気の置けない人
「で、なんで親父達がいるんだ?」
移動した和室で、全員に香苗さんとお茶を配りながら呑気に欠伸をしている親父にそう問い詰めた。すると、返答は上座にいる人物からあった。
「ワシが呼んだんじゃよ」
「あ?爺さんが?なんでだよ?」
下座に香苗さんと一緒に腰を下ろしながら問いかけると、親父が呆れたように声をかけてきた。というか親父以外、口開いてないけど何緊張してんだろ?
「……なぁ有、その人がどんな人か知ってるか?」
「あ?んなもん、香苗さんの爺さんで前理事長だろ?」
「「香苗さん?」」
「どーした?葵、夏奈?」
いきなりデカイ声をだして、落ち着きってものが足りてねぇんだよまったく。
お茶を口に運びながらそう思った。お、やはり高いだけのことはある、香りがいいね。
「有?さっきまで理事長じゃなかった?」
「どーして、距離が縮まってるんですか!」
向かって左側に並んで座っている2人が勢いよく机に手を置き声を荒げた。なんで俺を問い詰めるときだけそんなに息が合ってるんですかねぇ~
「あん?んなもん、爺さんに言われたからに決まってんだろ?」
皿に乗った和菓子をつまようじで口に運びながら答えると、隣に座った香苗さんから妙な気配を感じた。
「むぅ~」
「なんで膨れるんだよ、香苗さん……」
何が気にいらないんだよ……。
この人の事も俺にはよくわからんし、というかこのお茶菓子うまいな。どこのだろ?
俺は、お茶菓子の梱包材を眺めながらそう言った。
「なんでもないわよ!」
「相変わらずわかりやすい嘘だな……」
「有よ、孫とイチャつくのは和人の質問に答えてやってからにしてくれんかのぉ~」
香苗さんの機嫌を直そうと考えていると、正面に座った爺さんから、からかうような声が聞こえてきた。何なの?そんなに孫娘を俺にやりたいの?
「イチャついてねぇーって、ていうか答えたろ、他になんかあったか?あぁ将棋仲間ってやつか!」
「有!本当にそれだけだと思ってんのか?」
「あぁ、他になんかあんのかよ親父?」
「……我が愚息ながらなんという無知。いいかその人は今の日本の教育方針を確立した人で、俺の後見人だ」
今、愚息って聞こえたんだけど
「え!爺さんが親父の後見人だったの?」
「有よ……そっちじゃないだろ?」
そっちじゃないって言われても……
「え?だってそんなこと知ってたぞ?」
「「「え⁉」」」
「なんだよ、みんなしてどこまで俺をバカだと思ってんだか」
「まったくじゃな、そんなことは会ったときに儂から言ったからのぉ」
お茶を飲みながら爺さんはにこやかに笑った。
「和人よ、お前の息子は器が違うようだ……」
俺の親父と話ている短い黒髪に鋭い目をした人物は、草凪竜司といって葵と茜の父親である。この人にはいろいろと世話になってるから頭が上がらない。
「ってことは、俺と香苗さんは血のつながりがない従姉みたいなもんなんか?」
「私だって、今はじめて知ったわよ……」
なんだかよくわからなくなってきたな。じゃあ何か?爺さんは、俺の親父の後見人で両親の恩師だと……
そんなこと言われても俺には直接関係ないしな。俺が知ってる爺さんは、将棋のプロで俺の将棋と投擲の師匠ってだけだしな。
「どーでもいいかな」
「「「いいわけないだろ!」」」
「みな、元気がいいの~」
なんだ?俺がいけないのか?
俺は、お茶をすすりながらふと外を見てそんなことを考えていた。
それにしても、今日はいい天気だお茶もうまいしこんな日々が毎日送れるのなら、何事にも捨てがたい幸せなんだろな。
心を落ち着かせて視線を戻すと、皆一様にこっちを見ていた。
何?そんなに俺のとこが気になるの?別に芸能人になったつもりはないんだけどね、サインなら事務所通して貰っていいですか?
