月見有
「……きてく……い」
なんだよ、人が気持ちよく眠ってるのに。
せめてもう少し寝かせてくれよ……
「後、一日……」
「有君、それは寝過ぎですよ」
ん?この声は……。
寝ぼけた頭では思考力の低下で物事を考えるのすらめんどくさい。
「葵が来ますよ?」
「夏奈!バックをよこせ!逃走経路の確保だ!」
死の宣告を受けた俺は椅子から転がり落ちるように身を構えて、隣に立っていた『副委員長』と書かれた腕章をしている少女に向けて指示を飛ばした。
よし、窓は開いているな……、これなら最短ルートが使えるぞ。
というか、俺の荷物は?
「あっ、起きました?」
荷物の代わりに、頭上から楽しそうな声が聞こえてきた。そこを見ると無意識で名前を呼んだ、艶やかな黒髪を肩までの長さで切りそろえ、ピンクのカチューシャで押さえた美人と称すのが適する少女、陽本夏奈がにこやかな表情で俺を見ていた。
「さすがに起きるわ!てか、葵の奴いねぇじゃんよ、寝かしてくれよ夏奈ぁ~」
周囲を確認して、悪魔が存在しないことを確信した俺はよろよろと立ちあがり再び机に突っ伏した。
なんか、余計に疲れたぞ……。
「申し訳ありません、本当は私も寝かして差し上げたかったのですが最後の仕事が終わっていなくて……」
あの、そんな申し訳なさそうな表情しないでもらえますか?こっちが申し訳なくなっちゃうんで。
「仕方ねえな~で?後なんか残ってたっけ?」
机の引き出しをあけてファイルを取り出し、手元のタブレットの電源をつけながら問いかけた。
というか、俺の雑務ってこれだけだっけ?
「はい、有く、コ、コホン。委員長に引き継ぎを行って頂こうと思いまして」
「あのな夏奈、無理しないでいつもどおり『有君』でいいぞ?誰も気にしないから」
夏奈は、普段から言い馴れている俺の呼び方ではなく、副委員長としての委員長に対する態度でそう呼んだ。
というか、その呼び方も本人だけが気づいてないだけで、基本有君呼びなんだから意味を成していないと思うんだけどね。
「いえ、公私混同は副委員長として部下に示しがつきませんから」
「まぁ、いいならいいけどな……で、引き継ぎだっけか?つうか俺は高等部に上がるだけだから別に急ぐ必要はねぇんだがなぁ」
俺は、自分の左腕に着けた『委員長』という腕章をいじりながら窓の外に見えている『月見学園高等部』の校舎を見た。
というか、この学校の奴はほとんどエスカレータ式だから卒業って感じがまったくしないんだけど、これが別の学校行くやつなら違うのかねぇ~
「そんなことを言わずに、折角なんですからなにか言葉をかけてあげればいかがですか?」
「あぁわかったよ、そんじゃやるか~」
重い腰を椅子から上げ、俺の斜め後ろに控えていた夏奈の手を取って隣に並ばせ後輩に向かい合うことにした。
「わひゃっ!」
いやいや、夏奈さんそんな声どこから出したんですか?見てよ後輩たち苦笑いしてんだけど?オイ今舌打ちした奴いたな!後で指導だこの野郎。
「んじゃ、次期中等部風紀委員会委員長、草凪茜」
そう呼んだのは、俺が悪魔と称す女の妹で俺の妹の親友でもある、絹のような黒髪を腰の付近まで伸ばし肩甲骨のあたりでリボンでまとめた、大和撫子のような少女の草凪茜だ。
「はい!」
自身の腕から腕章を外してファイルの上に置き、制服のズボンのポケットからUSBメモリを取り出し、茜を呼んだ。
ありゃ~、まさか腕章がこの一年でこんなにボロボロになるなんて作ったときは思わなかったよ……って、感傷に浸ってる場合じゃねぇか。
「これには、委員長としての重要な事は全部書いてある。あと一応データ化もしておいた。もしなにか困ったらここに携帯の番号とアドレス書いてあるから連絡しろ、ていうか俺のアドレス知ってるよな?まぁ暇だったら面倒みてやるから」
資料をすべて茜に渡し、机の上から無駄に凝った造りの名刺を一枚取りついでに渡した。引き継ぎって俺の代からしか無いのに、こんな分厚くなるなってマジで謎なんだけど?やっぱり、『校内に武装した不審者が侵入した時の対処法』って無くてもよかったかな?
