第四章 燃え上がる理想 前編
ルーブクスはガナシアとは比べ物にならない程の強固な城壁で覆われ、その中の街並みも格段に上質なものだった。
生き残った四人は隠れるようにしてその中心部にそびえ立つ黒い尖塔をいくつも兼ね備えている巨大な城に向かった。運よく生き残った二人の兵士達は傷の具合が酷く、すぐに病院に運ばれた。
一方大した手傷を負わなかったカーラとクルスは乱れきった服装を整え、軽く食事を取った後によくやくランバと会うことが出来た。
「お前達二人が一度に来るなんて珍しい。それもあんな恰好でくるなんて一体何があった?」
ランバはジュドーより六歳も年上であり、もう三十を目前としていたが未だに若々しくその肉体は筋肉が隆々としていた。
「はい……実は……」
カーラはランバの前に座るとつい三日前に起きたことを全て語った。
「なるほど……ジュドーの奴がそんなことを言ったのか……。お前達の様子を見ると本気の様だな……。差別なき世界のために戦うか。あいつらしい」
ランバは顎をさすりながら言った。幼少の頃から共に過ごしてきたランバにはジュドーが差別をなくそうとする理由に思い当たる所があるらしかった。
「ランバ兄さまそんなのんきな事を言っている暇があるのなら襲撃に備えた方がいいのでは?」
「まあそう焦る必要はない。奴の兵力はせいぜい五百。民間人を入れても二千人程度にしかならん。だから来たら叩けばいいだけのことだ。それよりもお前達が追っていた追放者を捕まえることの方が先決だ」
「兄さん! それでいいのですか!」
「落ち着けカーラ。お前は何も分かってはいない。辺境が蜂起したところでその数はたかが知れている。それよりも帝国の権威を脅かしかねない悪を潰す方が大切だ」
ルーブクスにいるランバには常に各地の情報が入って来ていた。そのためジュドーの戦力や財力などは全て把握してた。
「……ですがこの事はアルバトリア家にとって重大な事件ですよ。もしかするとこの事で帝国から統治能力なしと見なされるかもしれません……」
「そんなものは握りつぶしてしまえばどうとでもなる。だが追放者を捕えたとなれば逆に恩赦を受けられるだろう。だから追放者の方を優先するべきなのだ」
「いえ……だからこそやるべきです」
クルスがそれに異議を唱えた。
「その追放者は恐らくジュドーに加担しています」
既にクルスの中ではジュドーは兄ではなくなり、ただ憎むべき敵に成り果てていた。
「ほう……。何故そう言えるんだ?」
「それはですね……追放者とガナシアで対峙した時にあいつは加勢しようとしませんでした。それに追放者はまるであいつを庇う様にして現れ、しかもあいつらに戦闘の準備をする時間を稼ぐかのように長々と飛んでいました。ガナシアで姿を現した時にもまたレッドドラゴンになれば確実に私達を殺せたはずなのに何故かそれをしなかったのもおかしいのです。恐らくはレッドドラゴンの姿になることでガナシアの町を傷つけることを恐れたのでしょう」
「ふむ……。もしそうならば一石二鳥となるが……信憑性に欠けるな。ちなみにそいつがジュドーと一緒にいるのを見たか?」
「いえ……それは……」
ネレスはあの戦闘にはただ安全地帯から火の玉を放っていただけであり、それを二人は見ていなかった。
「確かに追放者は見ませんでしたが追放者と行動を共にしていた牙獣種を戦場で見ました」
あの乱戦の中カーラはガルバスの姿を見つけていた。だが数に押されていたこともあり、ガルバスへ近づくことはできていなかった。
「そいつは確か追放者と行動を共にしているとかいう強盗だったか? もしそれが本当ならばその可能性は高いだろう」
「なら……」
「いいだろう。兵士達に戦闘の準備をさせよう。七日待ってこなければこちらから出向き、圧倒的な兵力差を持ってして潰すとしよう」
ランバの言葉を聞いた二人は顔を見合わせ、口元を緩ませた。
その後一先ず二人を部屋から退出させるとランバは一人考え込んでいた。それはジュドーのことである。
