六人目の背中
紆余曲折があり、諜報員、狙撃手、家政婦、女医、奇術師、そして主夫を要する我らが【D】班のメンバーが、一つになることができた。あれ? こうやって書くと、凄い集まりだと思われそうだな。実際にはあんなんなのに……。
「月見様。そろそろ実習の申し込み期限となりますが、いまだ手が進んでいないようですね。その点について、その空っぽの頭で、ちゃんと理解できているのでしょうか?」
「……瑠璃、とりあえず罵倒から入るのは標準装備なんですかね? つうか、俺らを受け入れてくれるとこが、見つからないんだよ!」
俺は、パソコンで書いていた前回の報告書を保存して、瑠璃が淹れたコーヒーを受け取りながら、現実と向き合わされた。
そう。問題は、才能じゃない。うちの班の連中は、一人ひとりの腕だけ見れば、そこらのプロなんて目じゃないレベルだ。問題は、その「実績」の方だった。詐欺教団の摘発、他国のスパイとの銃撃戦、ドバイでの人身売買組織壊滅、連続毒殺犯の逮捕――どれもこれも、書類に書けば書くほど、受け入れ先が逃げていく。
「そりゃ逃げるわな。こんな物騒な高校生、どこが雇いたがるんだよ」
実習先ってのは、俺たちの成績表と、これまでの実績を見て、受け入れるかどうかを決める。で、うちの班の書類を見た担当者は、まず間違いなくこう思うわけだ。「なんだこの傭兵集団は」と。おかげで、送った申込書は、全部きれいに突き返されてきた。全部だ。清々しいくらい、全部。
ちなみに、送り返されてきた不採用通知の理由欄には、判で押したように、こう書いてあった。『貴班の実績は、当方が想定する"実習"の範囲を、著しく逸脱しております』。……逸脱、ねえ。ただ困ってる人を助けてきただけなんだけどな。ある会社に至っては、うちの申込書を見た瞬間、電話口で「うちは平和にやってるんで!」と悲鳴を上げて、ガチャ切りしやがった。失礼な話だ。俺たちは、そんなに物騒か?
「……物騒だな。うん、認める」
――なんてことを考えていると、頭の隅で、また例の不安が首をもたげた。
茶髪の、あの先輩からの呼び出し。封印した、二度目の記憶。……いや、やめだやめ。今は、考えない。せっかく、班のみんなと過ごせる、こんな平和な日常なんだ。嫌なことは、来た時に考えりゃいい。俺は、コーヒーを一口すすって、その不安を、心の隅っこに押し込めた。
この時の俺は、まだ知らなかった。そういう「先延ばし」が、後でどれだけ痛い目を見ることになるか、なんてな。
◇
「はーい、朗報でーす! 唯一、月見君の班を受け入れてくれるって言ってくれた実習先が、見つかりましたよー!」
若月先生が、一枚の紙を掲げて、教室に飛び込んできた。おお、さすが先生。よく、こんな傭兵集団の引き取り手を見つけてきたな。
「どんな依頼っすか?」
「えっとね……『寂れた商店街を、なんとか盛り上げてほしい』、だって」
……はい?
俺は、思わず聞き返した。商店街を、盛り上げる? 摘発でも、潜入でも、護衛でもなく?
