episode4 十五年前の「選ばれた」少女は見つからない
その日は暑かった。
蜃気楼で地面が燃えるように見えるくらい。
駄菓子屋の前でオレンジジュース片手にくだらない話をして笑い合っていた。当時の私は楽しかった。何にも変え難い青春を過ごしていたから。
しかし、悪夢は突然襲ってきた。
これは十五年前の話だ。
*
まただ。私はまた同じ記憶を思い出している。うなされている、のだろうか。だんだんと意識がはっきりとしてきて、遠くから私を呼ぶ声がする。
「……く……ん?き……つ……ん……?君津くん?大丈夫?」
「わっ!教授!?」
思わず大きな声を出してしまった。私は一体どうしてしまったのだろうか。周りを見回して状況を確認する。ここは、梅子ばあちゃんの家?何がどうなったのかわからない。起き上がると梅子ばあちゃんが視界に入る。
たしか、うるさい蝉の声がして……
「えーっと……どういうことでしょうか」
「君津くん、急に部屋を飛び出して、走っていったから追いかけたんだよ。でも途中で足音が聞こえなくなって、わからなくなった。それで困っていたら梅子さんが声をかけてくれてね。僕を家に上げた後、梅子さんが君津くんのこと探してくれたんだ。そしたら山の入り口で倒れてて。島の人総出で梅子さんの家まで君津くんを運んで来たの」
「あー……それは本当にごめんなさい。梅子ばあちゃんも、迷惑かけてごめんね」
「いいのよ、沙織ちゃん。それより気分はどうだい?少し熱がありそうだから濡れタオル持ってくるよ」
「大丈夫、梅子ばあちゃん。もうすっかり良くなったから。教授もいきなりそんなことになって申し訳ないです」
「兎にも角にも、意識が戻ってよかったよ。それでね、梅子さんから聞いたんだ。“渚ちゃん”のこと」
「……え?」
「君津くんのトラウマ——その始まりを、ね。知られたくないとは思うけど、僕はその話を聞いてある一つの仮説が思いついた。でも、それは君津くんの口からその出来事を聞いてから言葉にしようと思う。だから、話してくれない?“ノケモノ”が現れた、あの日のこと」
「……えぇ、少し長くなりますけど、いいですか」
「もちろん」
教授のその言葉から私のトラウマはまた目を覚ました。
*
「花巻渚です。よろしくお願いします」
転校生。しかも東京から。親の仕事の都合で一時的に滞在するらしい。夏休みが終わる頃には帰ってしまうと。
その情報だけを聞いていたら私は渚を嫌っていたと思う。クラスメイトも最初は“東京の子”と隠れてバカにしていた。でも、渚は誰に対しても優しく、明るく、とてもおおらかだった。そんな彼女をみんなが愛し、この島の人間だと受け入れた。
「渚、いつ東京に帰んの?」
「えっとね、明日。お父さんの仕事が終わったから」
暑い日だった。陽炎が私たちを覆うように。いつもの駄菓子屋の前でどうでもいい話をしていた。渚は眩しいくらいの笑顔でこう続ける。
「沙織に出会えてよかった。私、楽しかったよ。烏島生活」
「また戻ってきてもいいんだよ?」
冗談めかして私がそう言うと渚は神妙な面持ちになり、口をつぐむ。私は何かまずいことを言ったのではないかと心配になり、慌てて補足しようとした。が、先に口を開いたのは渚だった。
「私、選ばれたんだって」
「え……?」
「選ばれたの、私」
そう言ったきり、渚は空き缶を捨てて山の方へと向かう。慌てて追いかけてその手を掴む。
「どういうこと?選ばれたって、一体、」
「沙織」
「何……?」
「わ、私……ううん、なんでもない、から……」
渚は涙目で私の手を振り払う。
「待ってよ!渚!」
渚はそれから小さく「ごめん」と呟いて一人で山の中へと入っていった。追いかけたかったけれど、山には入ってはいけない言いつけだ。私はそこで立ち尽くしていた。ひぐらしの声がうるさく、私の身体に響いていた。
その次の日だった。渚に、もう二度と会えないとわかった日は。
朝早く霧が濃い中、私は山の入り口に向かった。ただだだ、渚が心配だった。でも、一人では山に入っていけないという言いつけを守って、私は山の入り口で家に引き返す。そして、そわそわしながら、家の中で天井を見つめていた。何もせずに夕方になったごろだろうか。
「沙織、神社行くよ」
そう、父は言った。それが意味していることはわかった。
渚が、喰われたのだと。
神社に行った帰り、皆口々にそう言っていた。私も、そう思っていた。
それから私は東京の高校に行くために島を出た。渚のことも思い出さなくなった。教授と出会い、何もかも順風満帆の生活を送っていた。
*
「……です。渚のことはこれ以上はわかりません」