母親は違えど父を同じとする兄弟であり、それを討つのはやはり抵抗があった。それに小さい頃からジュドーの事を知っているランバは未だに彼が反乱を起こすとは全く持って考えつかなかった。彼の記憶にあるジュドーは四人兄弟の中で一番争いを嫌うおとなしい少年だった。二人の妹に振り回されることが多かったがそれを苦も無く受け入れていた。
そしてランバがここを治めるようになってからはライバル心を持ったのかわずか一年足らずで独立し、あのガナシアを治めるようになったのだ。
もしそれすら彼の計画の内だったとしたら……。そう考えると何故気づけなかったのかと自責の念に駆られ、ランバは奥歯を噛みしめた。
しかし考え、後悔したところで何の解決にもならず考えることを止めると兵士達に武装の命令を出すために部屋を出た。部屋を出ると二人の近衛兵が後ろに付き従い、城の外に出るとすぐに兵士達が訓練や生活をしている区画に移動しようとしたが城下町が妙にざわついていることに気付いた。
「今日は何か祭りでもあったか?」
「いえ……。今日は特に何もなかったはずですが……」
近衛兵に尋ねてもその答えは得られず、首を傾げながら進もうとしたがその騒がしい町の中から馬に乗った一人の兵士が飛び出し、ランバの前で止まった。
「ランバ様……これを」
その兵士は馬から下りると一枚の紙を手渡した。その紙には活字印刷によってこう書かれていた。
『―宣戦布告― 私、ジュドー・アルバトリアはランバ・アルバトリアの治めるルーブクスに対し、宣戦布告をここに宣言する。これは聖戦である。人間と獣人の垣根をなくし、真に平等な世界を作るための正しい戦である。賛同する者はガナシアに向かって真っ直ぐ来てほしい。我々はまっすぐルーブクスを目指して直進する。同志ならば我々は諸手をあげて迎え入れよう』
その紙を読み終えるとランバはしばらく固まってしまった。まさかこんなことをしてくるとは思ってもみなかったのだ。ただ奇襲のような物をしてくるのならばいくらでもごまかしが効いた物をこうも大々的に宣戦布告されてしまっては庇い様がない。
ランバは大きく息を吸い込んで早鐘を打っていた心臓を落ち着かせると紙を運んできた兵士に向かって問いかけた。
「これをどこで手に入れた?」
「はい…じつはこれは空から降ってきたのです」
「空……だと?」
反射的に空を見上げるとそこには二つの大きな鳥の姿があった。いや、それは鳥ではなかった。翼を持つ獣人、唯一空を飛ぶことの出来る鳥獣種だった。それは旋回しながら足で掴んでいた紙束をばらまいておりそれがこの紙を運んできたのは明らかだった。
「ええい! お前は兵を集めてこの事態の収集にあたれ! 私は他の兵士どもに戦闘の用意をさせる!」
「ハッ!」
兵士は敬礼すると馬に跨り、雑踏の中に消えていった。それを見送るとランバは兵舎に向かおうとしたが上空で旋回していたはずの鳥獣種が急降下し、ランバのすぐ前に降り立った。
「何のつもりだ! ここは獣人の立ち入りが禁止されているぞ!」
近衛兵は剣を抜いて鳥獣種に斬りかかろうとしたがそれをランバは制した。
「お前達……ジュドーの部下だな?」
「そうだ。お前がここの主のランバ・アルバトリアだな?」
ランバの前に降り立った鳥獣種は臆することなく確認を取った。
「そうだが…一体何の用で私の前に現れた?」
「我々はジュドー様の言葉をお前に伝えに来た。我々の目的は差別なき平等な世界にある。もしそれに同調するのならば今すぐ降伏してほしい。我々は同志を殺すつもりはない。もし拒むのならば我々は奇襲などの卑怯な手を使わずに正当なる戦闘を行い、勝利するだろ……」
鳥獣種が全てを言い終わらない内にランバが腰の剣を抜き、鳥獣種に斬りかかっていた。だがそれをもう片方が咄嗟に引き寄せたことでランバの剣は空を切っただけだった。
「……随分と短気なんだね」
今までしゃべっていなかった方の鳥獣種が口を開いた。その声はネレスの物だった。
「去れ。次は無い」
「そうだね。伝える事は伝えたし、帰るとしよう」
二人はそれだけを言うと翼をはためかせ、空に飛び上がった。
「……ありがとうございます。危うく死ぬところでした」
「気にするな。ある程度空から見て分かった事だが塀の中に攻め込むのは止めた方がいいな。入口のそばに家屋が密集しすぎている」
