episode6 表と裏、同時に見えることはない
夕食の時間。今夜は土鍋の炊き込みご飯だ。山菜や地元産の海鮮などを使った手の込んだ料理だった。全て食べ終えて、私は教授のイヤフォンをパソコンに繋ぐ。メモの読み上げ機能で教授と会話するためだ。そして、神の使いにそれがバレないように、私たちは声での会話も続けた。
「今日のご飯、美味しかったですね」
《黒ってどういうことですか?福井先生は悪い人には見えません》
「ねぇ。山菜の天ぷらが特に美味しかったよ」
《あまりにも花巻渚が禁忌に触れたとアピールしすぎだ。そして卒業アルバムに載っていたのも不自然だ。普通ああいうものは中学三年生の思い出だろう?》
「そういえば、土鍋の炊き込みご飯にとうもろこしが入ってましたね。教授、食感が残るの嫌って前言ってませんでした?」
《まぁ、そうですね。でも福井先生は一体何を知っているんですか?》
「とうもろこしのシャキシャキ感は嫌いじゃないよ。それはうどんのコシの話。よく覚えてるね」
《まだ確定してないが、おそらく花巻渚が消えた理由を知っている。しかも、コアな部分を》
「あ、教授、お風呂入ってきたらどうです?私、編集の作業があってすぐには入れないんで」
《一旦終わりにしましょう。あとは明日、調べてみましょう》
「うん。じゃあ先にお風呂入っちゃうね」
《わかった。また明日》
教授はイヤフォンを外す。立ち上がり、風呂場へと向かう。私はその間に今までのことを思い出していた。引っかかるのはやはり、渚の「選ばれた」という言葉。そして、福井先生のこと。あんなに優しかった先生を私は信じたかった。頭を使いすぎて甘いものが欲しくなったので、フロントでコーヒー牛乳を買いに行った。
「すみません、コーヒー牛乳二つください」
「はいはい」
優しそうなおばちゃんが冷蔵庫からコーヒー牛乳を二つ取り出す。お金を払って部屋に戻るとした時、おばちゃんが何か手紙を差し出してきた。
「なんですか?これ」
「この民宿宛に届いた手紙だよぉ。宛先がお客さんだったから保管しておいたんだ」
「ありがとうございます」
部屋に戻り、冷蔵庫で教授用のコーヒー牛乳を冷やす。そして手紙の封を破ると、一枚の紙が出てきた。その紙の何より不思議なところが紙に凸凹がある。そして少し崩れた字でこう書いてあった。
《ノケモノのことについて知りたいならば、俺に連絡してくれ。君津沙織》
その文章の後、メールアドレスらしきものも載っていた。一体誰からの手紙だ?封を見返すと「古里実」と書いてあった。私はおっかなびっくりそのメールアドレスを登録してメールを送ってみた。
《手紙を拝見しました。君津沙織です。古里実さんのメールアドレスで間違いないでしょうか?》
五分ほど経っただろうか。編集作業をしていたところ、パソコンにメールの通知が来た。開くと、古里実と名乗る人物が私宛に返信してきていた。
《はじめまして。古里実という。仕事はフリーのジャーナリストだ。カオルとは長い付き合いだ。手紙には点字も打ったからカオルに読ませてくれ。カオルから話は聞いている。率直に言う。ノケモノは触れた者が死ぬのではない。“触れなければならなかった”人間が死んでいる。花巻渚もそうだ。彼女の当時の行動はインターネットの記事にもなっている。そして、警察が動いてないことも書いてある。そのことから考えるに、花巻渚は島の人間に消されたのではないかと俺は考えている。まだ調査が終わってないので、引き続き連絡をする。カオルにもよろしく頼む。》
