第四章 燃え上がる理想 後編
その頃ランバは二日前に巻き散らかされたビラがもたらした混乱を鎮めるために奔走していた。アルバトリア家の治める土地が帝国領に併合されたのは今からおよそ六十年ほど前であり、その際に小さな戦闘が一度あったきりであったため戦争らしい物はここ百年近い間起きてはいなかった。その平和ボケともいえる時代に生まれた民衆は初めて体感することになる戦争という物にある者は怯え、またある者は楽観し、ある者は勇み入隊しようとする者までいた。
―まさか私の初陣の相手がジュドーになるとは思ってもみなかったな…。
城下町を回り、混乱している民衆をなだめながらランバはそう思っていた。このルーブクスを中心とする帝国北部は広大で水棲種が数多く潜むリーズ河、高くそびえ立つ黒々としたマッカチン山脈によって外部からの脅威はほとんどなく隣国のネーベ、シャムッツ、ゴーゴルの三国に食い込む形で存在していながらもその侵攻の難度から帝国に併合される以前から他国からの侵略を受けたことがなかった。
そのため南方で勢力を伸ばしつつあった帝国が北上してくるのを知った時の頭首―ランバの祖父にあたるジンバ―は自分の持てる最大魔法を帝国に見せつけた。その魔法の威力に魔法使いがほとんどいない帝国は恐れ慄いた。しかし何を思ったのかジンバはその後すぐに自ら併合を申し出た。流石に帝国も怪しんだがジンバほどの実力者が配下に加わる利益を考えるとその疑いを押さえてまでそれを受け入れた。
ただしアルバトリア家はただとは言わずにいくつかの条件をつけた。まず一つ目が帝国の血族と自らの血族を交わらせない事である。次にお互いに民間の交流を受け入れるが軍隊の交流はしない事だった。そして三つ目は自分の土地に隣国のいずれかが侵攻してきた時には率先して助けに来ることだった。
その条件は併合の際に出すような条件ではなかったが帝国はそれを受け入れた。それは併合締結の際にジンバが再び魔法を使い、強引に押し進めたとも言われているが真相は定かではない。
―内部からの反乱は鎮静しても帝国に報告する必要はないな。
実の所アルバトリア家はジンバの代を境に悲しいまでに衰退していた。ランバ達の父チャートは魔法が使えない上に四人兄弟の三男坊だった。長男ルンバは魔法に秀でるだけでなく知力、体力ともに優れていたが帝国全土の三割が死亡した黒死病によって命を落とした。二男のロイドはルンバが死ぬ少し前に禁忌魔術に手をだし、自らの身を滅ぼしていた。そして四人目は女であったため相続権がなく、平凡なチャートがアルバトリア家の頭首になった。
この衰退をジンバは予知していたのだろうとチャートはランバに跡目を譲った時に語った。チャートとしては魔法を使えるジュドーに頭首になって欲しかったのだがそれをジュドーは拒み、最北端のガナシアに去ってしまった。そのためランバも父と同じように魔法の使えない頭首としてルーブクスを治めることになったのだった。
―まだクルスに祖父程の力はない。この衰退を知られれば間違いなく帝国はここを征服しにやってくる。だから何としてでもここは反乱を治めなければならないし情報統制も行わなければならん。
ルーブクスに存在している兵力はおよそ一万。その内百人ほどが魔法使いであるが技量の面で言えばせいぜいクルスに近い者が二、三人いる程度で他の者達は遥かにおとっており百万の兵を持つ帝国にはとても太刀打ちできる力ではなかった。
―何故だ……。何故なんだジュドー……。何故反乱などを起こすんだ。お前は今ここがどのような状態に陥っているのか知っているはずだ。内輪もめをしている暇はないことぐらい分かっているはずだろう……。