「なんでも、隣町の『月夜見商店街』ってところが、すっかり客足が遠のいて、潰れる寸前らしくてね。藁にもすがる思いで、『どんな変わり者でもいいから力を貸してくれ』って。……で、変わり者なら、月見君の班が日本一かなって」
「最後の一言、余計っすよ先生」
まぁ、でも。物騒じゃない依頼ってのは、久しぶりだ。血の匂いのしない実習なんて、いつ以来だろうな。うちの班の連中が、揃って「ヤバいことにならない仕事」をやるところ、ちょっと見てみたい気もする。
「よし。受けるか。……お前ら、たまには、まっとうな仕事するぞ」
俺がそう言うと、机で寝ていた花咲が薄目を開け、海斗がヘッドホンを外し、八実が鳩をしまい、七尾が顔を上げ、瑠璃がカップを置いた。
「まっとう、ねえ。……ツッキーがまっとうとか言うの、字面が一番信用ならねえよな」
「海斗、お前、後で屋上な」
「あら、商店街の再生ですか。地味ですけれど、嫌いではありませんわ。掃除も給仕も、家政婦の本分ですもの」
「おれは……寝てて、いいのか?」
「花咲、お前は働け。射的の店番だ」
「……善処する」
「ウチ、お祭り大好き! 動物たちも、連れてっていい?」
「コブラ以外な」
なんだかんだ言いつつ、こいつらの顔は、少しだけ、楽しそうに見えた。血の匂いのしない仕事ってのは、俺たちにとっちゃ、案外、贅沢なのかもしれないな。
◇
月夜見商店街は、想像以上に、寂れていた。
シャッターの下りた店が並び、歩いているのは猫が一匹きり。アーケードの電灯は半分切れていて、昼間だってのに、なんだか薄暗い。かつては、それなりに栄えた通りだったんだろう。色褪せた『月夜見商店街 大売出し』の看板だけが、往時の賑わいを、寂しく物語っている。豆腐屋、時計屋、駄菓子屋。どの店にも、判で押したように『閉店』の貼り紙。……見てるだけで、なんだか、切なくなる景色だ。依頼主の商店街会長――腰の曲がった、人の好さそうな爺さんは、俺たちを見るなり、申し訳なさそうに頭を下げた。
「こんな年寄りばかりの、しけた商店街で、すまないねえ……。最後に、一度でいいから、昔みたいに、人で賑わうところが見たくてなあ」
その、しょぼくれた背中を見て、俺の中の何かに、火がついた。
……いいだろう。やってやるよ。人を賑わせるのなんて、家事の腕の見せ所だ。飯を作って、場を整えて、人を呼んで、笑顔にする。それが、俺の得意分野だ。
「会長さん。三日くれ。三日後の日曜、この商店街を、人でいっぱいにしてやる。……うちの、問題児どもの本気、見せてやりますよ」
こうして、D班の、たぶん人生で一番まっとうな実習が、始まった。
◇
まず、俺は全員に、役割を割り振った。
海斗には、宣伝と集客。「一日限りの復活祭」と銘打って、こいつの化け物みたいな情報網で、近隣中に告知をばらまく。
「まっかせて! 俺っちの手にかかりゃ、明日には県中の暇人が押し寄せるぜ!」
「押し寄せすぎない程度にな。ほどほどだぞ、ほどほど」
瑠璃には、目玉になる喫茶スペースの運営を任せた。空き店舗を一つ借りて、本物のメイドが給仕する喫茶店。……こいつのメイド服が、こんなところで役に立つとはな。
「まったく。わたくしを客寄せパンダに使うとは、いい度胸ですこと。……ですが、やるからには、完璧にやらせていただきますわ。メイドの威信にかけて」
八実には、余興。奇術ショーと、動物ふれあいコーナー。子供たちが集まること間違いなしだ。ただし。
「八実。コブラは、出すなよ。絶対だぞ。子供が泣くからな」
「えー。コブラんも、みんなと遊びたがってるのに」
「泣くっつってんだろ!」
七尾には、救護テント。慣れない人混みで、具合が悪くなる年寄りや、転ぶ子供も出るだろう。医者の出番だ。
「姫那……人、いっぱい来る、んだよね。……だ、大丈夫かな、姫那」
「大丈夫だ。お前は、もう、大勢の前でだって、きっちり仕事ができる。この間、証明しただろ。……それに、いざとなったら、俺が壁になってやる。いつもどおりな」
そう言うと、七尾は少しだけ俺の目を見てこくりと頷いた。……うん。もう、こいつの茶髪を正面から見ても俺の心臓はそんなに跳ねない。
そして、花咲。
「お前は……なんかこう、力仕事とか、高いとこの作業とか。あと、射的の店番。景品の管理な」
「……射的。おれが、やっていいのか」
「違うわ!客に、当てさせろよ!? お前が本気出したら、誰も景品取れねえからな。狙うんじゃなくて、狙えるように景品を配置してやってくれよ…」
