大家さんの『サウダージ』 その9
あれから大平は、洞窟内でかなり長い間放心した後、フラフラと『コワレ荘』まで帰っていった。
そして、部屋に入るや否や布団も敷かずに畳の上に寝転がり、入眠を試みる。
突然睡魔が襲って来た訳ではない。
寝る事で現実から逃げようとしているのだ。
しかし、そうは問屋が卸さないのが現実というもの。
中々寝付けないどころか、脳が勝手に『今日あった出来事』を振り返り始め、夢に逃避する事を阻止している。
やがて、その振り返りが過去・・・『小源に絶交された日』にまで遡ると、今度は『後悔の念』がドッと強く押し寄せて来た。
もしあの時、復讐しようとしている小源を止めなければ・・・
もしあの時、アルバイトになんか行かず、いなくなった小源を探していれば・・・
もしあの時、小源の事をもっと気に掛けていれば・・・
そんな事ばかり考え、延々と繰り返している。
やっとループから抜けたかと思えば、今度はレイシスの言葉が勝手に再生される始末。
”どうやら彼は、お前に絶交を言い渡して傷付けた事をとても後悔していたようでね・・・・・・復讐を果たした後は、お前の事ばかり気にしていたよ。でも、今更どの面下げて会えば良いのか、何て言って詫びれば良いのか分からない。だから彼は、謝罪の気持ちも込めて、お前の将来の安心と安定を私に願ったのだよ。”
これに対し、大平は寝返りを打ち、こう思う。
「(いつもみたいに会って、普通に謝ってくれるだけで良かったのに・・・・・・それだけで元通りになっていたのに・・・・・・)」
ところが数秒後、ハッと何かに気付き、こう思い始める。
「(いや、違う・・・・・・僕が・・・僕から会いに行くべきだったんだ!!絶交された側の僕が会いに行っていれば、大五郎も謝り易かった筈なんだ・・・・・・そうすれば三つ目の願いを消費せずに済み、体を乗っ取られる事は無かったんだ・・・!!)」
こみ上げて来るものを抑え切れず、寝返りを打つ流れでそのままドンッ!!と、畳を叩く大平。
その後すぐに頭を抱え、ダンゴムシのように丸くなる。
だが、そんな事をしても意味は無い。
後悔と自責の念が、内側から強く締め上げ、苦しめていく。
「~~~~~ッ!!」
それから彼は、何度か呻き声を上げた後、意識を失うように眠りについた。
苦しそうな寝顔から察するに、良い夢は見られなかったようだ。
翌朝。
いつもの時間に起床した大平は、すっかり気力を無くしていた。
洗顔をする時も、朝食を食べる時も、ずっと無感情。
『寝起きが悪い』とか、そういうのではない。
起きる時間だから起きて、いつもそういう事をしていたからする。
そんな感じだ。
正に『死んでいるように生きている』状態・・・!!
元の世界で両親から雁字搦めにされてた頃と同じか、下手したらそれ以上の状態である。
アルバイトへ行く時も、それは同じ。
さすがに仕事中は、店長達に迷惑をかけない為にも、無理矢理元気を出しているみたいだが。
そんな状態が続いたある日、大平が買い物帰りに橋を歩いていると、ふと下を流れる川のド真ん中に佇んでいる鳥が目に入った。
これ自体、別に珍しい光景ではない。
鳥の方も水辺によく突っ立ってるタイプの奴だ。
羽毛の色も白で、全く珍しくない。
にも関わらず、大平は目を離そうとせず、寧ろ欄干に体を密着させ、買った物を足元に置いてガン見を始めた。
ただ、その眼差しは『好奇心』から来るものではなく、『羨望』から来るものに近い。
恐らく空を自由に飛べる且つ、悩み事も無くぼけーっとしている様子に、彼の心が羨ましく思ったのだろう。
気が付けば彼は、帰る事を忘れてしまっていた。
そして、目が徐々に鳥を捉えなくなり・・・・・・
” チューちゃんッ!! ”
「ハッ!!」
気が付けば、橋から落ちそうになっていた。
急いで乗り出している身を戻し、そのまま尻餅をつく。
突然どこからか聞こえて来たイスチィの声で我に返っていなければ、今頃どうなっていたか・・・そう考えると彼はゾッとし、冷や汗をだらだらと流す。
動悸もやかましい。
「ハァーッ・・・!!ハァーッ・・・!!」
数分後、やっと呼吸を整え終えた大平は、イスチィを探しに周囲を見回した。
しかし、どこにもイスチィの姿は無い。
この時大平は、別れる時に彼が言っていた台詞を思い出した。
”覚えていて・・・『遠くに離れていても、アチキはずっとチューちゃんを見守っている」という事を・・・!!”
