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果てしなき旅路の果てに  作者: 左岸
第一章 貿易連合国編
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016 賢者の石、再び ③

 翌日、三人は墓地の方面へと向けて歩みを進めていた。

 野営を片付けていた折、風に乗せて精霊たちが何かを恐れるような、嘆くような声をアルスが聞いたと言うのだ。


「金にはならん仕事だが、どうする?」

「まあ……ほっといて何かあったら夢見がわりいしな……」

「そうですね……。精霊たちが何を怯えているのか……」


 意見の一致した三人は、不穏な空気の澱む方角へと向かうことにした。望むと望まざるとに関わらず、割に合わない仕事に首を突っ込むことには、もはや慣れ始めていたのだ。


 半日も進んだ頃だろうか。三人のもとへ近づいてくる蹄の音が遠くから聞こえた。人の足音ではない。馬だ。

 やり過ごすために道の脇へ立ち止まったが、意外にも馬に乗った四人組は速度を落とし、彼らの前でぴたりと止まった。


「やあ。旅の人たちかな?」


 見るからにどこかの有力諸侯という風貌をした、身なりの良い青年が声をかけてきた。傍らには老練の男が一人と、護衛らしき二人の女。


「……何か俺たちに用か?」


 ガウルは警戒を露わにしながら、素早く相手を観察した。老練の男と熟練の騎士と思われる女は当然として、まだ若さの残る髪の短い女も、なかなかの実力があると胸の内で評価する。旅の空、貴族という存在に関わるのは厄介事の種でしかない。できれば避けたいところだったが。


「はは、僕たちはこのあたりを視察して帰る途中さ。怪しいものじゃないよ。ただ、僕が出した依頼を受けてくれた人たちの聞いていた特徴と、君たちがよく似ていたものでね。特に、その赤髪の彼が」


 青年諸侯は快活に笑いながら言った。

 ジグは直感していた。また面倒な何かが舞い降りてきた、と。こんなことなら、アルスと同じように外套を深く被り、顔を隠しておけば良かったと後悔したが、後の祭りである。


「それで……皆さんは、どういった方たちなのですか?」


 アルスがフードの奥から問いかける。彼は人見知りというものを知らない。もっとも、彼の場合は純粋な好奇心が警戒心を上回っているという方が正しいのだが。


「おっと、これは」

「このような美しい方がいたのに、馬に乗ったまま挨拶とは失礼したね」

「え、あの……私は……」

「いやいや、美しさに性別など関係ないよ」


 青年諸侯は、フード越しでも判るアルスの美貌を認めると、さっと馬を降り、彼の手を取って慇懃に挨拶をした。

 老練の男は、「また始まった」と言わんばかりに人知れず溜息をついている。護衛の女二人もいつものことと眺めてはいたが、同時に彼女らも、アルスの浮世離れした美しさに密かに感嘆していた。


「うーわ……いけすかねえ奴……」

「…………んん」


 本人に聞こえぬよう小声で毒づくジグに、ガウルは無言で唸って同意を示した。


「……若、そろそろ本題に入りませんと」

「おっと、そうだね」


 老練の男に窘められ、青年諸侯はようやくアルスの手を離した。


「僕が匿名で出した地下遺跡の調査……君たちが引き受けてくれたのではないかと思ってね」

「ああ……あの報酬のショボいやつな……」


(……ジグ、堪えろ)


 ガウルが肘で小突いて制する。


「はは、構わないよ。こちらも色々事情があってね。周りに知られるわけにはいかなかったから、あえて少額にしたのさ。申し訳なかったね」


 青年諸侯は不躾な言葉も気にせず、さらりと言ってのけた。


「……報告書に書いた通りのはずだが」


 ガウルは依然として警戒を解かぬまま、諸侯を睨み据えた。


「ですが、魔法陣の無力化などは書かれていませんでしたね」

「それにあの大型の魔物! あれを仕留めたんですよね?」


 護衛の女二人が、それぞれに問いを重ねる。

 ジグは観念して、天を仰いで長いため息をついた。

 これから始まるであろう、またしても割に合わない仕事の気配を、その身にひしひしと感じながら。


「わーかったよ。何が聞きたいんだ?」


 遠くに微かに見える墓地は、不穏な空気を纏わせたまま、沈黙して彼らを見守っていた。


 ----------


「なるほど……何者かの呪文書を買い付けた者が、あそこで実験をして去った……と。そういうわけか」


 その後、木漏れ日の下で互いに名乗りを終え、一行は日差しを避けるように大きな木陰に集まった。ジグが重い口を開いて地下遺跡での顛末を説明すると、青年諸侯――カシムは、面白そうに顎に手を当てて聞き入った。彼の護衛たちはそれぞれザイド、ヴァレリア、エレナといい、いずれも一筋縄ではいかない気配を纏っている。


