第29話 一致団結
ゴォォォォォォッッッ!!!突如として厨房から激しく燃え上がった真っ赤な炎が、一瞬にして男の娘カフェの廊下を地獄の熱気へと変貌させた。
「な、何だッ!? 火事だァッ!! 嘘だろ、何でこんなところで火が上がってんだ!?」
ホワイトとアーマーが、さっきまでの萎えきった態度から一転して大パニックに陥り、手を振り回して騒ぎ始める。
その猛烈な火の手をじっと見つめながら、浪人生メガネのレンズが、眼鏡の位置をクイッと直して冷静に呟いた。
「……大便さん。もしかして、調理の火をつけたままニワトリを捕まえに裏庭へ行ってしまい、火元を全く見ていなかったんじゃないですかね?」
「原因の追究については後だッ!! 今はとにかく逃げないとガチでオレが焼き豚になるぞ! って誰が焼き豚だァッ!!」
必死すぎる状況のなかで、高度な1人ボケツッコミをぶちかますアーマー。
一方のロジナスは、迫り来る火災の恐怖を感じつつも、心のどこかで複雑な感情を抱いていた。
(火事は普通にヤバいけど……。とりあえず、あのクソデカ変態ゾンビにスタミナ切れて捕まるピンチだけは、このドサクサで避けられたわけじゃん……?)
そんな究極の状況のなかで、またしても空気をミリも読まない巨大な影がモゾモゾと動き出した。
カクガリクンが、燃え盛る炎を恍惚の目で見つめながら、ホワイトに向かって尋ねる。
「ホワイトさん……。オレ、あの激しく燃え盛る火の海の中に思い切って飛び込んだら、やっぱりヤバいことになっちゃいますかね……?」
「この非常事態すら自分の快楽に変換しようとするなァッ!!」
ホワイトの怒りの鉄拳が、カクガリクンの脳天へと本気で叩き込まれた。
「あはぁんッ! 本気のグーパンチたまりませんッ♡」
当然のように、カクガリクンは頭から煙を出しながら大喜びした。
「ハァ……。ねえ、とりあえずケンカ(SM)してる場合じゃなくない? 一旦ここから脱出するしかなくない?」
ロジナスは深くため息をつくと、ジト目のまま全員に呼びかけた。
「異議なし!」
ガーディアンズの面々が一斉に激しく叫ぶ。職場放棄をしていたエリートたちの意見が、ここにきてようやく一つにまとまった。
ロジナスはレンズへと向き直る。
「ねえ、イケオジ眼鏡。アンタいっつもヤバいクスリばっか都合よく出してたじゃん。今度はこの火をシュバッと一瞬で消せる魔法の薬とか持ってないわけ?」
「そんな都合の良い薬があるわけないでしょう。オレはしがないガーディアンですよ?」
レンズが心外そうに微笑む。
「都合の良い薬ばっかカバンから出してたじゃん……。あーもう、アンタと言い争いしてる場合じゃなかったわ」
ロジナスはチッと舌打ちをして、次の脱出ルートを求めて思考を巡らせた。
するとその時、アーマーがガサゴソと鎧の隙間から、あまりにも粗末なモノを急にボロンと露出させた。
「おいアーマーッ!? この究極の非常事態に貴様は何を解禁しているんだッ!!」
ホワイトが驚愕して怒鳴りつける。
「火を消すんだよッ!!」
アーマーは必死の形相のまま、激しく燃え盛る大火の手に向けて、勢いよく放尿を開始した。
「そんな少量のおしっこでこの大火事が消えるかァッ!! 今すぐその『たけ◯この里』みたいな悲しいサイズをしまえッ!!」
ホワイトの辛辣なツッコミが炸裂する。ドングリからタケノコの里に進化しても、消火器の代わりにはミリもならなかったらしい。
「火を消すならコレだッ!!」
ホワイトは近くにあった観葉植物の植木鉢へと駆け寄ると、中の土を手で思い切りすくい取り、炎に向かってバサーッと投げつけた。
「おいホワイト! そんな少量の土でこの火が消えるわけないだろッ!! 脳みそまで筋肉か!」