様々な思いがランバの頭の中を駆け巡り、当初の決意を鈍らせつつあった。しかしそれはすぐに元に戻ることになる。急にランバの目の前が暗くなったかと思うと辺り一面に音を立てて紙吹雪が舞い落ちたのだ。しかしその紙吹雪の紙は十×二十センチ大のとても大きな物だった。
ランバはその降り注ぐ紙吹雪の一枚を掴み取るとそこに書かれている物を見た。だがそこに書かれていたのはこの前の様な扇動的な宣戦布告ではなく、ただの地図だった。その地図が何なのかを理解するのかは容易かった。更に続けて聞こえた声によって未だに理解できていない者達もそれが何の地図なのかを理解することが出来た。
「聞け! ルーブクスの民よ! 我々は新世界の創造者ジュドー様の使いである! 我々は同志を殺すことを良しとしない! 故に我々はこの中にいる同志を迎え入れるつもりだ! 同志達よ立ち上がれ! そしてその地図に記された場所を目指すのだ!」
ネレスの魔法によって声を拡声されたフリッツの声がルーブクスに響き渡った。その声に民衆は空を見上げ、空を旋回している二人の鳥獣種の姿に目を奪われた。それを見た瞬間に町の隅で歓声の様な物が上がった。ランバが馬を走らせてみるとその声を発しているのが鎖に繋がれた奴隷達であることが分かった。その奴隷達は全て獣人であり、その種族は様々であったがその手にばら撒かれた紙を握り締めていた。
「動けぬ同志達よ! 我々は必ず助けに行く! だから必ず待っていてほしい!」
フリッツの声に応えるように歓声はますます大きくなり、二人が去った後もしばらくの間声は上がり続けた。
「ナタール、お前はこの地図をどう思う?」
「そうですね……。罠の可能性が高いと思われます」
「やはりこちらの戦力を分散させるための作戦だろうな」
ランバは城に戻ると代々アルバトリア家に仕えている二人の将軍達と共に作戦会議を開いていた。
「ですが……念のため偵察兵をそこに向かわせても良いのではないでしょうか? こちらの戦力は向こうの十倍近くあります。十数人がいなくても問題ありますまい」
そう提案したのは今年で六十を迎える老兵ナタールだった。
「確かにそうだな……。ガルーザ、君の配下に偵察を頼めないか?」
「ええ、我々の隠密部隊にお任せください」
そう答えたのは鎧ではなく動きやすさを重視した白装束を着ている男だった。歳は三十四とまだ若く主に南部にて帝国の動向を監視しているのだがつい昨日この戦いのために呼び戻されたのだ。
「戦う必要はない。ただこの地図の通りにいるのかを調べてくれるだけでいい。もしいなければすぐに戻って来てくれ」
「分かりました。それでは私は一足先に失礼します」
ガルーザは一礼すると部屋を後にした。
「もしこの地図が偽物だとしたら敵は一体どの辺りにいるのでしょうか?」
「そうだな…流石にまだここから見える場所にはいないだろうが一日か二日ほど進めばたどり着ける位置にいるだろう。二日の間隔を置いて奴の部下が来たことを考えるとそれで間違いはないだろう。だからすぐには来ないだろうが今日の夜から警戒しておくに越したことはない」
「では兵士達に夜警させるように言っておきましょう」
「頼んだぞナタール。恐らく明日の昼頃にカーラの増援が来るはずだ。それが到着し次第討って出るとしよう」
「分かりました。ではこれで私も失礼します」
「ああ、頼んだぞ」
ランバはナタールが部屋から出て行くと大きくため息を吐いた。あのばら撒かれた紙によってもたらされた混乱は前回に比べてはるかに大きく、事態の収拾に倍以上の時間がかかった。しかも逃亡者まで現れる始末であり、ルーブクスの三つの門の内正門である東門以外の門はしばらくの間閉鎖されることになった。
