第35話 絶望に燃ゆ。
アリウベラ洞窟の崩壊は止まらない。
右腕を失ったアルスの肩口からは、銀色の魔力と鮮血が混じり合い、滝のように流れ落ちていた。アルベラを左腕で抱き寄せ、膝を折る。背後ではオルクスとルーシェが岩塊に埋もれ、かろうじて息をしている状態だった。
「……ハハッ、素晴らしい。右腕一本を差し出して、仲間の命という『無価値な端切れ』を拾ったか」
ナルクの周囲には、崩落する岩石さえも触れる前に塵となる絶対領域が形成されていた。彼はゆっくりと、死を宣告するために指先をアルスの眉間に向ける。
「だが、次はない。君の魂は、この洞窟の瓦礫と共に、永劫の腐敗に沈むんだ」
ナルクの指先に、黒い特異点が凝縮される。アルスは朦朧とする意識の中で、死を受け入れるかのように目を閉じた。……だが、その時。
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――キィィィィン!!
空間を切り裂くような金属音が響き、ナルクの放とうとした特異点が、横から飛来した一枚の「魔銀の札」によって相殺された。
「……何者だ」
ナルクの瞳が不快そうに細められる。
立ち込める土煙を割り、アルスの前に一人の男が降り立った。使い古された外套を羽織り、背中には巨大な巻物を背負った風来坊のような男。その背中は、どこか亡き師匠の面影を漂わせていた。
「やれやれ……。あの爺さんが命を懸けて繋いだ火を、こんなところで消させるわけにはいかねぇんだよ」
男は振り返らず、ただ背中で語るようにアルスたちを庇い、構えをとる。
「……貴様、師匠を……知っているのか」
「ああ。あの偏屈な爺さんには、昔さんざん鍛え上げられてな。……俺の名はヒューガ。あいつが最期に遺した『記録』を辿ってここまで来た」
ヒューガと名乗った男は、巻物から一本の筆を取り出し、虚空に凄まじい速度で術式を描き殴る。
「【方術・四門封絶】!!」
アルスたちの周囲に、崩落を一時的に停止させる金色の障壁が展開される。だが、相手は忌まわしき魔人、ナルクだ。ヒューガの額からも、すぐに大粒の汗が流れ落ちた。
「……チッ、本物の魔人かよ。かつての爺さんが言ってた通り、胸糞悪いプレッシャーだぜ」
「ほう。あの老いぼれの門下生か。……数が増えたところで、ゴミの山が高くなるだけだ」
ナルクが冷酷に手を振ると、ヒューガの障壁に無数の亀裂が入る。
ヒューガの介入により即死は免れたものの、アルスは片腕を失い、戦力は皆無。ヒューガ一人でこの「魔人」を抑え込めるはずもなかった。
「アルスと言ったな。……生きてるなら、さっさとその女を連れて下がれ。……俺がここでどれだけ粘れるかは分からねぇが、死ぬ気で『次』を考えな。……このままじゃ、全員まとめてナルクの胃袋行きだぞ」
劣勢は微塵も揺るいでいない。
不滅の洞窟が崩れゆく絶望の中で、新たな協力者ヒューガの背中だけが、アルスたちに残された唯一の、そしてあまりに細い希望の糸だった。




