クラス【D】
「んじゃ、そろそろ行くわ」
俺は、香苗さんから貰った黒いライダースジャケットを身に着けて爺さんがくれた『プレゼント』を背中に背負った鞄にしまい、ヘルメットをかぶりながらそう言った。
「香苗が起きるのを待たんのか?」
「冗談!あんなに酒飲んだ香苗さんがこんな時間に起きるわけねーだろ?」
現在の時刻五時。そもそも香苗さんは、酒を飲んでなくともこんな時間に起きるかどうか怪しい。
それに、昨日は風呂にも入らずに寝てしまったから流石にそのまま出てくることはないだろう。
「おそらく、怒るだろうな」
「勝手に怒らしといてくれや」
そう言って俺はヘルメットのシールドを下した。
「気をつけろよ?」
「あいよ~」
エンジンを吹かしクラッチを放そうとすると、ドタドタと廊下を走る音がかすかに聞こえてきた。
「待ちなさい、有!」
「香苗さん?」
二日酔いで辛いはずなのに、玄関から俺を呼ぶ香苗さんの姿が見えた。
まぁ、案の定身嗜みは酷い物だったけども……嫁の貰い手ほんとに無くなるぞ?
「まさか、香苗がこんな時間に起きるとは……」
「挨拶位してから行きなさいよね!」
「寝癖がひどい、服も昨日のまま、二日酔いのスリーアウトチェンジだな」
「何よ!」
「まあ、それでも悪かった。そんじゃあ、またな?」
「うん……またね!」
そう言った香苗さんの笑顔を目に焼き付けて今度こそ俺は、バイクを発進させた。
別に、寝起きのまま挨拶に出てきたことが嬉しかった訳じゃねえからな!
菊原の屋敷を出て、もう一人の『師匠』が住む山奥の神社を訪れてから数時間。俺は道の脇の自販機に寄りかかりながらスマホのマップと睨み合っていた。学校の場所、住所的には東京だけどこれってほぼ埼玉じゃね?俺はいつまでたっても山から下りられないのか……
「どーするかな?高速使うか?いやしかし、金がな~」
先ほど、飲み物を買った時に見た財布の中には、日本で一番高額な紙幣が一枚と数枚の小銭だけが存在していた。あれ?これだけで高速って無理じゃね?銀行ってこの時間やってないよね。
そもそも、足りなかった場合は明らかに面倒事に直結することになるので、俺は仕方なく下道を使うことを決心した。
まあ、山道なら慣れてるし何とかなるよね?
「や、やっとついた……」
東京都のはずれの奥多摩にある【国立先進技術研究学校】の校門の前にバイクを乗り付け思わずそんな声が出てしまった。誰だよ山道に慣れてるとか言った奴、尻が三つを通り越して四つに割れるかと思ったぞ!
「つーか、山奥じゃねえか!これならまだ月見町のが栄えてたわ!」
いくら、『東京』のネームバリューが大きいからってこれはねーだろ?確かにパンフレットにも『自然の中で伸び伸びとした学習環境』って書いてあったけどあたり一面自然しかねえし。ホントにここは東京なのか?
そうして、頭に手をやっているとズボンのポケット中でスマホが震えた。
「もしもし?」
《ああ、有着いた?》
耳にした携帯からは、葵の声が聞こえてきた。なんなの着いた瞬間に電話かかってくるとか怖いんだけど、GPSで探知されてんの俺って?
「ああ、今着いたとこだよ」
《じゃあ、早く寮までおいでよ荷解き手伝ってあげるからさ》
「はいよ、てか寮ってどこ?」
ここにきて、パンフレットをろくに読まなかったつけが回って来た。だってあれ厚いんだよ!なんで学校紹介のパンフが小説くらいの分量あるんだよ、なんなのそんなに紹介したいの?どんだけ友達欲しいんだよ。
《もう!じゃあ地図を携帯に送るから早くね!》
そういって、葵からの電話が切れると携帯にGPS情報がついた地図が送られてきた。
オイ!なんだよ、目標地点まで五キロってのは?校門から寮まで遠すぎるわ!
