第59話 狼男
「狼みたいな人間、ではない」
姿を現した男は、その鋭い眼光でこちらを見据えながら、静かに、しかしはっきりと訂正した。
「人間みたいな狼だ、私の名前はボズク。」
「どっちも同じじゃねえか?」
オレは思わず即座にツッコんだ。
順番を入れ替えただけで、言っていることの本質はまったく変わらないように思えた。
「全然違う!」
ボズクは不服そうに首を横に振った。
「私は狼なんだ、人間じゃない。」
その主張に妙な熱がこもっているのを見て、こだわりの強さだけは伝わってきた。
「それはどちらでもいいですが…」
ボイスが横から冷静に割り込む。
「絶対虚無機構で間違いないですか?」
「絶対虚無機構じゃないのは、もう沢山ですからね?」
レンズがしみじみと呟いた。
ここまで自称・他称含めて何度も空振りを重ねてきただけに、その一言には妙な重みがあった。
「全然違う」
ボズクは再び同じ言葉を繰り返した。
「私は狼なんだ、人間じゃない。」
そして一拍置いてから、ようやく本題を口にした。
「――絶対虚無機構の一人だ」
「狼で人間じゃないって説明、さっき聞いたし…」
ロジナスが呆れ顔で指摘する。
二度目の自己紹介パートは、さすがに誰の耳にも冗長に響いていた。
「それはどちらでもいいですが…」
ボイスが再び同じ枕詞を使いながら、核心に踏み込んだ質問を重ねる。
「絶対虚無機構は、ヒガーシのガーディアンズを95人やったんですか?」
「全然違う」
ボズクが三度目の否定を口にする。
「私は狼なんだ、人間じゃない。」
そこまで言い切ってから、ようやく質問への答えを続けた。
「――いちいち倒した人間を数えていない。だが、ここに来たヒガーシのガーディアンズ達を、始末したのは事実だ。」
「狼なんだ、人間じゃない。ってイチイチ言わないと会話できないルールでもあるのか?」
オレは呆れながら呟いた。
もはや会話のテンポそのものが、この男の口癖によって狂わされている気がしてならなかった。
「大事な事だから、何度も言っているのだ。」
ボズクが至って真面目な顔で答えた瞬間だった。
「ガーディアンズをやったなら、仇をとらせてもらう!」
アーマーが低く唸るように言い放つと同時に、素早くムチを振るい、ボズクの両手を巻き取るように拘束した。
「ホワイト、やれ!」
「暗闇を照らす閃光を、見るがいいッ!」
ホワイトが大きく右肩を突き出しながら叫んだ。
「『白夜閃光』!!」
轟音とともに放たれたショルダータックルが、拘束されたままのボズクへと一直線に突き刺さる。
「ぶっ……! 待っ、おまっ、アハハハハ! 暗闇を照らす閃光ってダッセぇーし!!」
ロジナスがその大仰な決め台詞に、思わず噴き出して笑った。
爆発じみた衝撃音とともに、ボズクの体は大きく吹き飛ばされ、地面へと勢いよく叩きつけられた。
土煙が舞い上がり、しばらくその場から動く気配はなかった。
「……大したことなかったな」
アーマーが腕を組み、鼻で笑いながら呟いた。
「バカモノッ!!」
ホワイトがすかさず、アーマーの頭を小突く。
「いってぇ!何すんだハゲ!」
アーマーは頭をおさえた。
「狼男が弱いんじゃない。私が!強すぎるんだッ!」
ホワイトは胸を張りながら、堂々とそう言い放った。
「おお~!!とは皆言わないからな。」
オレは思わず腕を組み、冷めた声でそう返した。
あまりにも堂々とした自己評価に、素直な感想を返す気にはなれなかった。
「本当に強い奴は、自分を強すぎるとか言わなくね?」
ロジナスも呆れ顔で同調する。
そんなやり取りをよそに、倒れていたはずのボズクが、ゆっくりと身を起こした。
「わざと喰らってみたが、」
大きくタメ息をつきながら、静かに呟く。
「こんなものか…。」
「何ッ!?」
ホワイトが目を見開いて声を上げる。
土煙の向こうで、ボズクがスッと何事もなかったかのように立ち上がった。
その体には、傷らしい傷も見当たらない。
「全然、ダメージないみたいだな…」
アーマーが今度は真顔で呟いた。
次の瞬間、ボズクは拘束していたムチを軽々と引きちぎると、そのままアーマーの顔面へと拳を叩き込んだ。
ホワイトの腹部に蹴りを見舞い、二人はほとんど同時に地面へと沈められた。
あまりにも一瞬の出来事だった。
「やっぱり…。ホワイトさんの10倍強いというガーディアンズの報告は間違ってなかったですね。」
ボイスが倒れた二人を見下ろしながら、妙に冷静な口調で呟いた。
「そこ!?」
オレは思わずツッコんだ。