話し終えると教授は二度頷いた。そして私の手を取り、立ち上がらせる。
「君津くん、宿に戻ろうか。案内お願いね」
「え?は、はい」
どうやら私は裸足で飛び出したようで、教授の鞄に私の靴が入っていた。それをありがたく履き、梅子ばあちゃんの家を出る。外はもうすっかり夜でしばらくの間眠っていたことがわかった。
「教授、すみません。お騒がせしちゃって」
「いいや、君津くんのおかげで僕の推察は少し信憑性が生まれた。でもまだ完全ではない。続きは宿で話そう」
聞こえてくる鈴虫の音色があの時のようで、少し嫌になった。
宿に着いて教授は早速夕食の手配をお願いしていた。こんな時まで食欲はあることに驚きだ。が、不思議と私もお腹が空いてきて他人のことは言えなくなった。夕食が届く。今夜は刺身らしい。
「何があるか教えてくれるかな」
「はい。三時の方向にマグロの刺身。九時の方向に白米。十二時の方向に鯛とサーモンの刺身。左手でサザエを焼いています」
「助かったよ。ありがとう」
サザエの焼く音が部屋に響く。刺身を黙々と食べていると教授がふとこんなことを話し始めた。
「『ノケモノ伝説』って知ってる?」
「この島の伝承ですよね」
「うん。梅子さんから聞いたんだ。君津くんの聞いた『選ばれた』とはなんだったのか。それが少しだけ見えてきたよ」
「……教えて、欲しいです」
「トラウマと向き合う覚悟はある?」
「あります。教授となら、乗り越えられます」
「わかった。じゃあ僕の考えを言ってみるよ。その前にサザエが出来上がりそうだけどね」
「夕食が終わったら話すことにしましょうか」
今は目の前の海鮮に集中。その思いは教授も同じようだ。ぐつぐつと煮えるサザエを見つめながら刺身を一口。なんて美味しいのだろう。昔から烏島は漁業でも有名だった。サザエもいい加減になり、夕食を平らげたところで教授は本題を切り出した。
「梅子さんから聞いたけど、“渚ちゃん”は花巻渚っていうんだね。ノケモノの餌食となり、帰らぬ人となった」
「えぇ、渚は中学二年の夏休みが終わる頃に東京に帰る予定でした。けど、ノケモノにみそめられてしまいました」
「ふむ……花巻渚は『選ばれた』と言っていた、と君津くんは言ったね?」
「えぇ。ただその一言を残して私の前から消えました」
「僕の仮説を聞いてくれるかい?」
「はい」
教授は立ち上がり、部屋の中をぐるぐると回りながら話し出した。
「ノケモノとは山に棲む怪異。そして、それを抑えるために花巻渚は犠牲となった。ノケモノは人を食べないと生きていけない。では、なぜそんな怪異に花巻渚を差し出したか?僕の予想だと、もともとノケモノは怪異ではなかった。おそらく、この島を守ってくれる存在だった。けれど、何かが起こってノケモノは怪異と化した。そしてその怪異には人間——特に少女が必要だった。ここまでが僕の仮説。どうかな?」
「ノケモノの過去はわかりませんが、おおよそは合ってると思います」
教授は歩くのをやめて、コツコツと指を鳴らす。そして大きく息を吐いて低い声で私の耳元でこう囁いた。
「……というのは、見せかけの真実だ」
「え……?」
教授は私の手のひらをなぞる。そして、ノートパソコンで文章を見せてきた。
「僕たちの宿での行動は島の人間、おそらく神の使いに監視されている。盗聴器の周波数がFMラジオで受信できた。監視カメラがあるか、少し探って欲しい。部屋の中ではこの伝説を信じている体でいて。僕は真実を知りたい。手段は選ばない。わかったら僕の手を一度握って」
ククッと喉の奥で音が鳴る。盗聴器?神の使いが私たちを監視している?心臓がバクバクと鼓動する。ゆっくりと教授の手を握る。教授は手を離して、私の肩を二度ポンポンと叩いた。そしてやけに明るい声で教授はこう言った。
「ありがとう。僕の仮説を聞いてくれて」
「あ、えぇ……」
「じゃ、僕はお風呂に入ってくるからね。君津くんは好きなように過ごしてて」
その時、教授の口が「気をつけて」と動いた。こくりと頷いて私は部屋の調査を始めた。一番盗聴器を隠しやすいのはコンセントだと聞いたことがある。なので、コンセント周りをチェックしてみると、二重構造になっていることに気がついた。本当のコンセントに蓋をするようにカバーがしてある。おそらくこの下に盗聴器が隠されているのだろう。今、この場面でそれを壊したり、見つけたことを悟られてしまうと厄介なので、私はそっとその場を離れる。他にも探してみたが怪しいところはコンセントだけだった。監視カメラも目に届く場所には無さそうだ。
神の使いはなぜ私たちを監視しているのだ?