「わかりました。これからは毎日メールします!」
「いや、別にいいけど。なんなの?草凪姉妹はメールしないと死んじゃうの?俺のメールボックスのほとんどが草凪で埋まるんだけど?」
あれだな、こうなったらテンプレートを用意するのが一番だな。例えば『それな!』とか、最近の大学生はみんな使ってんでしょ?よくそれで会話できるよね!有君ビックリ。
「……有君はそんなに葵とメールしてるんですか?」
「夏奈さんなんで僕の肩を握り潰そうとしていらっしゃるんでしょうか!?」
「いえ、有君は葵と大変仲がよろしいのだなと思いまして」
「そんなことないですつかあなたもメールしてるじゃないですかはいすみません口答えはだめですよね了解です肩が壊れます離してください夏奈様!」
そう言ってようやく離してもらった肩は、すごい熱を持ってるんだけど大丈夫かな?なんなの剣道やってると素手でリンゴとか砕けるようになるんですかね?ちなみにだけど、リンゴはコツさえ掴めば対して力のない人でも割れるんだぜ?
「痛っつ、えっと引き継ぎは以上だな。よし!お前らこの一年間俺について来てくれてありがとう!来年からは、俺は高等部、夏奈は先研校へと行くからな、夏奈には面倒見て貰え無くなるけど頑張れよ!」
肩の痛みを忘れるように少し大きな声で最後の挨拶を行った。
仕方ないよね!後ろで仁王像みたいに立ってんだもん!下手なこと言ったらマジで骨砕かれるよ……。
「「「えっ?陽本先輩、月見(有)先輩と別の学校行くんですか!」」」
「お前ら、まず難易度に対して突っ込めよ……」
なんなの、ウチの後輩たちは夏奈が俺と同じ高校に進学しないことが日本最高の教育機関進学よりも重要なの?俺がおかしいのかな?あそこってとんでもないとこで有名なんだけどさ。
先研校というのは、『国立先進技術研究学校』の略で、世界における日本の技術力低下を恐れた日本政府が、これからの日本を率いる人材育成のために設立した、最先端教育現場である。
つまり、ここに入ることができるのは一握りのエリートだけというわけだ。まぁ『エリート』にもいろいろあるんだけどな。
「はい、本当はどーしても行きたくはなかったのですが、もともとそう自分で決めたことなので仕方なく……。行きたくないですけど……」
だからなんで、最難関の学校に受かっといて不満なんだよ……。俺なら逆立ちしてへそで茶を沸かしても入学できるとは思えないんだけど。
「あの?有先輩?」
「なんだ、茜?」
「そういえば、お姉ちゃんも推薦で先研校に行くらしいですよ?」
茜がそういった瞬間、祝福の鐘がの頭の中で鳴り響いた。
「マジか!?やった!これで平穏無事な青春が求められる!」
思わず全力のガッツポーズをして喜んだ。苦節十数年、毎日毎日あいつの思いつきでどれだけ危険な目に遭ってきたことか……。思い出すだけで震えが止まらねえよ!
あれ、おかしいな視界がぼやけてきちまったよ、なんだろ花粉かな?俺、花粉症じゃないけど。
「あはは、そこまで喜びますか……。じゃあお父さんにお礼したほうがいいですね、お父さんが勝手に決めたらしいので」
「おじさんグッジョブ!よし、それじゃあこの前頼まれてた宴会の料理作ってやるかな~」
「本当ですか!先輩のお料理が食べられるなんて幸せです!」
やはり、料理をする人にとって一番の喜びは作ったものを幸せそうに食べる表情なんじゃないかと俺は思う。
だからこそ、いつか実家の料亭を手に入れるために親父を失脚させてやるわ!今でこそ仕入れは俺の仕事だから、人脈の力をフルに使えばどうにかなるだろう。というか昨日だって『猪肉が切れたから狩ってこいよ』とか言いやがって字が違うんだよクソが!
心の奥底で呪詛を唱えていると、後輩たちに絡まれていた夏奈が少し疲れた表情をして重要な案件を伝えてきた。
「委員長、植物の世話はどなたに割り振るつもりですか?」
「あーそうだったそれが一番重要だった。誰かやりたい奴いる?」
「「「…………」」」
ついさっきまで騒いでいた後輩たちは、目を一斉にそらして口を噤んだ。オイ、そんなにやりたくないのかよ?
確かに少し量はあるけどさ、俺でもできたんだから大丈夫だろ?