「しかし、若。その『賢者の石』の欠片とやらを口にした獣があの魔物だとしたら……」

「最近各地で増えている魔物たちも、同じ影響を受けているのでしょうか」


 ザイドとエレナが、昨今の情勢と照らし合わせて懸念を口にする。術師が現場にいなかったとなれば、その元凶はこの国のどこかに潜伏している可能性が高い。カシムは腕を組み、沈思黙考の体を見せた。


「……それにしても、部屋と石に刻まれていた魔法陣、よく解除できましたね。あれほどの大掛かりな術式を」

「……ん? んん……まあな」


 ジグは、自分の腕を正面から褒められたことに、得意げになりそうな鼻を必死で抑え込んでいた。人里を避けて生きてきた彼にとって、アルスやガウルという仲間ができた今でも、他人から向けられる称賛は中々どうして気恥ずかしいものだった。


「ただ、あの石が結局、誰が何の目的で作っていたのかは分からずじまいだが」

「死霊術ですからね……。使われた触媒も、おそらくは生き物の血。それも、相当な怨念を孕んだものです」


 ガウルとアルスが、あの地下室で肌に感じた忌まわしい空気をカシムたちに伝える。実際、まだ遥か先にある墓地からは、今この瞬間も似たような「不浄な気配」が風に乗って届いているのだ。


「まあ、大体の話は分かったよ。危険な目に合わせて済まなかったね」

「……俺たちが好きでやったことだ。気にするな」

「ええ、あのまま放置するわけにもいきませんでしたから」


 カシムは情報を自分なりに整理し終えると、申し訳なさそうに微笑んだ。その背後で、日差しはゆっくりと赤みを増し、木々の影を長く伸ばしつつある。


「それで……君たちはこれから、どうする予定だったのかな?」

「……不死者と出くわしたんでな。住処がないか、念のため探してただけだ」

「このあたりに不死者が……ですか?」


 エレナの声に緊張が走った。不死者を呼び出す術師など、魔術の盛んな神聖王国のような国でしか聞いたことがない。


「不死者を操る術師を、三人だけで探していたのですか?」

「へえ……? エレナが『正義感の強い人たち』と言っていたのは、あながち間違いじゃなさそうだね」


 ザイドとカシムが、品定めをするような、あるいは感心したような視線を向ける。


「そういうんじゃねえよ。知らねえ振りして、後で寝首をかかれるのが寝覚め悪いだけだ」


 ジグは面倒くさそうにぶっきらぼうに答えた。


(アル……精霊たちの話はするんじゃねえぞ)

(分かってますよ、ジグ)


 二人の密かな視線のやり取りを、カシムの鋭い瞳は見逃さなかった。


「よし……ならば僕たちも参加させてもらおうかな」

「……何故だ?」

「実力があっても、三人では少々、心許ないかと思います」


 警戒を露わにするガウルに、ヴァレリアが穏やかに、けれど確かな自信を持って答えた。ザイドは、抜き身の剣のようなガウルの構えを見て、彼が相当な場数を踏んだ戦士であることを確信し、ガウルもまた、ヴァレリアの落ち着き払った佇まいに、騎士としての風格を感じ取っていた。


「そういうことだ。おおよその場所は、分かっているのかな?」

「この先の墓地です。あそこから、何か嫌な気配が……」

「墓地ですか。いかにも、という感じですね……」


 アルスの指し示す先を見て、エレナは小さく身を震わせた。幽霊や死霊の類は、幼い頃からどうしても苦手なのだ。


「では、今日はもう日が暮れてきた。調査は明日にしよう。夜の墓地なんて、怪奇譚の舞台にはもってこいすぎて趣味じゃないからね。野営地はお互い離れすぎない場所に取ろうと思うが、いいかな?」

「ああ、まあ……好きにしろ」


 ジグはカシムの押しの強さに、半ば諦め顔で同意した。どうにもこの手の人間は、軽口を叩きながらもいつの間にか自分の土俵へ相手を引き込む術に長けている。


(今後も何かとこき使われそうだな……)という懸念を抱きつつも、一方で、腕の立つ協力者が増えることは素直に心強かった。


 それぞれが野営の準備に取り掛かる。

 黄金色の夕闇は刻一刻と深まり、遥か先の墓地にも、等しく濃密な闇を投げかけていた。


 ----------


 夜闇が完全に辺りを包み込んだ頃、二つの焚き火の明かりが、風に誘われるように寄り添って揺れていた。


「いかがでしたか、若」

「予想通り……というか、それ以上に面白い旅人たちだね」


 向こう側の野営地――ジグたちの場所を眺めながら、カシムが楽しげに目を細めた。


「お気に召しましたか」

「はは。そうだね。金で動く人間ならすぐにでも勧誘したところだけど、独自の信念や目に見えない絆で動く風のような旅人を、一箇所に繋ぎ止めるのは土台無理な相談だろうね」


 カシムとザイドが交わす言葉の端々には、長年築き上げてきた鉄の信頼関係が滲んでいる。

 少し離れた焚き火のそばでは、ヴァレリアとエレナが何やら熱心に話し込んでいた。武装を解き、穏やかな火影に照らされた彼女たちの姿を見れば、誰もが街で見かける快活な女性たちだと思うだろう。とても、硝煙と鉄の匂い漂う戦場を生き抜いてきた精鋭騎兵だとは信じられないはずだ。


