第56話 失念
「カクガリクン、引き続き攻撃受けてろ」
オレは短く指示を飛ばすと、戦場の中央に視線を戻した。
「見破ったとか、ハッタリぬかすな!」
黒パーカーが余裕の笑みを浮かべたまま鼻を鳴らす。だがオレは、その挑発に応じることなく、静かに頭を振った。
「というかオレ、バカだな。くそ……どうかしてた」
自嘲めいた呟きが漏れる。もっと単純なことだったのだ。速さを目で追おうとするから見えない。ロジナスの動体視力でも、ボイスの心眼でも捉えられない。それなら――視覚以外の感覚を使えばいい。
「皆、離れていろ」
オレは背後のガーディアンズたちに向かって短く告げた。有無を言わさぬその声色に、何かを察したのか、皆が黙って距離を取っていく。
オレはゆっくりと、カクガリクンの背後へと回り込んだ。全身から漂う、あの独特の存在感。訓練を積んでいるカクガリクンでさえ、至近距離では耐えがたいというその「匂い」を、風上に立つように利用する形で身を寄せる。
背中の黒い筒に手をかけ、ゆっくりと聖剣(と呼ぶにはあまりにも不名誉な代物)を引き抜いた。新聞紙の包みが、じわりと空気に触れる。
その瞬間だった。
「し、しまっ……」
黒パーカーの顔から、一瞬にして血の気が引いた。目にも留まらぬ速さで距離を詰めてくることは、もはや何の意味もなさなかった。どれだけ速く接近しようと、その先に待つ「攻撃圏内」からは、決して逃れられない。
「うっ……」
短い呻き声を最後に、黒パーカーはその場に崩れ落ち、白目を剥いて失神した。
「オエエエエッ……!」
至近距離でその余波をまともに浴びたカクガリクンも、訓練を積んでいるとはいえさすがに耐えきれなかったのか、盛大にえずきながら胃の中のものをぶちまけていた。
「どんなに速かろうが、匂いは関係ないからな」
オレは満足げに呟きながら、聖剣を丁寧に筒へと収め直した。速さで対抗できないなら、速さそのものを無意味にしてしまえばいい。実にクズらしい、しかし確実な必殺の一手だった。
安全を確認した様子で、離れていたガーディアンズたちがぞろぞろと戻ってくる。
「よし、今のうちだ」
アーマーが素早くムチを二本取り出すと、気絶している黒パーカーの手足を手際よく縛り上げた。日頃の締まりのなさが嘘のような、実に手慣れた動きだった。
「念のため、強力な筋弛緩剤を打っておきますね!」
レンズがにこやかに言いながら、拘束されている黒パーカーの腕へ迷いなく注射器を突き刺す。
もはや敵に対しても手加減という言葉を知らないらしい。
「よし、起こしてやるッ!」
ホワイトがそう言うと、拳を振りかぶり、身動きの取れない黒パーカーの顔面を思い切り殴りつけた。
ゴッ、という鈍い音とともに、黒パーカーが呻きながら薄目を開ける。
「動けないヤツを本気で殴るとか、小物すぎるだろ」
アーマーが呆れたようにツッコんだ。
「剣を筒にしまってるのに、まだ臭いし!!」
ロジナスが鼻をつまみながら顔をしかめる。マスクをしていてもなお防ぎきれない威力に、心底うんざりした様子だった。
「その棒は……腐った死体か何かで作られているのか?」
バウンスは白パーカーの布で口元をしっかりと覆いながら、真剣な表情でそう問いかけた。
冗談を言っている雰囲気は一切なく、本気で成分を分析しようとしているようだった。
「……効果自体は認める。だが、武器としては色々と間違っている気がする…。」
バウンスが布越しにくぐもった声で、真面目くさった感想を付け加える。
「あ?聖剣に文句あるのか!?」
オレは筒を軽く持ち上げ、心外だとばかりに問い返した。
「いや、聖剣なら普通、光ったり浄化したりするものだろう?」
「これも一応、浄化はしてる。敵の戦意をな…」
「戦意の前に、意識ごと持っていってるだろ……」
バウンスが呆れ半分、納得半分といった様子で目を逸らした。
そんな騒がしいやり取りが一区切りついたところで、ボイスが厳かな表情のまま、拘束された黒パーカーの前に進み出た。
「アナタの負けです! 絶対虚無機構の居場所について、教えなさい!」
普段の柔らかい口調とは一線を画す、隊士としての鋭い声だった。片膝をついて視線の高さを合わせ、正面から黒パーカーを見据える。
「コイツ、今回のバトルで1番役に立たなかったのに偉そうだな!弱いくせに偉そうなとこは、ホワイトの部下だけあるな」
アーマーがしみじみと呟いた。
皮肉なのか褒めているのか、本人にもよく分かっていないような口調だった。
「誰が弱いくせに偉そうだッ!」
ホワイトが即座に抗議するが、誰もそちらには取り合わなかった。
拘束されたまま身動きの取れない黒パーカーは、しばらく苦々しい表情で沈黙していたが、やがて観念したように大きく息を吐き出した。
「……分かった。教えてやる」
そう言うと、疲れたような声で語り始めた。
「ヒガーシの街から北東を経て、静謐な『北』へと向かう。そこからさらに左へ舵を切り、夕日の沈む『西』へ。後半は進路を南へと変え、最も陽気の強い『南』に。最後に南東のエリアを通り抜ければヒガーシの街の横にある洞窟。それが奴らのアジトだ。」
やけに詩的な、まるで吟遊詩人の語りのような説明だった。方角の名を一つ一つ丁寧に、そしてどこか誇らしげに並べていく。
しかし、その説明を黙って聞いていたオレは、思わず眉根を寄せた。
「……ヒガーシの街の横なら、回り道の道案内は要らんだろ」
北を経由して、西を回って、南に至って、最後に南東――結局のところ、最初から最後まで大回りしているだけで、行き着く先は「ヒガーシの街のすぐ横」なのだ。それならそう最初に言えばいいだけの話である。