「そうですね。できる事なら相手がこちらを迎え撃つ形で外に出てきてくれると助かるんですがね……」
「それはあいつ次第だがもし無理なら僕が何とかして追い出すとしよう」
二人は翼を大きく動かし、空を飛びガナシアのある北の空に消えていった。
「―以上が偵察の際に分かった事だ」
ガナシアとルーブクスの丁度中間地点に設けられたキャンプの簡素な造りのテントに入るとネレスは共に偵察をした鳥獣種フリッツと共にジュドー、ゾナー、ガルバスに報告していた。
「これは予想以上に厄介ですね。こうも入口付近に一般人の居住区があると簡単に攻め込めない……」
「ルーブクスの城壁の出入り口は三つ、北、南、東だ。一応西にも隠し通路があるがこれを知っているのは城内に住んでいる奴ぐらいしかいないから気にする必要はない」
ジュドーは簡素な地図にペンで文字を書き込みながら言った。
「その隠し通路から攻め入るのはどうだ? 知られていないのなら潜入するのにはもってこいだろう?」
「いや…止めたほうが良い。そんな奇襲めいたことをすれば間違いなく民衆の混乱を招く」
「そうだな。そもそもここは五年前になんとなく私が使おうとした時には既に壊れていて使えなかったから放っておいても問題はないだろう」
「おい、壊れているのなら先に言っておけよ。変に考えてしまうだろうが」
ガルバスは呆れた様にため息交じりに言った。
「一番の理想は向こうがこちらを迎え撃つ形で塀の外に軍を構えている事だ。向こうはこちらの勢力を知っているからほとんど出さずに防衛に徹するかもしれない。そうなればこちらは強行手段に出なければならないな。何かいい考えはないか?」
皆しばらく沈黙し、何かいい案を知恵を絞ってひねり出そうとした。するといつの間にかテントに入ってきたフランがこう言った。
「なら場所を教えてみれば? さっきばらまいた紙にはこっちに来るようにと書いてあったけど正確な場所を書いていなかったじゃない? だからちゃんとした場所を書いてばらまいてやれば向こうが乗って出てくるんじゃないかしら?」
「なるほど…それはありかも知れないな。フリッツ、ネレス戻ってきてすぐだがまた頼めないか?」
「ああ、構わないよ」
ネレスは即答した。
*
ランバの城の中には千を超える蔵書を誇る巨大な図書室がある。約二百年に渡るアルバトリア家の歴史を記した本や帝国の歴史書、または兵法指南書などが保管されていたがその最奥に厳重に封のされた扉があった。
その扉の向こう側には小さな小部屋があり、黴臭い本棚と小さな椅子と机が一組ずつ置かれている。そこの本棚に収まっているのは様々な奇跡を可能とする魔法に関する本であり、その存在は秘匿され、知っているのはアルバトリアの一族だけだった。
しかし魔法を使える者は帝国兵士の中でもおよそ千人に一人か二人ぐらいの割合でしか存在せず、遺伝する事は分かっているが何故魔法を使える者と使えない者がいるのかは未だに不明だった。そのため二百年前では一族全てが魔法を使うことの出来たアルバトリア家でも徐々にその数を減らし、今ではジュドーとクルスの二人だけになっていた。
そしてその一人であるクルスはその部屋の椅子に座って大量の埃に目を赤く腫らしながら本のページをめくり、ある物を探していた。
―どこ…? ここに必ずあるはずなのに…。
クルスが探している物は彼女の祖先が使用したある魔法であり、それを見つけない事には夜も安心して眠ることができなかった。しかしそれらの本は帝国領土内で一般に使われている文字ではなく、アルバトリア家が帝国に加入したときに廃止された独自の文字で書かれており現代に生きるクルスには読むのも一苦労だった。
クルスはその古代文字に悪戦苦闘しながらも本を読み進め、遂にそれを発見した。
「見つけた。撃竜魔法……これを使えればあいつに負ける可能性は無い」
クルスの探していた魔法は昔から圧倒的暴君、食物連鎖の頂点にして絶対の捕食者として君臨していたドラゴン種に対して効果のある魔法だった。
「……え?」
ようやく目的の魔法を見つけたクルスが嬉々としてその使用方法に目を落としたがそこに書かれていたことを知るや否や絶句し、しばらくの間呆然としていた。