「……難しい注文だ」
そして、肝心の俺は、というと。屋台の仕込みと、商店街そのものの立て直しだ。焼きそば、たこ焼き、からあげ、綿菓子――祭りの定番を、片っ端から仕込んでいく。ついでに、切れかけたアーケードの電灯を直し、色褪せた幟を新調し、埃をかぶった店先を、一軒ずつ磨き上げる。人を呼ぶってのは、飯と、場の空気が九割だ。腹が満ちて、居心地がよけりゃ、人は自然と笑顔になってまた来たくなる。それが、家を守る「家事」ってもんだろ。
「……月見様。あなた、一人で、商店街を丸ごと一つ、建て直そうとしていませんこと?」
「うるせえ。これくらい、朝飯前だ」
こうして、準備は着々と進んでいった。……着々と、進みすぎて、ちょっと不安になるくらいに。
◇
そして、迎えた、日曜日。
結論から言おう。……集客は、成功した。成功、しすぎた。
「おい海斗! これ、どう見ても『ほどほど』じゃねえだろ!」
「いやー、俺っちも、ここまでバズるとは思わなくてさー!」
シャッター街だったはずの商店街は、朝から、見たこともない人の波で埋め尽くされていた。海斗の宣伝が効きすぎて、県中どころか、隣県からまで、人が押し寄せてきやがったのだ。俺の作った屋台の飯には長蛇の列、瑠璃のメイド喫茶は満席で外まで行列、八実の奇術ショーは黒山の人だかり。
俺の屋台は、焼く先から売り切れて、追加の仕込みが追いつかない。瑠璃のメイド喫茶は、あの澄まし顔の給仕がかえって「本物っぽい」と評判を呼んで、整理券まで発行される始末。八実の奇術ショーじゃ、鳩が一斉に飛び立つたびに歓声が上がり、動物ふれあいコーナーには、子供たちが列をなしている。花咲の射的は……なぜか、あいつが小さく「よし」と呟いた瞬間だけ、客がぽろっと景品を落とすように当てるもんだから、『必ず取れる、優しい射的』として、妙な人気を博していた。手加減、ちゃんと覚えたんだな、お前。ちょっと感動したぞ。
「会長さんが見たがってた『賑わい』、通り越して『大混雑』になってんぞ!」
嬉しい悲鳴、ってやつだ。だが、ここまで人が増えると、笑ってばかりもいられない。案の定、問題が起き始めた。
「た、大変だ! 人が多すぎて、はぐれた子供が出とる! それに、興奮したお年寄りが、何人か、気分が悪いと……!」
会長さんが、青い顔で駆けてきた。……来たか。こういう時こそ、腕の見せ所だ。
俺は、大きく息を吸って、インカム越しに、全員に指示を飛ばした。かつて、風紀委員長として、何度もやったみたいに。
「全員、聞け! 迷子と、体調不良者が出た! ――亜貴!」
「……見えてる」
射的の屋根の上に、いつの間にか陣取っていた花咲が、人混みを見下ろして、即座に応えた。狙撃手の観察眼が、群衆の中の「異常」を、一つ残らず拾い上げる。
「泣いてる子供、三人。西の角と、中央と、東の端。気分の悪そうな年寄り、二人。喫茶店の前と、神社の階段」
「上等だ! 姫那、救護! 場所は亜貴が誘導する!」
「……っ、うん! 姫那、行く!」
七尾が、救護鞄を抱えて、人混みへ飛び込んでいく。もう、竦んでいない。
「八実! 動物使って、迷子の子供のとこ行け! 子供は、動物につられて寄ってくる!」
「はーい! チュー太郎、ハト三郎、出番だよー!」
「瑠璃! 喫茶店、一旦、休憩所に切り替えろ! 年寄りと子供連れ、優先で座らせてやれ!」
「畏まりました。……こういう時の采配だけは、お見事ですこと、月見様」
「海斗! お前は、この混雑をなんとかしろ! お前が呼んだんだからな!」
「うっ、ぐうの音も出ねえ! りょーかい!」
――と、その時。人混みの一角で、小さな悲鳴が上がった。坂になった路地で、ベビーカーが、人に押されて、ひとりでに動き出しちまったのだ。中には、赤ん坊。周りの客は、気づくのが遅れて、誰も手が届かない。
「亜貴!」
「……もう、見てる」
言うが早いか、屋根の上の花咲が、パチンコを弾いた。放たれた小石が、坂の途中の立て看板を撃ち抜く。ぐらりと倒れた看板が、ちょうどベビーカーの車輪を受け止めて、坂の途中で、ぴたりと止めた。
……六百メートル先のスコープを撃ち抜く男が、今日は、赤ん坊の命を、看板一枚で守った。悪くない使い方だ。お前のその手の。
「ナイスだ、亜貴!」
「……当然だ」
半目の狙撃手が、ほんの少しだけ、得意げに鼻を鳴らした。人を撃つためだけだと思ってたその腕を、誰かを守るために使えたことが、こいつは、たぶん、嬉しいんだ。
