第74話 紳士
「冗談です」
ボイスはそう言って、剣を収めた。
収めた、というより、鞘に押し込んだ。鞘に戻るまでに三秒かかり、その三秒間、ボイスの目はオレの腰のエクスカリバーから離れなかった。
「マジっぽかったけどな」
オレは言った。
「先へ急ぎましょう」
ボイスは前を向いた。話を変えた、というより、話が存在しなかったことにしたのだと思う。
オレたちは歩き出した。
洞窟の天井には、電球が一定の間隔で並んでいる。
その下を歩きながら、ホワイトがオレの腰を睨んでいた。
さっきから三回、同じ箇所を睨んでいる。
四回目に、声に出した。
「昔から使ってたみたいな顔して、エクスカリバー持つなッ!」
「それぐらい、エクスカリバーがオレに似合うんだ」
オレは答えた。
事実だった。
少なくとも、オレはそう思っている。
「昔から使っていたみたいな顔、じゃない。顔が、昔から使っていたと思わせるんだよ。」
「意味同じじゃね?」
ロジナスが言った。前を見たまま言った。
こちらを見る価値がない、という意味だと思う。
その先で、洞窟の様子が変わった。
足元に、赤いカーペットが敷かれていた。
幅は、人が三人並べるくらいだった。
洞窟の床の岩と、赤いカーペットの境目は、定規で測ったように真っ直ぐだった。
「何か、ここからカーペット敷いて、王様が居そうな部屋みたいになりましたよ!」
ボイスが言った。ボイスの言う通りだった。
「いよいよ、ボスじゃないか?」
アーマーが言った。
「その通りですよ。」
声がした。
奥に、男が立っていた。
チョビ髭だった。
髪は整髪料で固められていて、天井の電球の光を、一本も漏らさずに反射していた。
服は黒で、皺がなかった。
男は、オレたちが来る前からそこに立っていたような顔をしていた。
実際、そうなのだと思う。
「おや、これは可愛いお客様がたくさん。当館へようこそ。」
男は柔らかく微笑んだ。
「すぐに温かいお茶をご用意いたしますね。……と申し上げたいところですが、生憎、茶葉を切らしておりまして」
「なんだァ? てめェ…」
アーマーが言った。
キレている。
理由は、たぶん、ない。
「ふふ、どうか緊張なさらずに。申し遅れました」
男は胸に手を当てた。
「私は、シルヴァン・メルクリウス。絶対虚無機構のナンバー2を務めております。……と申しましても、ただの『お片付け係』のようなものですよ」
一拍置いて、シルヴァンは続けた。
「印象は、そうですね……外交官や伯爵のような、洗練された大人の色気を持つ紳士、といったところでしょうか。ふふ、自分で申しますのも野暮ですけれど」
「その自己紹介、言ってて恥ずかしくないのか?」
オレは聞いた。
シルヴァンは、恥ずかしくない顔をしていた。
恥ずかしくない顔、というのは、ずっと同じ顔、という意味だ。
「汁男だか、クリ◯リスか、何だか知らねえが。
ナルシストなオッサンだな!」
アーマーが言った。
名前は、一文字も合っていない。
「全然合ってないですし、間違い方が下品ですよ…」
レンズが、眼鏡を押し上げた。
「わざと下ネタで間違えるとか、サイテー!」
ロジナスが、アーマーから三歩離れた。三歩、というのは、オレの目測だ。
「撤回なさらなくて、結構ですよ?」
シルヴァンは、穏やかな声で言った。
「所詮、豚の戯言。私の心に響くことは、ありませんから…」
「誰が豚だ! 汁男はオレがブッ飛ばす!」
アーマーが叫んだ。
叫びながら、一歩前に出た。
出たのは、一歩だけだった。
「ふふ、威勢のよろしいことで…」
シルヴァンの視線が、ボイスに向いた。
「私とお手合わせ願う資格がおありか、まずはこの方を倒してから、お決めになってくださいね」
唇が動いた。
囁き声だった。
「『葬送の礼服』……さあ、舞踏の時間ですよ。」
次の瞬間、ボイスが剣を抜いた。
抜いた、というより、最初から手に持っていたように見えた。切っ先は、オレたちに向いていた。
「この技はですね、私の傀儡となって、お客様がたに襲いかかっていただく……そういう、おもてなしの術なのですよ」
シルヴァンの説明は、丁寧だった。
「丁寧に、説明サンクス!」
オレは言った。
礼を言うのは、礼儀だと思う。
「エクスカリバーは、僕が貰います。」
ボイスが言った。
目は、オレの腰を見ていた。
「オマエ、技にかかったフリをして、エクスカリバーを狙ってるだけじゃあないのかッ?」
ホワイトが言った。
「ふふ、お相手の欲望を解き放って、私の人形にする技ですから……その可能性も、なくはありませんね」
シルヴァンが、ツッコミのように補足した。
ボイスの剣先は、一ミリも動かなかった。
動かないのが、技のせいなのか、本心なのか、オレには判断がつかなかった。