「こりゃ、移動は徒歩以外だな……」
足代わりにバイクの使用が許可されるかを真剣に調べることを心に誓った。
というか、なんで日本の最高教育機関がこんな山奥にあるんだよ?普通って交通の便がいいとこにあるんじゃねえの?
そんなことをふと思いながら、俺はバイクを走らせた。
指定された場所には、葵と夏奈が待っていた。
「遅かったじゃん有」
「しかたねえだろ、初めてバイクで遠乗りなんてしたんだから」
「大丈夫でしたか有君?」
「まあ、尻が割れそうになった以外は大丈夫だよ。ってか寮ってあれ?」
思わず確認を取ってしまうほどの驚きが目の前に存在した。いや、これってホテルじゃね?来る時に見えたのってこの学校の施設かよ……
俺が、建物を見上げていると、葵が声をかけてきた。
「ああ、ビックリだよね~なんでもこれが高等部生徒の寮らしいよ」
「入ってすぐのホールで、左右に男女でわかれる仕組みになっていました」
高等部ってことはこんなホテルみたいなのがいくつもあるのかよ、そんだけ金あるんならもうちょっといいとこに学校建ててくれよ。
うん?ちょっと待てよ、左右で男女にわかれるって言ったか?
「なあ、それじゃ俺の部屋にお前らが来るのは不味いんじゃないのか?」
「それは大丈夫。なんでも処罰されるのは男子が女子の方に行った時だけなんだって」
「そういうことなので、ご用があったらいつでも呼んでください。すぐに駆けつけますので」
「それは、また……」
いや、男が女のとこに行くのはよくないってことはわかるけど逆はいいのかよ。というか夏奈、一応遠慮はしようぜ?
とか、いろいろと言いたかったが俺は諦めた。
なんでかって?そんなもん面倒くさいからに決まってんだろ?
「ほら、こんなとこで油売ってないでさっさと有の部屋に行きましょ?」
「有君の部屋の場所は私が確認してあります」
俺は、そう言った葵と夏奈に腕をつかまれ引きずられていった。
いや、なんで夏奈が俺も知らなかった部屋の場所知ってんだよ……あれって受付で教えて貰うんじゃないの?本人がさ!
「へ~、なかなかいい部屋だな」
俺は、自分用にあてがわれた部屋を見渡して感想を漏らした。
畳七畳ほどの床張りの洋室が二つと、システムキッチンがついた台所に、脱衣所がついた風呂場に、ウォシュレット付のトイレ、洗濯物を干すのに最適な広さのベランダに、備え付けの物置。
これが、月三万なら安いと思う。やっぱり角部屋っていいよね!
「そうね、眺めもいいし当たりなんじゃないの?それになんか私のとこより広いしさ」
「ですが、有君ここは五階ですよ?飛び降りるには少々高いと思いますが?」
「……あのな夏奈ベランダに出てそんなことは確認しないでもいいぞ?」
どうしてこいつは、逃走経路の確認に余念がないんだろ?
そんなことは、入った瞬間に済ませたというのにな。
「……相変わらずね。そんなことより、この馬鹿みたいにある荷物を整理しましょ?」
「そうだな、まあこれくらいなら二時間もあれば終わるだろう」
俺は、部屋の中央に積まれた段ボールの山を見てそう言った。
「「二時間?」」
二人のそんな戸惑いの声が聞こえた。
さすがに、ゆっくりすぎたかな?まあこの後には挨拶にもいかなきゃいけないから急ぎ目でやるか。
俺は、ダンボールの中から三十枚もある手ぬぐいのうちの一枚を頭に巻き手を動かし始めた。
「(ねぇ、聞いた夏奈?この量を二時間だって)」
「(そうですね、しかも冗談を言ってる様子は全くありませんよ?)」
なんか、二人してこそこそ話してるけどなんだ?というか、あいつら仲良いよな?なんでいつも喧嘩するんだか。あれか?喧嘩するほど仲が良いってやつか!ほんとに迷惑な……
「オイ、しゃべってばっかいないでさっさと手を動かせよ?」
「「は~い」」
何ともやる気のない返事だなオイ!
