第78話 解毒
その震え方が、おかしかった。
毒で震えているのとは、種類が違う。
バウンスも、同じことに気づいたらしい。
「そんな強いジジイがビビってるなら」
バウンスが、低い声で言った。
「この子供、もっと強いんじゃないか?」
オレの背中に、冷たいものが走った。
冷たいもの、というのは、汗だ。
「確かに」
オレは言った。
「強いジジイがビビる子供とか、ファンタジーのセオリーで、絶対ヤバい奴じゃねえか」
シルヴァンの全身から、滝のように汗が流れていた。毒が抜けていないせいか、恐怖のせいか、判別はつかない。判別がつかないまま、シルヴァンは、土下座のような体勢になった。
額が、赤いカーペットに触れた。
「……申し訳、ございません」
小さな声だった。誰に向けて言っているのかは、分からなかった。
「ねえ、シルヴァン」
ヴァルが、しゃがんだ。
シルヴァンの顔を覗き込んだ。
「葬送の礼服を、自分にかけたらパワーアップするよね?」
笑顔は、変わらなかった。
「だから、毒が残ってても、まだ戦えるよね? ね?」
「性別不明の超絶美形で、ドSとか」
ロジナスが、口元を押さえた。
「堪らないんだけど?」
ヨダレが、一筋、垂れた。
「こんな時に性癖をカミングアウトすんな!」
オレは叫んだ。
叫んだあとで、ふと気づいた。
ボイスも、欲望を剥き出しにして、エクスカリバーしか言わなくなった。
ロジナスのこの反応は、あれと同じ類かもしれない。
「ロジナス、オマエ、あのジジイに葬送の礼服をかけられたのか?」
オレは、ロジナスに聞いた。
「……いえ」
答えたのは、ロジナスではなく、シルヴァンだった。床に額をつけたまま、血の混じった声で言った。
「毒が回っておりますせいか……葬送の礼服が、発動できないようなのです」
シルヴァンの答えは、二つの質問に、同時に答えていた。
ヴァルの質問と、オレの質問。
発動できないなら、シルヴァンはパワーアップできない。ロジナスも、かけられていない。
「ジジイが発動できないと言っていますから、ロジナスさんは傀儡ではありません」
レンズが、眼鏡を押し上げた。
「つまり、あれは、ただのロジナスさん本人の性癖です」
ロジナスは、否定しなかった。
否定しなかった、というのは、そのままの意味だ。
「そっか! じゃあ仕方ないね!」
ヴァルが、笑った。
立ち上がった。
それから、土下座しているシルヴァンの両肩に手を添えて、ゆっくりと、体を起こした。
背筋が伸びたシルヴァンの顔が、ヴァルの正面に来た。
その瞬間だった。
ヴァルの右手が、動いた。
手刀。
シルヴァンの腹に、吸い込まれた。
音は、小さかった。
手が、背中から出た。
血が、噴いた。口から、大量の赤いものが溢れた。
赤いカーペットの上に、さらに赤が重なった。
「マジかァァァ!!」
アーマーが叫んだ。
ホワイトに抱きついていた。
ホワイトも、アーマーに抱きついていた。
二人とも、泣いていた。
「ただの突きで、身体を貫きやがった!」
バウンスが、呟いた。
ヴァルは、手を引き抜いた。
シルヴァンの体が、前に倒れた。
「シルヴァンは、悪くないよ?」
ヴァルは、血のついた手を、ひらひらと振った。
「悪いのは、シルヴァンを戦えなくした毒なんだ」
笑顔のままだった。
「だから、全部わるい毒を、出してあげるね?」
「つうか…ここまでドSだと、ガン萎えだし!」
ロジナスが、顔を引きつらせて言った。
さっきまでのヨダレは、止まっていた。
「あと、攻撃が全く見えなかった。コレ詰みじゃね?」
オレは、動けなかった。
動けない、というのは、足が床に張り付いた、という意味だ。
膝が、笑っていた。
それから、腹の下のほうで、嫌な感覚が動き出した。括約筋に、全力で力を込めた。
「怖すぎだろ!」
声が、裏返った。
「ケツから、新しい聖剣が出るとこだったわ!」
出ていない。
出ていないが、本当に、出るところだった。
「これは、全員で戦っても勝てる相手じゃねえ!」
オレは、周りを見回した。
扉は、ヴァルの後ろにある。
入ってきた方向は、ボイスと、眼鏡鎧の向こうだ。
逃げる方法を、考えなくては。




