有事の夜に
結界を張り、五行の一族の内、青龍、白虎、朱雀、玄武の家の者たち……ほのかや黒斗と同時期に学府を卒業した者たちだけでなく、それより三つほど上の世代の者たち……が集まり、麒麟の一族の族滅について話し合った。
「麒麟の巫女のかどわかしだが……これを真っ先にさせなければならない。だが、これは男が無理に行えば、別に問題が起こる」
「……不逞を働いたなどと言われたら、社会的にも終わるし、瑞樹家も腐っても麒麟の一族。バックにいるのが何者かを考えたら、男がかどわかすのは無理だろうな」
そもそも陰陽寮を廃止したい政府を止めたのは貴族……今の華族であり、花菱家のような者たちの庇護下により陰陽師たちは今も活動している。
表だって麒麟の巫女をかどわかせば、それすなわち、華族たちの人脈により社会的に死亡させられかねないのだ。いくら陰陽師たちが戦いに強くとも、それは彼らを庇護下に置いている者たちのおかげ。もしも彼らに社会的な制裁を加えられたら、いくら力が強くても太刀打ちできない。
人が一番おそろしいということは、彼らが誕生した平安の世からわかっていることだ。
「だが、女の陰陽師だが……今は子を成している時期だろう? どれだけいる?」
「拝み屋を雇うにしても、五行の一族の者を幾ばくか入れなければ無理だろうな」
「玄冥の。お前のところの朱明のは?」
黒斗は声をかけられ、渋い顔になった。
「妻だが……」
「はいはいはーい! あたし、まだできてません! やれます! やれます!」
あまりにも元気よく言うので、男性陣は黒斗のほうを複雑な顔で見た。
どう考えても、子供ができてないというのが丸わかりなのだから黒斗はいたたまれないのだが、残念ながらほのかには通用していない。
「玄冥の……その……」
「……妻にやらせるか否かは、明日に返事をさせてくれ。どの道、決行は」
「次の朔だろうな」
朔夜。新月。月の完全に隠れたる夜は、占いの精度が最も落ちる頃合いであり、麒麟の巫女の誘拐後、すぐに麒麟の一族に襲撃をかける。
ひと晩で終わらせなかったら、彼らの産み出した異形が来るやもわからないし、陰陽寮の他の者たち……既に麒麟の一族に恩義やら癒着やらで彼らに手をかける訳にはいかないと思っている者たち……による制裁がはじまる。
それまでに全てを終わらせなければならないが、まだ朔夜まで三日はあった。
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普段履かない革靴のおかげで、いささかほのかはくたびれた。
「足痛い……」
まさかワンピースに革靴で立ち回るつもりはなかったのだが、話がたった一日で二転三転し過ぎた。
変若水が出てきたと思ったら、そこから鬼、異形が出てきた経緯、そして麒麟の一族の討伐まで話が進むとは誰が思うのか。
お湯の中で膝を抱えながら、ほのかは考え込む。
(今動ける女の陰陽師は、あたしだけだし……拝み屋に頼むとしたら南雲も来てくれるとは思うけど、全部頼り切るのは無理だよね……)
撫子を誘拐した末に、麒麟の一族を滅ぼす。その際に援軍として異形がどれだけ現れるかわからないし、ひと晩の内にけりを付けないとどうなるのか読めない戦いになる。
時には大捕物になったことはあれども、それはあくまで怨霊退治や魑魅魍魎退治。人間同士での殺し合いにまで発展したことは今までなかった。
(でも……結果として異形が生まれてしまった……撫子様は優しいけれど、麒麟の一族が他はどうなのかまではわからない……頑張らないとなあ……)
そう思いながら湯を出て、浴衣に着替える。昨今は洋服流行りながらも、なんだかんだ言って和装が一番彼女には気軽である。そのまま部屋に入っていった。
部屋に戻ると、まだ文机を片付けることなく、黒斗は硯と筆を出して、ずっと紙を広げて祝詞を書き連ね、それを折りたたんで式神をつくっていた。ほのかが戻ってきたことに、黒斗はちらりと顔を上げる。
「出たか。折角の活劇写真だったのに、それどころじゃなくなったな」