もしジュドー達が東から来るのなら北と南からも軍をだし、三方からジュドー達を挟み撃ちにするのだがもし北、あるいは南から来るのならば二方だけでありその効率は下がる。そのことは向こうも知っているため東から来る可能性はゼロに等しい。故に北か南のどちらに戦力を集中させるかが問題だった。
「上か下……普通に考えるのならば上だろうが裏をかいて南の可能性もある。西の隠し通路は昔に壊れたうえに狭いから一度に多くの兵を送れないし待ち伏せを恐れるはずだ。それに繋がっている場所はこの城の地下だ。いくらでも封鎖が可能だからここもないだろう。やはり上か下か……」
いくら考えても情報の少ない現状では判断ができないためランバはガルーザが戻ってくるのを待つことにした。
*
「どうだった? 奴等は乗ってきそうか?」
「さあな。全部は来ないにしても余程の馬鹿でもなければ偵察兵ぐらいはここに来るだろう。その場合はどうする? 迎え撃つのか?」
ネレスとフリッツがテントに戻ったのは夜だった。
ジュドー達はあれから少し進軍しており地図の通りの森の中にいた。そしてそこの上空からはルーブスクの小高い城壁が僅かに見ることが出来る位置にあった。
「偵察兵が来ても放っておけばいい。向こうに来させればいいだけの話だからな」
「それがそうもいかなくなったのよね」
「フラン……何か問題が起きたのか?」
ジュドーの隣で報告を聞いていた腐乱が声をあげた。
「元々短期決戦の予定だったから食料をあんまり持ってこなかったのよね……。おかげで後二日ぐらいしかもたないわ」
「そうか……それは問題だな」
ジュドーは唸った。だが唸った所で解決策など出てくるはずがなかった。いくら森に生物が豊富とはいえ八百人分の食料を確保できる可能性はほとんどなかった。そのためどう足掻いてもあと二日以内にこの戦争に勝ち、ルーブクスに入る必要があった。
「どうする? 恐らく向こうにいる獣人達は全てこちらに出てこれない状態にあるしこの往復の間に人影もなかった。これ以上待っても味方は増えないと思うぞ」
「確かにそうだな……結局誰もこっちに来ないのだから待つ必要はないか……。だが一応偵察兵が来るのだけは待っておくか」
「そうだな。だが偵察兵によって被害を出される訳にはいかないから夜目の効く牙獣種を何人か見張りに立たせた方がいいだろう」
「分かっている。ここにいる奴等もそろそろ我慢の限界だからな。少しぐらい暴れさせてやるのもいいだろう」
「だそうだ。ガルバス。ようやく君に仕事が回って来たぞ」
ネレスは離れた所でニヤリと笑っているガルバスを見た。
「それでは私は先に出るぞ。すぐに奴等が来るかも知れないからな」
「ああいいだろう。何人か適当に連れて行っても構わない」
「そうさせてもらうよ」
ガルバスは後ろ手に手を振るとテントを出て行った。
「ネレス、フリッツ君達はもう休んでいいぞ。二回も続けて長距離を飛んでくれてありがとう」
「分かりました。これで失礼します」
フリッツはそう言うと出て行ったがネレスはその場に残ったままだった。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「君は二日後の戦闘の布陣を考えているか?」
「いや、まだだが……」
「なら早い所考えて兵士達に伝えてくれ。情報の伝達が早ければ早いほど兵士達は順応する。逆に情報の伝達が悪ければ連携はぎこちなくなり、結束も弱まる。それでは被害が大きくなるし勝てないかもしれないぞ」
「分かった。早急に考えよう」
ジュドーが頷くのを見てネレスはテントを出て行った。テントを出たネレスは休むことなく部隊を離れ、見張りに向かったガルバスの元に移動した。
「どうだ? 何か見えるか?」
「いや何も。せっかく来ると思ったんだがなあ……」
「来ればいい方だ。むしろ来ない方が可能性としては高い」