「誰もいないのですか?委員長が大切に育ててきた花々を育てたいという人は?本当に?」
「「「ヒッ!」」」
「おい、木刀を持って脅すなよ……」
「ですが!この者達は、委員長自ら育てこの学校のシンボルとなった花々を育てたくないと言ったのですよ?」
確かに、緑化委員などというものが存在したがあいつらはただ水ばっかくれるだけで株分けや、選定なんかを疎かにして碌に面倒も見てなかったから、悪魔召喚を使って潰したんだよな~
まあだから俺が代わりに学校中の花の世話することになったんだよな、それが今じゃシンボルだかんな。育てた身としては、鼻が高いぜ!
まあ、途中で俺が凝って勉強そっちのけで世話した結果でもあるから大っぴらには言えないけどさ。
「だって、先輩!数が多すぎるんですよ!なんで世話するのが花壇だけじゃなくて、畑まであるんですか!」
「あぁ、あれは俺が耕して作った」
「はあぁ?畑まで作ったんですか!」
「そういえば、『あの事件』で理事長からのお礼を貰ったと仰っていましたね?それが畑だったんですか?」
「あぁ、それと包丁のセットも貰ったよ!」
いや~あの人間国宝爺さん自ら打った包丁なんて持ってんの俺だけじゃね?
まさか、理事長あんな伝手があるなんて驚きだった。
それに、畑も貰えて実家の料亭で使う無農薬の野菜を自家栽培できるようになったのはでかいしな。
俺は、自分で作った野菜たちを思い浮かべて思わずにやけてしまった。危ない危ない、いきなりにやけるとかこの間しょっ引いた変態野郎と同じになっちまう。
「あぁもぅ、この先輩規格外だよ~」
「まぁ、とりあえずは委員長に任せるかな、頑張れよ茜!」
「無理ですよ~先輩も手伝って下さいよ~」
いくら、可愛い女の子からの上目使いでも俺の固い意思は揺るがない。
「まぁ、畑はほとんど俺の私物だから畑以外だけでいいよ。けど、中等部は中等部が受け持つってのは決まりだからな」
あれだね、目を潤ませるのって卑怯だよね!
俺じゃなかったたら、自分で全部やるって宣言してたとこだよこれ。
「まぁ、なんなら生徒会に頼りな、あいつらならお前が頼めば手伝ってくれるだろうし」
そもそも、新しい生徒会長が、俺の妹であり茜の親友でもある楓なら、花々の世話ぐらいうまい具合に役割を割り振ることができるだろう。
なんせ、悪魔の弟子なんだから人を使うことに関しては俺なんかとは比べものにならないからな。
俺は、家庭内の勢力図に変更が出ないことを祈ることしかできない。
あっ親父?最下層にいますけど。
「カエちゃんですか?手伝ってくれるかな~」
そんな、話しをしていた時どんな学校にもある一つの機能が作動した。
[ピンポーンパンポーン]
『放送のチャイム』という、ただそれだけの機能しかないそれは、俺たち風紀委員会にとって大きな意味がある。
それは……
「第一種警戒態勢!」
「「「ハイ!」」」
俺の掛け声と共に、全員がすぐに動けるように立ち上がりインカムを装備する。
[三年一組……]
この瞬間、俺と夏奈はドアに鍵をかけ俺は荷物を鞄にまとめる。
[月……]
「パターンAだ!」
『月』という単語が聞こえた瞬間俺は、荷物を持って開けた窓から外へ飛び出した。それと同時にドアが蹴破られ……。
「生徒会だ!」
生徒会役員が乗りこんできた。
というかこいつら、毎回毎回ドアを蹴破りやがって修理すんの俺なんだぞ!