……ふざけないで話を先に進めますか、仕方ない。
「で、親父たちはどうして呼ばれたんだ?」
「ああ、それは先生が話がしたいとおっしゃってな」
「爺さんが?」
「ああ、たとえば卒業式についてと思ったんじゃよ」
「なるほど……すみません菊原の御爺様。僕はそろそろ行かなくてはならないと思うので、これで失礼させていただきたいと思います」
そうだ、はやく引っ越しをしないと!
バイクのガソリンはおそらく爺さんが満タンにしてくれてあるだろう、それなら全力でぶっ飛ばせるな!
そう思い立ち上がろうとすると耳を掠めるように何かが飛んできた。ふと後ろを見ると壁に爪楊枝が刺さっていた。へ~爪楊枝って壁にササルンダ……
「待ちなさい、引っ越しは儂のほうから話をつけてあるからゆっくりできる」
「…………」
何かを投げた格好の爺さんは声だけは優しくそう言った。
まったく、冷や汗が止まらないぜ!
クソジジイ余計なことをしやがってなにがゆっくりしてけだよ。はめやがったな、クソ!親父の顔を見たときに逃げればよかった!
俺は、歯噛みをしながら再び座った、今度は胡坐でなく、正座で。
「あっ、わたくしは書類整理のお仕事が残っているので、失礼させていただきますわ御爺様」
「その書類なら儂が片付けておいたから大丈夫じゃよ、香苗」
爪楊枝を指先でもてあそびながらそう言った爺さんの目は獲物を狩る狩人のように鋭く思わず体が固まってしまった。
「…………」
当然、そんな目で見られた香苗さんは顔を青くして再び座る以外の選択肢は与えられていなかった。
俺は、再び隣に腰を下ろして震えていている香苗さんに小声で抗議をした。
「(オイ!逃げようとしやがったな!)」
「(そういうあなたこそ、何が『御爺様』よ!)」
「お前たち、いちゃつくのは後にしなさい」
「「有(君)!」」
「「違う!」」
どーしてこうなった?俺は、うつむいてすべてを諦め穏便に済むことを祈るしかなかった。
「それじゃあ、まずは有から話を聞かせてもらうかの?」
「……はい」
卒業式の話って何をしゃべればいいんだ?四階から飛び降りても受け身をとれるようになったっていえばいいのか?さては、ほめてくれるんじゃないのか?
俺は、そんな馬鹿なことを真剣に考えていたが現実はそんなに甘くない……
「まずは、あの映像について頼もうかの」
「やだなぁ爺さん演「よくこの家で見る光景だったと思ったが」技だ……」
ふむ、正面に座っている葵と夏奈からの視線が痛すぎる……
これは、話が終わったら全力で逃げないと命が危ないな。
俺は、こんな時ばかり冷静な考察ができる自身の脳みそを恨みつつ逃走経路を頭で確認し始めた。
「まさかと思うが、理事長室を愛の巣として使っているのではないだろうな?」
「「なわけあるか!」」
これには、俺と香苗さんも反論した。
なんなの、爺さんには俺がそんなに乱れた生活してるように見えるわけ⁉
「有よ、先生の娘さんに手を出したのか?」
「何を言ってやがる親父!」
「しかしな~結婚するんなら年下がいいぞ?うちの嫁みたいに」
「なんで、実の息子の前でのろけてんだよ!恥ずかしいわ!」
コイツには、いつか痛い目見せないといけないようだ……
みんなからの同情のまなざしが辛い。なんでこんな奴が親なんだろう?
