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五行の花嫁  作者: 石田空


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麒麟の一族

 黒斗は陰陽寮に、花菱邸の件を伝える中、自身の結界が破られたことに気付いた。

 異形が術式を使って打ち破ったらもっと反動が大きいが、どう考えても物理的に破られた……術式の一切使えない人間が護符やら式神やらを破いたような様子だった。


「……妻が結界を破りました。異形は逃走したようです」

「なんだと!? 貴様、どのような責任を……」

「おそらくですが、妻は脅されたのでしょう。呪詛返しを食らって自分が死ぬとかなんとか」


 ほのかの性格を思えば、黒斗の命と異形二匹を見逃すこと、どちらかを天秤にかけざるを得ない状況に追い込まれたのだろう。異形はそもそも元を正せば陰陽師から生まれ出る。それは陰陽師のように知に長け狡猾なのだから、直情的な人間では見抜くことができない。


(……やっぱり俺が残るべきだったか。ほのかはそもそも術式が使えない以上、呪詛返しなんてしようもないのだから)


 自身の不甲斐なさに、黒斗が歯噛みしている中。


「玄冥、悩んでいるようだな」


 のんびりとした口調で声をかけられた。

 同じ時期に学府を卒業し、今は婚姻を結んだはずの句芒家のあおいであった。清流に連なる一族の彼は今は朱明の……ほのかの遠縁に当たる……妻を娶って別荘に住んでいたはずだ。

 黒斗とほのかの張り合いが激しかっただけで、今期婚約を結んだ中で、最初から仲のよかった夫婦はそこまで多くない。たしか葵のところもそうだったか。

 黒斗は自身の髪を撫でる。


「……妻が鬼を取り逃がした」

「鬼……ずいぶんな異形が釣れたじゃないか。君たちなんの任務に当たってたの」

「さあな。変若水の防衛戦だと思っていたが、どうやらそれだけでは済まなくなったみたいだ」

「なるほどねえ……最近の異形の様子、どうにもきな臭いからねえ。さすがにうちの奥さん身重だから別荘に置いてきているけどね。うちに来た依頼は富士の霊薬の調査だったよ」

「……富士の霊薬だと?」


 大陸から渡ってきた変若水と同一視されがちな富士の霊薬。かつて月からやってきたかぐや姫は、月の都に帰る際、時の帝に不老不死になる霊薬を置いて立ち去ったとされる。

 今回、健康食品と騙された末に変若水の輸入に手を出してしまった花菱といい、こうも不老不死に関する薬の話が続くと、なにやら因縁めいてくる。


「なにが起こってるんだ?」

「異形側もなにやら焦っているのかもね。だってそもそも、異形は陰陽師からしか生まれない。異形同士が代を重ねていっても、その血縁はだんだんと壊れていくのが目に見えているんだから」


 人間同士ですら、血縁が濃くなり過ぎればいずれ血脈は少しずつ壊れていき、いずれ破綻してしまう。既に人間をやめてしまっている異形だって、同じことがありえるだろう。

 葵の指摘に、黒斗が考え込んでいるときだった。

 車がものすごいスピードを上げて、陰陽寮の前に止まったのだ。中からは、ぜいぜいと息を切らしてほのかが飛び出してくる。

 黒斗は「ほのか……」と呼び、葵はのほほんとした顔で「やあ、朱明の」と手を振った。


「句芒の……うちの三奈みなは元気?」

「元気だよ。まあ、まら身重になってそこまで経ってないけど、負担になるとまずいから家で寝かせてる」

「そう……懐妊おめでとう」

「親戚同士の挨拶はそこまでだ。ほのか、どうして鬼と飛縁魔を閉じ込めていた結界を破った?」

「ごめん……それだけど。そもそもあの鬼、瑞樹家に復讐したがってた」

「うん?」


 黒斗が目を釣り上げるのを見ながら、葵は手持ちの紙で鶴を折り、その場に飛ばした。簡易的な防音のための結界を施したのだ。


「それ、俺も聞いて大丈夫?」

「句芒のも聞いて。瑞樹家……代々麒麟の巫女を生み出すために、無茶苦茶な婚姻統制してたみたいで」


 鬼から聞いた話、鬼の出自、そして現在瑞樹家で行われていること……なによりも、現在の麒麟の巫女であるはずの撫子が異形であり、かろうじて自我を保っているという話になると、黒斗だけでなく葵すらも顔を険しくしていく。


