第30話 同心協力
「フフフ、私に名案がありますよ」
不敵な笑みを浮かべるレンズに対し、ロジナスは焦りの色の混ざったジト目を向けた。
「名案って何!? 」
「カクガリクンを先頭に立たせて、全員が縦一列になり、炎の中を強行突破して脱出します」
レンズは眼鏡を指先でクイッと押し上げ、相変わらず爽やかな笑顔で恐ろしい作戦を口にした。
「カクガリクンが焼け死にそうになったら、私が後ろから元気になる薬を注射して一瞬で回復させます。これなら、皆さんは無傷のまま外に出られますよ」
「……あ、そっか。あの変態はガチのマゾだから、炎を喰らっても死ななきゃ平気なわけじゃん。何それ、最高の名案じゃん!」
ロジナスは一瞬で理解し、手をポンと叩いて喜んだ。
「そうと決まれば、このカフェが完全に燃え尽きる前に出る準備をしましょう。カクガリクン、私、ロジナスさん、ホワイトさん、アーマーさんの順で縦一列になってください。ホワイトさんは気絶しているチョウ・ナンさんを、アーマーさんはクワカブトさんを背負ってください」
レンズがテキパキと的確な指示を飛ばす。しかし、その割り振りにアーマーが猛烈な青筋を立てて怒鳴り散らした。
「おいレンズ!! なぜオレがわざわざクワカブトを背負わなければならんのだ! オレが豚に似てるから、同じような脂ぎった白豚を背負わせようという嫌がらせかッ!!」
「「「…………」」」
全員がアーマーの繊細すぎる被害妄想を完全に無視し、ノータイムで縦一列のフォーメーションを組んだ。先頭に立たされたカクガリクンは、目の前に迫る炎を恍惚の目で見つめ、肩をガタガタと震わせていた。
「……素晴らしい。炎による全身の焼灼プレイなんて人生で一度も試したことがありません……! 一体どんな未体験の快楽がオレを待っているんでしょう。ワクワクして生ケツが疼いてきますぅぅっ♡」
「変態はシンプルにキモいけどさぁ。……まぁ、今はこの狂った頭のおかげでガチで助かったと思うわ」
ロジナスはドン引きしつつも、目の前のドアに向けて深く息を吸い込み、一気に踏み込んだ。
「はぁぁぁああっ!!」
ロジナスが放った渾身の『発勁』の衝撃が、熱々に加熱されていた正面のドアを粉々に粉砕し、廊下の外へと爆音とともに吹き飛ばした。
ゴォォォォォォッッッ!!!
遮るもののなくなった出入口から、狂ったような大炎が牙を剥いて襲いかかる。
「さあ、縦一列になって進みましょう! カクガリクン、前へ!」
レンズの号令とともに、大脱出劇が始まった。
「うひゃァァァーーーッ!!! ヤベー!!! ガチで全身が焼け死ぬぅぅぅっ!!! でも痛みが一瞬で熱い愛に変わってたまらねえぇぇぇっ♡」
真っ赤な炎のなかに文字通り飛び込んだカクガリクンが、肉の焦げる煙を出しながら狂喜乱舞の絶叫を上げる。
「はい、元気になる白い粉を溶かした薬をブスッと打ちますよ!」
レンズは歩みを止めず、カクガリクンの背中にノータイムで秘薬の注射をブチ込み続けた。薬効とマゾパワーのハイブリッドにより、カクガリクンは不滅の肉盾として機能し、見事に炎を左右に押し広げていく。だが、その後ろに続く縦一列の列のなかで、またしても不穏な空気が流れ始めた。
「……ちょっと、ホワイトのオッサン。さっきからロジナスの背中に、なんか妙に硬くて小さくて汚いモノがコツコツ当たってんだけど。非常事態にどさくさに紛れて押し付けんじゃねえよ、引くわ」
ロジナスが背後のホワイトに向けて、ガチの重低音ヤンキーボイスで凄んだ。
「お,お前から良い匂いがプンプン漂ってくるから悪いんだろうがッ!! オレだって耐えてるんだッ!」