俺は自分の運命を呪った。
「理想はアイツみたく五つ年下だな!」
「……親父、今何歳だっけ?」
「今年で、三六だな」
「犯罪じゃねえかこのロリコン野郎!」
ここで単純な引き算の時間だ。俺は昨日の四月二日で十六歳になった。とするとお袋が俺を生んだのは……。考えないようにしよう、ただでさえ少ない身内が牢屋の中へ消えてしまう。
「同意のもとだ!」
「竜司さん!なんで止めなかったんすか!」
あまりのことで、立ち上がり思わず叫んでしまった。
そういえば最近も、『なあ、弟か妹欲しいとか思わないか?』とかいう世迷言を食卓でぶちまけやがって俺と楓はそろって箸を床に落としたのを思い出した。
冗談には思えなかったよ……
「止めたかったよ!でもてっきり遥華の姉と付き合ってると思ったんだよ!」
「いや~あいつはいい隠れ蓑だったよな~」
「……なんていうかあなたは大変ね」
「泣いていいかな香苗さん?もうメンタルがもたねぇよ……」
俺の膝の上にそっと置かれた手を上から握って、そんに弱音を吐いてしまった。
その時の、葵と夏奈の視線はまるで針のむしろのようだったけど……
「あの孤児院での教育がよくなかったのかのぉ?」
「いや先生、そんなことはないと思いますよ。むしろ問題は遥華のほうにあったような……」
「やめて!もううちの親の話はしないで!僕にはもう耐えられないよ!」
なぜ、そんな両親の恥部を聞かされなくてはならないんですか神様!俺がなんか悪い事しましたかねぇ!
机に顔をこすり付け耳を塞ぎながら俺は神に懺悔をした。
「有……」
「有君……」
「あなた……」
「有坊……」
「有よ……」
「「「強く生きろよ!」」」
「うるせえ!」
そう思うならうちの両親をどうにかしてくれよ……
せめてもう少しだけでいいから、俺にまともな生活をさせてください!マジでお願いします!
「……まあこんなところかのぉ」
「なにがこんなとこだよジジイ!もう外暗くなってるじゃねえか!」
あれからも話は続き、終わったのは初めてから五時間たった七時過ぎだった.
こんなに、暗くちゃバイクで行くのはちょっと危ないかもしれんな……
外を見て、俺はため息をついた。
「おじいちゃん……、有は今日、引っ越しだったのよ?」
「大丈夫じゃ抜かりはない、竜司の家を動かした」
「あの先生?俺は聞いてないんですけど?」
「なんでも、『可愛い孫のためなら任せておけ!』とあいつがやる気だったぞ?」
「あ~あ、あの爺に借りを作っちまったな竜司よ……」
まさか、たかが引っ越しに893の重鎮まで動かすとは……侮れない爺さんだ。
というか、引っ越しに駆り出される厳ついおっさん達って……。
俺は、葵の家に入り浸ってるおっさん達が引っ越し業者の恰好をしているところを想像して思わず笑ってしまった。
「まずいぞ!俺が殺されてしまう!和人、葵、夏奈ちゃん早く行こう!」
竜司さんが大慌てで立ち上がりそう叫ぶと、親父達も荷物をまとめ始めた。
「まあしゃーないか、貸しだからな竜司」
「おじいちゃんに面倒はかけられないもんね~」
「関係ない私のことまでやらせる訳にはいきませんから」
そういって、親父たちは立ちあがり……
「「「失礼します」」」
挨拶をしっかりできるの良い事だよね。
「またいつでも来なさい」
「説教されにはきませんからね」
「コラ和人!時間があったらお邪魔させていただきます」
車に乗り込み去っていった。よかった~、葵と夏奈の折檻を回避することができた。
けど、まさか向こうでされるなんてことは……ないよね?
「んじゃ、俺も行くかね」
「大丈夫?もう暗いから明日にすればいいじゃない」
「そうは言ってもな~」
「泊まっていけばいいじゃろうに。事故にでもあったら元も子もないぞ?」
まあ、無理する必要もないか……あいつらにはあとで連絡を入れておけばいいだろう。
むしろ、爺さんはこれが狙いだったんじゃねえか?