「ああ、うん……楽しかったんだけどね。それ、有事の際の備え?」
「ああ。ひとつ失敗したらどれだけ命を落とすかがわからない。備えはどれだけ合っても足りない」
「そっか。あたしも、撫子様を確保し終えたら、応援に駆けつけたほうがいいよね」
「それだが」
黒斗は筆を硯に添えると、ほのかに手を伸ばした。ずっと筆を動かしていたのだろう。黒斗の指先は少し墨で染まっていた。
「黒斗……」
「お前は行くな」
「行くなって……でも、これ以上瑞樹家を放っておいたら、また鬼が……異形が……」
「ああ、出るな。だから滅ぼさないといけない。だが、お前は女で、俺の子を産む体だ。行かせる訳にはいかない」
「……っ、あんたっ、なにを言っているかわかってるの……!?」
「惚れた女に、むざむざ死地に行かせたい男がどこにいる?」
そう言いながら、彼女の手口を掴んだ。
まだ布団も敷いていない畳の上にほのかが薙ぎ倒されるのに、そこまで時間はかからなかった。濡れたぬばたまの髪が、畳に散らばった。
「ほのか……俺の子を産め」
「……黒斗」
互いの息が近付く。湯浴みで立ち昇った汗の香り、石鹸の香りが漂う。
黒斗は彼女の鼻筋に近付いたときだった。
「……今の言葉、そっくりそのまま返してやるわ」
ほのかの野太い声が響いた。
浴衣から脚が伸び、腕が黒斗の首に絡みつき、そのまま締め上げられる。胴絞めであった。いくら男女で体格差はあれども、武道の鍛錬はほのかの方が上手であり、黒斗が任務で留守の間、刀は使えずとも手以外は無事だから普通に鍛錬は続けていた。
つまりは締められて痛い。
「いだだだだだだだだっ…………!!」
「あんたね! あんたの話ばっかり押しつけないで! あたしにはあたしの考えがあるの! あんたがあたしのことを好きなのはわかった! あたしのことが心配なのはありがたいけど! 子供孕ませたら行かせなくて済むってその安直な考えがあたしは嫌なの許せないの……!!」
「わがった、わがったから、本当に……やめ……」
ちなみに胴絞めは柔術の中でも腹に負担が強過ぎるため、道場での試合では禁止技である。武術が不得手な黒斗では、それをどうこうすることはできず、だんだん顔が青くなっていったのを見かねて、ほのかは「ていっ」と黒斗を畳に転がした。
黒斗は全身で息をした。そろそろあばらがミチミチ音を立てそうだったが、寸前に止まったのである。
息を切らしている黒斗を見ながら、ほのかは睨む。
「あんたね! あんたの子はちゃんと産んであげるから、余計なことしないでよ!」
「……わかってるのか!? 相手は瑞樹家だぞ! 五行の一族でありながら、手の内をなにひとつ見せてこなかったし、異形は不老不死の材料を集めているし、なにが起こるのか俺たちにだってまだわかってないんだ! そんな危険な場所に妻を連れて行こうとする奴がいるか!?」
「ここにいるでしょうが! あんたの妻はあたし! あたしの夫はあんた! 子作りは全部終わったら謹んで受けてやりますから……あんたはあたしに過保護にずっと術式刻んでいたでしょうが。そんなにあたしのこと大事なら、死なないようにちゃんと術式刻め。生きて帰ってやるし、あんたのことも守ってやるわ!」
ほのかの啖呵に、黒斗はしばらく呆けた顔をした。そのあと、「はあ……」と息を吐いた。
「……悪かった。お前が相当の馬鹿で考えなしだということを忘れていた俺が悪かった」
「なんでいきなり馬鹿にされてるの」
「全部終わったら孕ませる。が、今は」
黒斗はようやく息を整えると、ほのかの唇に吸い付いた。
飛縁魔との戦いのときにも感じたが、もう五行相剋の拒否反応は起こらない。その中で、黒斗は彼女の唇をずっと吸い続けている。ほのかでは、これが今までしつこいほどに刻み続けていた術式を更新しているのか、ただ子作りができない欲求不満なのかの判別ができなかったが、ただ彼の背中をなぞっていた。
(まあ……全部終わったあとならいいか)
かつては誰と婚姻することになっても、子作りするのだろうと漠然と思っていた。
だが今は違う。ほのかはもう黒斗しか目に入っていない。