ホワイトが頭頂部のチ◯ポ型のムチの跡を真っ赤に戦闘態勢にさせながら、理不尽に逆ギレする。
「おいホワイトォッ!! オレはさっきからこの異臭まみれの白豚を背負って歩かされてるんだぞ! 贅沢言うな、オレと順番を替われッ!!」
一番後ろのアーマーが発狂寸前でキレ散らかす。
「やかましい、レンズが決めた順番なら仕方が無いだろう! ここはレンズの顔を立ててやれ!」
ホワイトが廊下の熱気のなかで一喝する。
「どの口が言うんだチ◯ポ頭がァッ!! 違う意味でガチガチに『立ってる』オマエが『立ててやれ』とか下ネタみたいなセリフ言うんじゃねえよッ!!」
アーマーが地獄のようなツッコミを叫ぶ。
そんなくだらない不毛なやり取りを繰り広げている間に、カクガリクンの超人的な自己犠牲のおかげで、縦一列の一行はついに燃え盛る男の娘カフェからの脱出に成功した。
外の涼しい夜風が、火照った体を優しく包み込む。
「はァァァ……! これクセになりそう! 最高! おかわりぃぃぃ!」
全身から香ばしい煙を放つカクガリクンが、再び燃える店内へバックしようとする。
「これ以上はクスリを無駄遣いしたくありませんから、大人しく止めなさい」
レンズがため息をつきながら、カクガリクンの襟首を掴んで引き留めた。
「ふぅ……。でもさ、イケオジのあの提案のおかげでマジで助かったよ。ありがとね」
ロジナスは髪を整えながら、ジト目のまま、少し照れくさそうにレンズにお礼を言った。
「フフッ、ロジナスさんは物心ついた時から厳しいお父様に武術を教わっていただけあって、意外と根は礼儀正しいんですね」
レンズが眼鏡の奥の目を細め、爽やかな笑顔を返す。
「べ、別に武術は関係ないし! 助かったのは事実だからさ、お礼言っただけだし……」
ロジナスは顔をわずかに赤らめながら、だるそうにそっぽを向いた。
「だーーーーーッ!!! 納得いかんッ!!!」
その光景を見たアーマーが、ついに我慢の限界を迎えて咆哮した。
「ホワイトは前で良い匂いを嗅いでイキり散らし、レンズはお礼を言われてロジナスといい雰囲気になっておる! なぜオレだけがこんなクソみたいな目に遭わなければならんのだァッ!!」
アーマーは怒りのあまり、背負っていた気絶中のクワカブトを、渾身の『背負い投げ』で地面のアスファルトへと叩きつけた。
ドサッと鈍い音が響く。
「あはは、豚さんゴメンゴメン。そんなに怒るならさ、ロジナスが今から口開けてくれたら、上からツバでも吐いてあげよっか? ウケる」
ロジナスがジト目で、最高に小馬鹿にしたように挑発する。
「バカにするなァッ!!」
アーマーが顔を涙でグシャグシャにしながら激怒した。
「ツバなんかでオレの渇いた心が癒えるかッ! それならツバじゃなくて聖水を直接オレの口に放出してくれぇぇぇッ!!」
「マジでキモいんだけどッ!!! 病院で頭を診てもらいなよ!!」
ロジナスはガチで顔を引きつらせ、アーマーの脇腹へ向けて空手の『三日月蹴り』を放おうとした。
「女王様ぁっ! オレに蹴りのおかわりをくださいぃぃっ♡」
しかし、その軌道の間にカクガリクンが満面の笑みでスライディングして肉盾となり、ロジナスの爪先を嬉しそうに腹で受け止めて
「ありがとうございます!」
とお礼を言った。
「カクガリクンも良い目にあいやがった! オレだけ良いことなし! だあああーーーッ!!! 不幸だァァァーーーーーッ!!」
涙をボロボロと流しながら、大ヒットしたライトノベルの能力を無効化する右手を持つ主人公みたいなセリフを夜空に向かって叫び、豚鎧のアーマーはワンワンと号泣したのだった。