ネレスは両目を牙獣種の物と交換し、夜の暗闇を見渡せるようになっていたがそれでも人影の様な物は見えなかった。
「なあ、私を掴んで空を飛べないのか?」
「分からんな。お前……体重いくらある? 僕の二倍以上あるのなら無理だぞ」
「ぬぅ……それでは無理だな」
「そうか。では僕は少し別の場所に行く。何かあればこれを使って教えてくれ」
そう言ってネレスが手渡したのは紐のついた掌大の球だった。
「何だこれは?」
「紐を抜いて大体五秒ほどで爆発する花火だ。上に向かって投げれば大体の奴が気付くだろう」
「分かった。貰っておこう」
「じゃあな」
ネレスはそう言うとガルバスに背を向けて別の方向に歩きだした。
「もうすぐ地図の場所だが? 何か見えるか?」
「いえ…こうも暗くては何も見えません。あの森の中に奴等がいるはずですよね?」
ガルーザの率いる偵察部隊はジュドー達がいる森から五百メートル程離れた場所にいた。偵察部隊はガルーザを含めて全員で十二人おり、その全員がガルーザと同じ白装束に身を包んでいた。
「この地図に書いてある通りならな…。ここから先は敵に見つかる恐れがある。各自迷彩を起動させろ」
「了解」
各々が白装束の腰についているダイアルを回した。すると音もなく白装束が変色し、夜の闇と同化した。彼等の着ている服は魔力を動力源として動く光化学迷彩であり、カメレオンの様に様々な場所と同じ色に変色するため偵察や侵入の際に重宝する道具だった。ただし魔力を均等に白装束に供給する必要があるためこれを使用している間には他の魔法を使うことが出来ない欠点があった。
「これから別れて索敵に入る。見つけ次第閃光弾をあげて退避しろ。見つかっても構わないが戦わずに全力で逃げろ。今回は暗殺ではなく偵察が目的だ。それと私が赤の閃光弾を上げたら索敵を中止してすぐにルーブクスに戻れ。いいな?」
「了解」
その言葉の後に十一の偵察兵は走りながら分散し、同化している夜の闇に溶け込んでいった。それを見送ってからガルーザも動きだし、目の前に鬱蒼と茂る森に向かって走り出した。
「ん……?」
先程吹いた風に妙な臭いが混じっているのにガルバスは気付き、すぐそばにいた牙獣種ノヴァに声をかけた。
「今何か感じなかったか?」
「ええ……。向こうの方から人の臭いがしましたね」
牙獣種は視覚だけでなく聴覚、嗅覚共に優れておりとりわけ嗅覚は平均的な人間の百倍から千倍以上だった。そのため風に乗ってきた人の臭いに二人は気付いた。
「しかし……何も見えませんね」
「あぁ。だが気を抜かないほうが良い。恐らくすぐ近くにいるはずだ」
ガルバスは会話を終えると足元に転がしていた小さな紐のついた球を持ち上げた。ネレスの掌大であったそれはガルバスが持つとまるでピンポン玉の様に小さく見えた。
―使う必要は……多分ないな。
ガルバスは一度持ち上げたそれを再び地面に転がすと再び闇に眼を凝らした。すると闇の中に蠢く何かの姿を捉え、勢いよく走り出した。羽織った麻布をはためかせて野を駆け、コソコソと動いていた何かに急速接近すると右手を伸ばしてそれを掴んだ。
「……何だ。ただのウサギか」
ガルバスが捕まえたのはただの野ウサギだった。バタバタと手足を動かすそれを地面に置いて放してやるとガルバスはため息を吐きながら元の位置に戻ろうとした。だがそのすぐ後ろで野ウサギではない全く別の、小さな布ずれの音を聞き、慌てて後ろを振り返った。
だがそれでもガルバスの目は人影を捕えなかった。
―いないはずがない。どこだ……?
ガルバスは臭いを嗅いでみた。すると案外すぐ近くからその臭いは漂っていた。ゆっくりと音を極力立てない様に歩いて臭いの源に近づいてみると人の形をした黒っぽい何かが地面に横たわっていることに気付いた。
―…こいつだよな?