「そんな無茶苦茶な話があるか!? 占いの精度を維持するためだけに……代々異形を生み続け、放逐を繰り返していたなんて……」

「これ、普通にまずいね。これ普通に国に聞かれたら、陰陽寮取り潰すための大義名分にされかねない」


 そもそも、国が体制が変わる際、陰陽寮は廃止されるはずだった。それが阻止されたのは、ひとえに文明開化の際に湧き出してしまった魑魅魍魎、なにかの際に暴れる怨霊ならば、拝み屋たちでも祓えるが。陰陽師から生まれ出た異形は、五行の一族以外対処できない。

 だが。鬼は麒麟の一族から生まれた。しかも既に代を重ねている。

 異形を意図的に作り出していたとなったら、そんなもの国が黙っている訳がない。

 そうなった場合、五行の一族の後始末は、五行の一族で執り行うしかなくなる。

 黒斗は「はあ……」と息を吐いた。


「どうしてそんな面倒なものを、よりによってお前が引き当てた」

「しっ、仕方ないでしょ!? あの鬼が勝手にペラペラしゃべったのをあたしは伝えただけだしっ!」

「でも困ったね。俺たちには麒麟の巫女の預言が必要なのに、もうそれには頼れない」

「……あのさあ、撫子様は助けることができないの? あの人もたしかに異形だけど……あの人は自我がある」


 彼女はどこまでも優しい人である。ほのかが憔悴していたときに茶を点て、励まし続けていた。彼女が自身を異形だと告白したのだって、よっぽどのことだったのだから、ほのかは彼女を信じたかったが。

 黒斗は「彼女だが」と告げる。


「彼女が生まれたのは、そもそも意図的にじゃないのか?」

「えっ? 異形に生まれたことが、そこまで……」

「朱明のも知ってたと思うけど。人魚の血肉は不老不死の薬だと」

「……っ!」


 変若水、富士の霊薬、人魚の血肉。

 ここまで不老不死を求めるものが揃っていると、いよいよもって瑞樹家がきな臭く思える。


「これ、どう考えても……」

「……異形の血縁が滅びかけているからこそ、霊薬を使って不老不死を会得しようとしているんだろうな。それも……瑞樹家を使って」

「白虎の一族にも連絡した末に、討伐するしかないだろうね。国に動かれる前に」


 このご時世、既に有事の際に族滅は普通に禁じられているが、例外処置がある。

 陰陽寮における五行の一族。彼らには外……つまりは町や村、国……に害をなさない限りは、身内同士での粛正は見なかったものとする。

 しかしそもそも麒麟の巫女を擁しているのがかの一族だ。彼女に予言をされたら最後、全てが筒抜けになって終わる。


「……先に麒麟の巫女の奪取。その上で瑞樹邸族滅、が妥当だろうな」

「まさか……このご時世で族滅なんて言葉、使うことになるとは思ってもいなかったけれど」

「やらないと駄目だろうな……問題は、麒麟の巫女にこの辺りは既に予言されているだろうから、それすら織り込み済みで作戦を練らなければならないということだが」


 そもそもこんなこと、他の五行の一族……それも麒麟の巫女の予言に頼りっきりになってしまっている当主たちでは、見なかったことにするだろう。自分たちの代には害がないのだから。だが、次期当主たちは、陰陽寮廃止がかかっている。

 職と家業、今まで培ってきた力と誇りが根こそぎ否定されるのだから、阻止しなければならなかった。


****


 撫子は茶室で茶を点てていた。

 いつものように。いつも通りに。

 彼女が茶室の外に出るときは、大概は予言のために呼ばれるか、子作りのためだった。

 瑞樹家がここまで墜ちてしまった理由は、彼女も知らない。

 平安の世から代々陰陽師を輩出し、国を守るために戦ってきたはずなのに。既に瓦斯灯が夜を照らし、道は舗装され、車で人が移動できるようになった時代だというのに。

 陰陽師たちを駆り立てる誇りを守るために、陰陽師たちの敵を作り出す。それがおぞましいと言わずになにをおぞましいというのか。

 だからこそ、自分のような想いをしてほしくなくて、彼女は五行の一族の女性のために、いい縁談を占っていた。

 どうか彼女たちが、魂を摩耗せぬ幸せな結婚ができますようにと。

 そう思いながら、彼女は今日も茶を点てる。抹茶の匂いを嗅ぎながら、自身を落ち着けなければ耐えきれないのだ。


──殺セ

──殺セ殺セ殺セ殺セ

──殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ


 撫子の穏やかな性質が、だんだんと自分の中にある異形の特性により、少しずつ塗りつぶされようとしているのが。


「駄目……まだ……」


 もうする終わりが来る。終わりが来れば、楽になれる。


「……早くわたくしを殺しにいらしてね」


 同胞たちに刈り取られることこそが、彼女のなによりもの悲願であった。

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