部屋に盗聴器があるとわかってから編集作業がままならない。私はインターネットで烏島観光協会のホームページを検索した。そこにはパンフレットと同じ決りが書いてあり、そのページをスクロールしていくと、
「※決りを守らなかった場合の事件、事故の責任は観光協会は一切負いません。」
と書いてあり、寒気がした。この島は、ノケモノに支配されている、と。
お風呂上がりの教授が頭を拭きながら、私に「お風呂入ったら?」と声をかけてくれた。それに頷き、私もお風呂に入る。露天風呂に浸かって、星空を見上げ、そこでふと、渚の言葉を思い出した。
「私ね、星になるなら三等星がいいな」
渚は、無事に三等星になれたのだろうか。
それとも、まだ山の中でなんとか生きているんじゃないか。
そんなありえない考えが浮かんで、私は自分がとても疲れていることに気づいた。
*
深夜二時。外を出歩いてはいけない時間だ。僕は手探りでパソコンを立ち上げて実からのメールを確認しようとした。メールの内容をいつもならパソコンの読み上げ機能で読み上げるが、この場所ではスピーカーは使えない。少し考えてイヤフォンをノートパソコンに差し込み、無事読み上げ機能が使えた。
「……ふむ」
実からの情報は、とても使えるな。十年前のマイナーブログを引っ張り出してくるなんて、実のやりそうなことだ。
*
【少女の謎の失踪!消えた彼女の行方は?禁忌だらけの島に潜入調査!】
2011年8月31日、K県の諸島に住んでいた一人の少女が姿を消した。十年前、警察は行方不明と断定し、捜査を打ち切った。少女の名前は花巻渚(以下:花巻)という。花巻は8月31日の午後4時半頃、友だちと別れた後に姿が見えなくなっていたようだ。花巻の住んでいた諸島は烏島というらしい。烏島について調べると真っ先に出てきたのは歪な決まり。これはなんと公式の観光協会が出している。読んでみると、どれもこれも理由がわからない。山に入ってはいけない、もし山に入ったら上を見上げてはいけない……などなど。筆者はこの島に弾丸で一泊二日取材旅行に行くことにした。
☆
フェリーで向かう。船酔いが心配だったけど、そこはクリア。
《烏島の全体図》
どうやら中央に山があり、周りを集落が囲っている。
フェリーから降りたらチケットのチェックがあった。名前もそこで聞かれた。島の長(と呼べばいいのかな?)の夢原英氏に挨拶をした。右手の薬指の指輪が綺麗だったな〜
《猫の写真》
可愛い猫もいる笑。案外、普通の島なのでは?
さてさて、本題に入りましょうか。
島全体を巡ろうとしたら島民の方に自転車を貸してもらった。レンタサイクルってやつね。サイクリングがてら烏島を一周するよ〜所要時間は一時間くらいかな。自然が感じられて気持ちいい〜
《遊歩道から撮った海の写真》
サイクリングも終わって宿屋に直行。今晩の食事を頼んでいたからアセアセ。ここで午後六時くらいかな。宿屋はとても綺麗。チェックインする時にパンフレットをもらった。
《宿屋の部屋の写真》
おぉ、意外としっかりしてるじゃないか。でも露天風呂はついてないらしくて少しマイナス。大浴場があるらしいからそこで風呂は済ませろとのこと。
《宿の食事の写真》
うっひょ〜!美味しそ〜!てか美味しかった〜!特産の刺身が新鮮でめっちゃ美味かった!
食事を食べ終えたからパンフレットでも見ましょうかね。
《烏島観光協会発行のパンフレットの写真》
と、これが噂の決まりですか。
「一、絶対に山には入ってはいけない。
ニ、やむを得ず、山に入ることがあれば鈴を身につけること。
三、山の中では上を見てはいけない。
四、六番地の家には触れてはいけない。中に入ってはいけない。覗いてはいけない。」
はいはい。これって山のクマ対策かな?んー、でも六番地の家は気になるな。クマの棲家だったりするのかな?昼間見た時は見た目普通だったけど。
「五、深夜二時〜三時までは外を出歩いてはいけない。」
えー!?深夜に出歩いちゃいけないのー!?一番楽しい時間なのに……ま、こんな離れ島なのにWi-Fiあるし、いっか。近くの商店でお酒買い込もうかな。
☆
あーっという間に烏島生活終了。特に目立った異質はなくてちょっとがっかり。可愛い猫ちゃんに出会えたからよしとしましょうか。
《猫の写真》
これにて潜入調査おしまい。ビュー数多かったらリベンジするかも?じゃ、評価の方をよろしくです!ではでは!
ブログ名:ねこたんの日常
筆者名:ねこたん@ブログやってます!
最終更新日:2021.9.6.20:48:23
*
メールの最後には実からの一言があった。
「死ぬなよ」
……僕のことを舐めているのか?ふぅっと息を吐いて今までのことを思い出す。
「死にかけたことは、あるかもね」
そう一言、返信した。




