第54話 高速
「『深淵速度』」
黒パーカーが低く叫んだ瞬間、その姿が景色から掻き消えた。
次の瞬間、何が起きたのか誰も認識できないまま、アーマーとホワイトの体が同時に宙を舞った。
二人はそのまま為す術なく吹き飛ばされ、数メートル離れた地面に叩きつけられる。
土煙が立ち上る中、アーマーがゆっくりと上体を起こし、天を仰いだ。
「やっぱ、不幸だぁーーーーっ!」
その叫びは、まるで右手に全て無効化する力を宿した悲劇の主人公が、自らの運命を呪うかのような響きだった。
実際にはただのブタ体型の隊長でしかないのだが、本人は至って真剣である。
「見えない……」
ロジナスが目を細め、慌てて周囲を見回しながら呟いた。
普段は誰よりも速い動きを見切ってきたロジナスの反応速度をもってしても、その一撃の軌道は完全に捉えられていなかった。
「ロジナスが見えないなら、詰みじゃねえか!」
オレは背筋に冷たいものが走るのを感じながら呟いた。この場でもっとも動体視力に優れているであろうロジナスが見切れないとなれば、他の誰にも打つ手がないということになる。
「黒パーカーさんがバウンスくんより強いのは、単純な速さで相性が最悪だからですね」
レンズが冷静な口調で分析を加える。その隣で、バウンスが小さく、しかし確かに頷いた。ネックレスの一件があったにもかかわらず、その様子はどこまでも落ち着いている。
そんな中、吹っ飛ばされて倒れているアーマーとホワイトの姿を見て、なぜか目を輝かせながら駆け出す者がいた。
「ボクにも、くださいィィ!!」
カクガリクンが嬉々とした表情のまま、迷いなく黒パーカーへと突撃していく。
「『深淵速度』」
黒パーカーが再びその技を放つと、カクガリクンの顎先に一撃が炸裂した。カクガリクンは満足げな表情のまま白目を剥き、声もなくその場に崩れ落ちて失神した。
「ロジナスや私の技を使うのか!?」
いち早く体を起こしたホワイトが、痛む腰を押さえながらよろよろと立ち上がる。
「つうか、ビキニハゲの技じゃねえし」
ロジナスが呆れた様子ですかさずツッコんだ。
「ビキニハゲ言うな!」
ホワイトが顔を赤くしながら即座に言い返す。
そんな二人を見下ろすように、黒パーカーが余裕の笑みを浮かべた。
「『深淵速度』は、オマエらには見破れん」
「オマエらには?」
その一言に、オレは小さく引っかかりを覚えた。あえてそんな言い回しをするということは。
「ということは、過去に見破られたことがあるな」
オレが確信を持って指摘すると、黒パーカーの表情がわずかに強張った。視線が一瞬、明後日の方向へと泳ぐ。
「な、何を言って……」
「図星だな」
オレはニヤリと笑いながら追撃した。
「超スピードなら、足を止めさえすれば、こちらから動く必要はないはずです」
ボイスが冷静な声で分析を口にする。そして静かに目を閉じると、いつの間にか手にしていた剣の柄に指を添え、美しい居合の構えを取った。
「まさか、心眼で超スピードの敵を仕留めるのか……!」
オレは思わず胸が高鳴るのを感じた。これぞまさに王道、剣士たる者の理想の展開ではないか。
「つうかボイスくん、剣持ってたっけ?」
ロジナスが冷静に素朴な疑問を呈する。
「野暮な事は言ってはいけません」
レンズがすかさずたしなめた。
構えを取ったまま静かに佇むボイスへ、黒パーカーが動く。
「『深淵速度』」
その姿が再び消えた。ボイスは目を閉じたまま、剣の柄にゆっくりと手を添え直す。
――だが、剣が鞘から抜かれ、鋭く振り抜かれたのは、ボイスの体がすでに宙を舞い、地面へと叩きつけられた後のことだった。
「全然ダメじゃねえか!!」
オレは思わず全力でツッコんだ。
地面に仰向けに寝そべったまま、ボイスは特に悔しがる様子もなく、どこか呑気な口調でぽつりと呟いた。
「漫画みたいに、上手くいきませんね…!」