それはまだ見つかっていないと思っているらしくガルバスがあと数歩の位置に近づいても身じろぎすらしなかった。きっとこのまま通り過ぎるのを待っているのだろう。今回ガルバスのやるべきことは偵察部隊による本体への被害を未然に防ぐことであり、偵察兵の排除ではなかった。だがここの所移動ばかりでストレスのたまっていたガルバスは足を振り上げると思いっきりそれの脇腹を吹き飛ばした。
「フゴッ!」
強烈な蹴りを腹部に受けた偵察兵は声をあげながら吹き飛び、音を立てて地面を転がった。
「起きろ。その程度じゃまだ死なんだろう? さあ……私を満足させてくれよ」
ガルバスは両手を広げて叫んだがヨロヨロと立ち上がった偵察兵は一目散に逃げ出した。
「待て!」
ガルバスは叫ぶと同時に追いかけた。偵察兵は脇腹の痛みに耐えながらも服の中に隠し持っていた閃光弾を外し、ピンを抜いてから思いっきり上に向かって投げ上げた。上空に舞い上がったそれはパーンという炸裂音の後に黄色い光を放って爆発した。
しかしその爆発程度で追う足を緩めるガルバスではなく、更に速度を上げて偵察兵に迫るとその肩を掴み、強引に地面に転がした。
「そう逃げるなよ」
ガルバスは起き上がろうとする偵察兵の前に回り込んで言った。流石に逃げ切れないと判断したのか偵察兵は迷彩を解除し、右手に魔力で白いナイフのような物を造り上げた。
「やっとやる気になったか…。さあ満足させてくれよ!」
ガルバスは腰を落とし急速で接近すると右手を偵察兵の腹目がけて叩き込もうとした。偵察兵は素早く身をかわして右に回り込むとガルバスの首筋目がけてナイフを振り抜いた。それをガルバスは右に転がることで避け、起き上がると同時に地面を蹴って偵察兵に向かってショルダータックルをぶちかました。
「ヘブッ」
偵察兵はまた声をあげて吹き飛び、受け身も取れぬままに背中から地面に叩きつけられた。その際に意識が飛んだのか魔力でできたナイフは消滅していた。
「なんだ……もうおしまいか」
ガルバスはその偵察兵の首根っこを掴んで持ち上げて肩に担ぐと動かずに待機していたノヴァの元に運んで行った。
「何ですか……それ?」
「これか? さっき見つけたから叩きのめしてやった。一応ジュドーの所に運んだ方がいいと思うか?」
「そうした方がいいと思いますよ。多分何かしらの情報が聞けると思うので」
「分かった。それじゃあ運んでくる。お前はここを頼むぞ」
ガルバスはそう言って偵察兵を抱え直すと森の中に消えていった。
「すっげえなぁ……」
一人残されたノヴァは森の中に消えていくガルバスの後姿を見て感心したように呟いた。
それからほどなくして赤の閃光弾が空に上がり、偵察部隊は撤収しガルーザの元に偵察兵が続々と集まったがその数はたった七人だった。
「今いないのは誰だ?」
ガルーザは一度止まり部下に確認を取るといないのはキース、グーク、ジョン、コータスの四人だった。その四人は森の西側に向かった者達であり東側と森のない西の方に行った者達が戻ってきたことを考えるとどうやら敵は西の方にいるらしかった。
「四人はどうしますか?」
「どうせ私の言いつけを守らなかったのだろう。役立たずは放っておけ。それよりも敵の位置をランバ様に伝えねばならない。帰るぞ」
ガルーザは冷たく言い放つと走り出した。残りの七人は納得いかない面持ちだったがガルーザの後に続いて走り出した。
*
「こいつは確かルーブクスにある隠密部隊の一人だな」
「隠密? その割にはこいつ隠れるのが下手だったぞ」
椅子に縄で縛りつけた偵察兵コータスを鼻で笑いながらガルバスは言った。
「…で、どうするの? 殺すの? 逃がすの?」
「そうだな…とりあえず話を聞いてみよう。こいつをどうするかはそれからだ」