メールはそこで終わっていた。手紙の凸凹は点字だったのか。納得した。それにしても「花巻渚は島の人間に消された」という一文はゾッとした。もしそれが本当ならこの島は腐っている。
教授がお風呂から出てきた。私は教授の近くまで行って小声で「少し来てください」と声をかける。教授も察したのか頷いて私の手に全てを委ねた。手を引いて手紙に触れさせる。点字を読んで少し驚いた顔をしていた。その後、やけに明るい声でこう言った。
「君津くん、コーヒー牛乳買ってきてくれたの?」
「あ、はい。なんだか甘いものが欲しくなって。教授もいるかなって思って」
「ありがとう」
私は冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出して教授に手渡す。栓を抜いて教授はゴクゴクとコーヒー牛乳を飲む。そして息を吐いて大きく伸びをした。
「僕、コーヒー牛乳飲み終わったら寝ようかな。君津くんは好きに過ごしてていいよ。電気も消さなくていいし」
「わかりました。私お風呂入ってきますね」
「うん。床が濡れてるから気をつけてね」
「はい」
お風呂を済ませると教授は布団を敷いて眠っていた。電気はついたままだ。私は髪を乾かし、SNSを流し見していた。すると、烏島中学を名乗るアカウントを見つけた。タップして詳細を見に行くと、福井先生が出ている動画を投稿していた。少しでも生徒数を増やすためだろうか。
動画の内容は烏島の自然をアピールするようなものだった。そのコメント欄を覗くとコメントが一つだけ、ついていた。
《烏島には一回だけですけど、行ったことがあります。その時、島民の皆さんに優しくしてもらったのでおすすめの観光地です! ねこたん@ブログやってます!》
善意しかないコメント。この人がノケモノ伝説のことを知ったらどんな反応をするのだろうか。少しだけ胸が痛んだ。
*
次の日。
教授は朝からパソコンを弾いている。お昼過ぎ、食堂に行こうと外に出たら騒がしかった。フェリーの発着場にブルーシートが貼られ、辺りは騒然としている。その中に梅子ばあちゃんの姿もあった。急いで教授と駆け寄って事情を聞く。
「梅子ばあちゃん、どうしたの?」
「……英さんが、死んじまった」
「え?」
「おらのせいだ……おらが、神様の家の話をしたから、消されたんじゃ……」
「待って待って、梅子ばあちゃん悪くないって。まだ事故かもしれないじゃん」
「違う、違うんだよ、沙織ちゃん。おらが、おらが殺したんだ……」
梅子ばあちゃんはその場でしゃがみ込んで泣き出してしまった。教授は少し強めに私の腕を引っ張り、現場に向かおうとした。私もそうするつもりだった。
「何かあったのですか?」
教授が冷静に周りの人にそう聞く。
「英さんが首を吊ってるのが見つかったみたいで……梅子さんが救急に連絡したらしくて。英さん、優しい人だからねぇ。最期まで千智さんに迷惑かけたくなかったんだろうね」
「明るい人だったのに」
「相当悩んでいたんだろうねぇ」
「なんでも山の入り口の木で首を吊ってたらしいわよ」
「恐ろしいねぇ、梅子さんショックだろうねぇ」
そして教授は救急隊に声をかける。
「夢原さん、どうかなされたんですか?容体は?」
「夢原さんは今はドクターヘリで島外の病院に運ばれました。意識はありません」
「事件性はあるのですか?」
「そこまでは断定できません」
「そうですか。君津くん、山を見に行こう」
「は、はい!」
教授は隊員に頭を下げて山へと足を向けた。
山の入り口まで来た。看板は……立っている。ノケモノが現れたということだ。夢原さんは、ノケモノによって殺された?
