第55話 看破
「『深淵速度』を見破るヒント、何かねえかな」
オレは腕を組み、目まぐるしく攻防が続く戦場の中心で、静かに思考を巡らせていた。
がむしゃらに向かっていっても、あの速さの前では意味がない。
何か突破口となる糸口があるはずだ。
そうしてオレが考えを巡らせている間にも、アーマーとホワイトは律儀に前線へと躍り出て、黒パーカーの攻撃を一身に受け続けていた。
黒パーカーの拳がアーマーの脇腹に沈み込んだかと思うと、間髪入れずに繰り出された回し蹴りがホワイトの側頭部を捉える。
二人はほぼ同時に地面へと叩きつけられた。
「グハッ……!」
「ぐぼおっ……!」
代わる代わる吹き飛ばされ、地面を転がっていく二人。もはや作戦というより、ただの人柱と化していた。
「アーマーさんとホワイトさんが死んだら、カクガリクンを起こして受け役にしましょう」
レンズが未だ気絶したままのカクガリクンを一瞥しながら、事もなげに提案する。
「……オイ、レンズってヤツ。頭おかしいだろ」
黒パーカーが攻撃の手を止めることなく、若干引いた様子でそう漏らした。
敵からドン引きされている時点で、色々と終わっている。
そんな中、ロジナスは戦線から一歩下がった位置で、じっと目を凝らしていた。
地面を蹴る音、空気の揺らぎ、わずかな残像。
その全てを見逃すまいと、瞬きの回数さえ最小限に留めている。
「見えないなら……見えるようになるまで、目を慣らすしかないっしょ」
ロジナスが静かに呟いた。
誰よりも動体視力に優れたロジナスだからこそできる、力技とも言える対策だった。
その傍らでは、ボイスもまた地面に片膝をついたまま、真剣な表情で目を閉じていた。
「僕も、心眼をモノにします」
「「いい加減にしろ!」」
その言葉を聞いた瞬間、吹き飛ばされてきたばかりのアーマーとホワイトが、息も絶え絶えのまま同時に叫んだ。
前回まったく機能しなかったことを、二人ともまだ根に持っているらしい。
一方で、これまで静かに戦況を見守っていたバウンスが、ぽつりと口を開いた。
「俺の力じゃ、黒パーカーの技は跳ね返せない」
「跳躍偏向」は、あくまで受けた攻撃をそのまま返す能力だ。目にも留まらぬ速さの攻撃そのものを捉えられなければ、発動のしようがない。
「だから、アーマーとホワイトが死んだら、俺が盾になる」
「――は?」
「死ぬ前提で話すやつ、多くねえか……?」
アーマーが地面に伏したまま、震える声で抗議する。
「まるで、死んで欲しいみたいだ……」
ホワイトも同じく地面に這いつくばったまま、涙目でそう呟いた。
だがレンズは、二人の悲痛な訴えなど意に介さなかった。
「アーマーさんとホワイトさんが死なないよう、念のため準備しておきますね」
そう言うと、まだ気を失ったままのカクガリクンの体を引きずり寄せ、迷いなく注射器を突き刺した。以前と同じ、後遺症の残る回復薬だ。
「ふげえっ……!」
カクガリクンが飛び起きるように覚醒する。全身に痛みが走っているはずなのに、その顔にはむしろ生気が漲っていた。
「はい、というわけでカクガリクン。黒パーカーさんの攻撃、しばらく一手に引き受けてもらえますか?」
「よろこんでぇっ!」
カクガリクンは満面の笑みで戦線に躍り出ると、黒パーカーの正面に堂々と立ちはだかった。
黒パーカーの拳がその頬を捉え、続く蹴りが腹部にめり込む。だがカクガリクンは、以前のようにあっさり顎を打ち抜かれることはなかった。
しっかりと顎を引き、急所への一撃だけは慎重に避けながら、その体で攻撃を受け止め続けている。
「……何だ、コイツ。前より粘るじゃねえか」
黒パーカーが眉をひそめた。
「砂場で遊んでる子供ぐらいの知能しかないと思ってましたが、カクガリクンにも考える頭があったんですね」
レンズが感心とも侮辱ともつかない口調でしみじみと呟く。
「口悪すぎだろ」
バウンスが思わず引いた声を漏らした。
「頑張れ、頑張れ!」
アーマーがムチを取り出すと、カクガリクンの背中をピシピシと叩きながら声援を送る。
「それ、応援じゃなくて普通に攻撃だろ」
ホワイトが冷静に指摘する。
「いや、コイツにとっては褒美かもしれん」
アーマーが真顔でそう返した。
そんな騒々しいやり取りが続く中、オレはずっと黙って戦場を見つめていた。そして、静かに口を開く。
「黒パーカーの技、見破ったぞ」
「「「本当か!?」」」
その場にいた全員の声が、綺麗に重なった。
黒パーカーがふっと鼻で笑う。
「どうせ、足元が滑るように油でも撒くとか、そんなオチだろ」
「……何で分かった?」
オレが思わず本気で驚いた声を上げると、次の瞬間、周囲から一斉に呆れた声が飛んできた。
「「「アホすぎるだろ!撒く油、どこにあるんだ!」」」
「……まあ、それは冗談として」
オレは咳払いをひとつすると、改めて真剣な顔で告げた。
「本当に、見破った」




