん……、上、か。面白い解釈をするな、お前は」

「上って言うか……何て言えばいいのかな。例えば、犬にははっきり聞こえる音が、人間の耳にはどれだけ頑張っても聞こえないみたいに……すぐ隣にあるのに気付けない、そういう、次元が違うような……」


 グレイデンはジグの拙くも本質を突いた言葉を聞き、今度は自身が深く腕を組み、感心したように思案に耽った。

 なるほど、五感の延長線上に世界の果てを捉えようとするか。この恐るべき着眼点と直感的な発想力は、やはりこの先、一族の歴史に名を残す将来の大物になるやもしれんなと、グレイデンは内心で確信した。


「なら、ジグ。お前の思い描く世界の果てのイメージは、その『音』が一番形に近いか?」

「音……。そうですね、そう言われると、多分それが、僕の頭の中でいちばんしっくりきそうです」

「はは、上出来だ、ジグ! ならば次の段階、いよいよ核心だな。……お前はその、世界の果てから聞こえてくる不可視の音に、一体どういう『名前』を付ける?」

「名前、ですか?」


 グレイデンのあまりにも唐突な質問に、少年のジグは当惑したような声を漏らし、閉じていた目をパチクリと開けた。


「そうだ。普通の魔術を編む時なら、自然界に満ちるエーテルを基本として、時に大いなる三大神に呼びかけるだろう? 秘術も全く同じだ。お前がいつの日か、どうしてもその法則の外側の力を引き出さねばならなくなった時……心の奥底で強く呼びかけるための、お前だけの『真名なまえ』を予め考えておくんだよ」

「ええ……。名前なんて急に言われても、困ったな……」


 魔術の構築とはまた別の、己の魂の在り方を問われるような難問が降りかかってきたことで、少年は再び頭を抱えて悩み始める。

 けれど、考えすぎて熱くなってしまった頭の芯を、夜の山脈から吹き下ろす冷気が優しく撫で、火照った身体を冷やしていく感覚はひどく気持ちよかった。遥か遠くのパチパチとはぜる焚き火の向こうからは、一族の大人たちが美味い酒を酌み交わしながら談笑する声が、風に乗って微かに聞こえてくる。


 草むらを風が吹き抜けていく寂静の名残り、大人たちの朗らかな声の響き、そして、すぐ隣にいる大好きな先生の衣服が擦れる、絹擦れの微かな音……。

 世界に満ちるあらゆる「音」の粒子に耳を澄ませているうちに、少年の脳裏の霧の向こうから、何かが決定的な形となって思い浮かびそうな、そんな予感がした。


「……先生は、自分のその『波』に、なんて名前を付けたんですか?」

「俺はな、空間を伝う『波動』と呼んでいる」

「波動……。ううん……」

「難しく考えなくていいんだぞ。ジグ、お前はどんな名前を、その世界に付けたい?」


 グレイデンが大きな腕でジグの小さな肩を優しく抱き寄せると、彼の分厚い胸に自然と頭を預けたジグの耳に、グレイデンの力強く、規則正しい心臓の鼓動がドク、ドク、と微かに伝わってきた。


 それから、どれほどの沈黙が流れただろうか。

 少年のジグはおもむろに、まるで天啓を得たかのように何かをハッと思いついた様子で、


「――じゃあ、僕は……」


 と、決意を秘めた瞳で偉大なグレイデンを見上げ、高らかに宣言したのだった。


「それじゃあ、僕は……」


 仰向けに倒れたまま、しばし心地よい昔の記憶に深く浸っていた大人のジグは、在りし日の自分が口にした、あの幼き日の言葉を、現在の夜空の下で静かに零した。

 それは、今や帰る場所を失ってしまったかつての優しい先生や、一族の皆と共に笑い合っていた温き記憶をたどる、酷く懐かしい響きがした。


(お……。今夜も、あそこにあるな。始まりの標星。まだ夜が深いから、雲に隠れて小さくて見えづらいけどよ……)


 ジグは雲の僅かな切れ間から健気に覗く、夜空の頂点で一際凛と輝くあの星に目を止める。

 結局のところ、魔術以外の退屈な授業には、その後も一切身が入らない不真面目な日々を続けて一族の大人たちを呆れさせてしまったのだが――あの晩、世界の特等席で先生と二人きりで眺めた、始まりの標星の神聖な輝きのことだけは、どんなに時が流れようとも、魂の奥底で忘れることが無かった。


 ジグは、その遥か遠くの星の光へと、指先で愛おしくなぞるようにして、重い右手をそっと伸ばした。

 過酷な転移の鍛錬によって完全に酷使しつくした身体の腕は、さながら鉛の塊のように重く、引き千切れそうなほどに痛んだ。


「あの光を己の魔術で真っ直ぐに追いかければ……法則の外側、か」


 自らの指先を追うようにして、視線がゆっくりと動く。そのジグの鮮烈な赤い瞳の奥に、本人の意思とは無関係に、微かな魔術の術式光がチカチカと灯った。


 ――ジグは、何て名前をつける?


