エピローグ
烏島生活最終日。
教授は荷物をまとめている。チェックアウトが午前十一時なので私も急いで荷物をまとめている。ふと、教授が手を止めてこう言った。
「僕はこの島に戻ることは多分ないと思う。君津くんは?」
「えっ……と……私もあんまりここには戻らないと思います」
「そう」
教授は一度頷いて荷物を詰めていく。
そして、チェックアウトの時間。私たちは民宿を後にした。フェリーを待っている間、教授は何かを考えていたようで上の空だった。
「教授、船来ましたよ」
「うん。じゃあ、烏島とはお別れだね」
「はい。三時の方向にスロープがあります。段差があるので気をつけて」
教授は私の右肘のあたりを握る。私たちはフェリーに乗り込んだ。テラスに出ると烏島の住民たちが手を振り送り出してくれた。その中に梅子ばあちゃんもいた。
「君津くん」
「なんですか?」
「ノケモノのこと、実が色々と調べてくれたんだ。だから、僕が辿り着いた真実を君津くんに伝えたい」
「し、真実?」
教授はテラスの椅子に腰掛け、真っ青な海を眺めている。私は唾を飲み込んで頷いた。
「ノケモノとは山の神でもなんでもない。人間が作り出した歪な言い伝えだ。その歪んだ言い伝えで島の長は誰か一人を選び、殺し、遺体を山に捨て、自らも死に至る。だから山には入っちゃダメなんだよ。遺体がゴロゴロあるから」
「え、そ、それは、ど、どういうこと、ですか?渚は、ノケモノに消されたんじゃないんですか?」
混乱する私を見て教授は言葉を繋げる。
「ノケモノ伝説は要は殺人を隠蔽するための嘘だ。神様の家の話は知っているね?」
「はい」
「あの少女——生贄はまだ生きていると信じられている。島の人間は“一人多い”んだ」
「だから、渚は殺された……数合わせのために……」
「そう。そして、夢原英は伝承に則り、自ら命を絶った」
「その伝承っていうのは、島の人間を一人殺して自らも死ななきゃいけないんですか?」
「その通り。伝説には生贄を捧げた後に長が死んでるからね。それがどんどん現代風に伝わっていったのだろう」
教授は遠くを見据える。私は渚が人間の手によって殺されたことにただ震えていた。
「神の使いはおそらく……福井千智だろう」
「え、なんで、そんなことがわかるんですか」
「断定はできないが、花巻渚を一番近くで監視できて、夢原英とも婚姻関係にあり、夢原英が自殺した後、長になる確率が高いからね」
教授の考察がとても怖いと感じた。教授は言葉を淡々と続けていく。
「神の使いは島の長と共謀して誰か一人を殺さなければならなかった。だから夢原英と福井千智は結婚し、烏島を支配しようとした」
ゾクリと背筋が凍る。そこまで計算していたのか。
日が落ちて、私たちは寝室へと向かった。
「東京に帰ったら、ちゃんと原稿してくださいね」
「もちろん、そのための取材なんだから」
フェリーで寝る前に教授と話をしていた。
「にしても、自分の地元がこんなに歪んでただなんて信じられませんよ」
「バケモノもノケモノもいないなんて、ちょっとガッカリだね。まぁ、人間の歪な信仰心がよく見えたよ」
「教授はあの島に行ってどんな話を書くつもりだったんですか?」
教授は小さく笑ってこう答えた。
「民俗ホラーかな。王道だよ」
そして朝が来て私たちは無事帰京した。
*
「教授、原稿の方は?」
「今とてもいいところだよ。あとはエピローグを書くだけ」
「締め切り守るんですね」
「人聞きが悪い。毎回守ってるじゃないか」
「ギリギリですけどね」
あるアパートの一室、通称教授の住処。私は教授の原稿の様子を見に来た。とても出来が良いらしく、教授は満足そうだ。原稿が完成したのを見届けて私は会社に向かう。その途中、私が命を絶とうとした歩道橋があった。その途中で立ち止まり、こんなことを思った。
……ここで死のうとしなければ、教授にも出会ってなかったんだ。
当時はあんな変わり者の担当をするなんて思ってもいなかった。でも、教授と出会って私は変わった。前を向いて、歩き出した。
*
教授の新作は飛ぶように売れていった。初めて本屋で売れ筋ランキングに入った。
烏島での出来事は、私たちの中ではなくなっていない。教授も同じ考えで、新作にもかなり影響を受けたらしい。
「君津くん」
「はい?」
「烏島のことなんだけど、大規模に警察が介入したらしいよ」
「え?」
教授はテレビをつける。すると烏島を上空から見下ろした映像が流れていた。
「実が記事を書いたんだ。僕の考察入りでね」
「それが、きっかけで?」
「そうだよ。社会問題になったらしい」
そう言って教授は紅茶を一口飲む。そして微笑んでこう言った。
「僕たちの行動は無意味じゃなかった。実からはかなり腕を買われているからねぇ」
「あの……古里さんって……」
私はテレビをテロップで「古里実」と出ている人物を指差す。
「そう、彼だよ。犯罪心理学者でフリーのジャーナリストをしてる」
「こ、こんなに有名な人だったんですか!?」
「へぇ、知らなかったんだ。実とは幼馴染でね」
飄々と教授はそう言う。なんとも教授らしい反応で私は安心した。
〈了〉