そんなこんなで、何とか荷物を仕舞い込んだ時には予定通り二時間が経過したことを壁に掛けた時計が証明してくれた。
そういえば、クローゼットの壁に文字の書いた紙張ってあったんだけどなんだったのかな?普通に取って捨てたけどさ。
「さて、あとはコイツらを片付けるだけだな」
俺らの目の前には色違いの、銀、青、緑、黄、そして厳重な鍵がかかった黒の、五つの金属製のアタッシュケースがあった。
クローゼットにこれらを仕舞おうと手を出したとき、黒いケースを葵が横から奪い取った。
「有、『黒』は私たちに渡しなさい」
「それと、この『黒色』のツナギセットも預からせていただきます」
さらには、夏奈がハンガーに掛けた黒いツナギとその『付属品』を抱えていた。いつの間にとったんですか夏奈さん?
「……大丈夫だって」
これらのケースは、色によって中に入っているものは違う。
銀は、楓からもらった新しい包丁のケース。
青は、釣り具など、海で使用することの多い道具。
緑は、主に山で使用する鉈や、分解可能なスコップなど。
黄は、金づちや、ドライバーなどの工具。
そして黒は……
「忘れたとは言わせないわよ。あなたがこれを持ち出すときは命の危機に陥った時ってことを!」
「そうです!もうこれを使うことはないんです。これを使うことのような危険なことはやめてください……」
……誰かを『解体』してしまう時に使う殺傷能力に特化した刀剣類が入っている。
俺は、過去二回この『黒』を使用して人間を壊した。別に『あの時』のことは後悔してないし謝るつもりもないけれども、近くで見ていたこいつらはそんなことわからないんだろうな……
「……わかったよ、じゃあそれは預けとく。これが鍵だ」
俺は、葵と夏奈の泣きそうな目を見て大きくため息をつき、厳重に保管してあった一つの鍵を放り投げた。
「わかればいいわ。じゃあこれで片付けは終わったことだし挨拶に行きましょうか?」
「そうですね、ではとりあえず私たちは部屋にこれを置いてくるので、有君はロビーで待っていて下さいね?」
「はいよ、んじゃ後でな」
そういって、彼女たちは荷物を抱えて女子棟の方へ向かって行った。
「あいつら、片づけを手伝ったのはこのためだな?」
俺は、一人取り残された部屋で玄関を見ながらそう呟いた。まさか、ここまでして俺からあれを離そうするなんてな……
俺だってできることなら使いたくないさ。
昔の事を思い出し、殺意が再び沸いてきたが深呼吸をすることで何とか抑えることに成功した。
「俺の身の回りには誰であろうと手出しはさせない」
そう呟いて、ロビーに向かうため玄関の扉を開け外に出た。
「で、校長室までがこれまた遠いと」
「仕方ないでしょ?なんせこの学校は無駄に広いんだから」
「パンフレットによると普通科と専門科がそれぞれ同じ施設を持っているみたいですね」
パンフによるとって、夏奈さんあの小説みたいなの全部読んだんですか?
「なんだそりゃ?明らかな無駄じゃねえか」
なんで、同じ物を二つ作る必要があるんだよ? やっぱり金があると使いたくなっちゃうんですかね?
