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第61話 嗅覚


ボズクが構えた。


ロジナスも構える。


空気が変わった。


いよいよ始まる。


強者同士の――


「はい、どうぞ」


レンズが骨を投げた。


「…………」


なんだこの戦い。


ボズクの足元に、カランと骨が転がる。


「犬なので、骨をあげますよ」


「…………貴様」


ボズクのこめかみに血管が浮かんだ。


「黒鎧よりも……」


ボズクがゆっくりとレンズを見る。


「この眼鏡のほうが、一番いけ好かんッ!!」


「そこまでですか?」


レンズは眼鏡を押し上げた。


こういう時の眼鏡キャラは、だいたい何か企んでいる。


そして、実際に企んでいた。


ただし――


やっていることは、犬への嫌がらせだった。


「貴様から殺す!!」


ボズクがレンズへ飛びかかる。


「おっと!」


レンズは慌てることなく、両手にロウソクを持った。


「…………」


なんで戦闘中にロウソクなんか持ってるんだ。


普通なら剣とか盾とか持つところだろ。


こいつだけ、戦闘の小道具の選び方がおかしい。


「……何をするつもりだ?」


ボズクが警戒する。


レンズは答えない。


ロウソクに火を灯す。


ゆらゆらと炎が揺れた。


そして、煙が広がる。


「剃刀狼爪(レイザー・エッジ・ウルフ)!!」


ボズクが消えた。


次の瞬間。


ズババババッ!!


レンズの身体がズタズタに切り裂かれた。


「ぐっ……!」


大量の血が飛び散る。


「レンズ!」


「レンズさん!」


「……これは」


レンズが自分の身体を見て、一言。


「かなりやりますね」


「いや、普通に斬られてるぞ!」


俺は注意した。


何を冷静に分析しているんだ。


「ガブッ!」


「ん?」


ボズクがレンズの肩に噛みついた。


「血吸獣牙(ブラッド・ソーカー)!!」


ボズクが牙を突き立てる。


「噛みついた相手の生命力を吸い取る技だ!」


「血を吸いながら技の説明するとか……」


ボイスが感心する。


「器用ですね…。」


「そこ!?」


俺がツッコむ。


「普通は噛みついてることを心配するところだろ!」


「なるほど!」


ボイスが頷く。


「では、もっと心配します!!」


「何でそこだけ素直なんだよ!」


レンズの顔が少し青くなる。


「これは……」


「どうした!?」


「かなり、地味にヤバいです…」


「地味じゃねえよ!!」


俺は叫んだ。


血を吸われている時点で、かなり派手にヤバい。


「これで終わりだ!!」


ボズクがレンズから離れる。


そして、もう一度腕を構えた。


「剃刀狼爪(レイザー・エッジ・ウルフ)!!」


ズババババッ!!


