第57話 看板
「絶対虚無機構が、ヒガーシの街の横にいるのは分かった。だが、洞窟ってどこだよ」
拘束されたままの黒パーカーを見下ろしながら、オレは率直な疑問を口にした。街の横といっても、それなりの広さがある。手がかりもなしに闇雲に探し回るのは非効率だ。
「洞窟の近くに、あと何メートルって看板が立ってる」
黒パーカーが面倒くさそうに、しかしあっさりと答えた。
オレは思わずぽかんと口を開けた後、深々と息を吐いた。
「……絶対虚無機構は、田舎のイオンモールみたいな事してるな」
「イオンモール?」
黒パーカーが心底意味が分からないといった様子で首を傾げる。前世の記憶にしかない単語が、こんな場面で口をついて出てくるとは思わなかった。
「いや、こっちの話だ」
オレは軽く手を振って誤魔化すと、話を本題に戻した。
「居場所を教えたんだから、この縄――いやムチを解けよ」
黒パーカーが手足を縛られたまま、不機嫌そうに要求する。
「いいですよ」
レンズがあっさりと頷いた。あまりにも軽い返事に、周囲が一斉にざわついた。
「解いたら、また襲ってくるぞッ!」
ホワイトが慌てて止めに入る。至極まっとうな懸念だった。
だがレンズは、笑みを崩すことなく答えた。
「襲ってきたら、僕が拳で分からせますよ?」
「イケオジは、殴り合い強くないでしょ?」
ロジナスが冷静にツッコんだ。線の細い眼鏡インテリという見た目からして、腕っぷしで語れるタイプにはとても見えない。
「まあ、論より証拠ですね」
レンズはそう言うと、迷いのない手つきで黒パーカーを縛っていたムチを解いていった。
「かかったな アホが!」
拘束から解放された瞬間、黒パーカーが不敵に笑い、勢いよく身を起こした。
「『深淵速度』ッ!」
――だが、何も起こらなかった。
黒パーカーの体は、ただその場に立っているだけだった。あの目にも留まらぬ速さの気配など、微塵も感じられない。
「な……何故だ!?」
黒パーカーが自分の両手を見つめ、愕然とした表情を浮かべる。
「強力な筋弛緩剤を打ってるんですから、『深淵速度』を発動させる筋力自体、残ってないんですよ」
レンズが淡々と説明する。
「今のアナタは、5歳児くらいの筋力しかありません」
そう言い終えると、レンズの右ストレートが黒パーカーの顔面へと正確に突き刺さった。抵抗する力すら残っていなかった黒パーカーの体は、あっけなく宙を舞い、地面へと沈んだ。
「同僚という部分を差し引いても、鬼畜だな」
アーマーが乾いた声で呟いた。
「拳で分からせるとカッコつけてるが、弱い者イジメならぬ、弱くなった者イジメじゃねえか」
オレも半ば呆れながらツッコまずにはいられなかった。相手の力を完全に奪った状態での一方的な暴力は、もはや戦いとすら呼べない。
だがレンズは気にする様子もなく、倒れている黒パーカーの側に屈み込むと、その耳元に静かに囁いた。
「働けるだけの筋力は、ちゃんと残しておいてますから。肉体労働でもして、真面目に働いてくださいね」
「5歳児の筋力なら、肉体労働で働けるか微妙じゃね?」
ロジナスが素朴な疑問を投げかけたが、誰もそれに答えることはなかった。
「絶対虚無機構のアジトも分かったことですし、行きましょう!」
ボイスが手をパンと叩き、明るく先頭に立とうとする。
「オマエが仕切るな!」
アーマーが即座にツッコんだ。
こうして一行は、ヒガーシの街を目印にしながら、絶対虚無機構のアジトである洞窟を目指して進み始めた。
しばらく歩くと、黒パーカーの言葉通り、街の外れに大きな看板が立っているのが見えてきた。
『絶対虚無機構の洞窟まで あと2km』
黄色地に黒文字の、やけに視認性の良い看板だった。
「ますます、田舎のイオンモールみてえな看板じゃねえか!」
オレは思わず、その場で盛大にツッコんでしまった。




