第28話 庇う者
――熱い。
全身の細胞が沸騰し、一本ずつ神経を焼き切られるような激痛。アルスが意識を取り戻したのは、それからどれほどの時間が経過した後だったか。
「……がはっ……、ぁ……」
肺に溜まった血を吐き出し、アルスは無理やり目を開けた。視界が白く霞む。そこは、先ほどまでの地獄のような戦場ではなかった。煤けた天井、鼻をつく薬草の匂い。質素な木造の小屋の中に、彼は寝かされていた。
「気がついたか。死神の鎌を素手で掴み止めるような真似をする男だ」
傍らで、低い、しかし落ち着いた声が響く。見れば、一人のエルフの女――ルーシェが、泥と血に汚れながらも壁に身を預けて座っていた。彼女もまた、満身創痍の体でかろうじて生き延びたようだった。
「……ルーシェ……。他は……アルベラと、オルクスはどこだ」
アルスは、焼けるような痛みに耐えて上半身を起こそうとする。だが、その胸を、節くれだった一本の杖が優しく、しかし抗いようのない力で押し止めた。
「よせ。今のお主の体は、ひび割れた安物の花瓶のようなものだ。動けば粉々に砕けるぞ」
そこに立っていたのは、深々とフードを被った一人の老人だった。顔の半分を白い髭が覆い、その瞳は磨き抜かれた古鏡のように、すべてを見透かすような静謐さを湛えている。
「老人……貴様が助けたのか? それより答えろ、仲間はどこだ! アルベラとオルクスはどうなった!」
アルスの声に焦燥が混じる。
リオネイルの放った『メテオ』。あの光景を思い出すだけで、指先が凍りつく。自分たちを蹂躙したあの幼子は、間違いなく「第三の勢力」としての審判を下した。その渦中にいた二人の姿が、ここにはない。
「……すまない。私が見つけられたのは、お前とこの娘だけだった。あの爆炎の跡には、巨大なクレーターと……他には何も残っていなかった」
「そんな……」
ルーシェが俯き、唇を噛みしめる。
どこへ消えたのか、あるいはあの熱量に焼かれて消滅したのか。千里眼を持つアルベラですら、あの理不尽な破壊からは逃れられなかったのか。
「……ふざけるな。探しに行く……あいつらが、あんなところで終わるはずがない……!」
アルスは、右腕にのたうつナルクの毒が、傷口を通じて暴れ出すのも構わずベッドを蹴った。床に足をついた瞬間、激痛で視界が暗転する。だが、彼は老人の肩を掴んで立ち上がろうとした。
「どけ……。俺は、これ以上失うわけにはいかないんだ」
「失う、か。お主がその腕に宿している『他者の絶望』。それを守るために、自らの命を捨てるというのか? 略奪者よ」
老人の言葉に、アルスの動きが止まった。
「……なぜ、俺の力を知っている」
老人は動じない。それどころか、アルスの【略奪者】が放つ禍々しい威圧を、霧が晴れるように自然に受け流している。この老人の周囲だけ、ナルクの毒も、リオネイルの残した破壊の余波も、一切の干渉を許さない異質な「静寂」に包まれている。
(なんだ、この老人は……。ただの隠者じゃない。魔力も、気配も、まるで『そこにある風景』の一部のように馴染みすぎている……)
アルスは、冷や汗を流しながら老人の瞳を凝視した。
「お前は何者だ。……ただの老人なら、あのメテオの直後に生存者を回収できるはずがない。アリウベラ洞窟へ向かう俺たちの前に現れた、別の刺客か?」
老人は、短くなった杖を弄びながら、静かにフードを脱いだ。剥き出しになったその額には、かつての王国にも、魔王軍にも属さない、古の紋章が刻まれていた。
「私はただの『記録者』だ。……お主という器が、ナルクの毒とリオネイルの裁き、そのどちらによって壊れるかを見届けるだけだ」




