第58話 洞窟
しばらく歩き続けると、ようやく目当ての洞窟が見えてきた。入り口には、まるで新築の一軒家のようにきちんとした木製の表札が掛けられている。
『絶対虚無機構』
達筆な墨文字で、堂々とそう記されていた。
「……一軒家かよ」
オレは思わず脱力しながらツッコんだ。
悪の組織の本拠地というよりは、どこかの田舎にありそうな個人宅の玄関先である。
表札まで掲げる律儀さが、逆に恐ろしくすら感じられた。
洞窟の中へと足を踏み入れると、外の光は瞬く間に遮断され、辺りは完全な闇に包まれた。
数歩先すら見通せない、深い暗闇である。
「ちょっとオッサン。ドサクサに紛れて、ロジナスの背中に汚いドングリを押し付けるとかしないでね。」
暗闇の中、ロジナスがホワイトに向かって鋭く釘を刺した。
「す、するか!」
ホワイトが慌てて否定する。声にわずかな動揺が滲んでいた。
「前科あるやつが言ってもな…。」
アーマーが冷静に指摘する。
過去に似たようなことをしでかした実績があるだけに、説得力は皆無だった。
「灯りがないと、暗くて見えないな。」
バウンスが暗闇の中で目を凝らしながら呟いた。
「それなら問題ないですよ。」
レンズがそう言うが早いか、懐からマッチを取り出し、迷いなく擦った。
小さな炎が灯った瞬間、その手はまっすぐカクガリクンの服の裾へと伸びていく。
ボッ、と鈍い音を立てて、カクガリクンの服に火が燃え移った。
「これで松明の代わりになりますから、問題ないですね!!」
レンズが満足げに頷く。
「カクガリクン…イヤな事は断ってイイんだぞ。」
オレは炎に包まれ始めた仲間を見ながら、思わず声をかけた。
もはやレンズの発想が常軌を逸していることには慣れつつあったが、それでも一応の良心は残っている。
「燃やされるのも、悪くないですぅ!」
炎に包まれながら、カクガリクンはうっとりとした表情でそう言い放った。
こうして、全身をゆらゆらと燃やしながら歩くカクガリクンを松明代わりに、一行は洞窟の奥へと進み始めた。
暗闇の中に浮かび上がる道は、驚くほど単純だった。分かれ道も、脇道もない。ただ一本の道が、まっすぐ奥へと続いているだけだった。
「……ここまで一本道だと、逆に罠じゃないか?」
オレは警戒しながら呟いた。
侵入者を誘導するための単純な仕掛け――そう考える方が自然だった。
「罠を仕掛ける必要はない…」
不意に、暗闇の奥から低い声が響いた。
誰のものとも知れぬ、静かで落ち着いた声だった。
「それは、絶対虚無機構だからだ」
「……今まで偽物と戦ってましたが、やっと本物の絶対虚無機構ですね!」
ボイスが緊張した面持ちながらも、どこか感慨深そうに呟いた。
ここまでの道のりを思えば、無理もない反応だった。
「偽物も何も」
すかさずバウンスが冷静に訂正を入れる。
「絶対虚無機構と、オレらを勘違いしてたのはソッチだからな。」
厳密に言えば、七彩聖衣は「偽物」を名乗っていたわけではなく、オレたちが勝手に絶対虚無機構だと思い込んで襲いかかっていただけだ。
その訂正に、ボイスは「あ……」と気まずそうに視線を泳がせた。
そんなやり取りが交わされる中、暗闇の奥からの声は、ゆったりとした調子で続けた。
「侵入者は皆、この道を通る。
逃げ場のない一本道を、恐怖に怯えながら進んでくる。その光景こそが、我らにとって何よりの――」
「それが、絶対虚無機構だからだとか言ってて、恥ずかしくねえのか!?」
アーマーが、その大仰な語りを遠慮なく遮った。せっかく盛り上がっていた空気が、一瞬にして霧散する。
「……人間のフリをしている豚の方が、よっぽど恥ずかしいだろう」
暗闇の中から、ずしりと重い足音とともに、その姿が浮かび上がった。
松明代わりのカクガリクンが放つ揺らめく炎に照らし出されたのは、鋭く尖った耳、全身を覆う灰色の体毛、そして牙を剥き出しにした獣の顔――狼のような姿をした男だった。二足歩行で堂々と立つその姿には、明らかに人ならざる威圧感が漂っている。
「…つうか、人間のフリをしている狼が言うな!!」
アーマーが間髪入れずにツッコんだ。
人間のフリをしている豚呼ばわりされた本人が、目の前の狼男の姿にツッコまずにはいられなかった。