「まあそんなことはいずれわかるんじゃない?ほらついたわよ」
「挨拶とか面倒だから、葵頼む」
「有君……葵で大丈夫ですか?」
「夏奈、あたしのこと舐めてるでしょ?」
「事実でしょ。今までの行いを、その無い胸に手をあてて思い出しなさい」
夏奈さん?なんでそこで胸張って強調するの?一応俺もいるんですけど?ってかこんなとこでも平常運転なんですね。
「コロス」
「怖ぇよ!目のハイライト消えてんぞ。つうかさっさと挨拶済ませようぜ?」
そういって、俺は目の前の扉をノックするのだった。
「君たちが今年の編入生だね?」
そういって、にこやかな笑みを浮かべるのはこの先研校の高等部校長だそうだ。
なんだよ高等部校長って、うちの学校じゃ香苗さんが一人でやってたぞ?いや、俺もさんざん手伝わされたから厳密には一人じゃないか。
「初めまして、この春からこちらの学校でお世話になります草凪葵です」
「同じく、陽本夏奈です」
「月見有です」
俺たち三人は並んで挨拶をした。というか最初に挨拶したのは、ほんとに葵か?まるで別人のようなお淑やかさだったぞ?なんなのどれだけ猫被ってんの猫娘にもなったつもりかよ。
「実は、君たちのクラスはもう決まっているんだがこの場で発表してもいいかね?」
「ええ、お願いします」
「それじゃあ、まずは普通科の夏奈君から」
そういって、校長は俺たち一人一人に白い封筒を渡してきた。
「私は、1―1ですか」
「1―A」
「俺は、1―D。なあなんで数字とアルファベットが両方あるんだ?」
同じ学年なんだから、統一すればいいのに。別にどこで別れるかわかってればいいんだろうし。
「それは、いろいろあったんだよ……」
なぜか、校長は遠い目をした。ありゃ?地雷踏んだか?
「ふ~ん。そういえばこの数字やアルファベットに意味はあるのか?」
俺は、気まぐれにそんなことを訪ねた。まさか答えが返ってくるとは思わなかったが……
「鋭いな、実はあるんだよ。と言ってもこれから話そうとしたんだけどね」
苦笑しながらそんなことを言った。またやっちまったよ。ほら、葵と夏奈が『話の腰を折るから』といった目でこっちを見てくる。悪気があったんじゃねえって!
「普通科は特に意味はないんだが、専門科はアルファベットが若い方が平均的な稼ぎが高い才能を持つ生徒が在籍するクラスという意味があるんだよ」
「平均的?」
「そう、例えば葵君の『言語』の才能なら通訳や、外交官などの安定した職に就くことができるだろ?」
なるほど、確かにこの学校の教育方針は『世界で通用する人材育成』だからな、葵の才能はそういったことなら最適だな。
「その反面、有君の『家事』は家にいるときに力を発揮するものだろう?けれども君は家にほとんど帰らない生活をしているみたいじゃないか。それに『家事』ってものは稼ぎがある仕事ではないしね」
「「あ~なるほど」」
「なにが、なるほどなんだよ?」
コイツらは何を理解したんだ?そもそも、なんでこの人は俺の情報にこんな詳しいんだ?最近俺の周りにストーカー多すぎませんか……
「だから、有は家にいない主夫ってことよ」
「つまり有君は、才能を十全に発揮していないってことになるんですよ」
「というと?」
だから、何が言いたいんだよ。俺にはよくわからんぞ?
「つまりだね、才能は人並み外れたものがあるがそれを台無しにする何かがあるために、安定した稼ぎが期待できない生徒が『D』に入るんだよ」
「ほう、つまり俺は異端な人間だと……」
まあ、薄々思ってはいたけれどもこのオッサンはっきりいうね~
うん?ちょっと待てよ。稼ぎっていったけど俺の才能が『家事』ならどうやってそれで稼ぐんだ?
「じゃあ、Dクラスってのは異端児ばっかの集まりか?」
「まあ、そうだな。……例年は」
「あ?なんか言ったか?」
「いやなんでもないよ。」
とうとうこのオッサンに対して敬語も外れてしまったな。しかしそろそろ帰らないと夏奈の我慢が限界を迎えそうだ……あのオッサンが俺をバカにしたような発言をした瞬間から隣から殺意があふれ出るのが分かったからな……
「まあいいさ、俺らは楽しくやるよ」
「私は、君に期待してるよ。月見有君」
背を向けて退室したときに、背中越しに声をかけられたが確認しようとしたときにはドアが閉まってた。
「有君、あのクソ野郎は野放しにしておいていいのですか?」
「「夏奈……」」
俺と葵は今にもカチコミに行きそうな夏奈の様子に、眉間に手を当てて溜息交じりにそう漏らした。
ここまで読んでいただきありがとうごさいました。