再び爪が走る。


レンズの身体が更にズタズタになる。


「…………」


「…………」


「…………」


静かになった。


俺は倒れたレンズを見る。


「最初と同じ技じゃねえか!?」


「トドメだが?」


「いや、技が最初と同じなんだよ!ツメのやつ!」


「仕方ないだろう、技が二つしかないんだから!」


「自分から、ソレ言う!?」


ロジナスが呆れた顔をする。


「しかも、技の数を敵に教えてるし!」


「…………」


ボズクが黙る。


「……た、確かにそうだな…。」


納得するな。


戦闘中に自分の手札を公開してどうする。


ボズクは倒れたレンズを見下ろす。


「ふん……」


勝ち誇った顔をするボズク。


さっきまでの勢いから考えると、かなり満足そうだ。


まあ、実際には――


「パァン!」


破裂音に似た音が響き渡った。


それは、レンズが両手を叩いた音だった。


「…………」


ボズクが固まった。


「…………?」


レンズは何事もなかったように眼鏡を直す。


「どういうことだ!?」


「幻覚ですよ」


「幻覚!?」


「はい」


レンズがロウソクを見せる。


「この煙を吸わせることで、幻覚を見せていたんです」


「じゃあ、さっきの戦闘は……」


「全部幻覚です」


ボズクの顔が引きつる。


「……全部?」


「はい」


「俺が噛みついたのも?」


「幻覚です」


「血を吸ったのも?」


「幻覚です」


「剃刀狼爪(レイザー・エッジ・ウルフ)を使ったのも?」


「幻覚です」


「…………」


ボズクが黙った。


「しかも、この煙――」


レンズが説明を続ける。


「人間には効きません。」


「じゃあ、誰に効くんだ?」


「犬や猫…」


一拍。


「あと家畜ですね!」


「犬……」


ロジナスが笑いを堪える。


「家畜……」


俺も口元を押さえる。


「ククッ……」


「笑うなァァァァ!!」


「いや、だって……」


お前だけだぞ。


一人で幻覚の中で戦って、一人で勝って、一人で満足してたの。


「ちなみに。」


レンズが続ける。


「幻覚を見ている間に、筋弛緩剤も打っておきました!」


「…………」


ボズクが身体を動かす。


動かない。


「なっ……!」


「これで、しばらく動けません」


「貴様ァァァ!!」


吠えるだけは犬より元気だった。


「ところで」


俺はふと思った。


「犬って、鼻がいいんだよな?」


「はい」


レンズが答える。


「人間の嗅覚の千倍から一億倍とも言われています」


「幅ありすぎだな、犬!」


ロジナスが無言でマスクを取り出した。


「……私、ちょっと鼻を守るわ」


バウンスもパーカーで口元を覆う。


「俺もそうする」


「何だよ、お前ら」


俺は鼻で笑った。


「大げさだな」


――その直後。


俺は聖剣を見る。


ロジナスを見る。


バウンスを見る。


そしてボズクを見る。


「……まあ」


俺は聖剣を構えた。


「さっきの蹴りのお返しってことで」


「待て!」


ボズクが叫ぶ。


もう動けないはずなのに、顔だけはものすごい勢いで動いた。


「何をするつもりだ!?」


「安心しろ…」


俺は聖剣を構える。


「一撃で終わらせてやる!!」


「何を――」


「神威閃衝(ストライク・アリア)!!」


ズブッ!!


「――――ッ!?」


聖剣が、ボズクの左の鼻の穴に突き刺さった。


「…………」


静寂。


誰も喋らない。


俺も喋らない。


ロジナスも喋らない。


バウンスも喋らない。


そして――


「クサアアアアアアアアアアアッ!!」


ボズクが絶叫した。


「クッサいィィ!!!」


「…………」


「クサすぎるゥゥゥ!!」


鼻から血を流し、血の涙を流し、血の混じった吐瀉物を吐き散らしながら地面を転げ回る。


さっきまで強者ぶっていた男の現在の姿がこれである。


人間、何が起きるか分からない。


「クサ、クサッ、クサアアアアアアアア!!」


ロジナスが鼻を押さえながら言った。


「クサいけど……」


俺を見る。


「大便くん、やっば!カッコいい♡」


「どこがだよ!」


バウンスが即座にツッコんだ。


「臭い棒を鼻に突っ込んでるだけだろ…」


「棒って言うな!」

 

俺は聖剣を使う勇者だ。


「大便さん、強い!素晴らしいです!」


ボイスが目を輝かせている。


「まあな!」


俺は聖剣を引き抜いた。


ボズクが白目を剥く。


「クっサ……」


そのまま、目を閉じると2度と言葉を発する事はなかった。


「…………」


俺は聖剣を鞘に収めた。


「つまらぬものを切ってしまった…。」


「切ってねえだろ!」


バウンスが冷静に言った。


「刺しただけだ。」


「……」


確かに。


今回は刺した。


そんな、どうでもいい事実を確認していると――


「金だぁぁぁぁぁ!!」


突然、気絶してたはずのアーマーが叫んだ。


「金塊を見つけたぞぉぉぉ!!」


「…………」


全員が振り返る。


アーマーが地面に落ちていた石を抱えている。


「これでオレは大金持ちだぁぁぁ!!」


「それ、ただの石だぞ」


「違う!!」


アーマーは叫ぶ。


「金だ!!」


レンズが首を傾げた。


「おかしいですね…」


「何が?」


「この煙は人間には効かないはずなんですが……」


レンズがアーマーを見る。


アーマーは石を抱えたまま、満面の笑みを浮かべていた。


「金だぁぁぁ!!」


「…………」


「…………」


「…………」


どうやら例外が一人いたらしい。


俺はアーマーを見ながら思った。


こいつ、やっぱ人間じゃなくて豚じゃないのかと。


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