第20話 奈落の標本、復讐の王
アルスとアルベラが初めて会った頃の話をしよう。
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王城の地下深く、そこは「正義」を謳う王国が隠し続けてきた汚物溜めだった。魔力を遮断する特殊な石壁に囲まれた実験場。そこには、魔族を「資材」として扱うための残酷な装置が並び、腐った血と魔力の残滓が混ざり合った、吐き気を催すような異臭が充満していた。
「……あ……、あぁ……」
その最深部。十字架に似た拘束具に括り付けられていたのは、魔族の姫、アルベラだった。かつて高貴な輝きを放っていたはずの紅い瞳は混濁し、その細い肢体には、同族である高位魔族たちが「効率的な魔力抽出」のために刻み込んだ無数の術式が、醜い痣のように浮き出ている。
魔族は強者が弱者を食らう種族だ。魔王亡き後、あまりに強力な「千里眼」を持つ彼女は、同族にとって便利な「予知の道具」へと成り下がっていた。
神経に直接魔力を流し込まれ、強制的に未来を視せられる。その激痛に、彼女の精神はとっくに壊れていてもおかしくなかった。
「……まだ、終わらないのね。……この、醜い映像は……」
掠れた声で呟く。彼女の視界には、自分を弄ぶ同族たちの嘲笑と、永遠に続くような暗闇の結末だけが映っていた。
だが、その時。
――ドォォォンッ!!!
分厚い石扉が、外側から物理的な圧力によって粉砕された。爆煙と共に踏み込んできたのは、一人の男。
漆黒の鎧を纏い、右手には王国の象徴であった老王の生首を無造作に提げた、この世の全ての憎悪を煮詰めたような「化け物」――元勇者アルスだった。
「……人間、……? いや……」
アルベラの濁った瞳が、男を捉える。
本来、彼女の千里眼に映る「人間の未来」は、欲にまみれた単調な色彩ばかりだ。しかし、目の前の男からは、色がない。ただ、全てを飲み込み、光を屈折させるほどの漆黒の虚無だけが渦巻いている。
アルスは部屋にいた魔族の研究者たちを一瞥した。彼らは「魔王を殺した勇者」の登場に、腰を抜かして震え上がっている。
「ひ、ひぃっ! アルス! なぜ、貴様がここに……! お、王はどうした!?」
「これのことか?」
アルスが提げていた首を床に転がすと、魔族たちは悲鳴を上げて逃げ惑おうとした。だが、アルスが指先を鳴らすと同時に、影から伸びた黒い触手が、彼らの喉を一本ずつ、正確に貫いていく。
断末魔の叫びさえ許さない、徹底した処刑。アルスは、死体の山を越えてアルベラの前に立った。血濡れた指先が、彼女の顎を強引に持ち上げる。
「魔族の女か。……お前も、あの王と同じように、他人の力を啜って生きる寄生虫か?」
アルスの瞳には、慈悲など微塵もなかった。だが、アルベラは、喉元に突きつけられた漆黒の刃よりも、彼の内側にある「空っぽの地獄」に目を奪われた。
「……ふふ。……面白いわ。私の予知にも……映らなかった、最大級の『不確定要素』……」
アルベラは、割れた唇を歪めて笑った。ボロボロの体で、死の淵にありながら、彼女の瞳には微かな「愉悦」の光が宿る。
「殺しなさい、人間……。でも、もし私を……生かすなら……。貴方のその、……凍りついた地獄の……『特等席』を、私に……頂戴……」
アルスは無言で彼女を見つめ、やがて【略奪者】を起動させた。彼女を拘束していた魔力回路を、因果ごと強引に噛み砕く。
拘束から解かれ、崩れ落ちるアルベラの細い体を、アルスは無造作に、だが確実な腕力で受け止めた。
「……好きにしろ。世界を呪うための『目』が欲しかったところだ」
これが、後に世界を震撼させる「魔王と共犯者」の、血と泥にまみれた出会いだった。




