第23話 死闘③
オレが「俺だけの自由」を掴み取るため、誰も見ていない男の娘カフェの出口へとそっと足を忍ばせようとした――その時だった。
「……待て。まだ、オレたちの戦いは終わってはおらんぞ……!」
床の上で綺麗なスライディング土下座の姿勢のまま、完全に事切れていたはずの鎧豚隊長ことアーマーが、ガタガタと鎧を鳴らしながら奇跡の復活を遂げた。
「アーマー! 無事だったのか!」
ホワイトが声を張る。アーマーは股間の激痛に耐えながら、怪訝そうに周囲を見回した。
「……ところでホワイト、オレはさっき気絶したからよく分からんのだが、なぜオレたちは今、その地雷系と戦っているんだ?」
「実はかくかくじかじかで、コイツがこの街の異臭騒ぎの真の黒幕だったんだよ!」
ホワイトが大急ぎで状況を説明する。すると、それを聞いたロジナスはフンと鼻で笑い、ジト目のまま冷たく言い放った。
「あはあは、状況説明ウケる。でもさぁ、そこにいる豚が一匹増えたところで、ロジナスの強さはデタラメだからこの状況は何も変わらないよ?」
「豚だとッ!? コレを見ろ、あのロジナスの頭部の傷をな!」
アーマーは顔に猛烈な青筋を立て、無駄にキレのある戦況分析を口にした。
「コイツの武術は確かに強い。だが、さっきのザコ店員が放った、ただの素人のモップ攻撃の直撃を喰らって頭から血を流している。つまり――コイツは攻撃と回避のスペックは異常だが、生身の防御力は紙同然! ガーディアンズのエリートであるオレたちの攻撃が、一発でもクリーンヒットすれば必ず倒せるッ!!」
「あは、やっぱり? バレちゃったかぁ」
ロジナスは頭の血を指先で拭うと、ペロッと舌を出して悪びれもせずに笑った。
「でもさぁ、それってロジナスの防御力がザルなだけで、おじさんたちの攻撃がロジナスに『当たらなければ意味はない』わけじゃん? 当たらないから関係なくね? ウケる」
「なるほど、合点がいった。ならば一気に畳み掛けるぞ、アーマー!」
ビキニパンツ一丁のホワイトが再び構え直す。ミーナミの土地で、エリートたちの無駄に熱い共闘バトルが再び開幕しようとしていた。
(よし、お前ら盛り上がってるところ申し訳ないが、勝手にやっててくれ)
オレは完全に戦線から離脱し、厨房へと静かに潜入した。当初の計画では、店に普通に火をつけて燃やし尽くす予定だった。
だが、オレの脳内コンピューターが、ここでさらなる完璧な身代わりのルートを弾き出したのだ。普通に放火したら、後からの捜査で事件だとバレるリスクがある。
だが、もしこれが『料理中の不慮の事故』だったらどうだ? 揚げ物をしていて、うっかり油に火が引火してしまった悲しき火災事故――これなら誰もオレを責められない。100%不可抗力のセーフである。
オレは厨房にあった大量の油をフライパンに注ぎ、コンロの魔力コンロに最大火力で点火した。あとは、油が高温になって勝手に燃え盛るのを待つだけだ。
しかし、ただ待っているだけでは万が一、厨房に誰かが入ってきたときに「お前何してんの?」と怪しまれてしまう。そこでオレは、さらに強固な言い訳の装甲を身にまとうことにした。
オレは厨房から、戦いの火花を散らすアーマーやホワイト、そしてロジナスに向かって、廊下越しに大真面目なイケメンボイスで熱弁を振るい始めた。
「おい、お前ら! いい加減にその不毛な争いをやめろーーーッ!!」
オレの突然の大声に、一触即発だったホワイトたちの動きがピタリと止まる。
「いいか、争いは憎しみしか生まないんだ! 拳と拳で分かり合おうとするな! だからオレは今、お前たちのために厨房で美味しい食事を作ってやる! その料理が完成したら、お互いに美味しく食べて、話し合いで平和的に解決しようじゃないかッ!!」
どの口が言うんだという話だが、裏では店ごと全員を揚げ物火災で焼き殺す準備をハイスピードで進めているわけだが、この圧倒的な善意のパフォーマンスがあれば、オレへの疑いは完全にゼロになる。
「な……大便、お前という奴は……」
ホワイトがライ麦パンのような肌を震わせ、感動の目をオレに向けてきた。チョロすぎる。エリートのくせに、全員オレのガバガバな詭弁に綺麗に騙されやがって。だが、ここでオレは厨房の冷蔵庫を開け、中身を見て思わず声を上げた。
「おいロジナス! 冷蔵庫の中に豚肉しかねえぞ! 唐揚げ用の鶏肉とかはねえのか!」
オレの問いかけに、すかさず廊下のアーマーが怒鳴り返してきた。
「おい大便! なぜそこでわざわざ鶏肉を探す! オレが食ったら共食いになるとでも言いたいのかッ!!」
「いや、オレはただ唐揚げを作ろうかと――」
「オレは豚じゃなくて人間だッ!!」
相変わらず被害妄想の激しい豚鎧である。すると、その会話を耳にした廊下のロジナスが、面倒くさそうに身構えながら吐き捨てた。
「えー! 唐揚げ!? ロジナス、唐揚げめっちゃ好きだから唐揚げいいじゃん! それにしよ! でも鶏肉ないならさ、お店の裏庭にニワトリ何羽かいるから、勝手に捕まえて絞めて使いなよ。ロジナスが今からこのウザいおじさん2人を秒速でぶっ倒したあと、早く食べたいからさぁ。それ最高じゃん♡」
凄まじい余裕のブチかまし方である。
オレを自分の専属シェフ扱いかよ。
「……裏庭にニワトリ、だと?」
その言葉を聞いた瞬間、オレの脳内で最凶の脱出シナリオが完成した。
「よし、分かった! オレが今から裏庭に行って、そのニワトリを捕まえて最高の唐揚げを作ってやるからな! 待ってろよ!」
オレはそう大声で宣言した。当然、ニヤケ顔を必死に堪えながらだ。この店から出ていく時に厨房でカンカンに熱された高温の油を床にぶちまけ、一気に大火事を引き起こす。
ニワトリを取りに行くフリして、脱出だ。
自由の扉を開いて、ここから飛び出して、風に吹かれて気ままに見知らぬ自由を抱きしめるとするか。