これからは、この家が俺の家になるらしいし……
俺は、香苗さんと、爺さんの顔を見た後にお屋敷を軽く眺め……
「じゃあ、お言葉に甘えて」
玄関に向かい歩き、戸を閉めるのだった。
「まったく、酒は控えろって言ったのに」
俺は、風呂上がりの浴衣姿で縁側に座り池の錦鯉を見ながら、夕飯の席で珍しく酔いつぶれるほど酒を飲んだ香苗さんを膝枕で介抱していた。
「すーすー」
まったく、よく眠っちゃって……
こうしてみると年上って感じはまったくないんだけどなぁ。あどけない寝顔を視界に入れて髪を軽く手で梳いていると後ろから声がかかった。
「そういうな、香苗はお前がいなくなるから寂しんじゃろう」
「あぁ?俺だけじゃないだろ?」
俺は、後ろを振り返らずに空に輝く満月を見て呟いた。
「本当にそう思っているか?」
爺さんも風呂上りなようで、俺と同じく浴衣で首にタオルをかけた格好で隣に腰を下ろすと真剣な表情でこちらを見てきた。
「なんだよ?そんなマジな顔するなんて……」
「香苗はお主のことを少なからず思っているぞ。その証拠にお主に出会ってから親と一緒に無くしていた笑顔を取り戻した」
「……俺だけの力じゃないね」
確かに、初めて香苗さんを見たときは強張った顔をしていて面白みがまったく存在しなかった。
しかし今は、もともとの性格である明るく、イジリがいがある子供っぽい女性となった。だが、もしもあの時俺が関わっていなかったらと思うと……
「もし、将棋を通じて爺さんに出会わなかったら香苗さんにも関わってなかったね」
「それは、どうじゃろうな?お主は、間違いなく関わっていたと儂は思うがな」
「買い被りすぎだよ」
俺は、撫でる手をやめると香苗さんを抱えて立ち上がり、部屋に寝かせるために爺さんに背を向け歩き出した。
「そういうことにしておこうかの~」
爺さんの呟きは、床のなる音に紛れてよく聞くことができなかった。
「よっと」
「むぅ~」
「寝ながらむくれるとは……」
俺は、香苗さんを部屋に運び布団の上に寝かした。
「つうか、相変わらず片付けるのは苦手みてぇだな……」
この前、まとめてやった書類は机の上に散乱し、寝間着であろう浴衣は脱ぎっぱなしになっていた。
少しは、片付けはできるようにならねえと嫁の貰い手がいないとおもうんだがなあ……
そう思いながら、部屋を軽く見渡してため息をつくと、布団の上で幸せそうに寝ている香苗さんの顔を眺めた。
「こりゃ今日は寝坊したな?まあ、俺んちまであの山道を歩いてきたんだから早くに起きる必要があったんだろうけど」
俺は香苗さんの長い髪を軽く三つ編みにしてリボンで結んだ。
まったく、長い髪は寝るときはちゃんとしろって言ってんのに、この人はやらないんだから……
「しかたねえか……」
明日からは、しばらく面倒を見てやることができなくなるのだから、片づけをしてやろうと思う俺の考えは間違っていないはずだ。
そうして、まとまっていない書類はすべてファイリングし、机の上に並べて来年度予算の決算をパソコンですませ。プリントアウトし目立つところに置いた。
やりながらふと思ったのだが、こういう重要書類って俺なんかが見ちゃまずいんじゃねえのか?だいぶ昔からやってきたけどさ~。
残っていた仕事をすべて片付けると俺は香苗さんが蹴とばした毛布を掛けてやり部屋を後にした。
「おやすみ、香苗さん」
廊下を歩いて、自身の部屋に向かっていると、月明かりに照らされた蔵が目に入った。
「そういや、蔵の片付けしたっけ?」
ただ今、深夜0時今日もまだまだ眠れないようだ……
一応、明日の朝は早くに出るつもりだったんだが……まさか徹夜か?
肩を落として縁側に置いてあったつっかけを履き、蔵まで歩いていった。
夜空には明るい満月だけが浮いていた。
次からは、視点をかえたのを書いていきたいと思っています。