ジュドーはテーブルの上に置いていた水の入ったコップを手に取るとその偵察兵の顔に浴びせた。すると偵察兵コータスは小さなうめき声をあげて目を覚ました。
「起きたか」
目を覚ましたコータスは周りを見回すと同時に自分が縄で縛りつけられていることに気付いた。
「さて……話をしよう。お前は……ガルーザ将軍の率いている隠密部隊の一人だな?」
「……」
コータスは答えなかった。
「お前達は何人でここに来た? 仲間はあとどれくらいいる?」
しかしこの問いにもコータスは答えなかった。
「答えろ。答えないのなら…痛めつけてやろうか?」
ゾナーが腰の剣を抜いたがコータスは顔色一つ変えなかった。
「まあ待て。傷つけた所で何の得にもならない」
ジュドーはゾナーを制すると質問を変えた。
「君は獣人の事をどう思っている? やはり嫌いかい?」
この問いにさえコータスは口をつぐんだ。
「これは困ったな……。こうも貝のように口を閉じられたら質問のしようがない」
「ネレスなら何とかしてくれるだろう。少し待っていてくれ」
ガルバスはテントを飛び出すと夜の森の中を駆け抜け、自分が捨て置いた閃光弾の元にたどり着くとその紐を抜いて空高くに放り投げた。閃光弾はコータスが投げた物とはまた別種の音と色の光を発して炸裂した。
それからしばらくして風が吹いたかと思うとネレスがガルバスの前に現れた。
「どうした? 何か見つけたか?」
「あぁ。実は一人偵察兵を捕まえたんだがな……」
「捕まえることができたのか!?」
ネレスは驚いた様な声をあげた。
「もうジュドーの所に運んである。だが中々情報が引き出せないからお前にそれを頼みたいんだ」
「分かった。すぐに行こう」
ネレスは頷くとジュドーのテントに向かって移動を開始した。
「こいつがそれか」
ネレスはコータスの前に立った。
「ああ。お前は捕まえられなかったのか?」
「捕まえようにもちょっと体を切り落としただけでどいつも勝手に自爆しやがるんだよ」
ネレスはそう言いながら右手をコータスの頭に乗せた。
「さて…見せてもらおうか。お前の記憶を!」
ネレスの手から放たれる魔力を通じてコータスの記憶がネレスの中に流れ込み始めた。
「どうだ? 何か分かったか?」
「ああ。こいつの他に来たのは十一人。その内三人は自爆したから残っているのは八人だ。だが…さっき赤い閃光弾が上がっただろう? あれは撤退の合図だったらしい。多分もう偵察兵は来ないだろう」
「そうなのか…ちなみにこいつは仲間になってくれそうか?」
「それは期待できないな」
ネレスが見た限り彼の記憶の中には獣人に対する感情は総じて憎悪、あるいは嫌悪だった。そして今も三人の獣人に囲まれているため苛立っているようだった。
「どうするんだ? 逃がすのか? 逃がさないのなら今ここで私がぶっ殺すが……」
「そうだな……殺さずに逃がしてやろう。私達の場所を教えることが本来の目的だったからな」
「分かった。ほら、これでお前は自由だ」
ネレスは刀で縄を切るとコータスを立ち上がらせた。
「……」
「ああ、これを持って行け。捨てるなよ?」
ネレスはガナシアの雑貨屋で買い取ったペンダントをコータスに投げ渡した。コータスはそれを受け取ると素直に服の中にしまい込んだ。
「さっさとルーブクスに帰ってランバに伝えろ。明後日の朝に我々は侵攻するとな」
「……」
コータスは何も言わずにテントを後にした。
「あのペンダントに一体何の意味があるんだ? あれはただの安物だろう?」
「まあ元はそうだがあれには僕の魔力を込めてある。奴があれをルーブクスに運んでくれればそれでいい」
ネレスの口元はいやらしくつり上がり、目は三日月の様に曲がっていた。