「・・・・・・!!」
こみ上げて来る熱いものを感じ、胸に手を当て、ギュッと握り締める。
「ごめん、イスチィ・・・・・・僕・・・どうかしてた・・・大五郎の分まで生きなくっちゃあいけないのに・・・!!」
立ち上がり、両手で両頬を一回叩く。
パン!!という気持ちの良い音がした。
それから彼は、『コワレ荘』がある方角に顔を向け、買った物を持って歩き始める。
あの日以降無くなっていた気力が、少し戻って来ている感じがした。
一方その頃、『コワレ荘』の大平の部屋に、一人の女性が侵入していた。
ソルシエルである。
彼女は、溜め息を吐きながらトランクケースをテーブルの上に置くと、そのまま玄関のドアから出て行った。
ご丁寧に鍵を掛けて・・・
次の休日、あの洞窟の前に大平の姿があった。
格好や持って来た道具を見るに、レイシスが最後に言っていた『黄色い鉱石』を掘りに来たのだろう。
それが何の役に立つのか、今の彼には分からない。
だが、『奴がわざわざああ言ったのだから、何か【重要なアイテム】なのだろう』とは、思っている。
彼は深呼吸し、
「・・・よしッ!!」
と、言うと、真っ直ぐ前を見て洞窟の中に入っていった。
そして、時は現代に戻る。
「(あの時・・・・・・儂が止めなかったら、今頃どうなっていたのじゃろうか・・・)」
すっかり年老いた大平は、かつて日輪が住んでいた家の中で、当時の事を静かに振り返る。
あれから何十年も経っているのに、心の中に住み着いた『後悔』と『自責の念』は、出て行く気配が全く無い。
恐らくコイツ等は、彼が死んであの世に逝くまで、居座り続けるだろう。
そんな彼の視線の先には、たった今買って来たばかりの『照り焼きバーガーセット』。
かつて親友と共に食べた、思い出の品だ。
当時通っていた店舗は、とっくの昔に潰れてしまったが、別の所にある店舗が生き残ってくれているお陰で、今もこうして食べる事が出来る。
過去を一通り振り返った大平は、
「(大五郎・・・)」
と、寂しそうに親友の名前を心の中で呟き、バーガーの包みを開けて、大きくかぶりつく。
値段こそ変わってしまったものの、味は当時のまま。
咀嚼する度に、当時の楽しかった思い出が蘇って来る彼の目からは、自然と涙が零れていた。
一方その頃、小源に成り代わったレイシスの城・彼の私室。
そこでは一人の部下が、彼に何かを持って来ていた。
「小源様、先程頼まれていた物をお持ちしました。」
「ご苦労。そこの上に置いといてくれ。」
「かしこまりました。」
お辞儀をし、近くのテーブルに持って来たそれ・・・膨らんだ紙袋の入ったビニール袋を置く。
続いて、恐る恐るこう尋ねた。
「あの・・・」
「何だ?」
「差し出がましいこととは存じますが・・・・・・本日の夕食は、本当にこちらでよろしいんですか?今朝、『A5ランクの牛肉』を仕入れたのですが・・・」
するとレイシスは微笑み、こう返す。
「ああ、これで良い・・・・・・体がこれを欲しがっているからな。」
そして彼は、部下が部屋から出て行った後、紙袋の中から照り焼きバーガーを取り出して包みを開け、大きくかぶりついた。
大家さんの『サウダージ』 完
【次章予告】
『当たり前』が壊れる・・・
『当たり前』が構築される・・・
次章 『XDAY』 お楽しみに