「残念だったな!」
「な!ここは三階だぞ!?」
「貴方たち、委員長に迷惑かけるとはいい度胸ですね!覚悟はいいですか?」
夏奈が木刀を持ち牽制し、後輩たちが周囲を取り囲み状況を把握し応援を呼ばせないよう逃げ道を無くす。
それを、俺は地上に落ちながら脇目で見る。
「ざまーみろ、葵今日は俺の勝ちだ!」
地面につま先から着地し、膝、腰と徐々に関節を曲げ衝撃を逃がして走りだそうする。
ここまでは、完璧だ。
目の前に悪魔がいなければ……。
「残念だね~有、今日もあたしの勝ちだよ!」
目の前に草凪葵という十数年の付き合いの幼馴染の姿があった。
別に、悪魔のように醜悪な見た目をしているわけではなく、むしろ肩のあたりで切りそろえられた黒髪と、にこやかな笑顔がいたずら好きの子猫のように可愛らしく、妹の茜より慎ましい胸の持ち主の美少女といえよう。
見た目はな!しかしその本質は……
「ウソだろ?まさか読まれたのか……」
「いや~昨日は四階に上がる離れ技で驚かせてくれたけど、やっぱりこっちだったね~」
確かに昨日は、窓枠と雨樋を使って四階に上がったがあれは地獄だった……
まさか、たまたま着替えていたコイツに遭遇するとは思いもよらなかったからな。
更衣室で着替えないこいつがいけないのになぜか、黒い笑顔で凶器を振るわれたからね!マジで理不尽だったわ。
しかも、その後に『依頼』を解決するのに連れ回されたんだからな。
「……今日はなんだ?」
昨日は、近所の子供の『依頼』で廃屋に住み着いた、指名手配犯の捕縛だったからな。なぜそんなとこに潜伏してやがったのかと問い詰めたかったが、あいつは今頃一生消えることのないトラウマと共に檻の中で暮らしている。俺じゃないよ?悪魔の所業だからね?思い出すだけで、背筋が凍る……。
「アルバイトよ!」
確か、この前それを言われたときはレストランのウェイターになって要人の毒殺の防止をしたな。
まさか、他国の諜報員がこの国の政治家に紛れ込んでいたとは思いもよらなかった。
「……なんの?」
「ペットの捜索、加藤さんに頼まれちゃってさ~」
ペットなら大丈夫か?ていうか誰だよ、加藤さん!
「……それくらいなら、で報酬は?」
「確か、グラム千円くらいの玉露っていうお茶葉だったかな?」
「よし!受ける!」
ペット探すだけで高級玉露が飲めるとか最高だね!
やっぱり、一日の疲れを取るには温かい日本茶と和菓子が一番だよな。
このような軽率な行動は身を滅ぼすということを、報酬に目が眩んで忘れてしまったのは、おそらく疲れが溜まっていたせいだと思う。
普段ならもう少し考えて結果を出すのに今日の俺はどうかしていた。
「今、受けるって言ったね?言質とったからね」
「……そこまでするって事は」
「今回のターゲットは、名称ジャスフィンちゃん、種別シャムワニ、体長は三メートルだってさ、写真はこれね」
「ペットって、ワニじゃねえか!」
ペットって言葉きちんと定義した方がいいと思うんだよ!普通ペットって聞いてワニなんて思い浮かべないだろうが!
そもそもワニって飼っていいのかよ?てか逃げるの?見ず知らずの加藤さんよ~恨むからな!
俺は、自身の軽率な行動を呪い地面に膝をつくようにして崩れ落ちながら、頭の中で悪態をついた。
「取り消しは?」
「許すと思う?」
「……行くか~場所は?」
崩れていても仕方にないので嫌々立ち上がった。さっさと終わらして寝よう。今日は疲れた。
別に、葵が怖いからってわけじゃないんだからね。
俺は、ポケットからスマートフォンを取り出しブラウザを立ち上げた。
ワニ捕獲方法で調べれば出てくるかな。え?検索履歴の『素人 拷問 方法』についての説明?何のことやら俺にはわかりませんね。
「多摩川」
「はい?」
思わず、手からスマートフォンが地面に落ちた。
「だから、多摩川だってさ~ちょっと広いけど卒業式には間に合うように頑張ろうか!」
コイツはなにを言っているんだ?ここからあそこまで何キロあると思ってんだ?多摩川がどれだけ広いかわかってんのか?ってか、アマゾン川じゃねぇんだぞ!ワニをそんなとこにやってんじゃねえよ!危険すぎるだろうが!多摩ゾン川ですかこの野郎!
「……マジで?」
誰かこの悪魔の契約者交代してくれよマジで!毎日毎日これじゃ体がもたねえよ……。
命を大事にしたいです。
「車は用意した!装備もある!さぁ行こう!【月見草コンビ】出動よ!」
「嫌だーーー!!」
明日の卒業式間に合うかな?現実逃避を試みたがそんなに甘くないのが人生だ。
俺は、制服の首の部分を葵に掴まれ校門のところに止まっていた黒塗りのセダンまで引きずられていった。
「加藤の野郎帰ってきたら覚えてやがれ!報酬を思いっきりぶんどってやるからな!」
空に向かって叫んだ俺は死なないように、ネットでワニについての情報を集めるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました




