第77話 筆頭
ナンバー1、と言ったのは、オレではなかった。
オレだったかもしれない、と前に思ったが、違った。声の主は、赤いカーペットの上に倒れているシルヴァンだった。
気絶していたはずだった。
首に手刀が入って、動かなくなった。
動かなくなった、というのは、そのままの意味だ。
だが、シルヴァンは目を開けていた。
毒は、抜けていない。唇の端に、血が乾きかけていた。
「ナンバー1……」
声が、震えていた。
柔らかい敬語の紳士が、床に倒れたまま怯えている。それだけで、扉の向こうにいる何かの格は、十分に伝わった。
扉が、完全に開いた。
足音が、軽かった。
子供だった。
金髪のオカッパ頭。
白いシャツに、ループタイ。
黒のハーフパンツ。
肌は白く、顔は端正で、男か女か、オレには判別がつかなかった。
判別がつかない、というのは、見ても分からない、という意味だ。
子供は、赤いカーペットの上で立ち止まった。
倒れているシルヴァンを見た。
それから、オレたちを見た。
「シルヴァンを倒したの!? スゴイ!」
声は、高かった。
「兄ちゃんと姉ちゃん達、強いんだね!」
「なんだ、このクソガキは」
アーマーが言った。
「めちゃくちゃ綺麗な顔して、可愛いんだけど!」
ロジナスが言った。
目が、輝いていた。輝いている、というのは比喩ではなく、実際に天井の電球を反射していた。
「ナンバー1だ、って、年金貰ってる年齢くらいのジジイが言ったが」
オレは、子供を見た。
「この子供が?」
「前半のお言葉は、些か引っかかりますが……」
シルヴァンが、床の上から言った。
「ええ。お間違いなく、この方です」
沈黙は、一秒だった。
ホワイトとアーマーが、腹を抱えて笑った。
二人の笑い声が、洞窟に響いた。
反響は、三回あった。
「こんな子供が、絶対虚無機構のボスとは!」
アーマーが、涙を拭きながら言った。
「父親が死んで、跡継ぎで仕方なく、とかじゃないか?」
ホワイトが、続けた。
バカにした口調だった。
「幼い跡継ぎを担ぎ上げる、あれか」
オレは言った。
「昔の将軍とか王様が死んだ時の、あのシステムだな」
システム、というのは、制度のことだ。
子供の頬が、ぷくっと膨らんだ。
「バカにしないでよ!」
地団駄を踏んだ。
踏んだ、というのは、片足を二回、床に叩きつけた、という意味だ。
「これでも、実力でボスなんだから!」
それから、胸に手を当てて、きちんと頭を下げた。
「ボクは、ヴァルハイト・ド・ラ・ミゼラブル! 11さい! よろしくね!」
顔を上げて、笑った。
「長いから、ヴァルって呼んでくれていいよ!」
「ヴァルくん?ヴァルちゃん?どっちか分からんけど可愛すぎじゃね?」
ロジナスが、両手を頬に当てた。
テンションが、明らかに上がっていた。
「ホワイトにソックリな奴と同い年か」
アーマーが、鼻から息を吐いた。
「……まあ、こっちが正常だわな」
ボワイドーも、十一歳だった。還暦に見える十一歳と、少年に見える十一歳。同じ年齢でも、見た目の方向は逆だった。
「ヴァ……ギ……何だ!」
ホワイトが、額に手を当てた。
「えーと、もっかい言ってくれッ!」
間違える以前の問題だった。最初の一音から、記憶に残っていない。
「ヴァルで呼んでいいと本人は言ってるぞ?」
バウンスがツッコんだ。
「長くて覚えにくい名前だな!」
オレは言った。
「ドラミ? 未来の猫型ロボットの妹か?」
「ドラミじゃないよ! ヴァルだよ!」
ヴァルが、手を振って否定した。
オレたちが騒いでいる間、シルヴァンだけは静かだった。
床に倒れたまま、小刻みに震えている。
額から、汗が落ちた。三滴、数えた。
ヴァルが、シルヴァンを見下ろした。
笑顔だった。
「シルヴァンは、すごく強いのに負けちゃったのはさ」
ヴァルは、小首をかしげた。
「この人達が、もっと強かったからだね」
「……不覚を、取りまして」
シルヴァンが、小声で答えた。
声は、さっきより震えていた。
「このジジイ、大したこと無かったじゃねえか?」
アーマーが、鼻をほじりながら言った。
ほじった指を、そのままカーペットになすりつけた。
「豚はバカだから、気づいてなかったみたいだけど」
ロジナスが、アーマーに向かって言った。
「ジジイと普通に戦ってたら、勝てたかどうか分かんなかったし」
「豚はアホだから、気づいてないです。そうです」
レンズが、うなずいた。眼鏡鎧が、カチャリと鳴った。
「サラッと悪口に乗っかるな!」
アーマーが言った。
「だから、毒を盛って、弱ったところをロジナスさんに決めてもらいました」
レンズは、アーマーの抗議を聞かなかったことにした。
「ロジナスとレンズに、そこまで言わせるとは……」
ホワイトが、唇を噛んだ。
「毒を飲まされて負けたなら、仕方ないね」
ヴァルが、笑顔のまま言った。
シルヴァンは、まだ震えている。