そして、俺は。
俺は、その全部を、真ん中で捌く。飯を配り、人の流れを整理し、迷子の親を探し、指示を出す。……なあ、気づいたんだ。
昔の俺なら、この全部を、一人でやろうとしてた。風紀委員長だった頃も、依頼をこなしてた頃も、いつだって、面倒事は、一人で抱え込んで、一人で片付けてきた。誰も、頼らずに。
でも、今は、違う。
俺が指示を出せば、亜貴が見つけ、姫那が治し、八実が笑わせ、瑠璃が捌き、海斗が動く。俺は、一人で全部やらなくていい。俺の背中を、預けられる連中が、いる。
――ああ、そうか。これが、「班」ってやつか。
なんだか、無性に、胸の奥が温かくなった。柄にもねえな、まったく。
◇
混乱は、一時間もしないうちに、綺麗に収まった。
迷子は全員、親の元へ。具合の悪かった年寄りたちも、七尾の手当てですっかり元気になって、逆に孫みたいに七尾を可愛がっていた。そして、商店街は――夕暮れまで、絶えることのない、賑わいに包まれていた。
閉店間際、会長さんが、涙をぼろぼろこぼしながら、俺たちの手を握った。
「ありがとう……ありがとうなあ。こんな、賑やかな商店街、何十年ぶりか……。ああ、生きてて、良かった……」
その皺だらけの笑顔を見て、俺は思った。……こういうのだ。俺が、やりたかったのは。人を壊すことでも、事件を解決することでもなく。ただ、誰かを、笑顔にすること。それが、俺の――家事の、行き着く先だ。
ふと、隣を見る。くたびれ果てた顔で、それでもどこか満足げな、班の連中がいた。減らず口を叩きながらも、最後まで、俺の指示に応えて走り回ってくれた奴らが。
……こいつらとなら。
この先、どんな厄介事が来ても、なんとかなる気がした。一人じゃ潰れそうな重さも、六人で担げば、案外、軽い。そんな当たり前みたいなことに、俺は、十六年も生きてきて、ようやく気づいたんだ。
「また、いつでも呼んでくれよ、会長さん。うちの問題児ども、こういうのは、得意なんでね」
会長さんは、帰り際、俺たちに、両手いっぱいの商店街のお惣菜を持たせてくれた。『実習の報酬だ』ってな。金じゃなく、飯。……いいね、こういうの。俺好みの報酬だ。ドバイで振り込まれた、あの薄暗い口止め料なんかより、よっぽど、あったかい。
帰り道、俺たちは、みんなくたくたで、でも、なんだか誇らしげだった。海斗が反省し、瑠璃が澄まし、八実が動物と戯れ、姫那がはにかみ、花咲が寝ながら歩いてる。……ああ、いい一日だった。こんな日が、ずっと続けばいいのにな。
――と、平和を噛みしめていた、まさにその時だった。
俺のスマホが、鳴った。相手は、若月先生。嫌な予感が、ちりっと走る。
「はい、月見です」
《あ、月見君? 実はね、来週、菊原理事長が、うちの学校に参観に来ることになってね》
「……あー。はいはい、聞いてます。参観日、でしょ」
《それがね、それだけじゃないみたいで。参観のこと、どこで聞きつけたのか……普通科の陽本さんと、専門科の草凪さんが、"私たちが理事長をご案内します"って、張り切ってるらしくてね。お友達、なのよね?》
……陽本夏奈と、草凪葵。
その名前を聞いた瞬間、俺は、頭を抱えたくなった。そうだ。すっかり日常に紛れて忘れかけてたが、あの二人も、同じこの先研校にいるんだった。夏奈は普通科、葵は専門科。俺の一年D組とは、科もクラスも寮も別。おまけに俺は、入学以来、実習だなんだで方々を飛び回ってたから、キャンパスであいつらと顔を合わせる機会なんて、数えるほどしかなかった。……だが、理事長が来るとなりゃ、話は別だ。あの二人が、黙って指をくわえて見てるわけがない。
……いや、これは、それはそれで、地獄じゃねえか!
理事長の香苗に、幼馴染の葵と夏奈。顔を合わせるたびに火花を散らす面々が、よりによって、参観日っていう同じ舞台に、一斉に集結する。しかも、D班の問題児どもと、鉢合わせで。想像しただけで、胃が痛くなってきた。
「……マジ、勘弁なんだけどな」
平和な日常ってのは、どうしてこう、長続きしないんだろうな。それに――心の隅では、まだ、あの本物の"茶髪の予感"が、消えずにくすぶっている。だが、それが本当に牙を剥くのは、もう少しだけ、先の話。今はまだ、俺はそれを知らない。
俺は、暮れゆく空を見上げて、盛大に、ため息をついた。
間の話が抜けていました…