 ――それじゃあ、僕は、


「世界の果てに響く……『残響』……」


 ジグが、かつて己の魂に刻み込んだその真名を静かに口にした、その瞬間。

 見上げている夜空の広がりに、何か、いつもとは決定的に違う「異様な違和感」を、彼の鋭い感覚が敏感に捉えた。

 どんよりとした雲間に見える星空のはるか遠く――あの始まりの標星が放つ微かな光の、さらに数万光年先の奥深い深淵しんえんに、確かな、そして途方もなく巨大な『何かの気配』を、一瞬だけ感じ取ったような気がしたのだ。

 それはまるで、あの無限の光の向こう側から、人智を超えた何者かが、地上に転がるちっぽけな自分をじっと見下ろしているかのような――。


「……なんだ?」


 不意に、頭の芯に直接、誰かの声を聞いたような錯覚に囚われ、ジグは突き動かされるようにして声を漏らし、重い上半身をガバッと強引に起き上がらせた。

 しかし、冷たい夜風が吹き抜けるオアシスの周囲を見回しても、当然ながら不審な人影など一人もおらず、ただ、遥か遠くの宿の方から、冷たい水を大切そうに抱えて歩いてくる、アルスの静かな姿が見えるだけだった。


 ジグはそのまま、遠くの星をしばらく見つめていたが、やがて、己の大きな手のひらをギュッと握っては開き、その端正な顔に微かな、どこか穏やかな笑みを浮かべた。

 もしかしたら、あの日グレイデンが見ていたという、世界の理の「入口」に、今の自分もほんの少しだけ近づくことが出来たのかもしれない――そんな暖かな充実感が、疲弊しきった胸の奥底に静かに広がっていくのを感じたからだ。


 それがたとえ、己の命と引き換えに扱うと一族で言い伝えられている、禁忌の秘術なのだとしても。

 かつての偉大な師が遺してくれた確かな名残りを感じられた今のジグの胸には、ただただ、切ないほどの懐かしさと、静かな決意が心地よく広がっていくのだった。


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 黄金都市たる首都アル・ハミドを見下ろすはるか上空。それまで夜空を重く覆い尽くしていた厚い暗雲の切れ目から、白銀の月が不意にその冷ややかな顔を覗かせる天空に、一人の男が静かに佇んでいた。


 頼りなげに差し込む月明かりが、網膜を刺すように照らし出すその超越的な姿は、かつてジグたちの前に突如として現れたあの老躯ろうくアーウィンであった。


 彼は切り裂くような激しい夜風に、白く長い威厳ある髪と髭を大きく揺らしながら、地上から遥か数千メートルの上空に悠然ととどまったまま、眼下に広がるアル・ハミドの光の海を冷徹に見下ろしていた。

 一体、どれほどの修練を積み、底知れぬ莫大な魔力をその身に宿せば、足場もない大気の中にとどまるなどというすべを持つことができるというのだろうか。しかしアーウィンは、まるで堅牢な大地の地面に平然と立っているのと何一つ変わらぬ確固たる足取りで、虚空の空に毅然と立っていた。


「……はじまるな」


 アーウィンの硬く結ばれた口元から、地上の誰の耳にも届かぬ呟きが静かに零れる。

 世界の理を見通すかのような、威厳を漂わせるその老いた顔と琥珀の瞳には、相変わらずなんの感情の起伏も浮かんでいないようであった。


「これが……最初の火」


 アーウィンは冷厳な眼差しをさらに細め、誰に言うでもなく、歴史の行く末を予言するように言葉を紡ぐ。

 彼の胸の奥底から深く吐き出された一呼吸には、呆れとも、諦めともいえる、複雑で重苦しい様々な感情が込められているかのようだった。

 次第に強さを増していく冷たい夜風は、そんな彼の吐き出した息をも無慈悲にさらい、暗闇のどこかへと引き千切るように吹き荒れていく。


「もはや、人々が血を流して争う時代など、とうに過ぎ去ろうとしているというのに……。愚かな事だ」


 アーウィンはしばらくの間、微動だにせずそのまま、地上における人々の繁栄の象徴かのような眠らぬ大都市を眺め、そこに住まう、多くの種族の者たちの営みを天空から静かに見下ろし――。

 やがて、その場から融けるように、音もなく完全に姿を消していった。

 不夜城の喧騒に狂う地上の人々は、市民も、諸侯も、潜入者たちでさえも、誰一人として今宵の天空に現れた来訪者の気配に気が付く者はなかった。


 全てを包み込む黄金の都市は、今宵も混沌とした闇夜を照らす灯台のように、その雄大で果てなき輝きを、ただ静かに湛え続けているのだった。

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