「看板は立ってるかい?」
「はい。立ってます」
「じゃあ、神社に行かないとだね。向かおう」
教授はそう言って神社に向かった。その道中、私の心臓はバクバクと音を立てていた。私たちが島に来てから立て続けに二回もノケモノが現れている。やはり、外部の人間が来たからか?そんなことをぐるぐると考えていると教授は立ち止まる。
「君津くん」
「は、はい?」
「もしかして、ノケモノのこと、信じてる?」
「え……?」
「ノケモノは、被せ物だ。何か大きな秘密を守るための、隠蔽の道具に過ぎない。だから、自分たちが来たからノケモノが現れたなんて思うんじゃないよ」
教授はそう言ってまた歩き始めた。教授の手首から鈴の音が、する。
神社ではいつもの通り祈祷をして帰った。その時間さえ苦痛に思えた。
宿に帰って夕食を食べようと思ったが、疲れ果ててそのまま眠ってしまった。
*
深夜二時。
僕は君津くんが寝静まった後、実からのメールをパソコンの読み上げ機能で聞いていた。
《ニュースにもなっていた。そちらの事件は。警察は自殺と断定して捜査を終えたと聞いている。君津沙織にも送ったが、花巻渚は島の人間に消された可能性が高い。理由は、花巻渚が見つかっていないのに島の人間は死んでいると断定しているからだ。普通行方不明になったら死ぬ気で探すだろう?それをしないということは、内部の人間の犯行だとほぼ確定できる。そして夢原英の首吊り。ここも不審点が多かった。公開されている内容だけで話すが、ロープが切れる寸前で見つかったらしい。それも、何回か使用した形跡があるらしい。烏島に関するインディー記事を見つけたから添付しておく。パスワードがかかっていて、俺は数式が解けなくて諦めた。カオルならここまで伝えたら何かを読めるんだろうと思う。無事に帰ってこい》
イヤフォンを外すと遠くの方で足音が聞こえた。気になるが、今は出歩いていけない時間帯なので部屋で大人しくておく。
何回も使っているロープ。これは島民代表が代々使ってきたものではないか?という考えが浮かんだ。おそらく、島民代表は何かしらの理由で死ななければならなかった。
ふと、二日目のことを思い出した。あの日は、ノケモノが出て神社に行った日だ。その後の夢原の死。この二つの事例がほぼ同時に起きているのは偶然とは言い難い。けれど、確証を持っては言えない。
僕は実が添付したインターネットでインディー記事を見る。簡単な数式の答えがパスワードになっていて、それを解く。数式の答えは、
《20110831》
この数列は、知っている。
——花巻渚が消えた日付だ。
そこには烏島のノケモノ伝説について載っていた。
*
ノケモノ伝説
その地には美しい少女がいた。
その少女は人々を惑わせ、男女問わず魅了されたそうだ。
少女が産まれてから村は大震災や洪水に見舞われるようになった。
そこで島の長は少女を山の神——ノケモノの供え物にすることにした。
周りの者は反対した。
ノケモノに渡してしまえば、もう会えないと思ったからだ。
長はそんな周りの反対を押し切り、少女を生贄として捧げた。
少女は、戻ってこない。
その事実を受け入れられなかった村の者は少女がいるかのような素振りを見せる。
長は戸惑った。
次第にこう思うようになる。
「ノケモノに消されたのは長である自分だ」
と。
長は決意する。ノケモノに消されたフリをしようと。
*
妙だ。
長はいなくなる理由がないのではないか?
——いや、そうか。そういうことか。
生贄にした少女の帳尻合わせのために長である自分を殺すようになったのか。少女は、まだ隣にいると錯覚させるために。
この伝承が現代まで受け継がれ、形が歪になったのにも関わらず、人々の記憶に焼き付くようになったのだろう。
……おそらく。
だから、今もずっと続いているのだ。
島民代表になった者は選ばなければならないのだろう——人殺しの手段、被害者、処理の方法、その全てを。そしてそれをノケモノに消されたと処理するのだろう。その後、伝承に則り、自らも命を断たなければならない。
殺人を正当化し、隠蔽するためにノケモノに消されたと見せかけて、花巻渚は殺されたのではないか?
「選ばれた」
その言葉を言えるということは、花巻渚は殺されると、わかっていて——自分の運命を受け入れて——山に入っていった?そんな哀しい最期があってたまるものか。
手首の鈴が虚しく鳴いた。