「しかし……『賢者の石』というものが気になりますな、若」

「まあね。帝国の魔導具に、王国ぐらいでしか見かけない高位の魔術……。それらを繋ぎ合わせて練り上げられた石か」

「二十年前の動乱……二国間の自作自演という噂、ただの与太話と思っておりましたが」


 二十年前に起きたあの大動乱。帝国と王国が裏で示し合わせて引き起こしたものではないかという不穏な噂は、今も連合国に根強く残っている。もっともそれは、連合国だけが戦火を免れた結果、戦後処理において極めて難しい立場を強いられたことへの反発から生まれた面が大きいのだが。


「……まあ、今は考えても憶測ばかりだ。どこかの狂った魔術師が単独で紛れ込んだ可能性もある。今は目の前の謎に集中するしかないな、ザイド」

「そうですな、若」


 焚き火がパチリと大きく爆ぜる音と共に、エレナが何かに驚いたような声を上げ、ヴァレリアがそれを穏やかに笑った。

 そんな部下たちの様子に目を細めつつ、カシムはふと思い出したように口を開く。


「それにしても、アルスと言ったかな。中々興味深いね」

「フードで隠してはおりますが……おそらく、あの奥には黄金の瞳を宿しているかと」

「黄金の瞳か。伝説やら不吉な噂やら、色々背負わされるものを生まれ持ったら、隠したくもなるか。……僕としては、その瞳がどれほど美しいものか、一度拝見したいんだがね」

「フレデリカ様の機嫌を損ねますぞ、若」


 ザイドの冷静な釘刺しにカシムは苦笑し、夜の静寂の中に二人の談笑が溶けていく。


 一方、ヴァレリアとエレナの会話はさらに盛り上がりを見せていた。


「……ですから! やっぱり常に隠しておくのが秘訣なんだと思います!」

「でも、私達がそういうの真似できるかしら……」


 二人で何やら熱心に、けれど楽しそうに言い合っている。どうやら彼女たちもまた、あの美しい旅人の謎に、少なからず心を奪われているようだった。


 ----------


「……ジグ、どうしたんですか?」


 背後からかけられたアルスの穏やかな声に、ジグははじめて、自分がどこを見るともなくぼーっと火を眺めていたことに気がついた。

 今夜はガウルが先に眠りにつき、ジグとアルスの二人は、交代の時間まで共に焚き火の番をしていたのだ。


「……ん? ……うーん。なんつーか……、皆、俺の事気にしねえんだなと思ってよ」

「ジグの事?」

「んん……、髪の色とか、こういう見た目とか、色々な」


 燃えるような赤髪に、同じ色の瞳。人とは明らかに違うみどりを帯びた肌、そして尖った耳……。

 これまで一人で生きてきた道中、ジグは常に周囲から驚かれ、あるいは露骨に忌避されるのが常だった。だが、アルスやガウルと共に旅をするようになってからというもの、そうした不快な視線に晒される機会は、驚くほど減っていた。

 たまに珍しがられることはあっても、以前のような「拒絶」を肌で感じることは、滅多になくなっていたのだ。


「……もしかしたら、見える景色が変わったのかもしれませんね」

「見える景色?」

「ええ。自分がそれまでいた世界を離れると、見えるものは変わるものです」


 焚き火のあかが、ジグの翠色の肌を柔らかに包み込んでいる。

 もしかしたら自分は、周りから拒絶される反応を無意識に期待し、そういう相手とばかり関わっていたのではなかったか。期待通りの冷たい反応を見て、「やはり一人が気楽だ」と自分を納得させようとしていただけではなかったか……。

 アルスやガウルとこうして火を囲むたびに、彼の心に積もっていた孤独という名の厚い雪も、少しずつ溶け始めているのかもしれなかった。


「……お前も、見る景色は変わったのか?」

「はい。色々なものが変わりました。そして今も、変わり続けているかもしれません」

「……いつか、そのフードで顔を隠さなくても良くなるといいな」

「これ、結構涼しくて快適なんですよ?」

「なんだそりゃ」


 夜風が通り抜けるのと同じような軽やかさで、二人は笑った。

 夜はますます深まろうとしている。


「……そうだ。ガウルが使えそうな魔術、今のうちに考えてみませんか?」

「そーだなあ……どういうのがいいか……」


 ジグは腕を組み、傍らで眠るガウルに視線を転じた。

 焚き火のそばで横たわるガウルの姿。旅の初めの頃は、腕を組んで座ったまま、片時も警戒を解かずに眠っていた男だったのだが。


「……結構、熟睡するようになったよな。ガウル」

「ええ。本当に」


 雲一つない満天の星空の下、二人は互いの知恵を絞り、仲間のために相応しい魔術の形を語り合いながら、夜を明かしていった。

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