今度はアーマーが、放尿しながらホワイトを盛大にバカにして笑い飛ばした。
「ダメだコイツら……バカすぎる。ロジナス、この終わってるバカ達と一緒に焼け死ぬとか絶対イヤなんだけど……っ!」
廊下の温度がジワジワと上昇し、ロジナスの顔からガチの焦りが滲み出る。
「ロジナスさん、入り口から出ればいい!」
レンズが正面の扉へと駆け寄り、ドアノブに手を触れた瞬間――。
「熱っっッ!! ダメです、ドアノブが完全に加熱されています。これは入り口側のルートが完全に火の手で塞がれていますね。出られません」
「窓から外は!?」
ロジナスが窓の外を確認するが、そのジト目がさらに絶望に染まった。
「つうか、火の手が外壁にまで全部回ってるじゃん……! これ、外に出ても100%焼け死ぬやつじゃん……!」
「……ならば、この男に訊くしかありませんね」
レンズは床に転がっていたチョウ・ナンへと近づき、その胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。
「起きてくださいチョウ・ナンさん! 早く起きて実家が長男の意地を見せてください!」
「う、うわぁぁぁッ!? 何だこの火事はァッ!?」
飛び起きたチョウ・ナンが、周囲の地獄絵図に激しく動揺する。
レンズが「かくかくじかじかで店が全焼寸前です」とノータイムで状況を説明し、鋭く問い詰めた。
「入り口と裏口以外に、この店から外に出られる秘密 of 避難口のような場所は無いんですか!?」
「な、無い……! その2つ以外には絶対に無い!!」
チョウ・ナンが必死に叫ぶ。それを聞いたレンズは、ひどく困ったような顔で顎に手を当てた。
「なるほど……。この規模の店舗で避難口が設置されていないとは、明らかな建築基準法違反ですねえ……」
「ツッコむのそこじゃねえだろッ!!」ロジナスが思わず大声で叫んだ。
その時、ロジナスの姿がチョウ・ナンの視界に入った。
「……ッ!! お前、ロジナスッ!! 仲間の、みんなの敵だァッ!!」
チョウ・ナンは火事の恐怖も忘れて激怒し、拳を振り上げてロジナスへと殴りかかろうとした。
「あー、マジでうざい。今はそんなことやってる場合じゃないって言ってるじゃん」
ロジナスはだるそうに呟くと、一瞬でチョウ・ナンの背後へと音もなく回り込んだ。そして、振り上げられた腕の隙間をすり抜け、チョウ・ナンのうなじに向けて、鋭い手刀をスッと正確に振り下ろした。
トスッ……。
「あがッ……」
チョウ・ナンは白目を剥き、そのままノータイムで床へと崩れ落ちて再び気絶した。
「うわぁぁぁ最高ですッ!! 漫画や小説でしか見たことない『首の後ろを手刀でトンッと叩いて一瞬で気絶させるやつ』を今ガチで生で見られて、オレめちゃくちゃテンション上がりました!!」
レンズが子供のように目を輝かせて、パチパチと拍手しながら大喜びし始める。
「この全員死ぬかもしれない状況下で、よくそんなサイコパスみたいに喜んでられるな。アンタ本当に病気だよ、引くわ……」
ロジナスは心底呆れ果てた目でレンズを睨みつけた。
「フフッ、ですがロジナスさん。あなたなら、この店の正面のドアに……、発勁を撃ち込んで強引にブチ破ることくらいは可能ですよね?」
レンズが眼鏡のブリッジをクイッと押し上げ、鋭い目を向けた。
「は? ドアをブチ破るくらい発勁使えば余裕だけど。でも、さっき言ったじゃん。ドアをブチ破ったところで外も完全に火の海だし、出たら全員焼け死ぬわけ。意味なくね?」
ロジナスが冷たく言い返す。すると、レンズは不敵な笑みを浮かべ、眼鏡の奥の目をギラリと光らせた。
「フフフ、私に名案がありますよ。」




