第26話 等価交換
おびただしい吐血を残し、自らの血の海へと沈んで動かなくなったアーマー。
それを見たホワイトは、ライ麦パンのような黒い肌をガタガタと震わせた。
アーマーに対する心配などミリもない。ただ、数分後には自分も同じように内臓を破壊されて血の海に沈むのではないかという圧倒的な恐怖に包まれ、今にも泣き出しそうな顔になっていた。
「あはは、もしかしてチ◯コ頭さぁ? ガチで心が折れてるんじゃね? わかりやすすぎてウケるんだけど」
ロジナスはホワイトの心を冷徹に見透かし、ジト目のまま意地の悪い言葉を投げかける。
ホワイトは恐怖のあまり、すべて捨てて許しを乞おうと口を開きかけた。
その、まさに瞬間だった。
「ガーディアンズをナメないでください……ッ!!」
床に磁石のように吸い付けられて沈没していたはずの浪人メガネ――レンズが、バッと眼鏡を押し上げながら執念で立ち上がった。
「アーマーさんに喰らわせた、その鎧ごと内臓をドプンと波打たせる凄い技を……! オレの生ケツとお腹にも今すぐ撃ってください、ロジナス女王様ァッ!!」
横では、脳を揺らされて気絶していたはずのカクガリクンまでもが、恍惚の表情で床を這いずりながら頼み込んできた。
「……は? コイツらまだ生きてんの。マジでしつこいんだけど」
ロジナスはチッと盛大に舌打ちをすると、カクガリクンに視線を落とした。
「つうか、あの豚に使った技を見てさぁ、自分にも撃って欲しいって正気? そこまでいくともうドMとかじゃなくて普通に頭の病気だから。ガチで引くわ……」
ロジナスがカクガリクンの常軌を逸した変態性にドン引きし、呆れ果てているその隙だった。
レンズが素早い動きで血の海に横たわるアーマーのそばへと近づき、懐から一本の怪しげな瓶を取り出した。そして、中に入った怪しい色の液体を、アーマーの口へと強引に流し込んでいく。
「ちょっと、イケオジ眼鏡。その豚さんに今何飲ませたわけ!?」
ロジナスが眉をひそめて尋ねる。
「フフッ、これはどんな重傷でも瞬時に治すことができる、最高級の秘薬ですよ」
レンズは眼鏡の奥の目をキラリと光らせ、爽やかな笑顔を浮かべた。
「ただし、凄まじい副作用がありましてね。服用してからちょうど1週間後、あの時に死んでいた方がマシだった!と思えるほどの激痛が、三日三晩ぶっ続けで全身を襲います!」
「……は? 爽やかな笑顔でとんでもなく怖いクスリ飲ませてんじゃねえよ。アンタも違う意味で頭の病気じゃん!」
流石のロジナスも、レンズのサイコパスっぷりにはドン引きするしかない。
「いえ、このままですとアーマーさんは死にますからね。もし1週間後にくる激痛に耐えかねて死にたくなった場合は、オレが責任を持って、痛みを感じることなく一瞬で楽に死ねる別のクスリを勧めて選択させますから! 安心してください!」
レンズが熱いマッドサイエンティストの理論を力説する。
「優しさ……? ねえ、それって優しさなの……?」
困惑の極みに達したロジナスが、引きつった顔でボソッと呟いた。
「……フッ、オレたちは未だ終わっていないぞ……!」
すると、さっきまで恐怖で泣きそうになっていたホワイトが、仲間2人が復活したのを確認した途端、急に手のひらを返して鼻血を押さえながら偉そうに構え直した。
「あはは、ダッサ!さっきまで泣きそうな顔してたくせにさぁ。仲間が2人立ち上がったからって急にイキがり出すの、男として恥ずかしくないわけ?」
ロジナスが心底軽蔑しきったジト目を向ける。
「やかましいわッ!!」
ホワイトは屈辱に顔を真っ赤にして叫んだ。
しかし、叫んだ勢いでひどく喉が渇いてしまったらしい。
「くそ、急に大声で叫んだら喉が激しく渇いたな……。おいレンズ、水分をくれ!」
ホワイトはそう言うなり、レンズが手に持っていた例の怪しい瓶の残りを奪い取り、そのままグビグビと勢いよく飲み干してしまった。
「……あ。それ、1週間後に死にたくなる激痛がくるやつ……」
ロジナスが呆然と呟く。
「……しまっ、ごふぉっ、げほっ!?」
ホワイトは我に返り、大慌てで喉の奥に太い指を突っ込んで吐き出そうとした。
「手遅れですね、ホワイトさん」
レンズが相変わらず爽やかな笑顔で告げる。
「ほら、さっきロジナスさんに叩き割られた鼻の傷が、すでに綺麗に完治しています!バッチリ薬が浸透しましたので、1週間後に死にたくなる激痛が確定しました!!」
「う、嘘だろおいィィィッ!!」
ホワイトが絶望に白目を剥く。
「おおお! 我が肉体が……! 右目の怪我が完全に治っている! 生きているぞォッ!!」
一方で、血の海からムクッと起き上がったアーマーは、自分の体が完治していることに大号泣して喜んでいた。
しかし、レンズから事の顛末を説明されると、その顔は一瞬で恐怖に凍りついた。
「い、嫌だ……! 1週間後にそんな地獄の痛みがくるなんて絶対に嫌だ!! おいレンズ! その激痛を避けるためのクスリはないのか!? 頼む、助けてくれ!!」
涙と鼻水で顔をグシャグシャにした鎧の豚は、なりふり構わずレンズの足元にしがみ付き、ワンワンと泣き叫んだ。




