大家さんの『サウダージ』 その6
前回、アルバイトに行く途中で偶然小源を目撃し、そのただならぬ雰囲気と圧に嫌な予感を覚えた大平は、自身の予定を捨てて彼の追跡を始めた。
現在でもそれは続いており、前を歩く小源とは一定の距離を保ったまま、コソコソと歩いている。
胸をざわつかせているものが『杞憂』である事を祈りながら・・・
そんな中、『コワレ荘』よりも古いアパートから出て来た、見るからにガラの悪そうな男を小源が素早く捕え、近くの誰もいない路地裏に連れ込んだ。
あっという間の出来事だった。
大平が慌てて追いかけると、その男は地面に転がされ、果物ナイフを向けられていた。
この状況を見て、大平は察する。
そいつが、件のストーカー男であるという事を。
「お前が彼女を殺したんだろッ!!本当の事を言えッ!!」
小源の怒声が路地裏に響く。
普通の人間ならこういう場合、殺されるかもしれない恐怖に怯え、命乞いを始めるなり、地を這って逃げるなりするだろう。
だが、そいつは違った。
怯えて命乞いをするどころか・・・
「他人様に刃物向けて、がなり立てるんじゃあねぇーよ・・・・・・人としての『礼儀』がなってねえなぁ?」
なんと、ゆっくりと立ち上がって、ふてぶてしくそう言い返した。
恐らく目の前の小源を見て、『こんなのはポーズ・・・こいつにそんな度胸は無い』と、思ったのだろう。
『殺せるもんなら殺してみろ』というストーカー男の態度と神経を逆撫でするような発言に、小源は更に声を荒げた。
「話を逸らすなァッ!!!」
そして、こう続ける。
「俺は、『本当の事を言え』っつったんだ・・・だからお前は、その事だけを話せば良いんだよ、ボケッ!!第一お前のような人殺しのストーカー相手に、礼儀正しく接する奴はいないッ!!いいから、とっとと本当の事を吐けッ!!刺されたいのかッ!!」
しかし、それでも尚、ストーカー男はニヤニヤしている。
それどころか・・・
「落ち着けよ・・・そもそも俺は、あの女の被害者なんだぜ?」
「は?」
何やらふざけた事を語り始めた。
「あの女はな、たまたまスーパーですれ違った俺に色目を使って来たんだ・・・・・・誘惑して来たんだよ、この俺を!!」
否、それはこいつの勘違い。
すれ違った彼女を見て、勝手にムラムラしただけである。
ストーカー男の身勝手な主張は、まだ続く。
「だから、その気になって後を追いかけたってのに・・・『ストーカー』扱いされた挙句、殺人の容疑者にされ、罰金も課せられるなんてよぉ~・・・・・・とんだハニートラップだったぜ。」
加害者の癖に『被害者ムーヴ』をするストーカー男に対し、怒りよりも先にゾッとするものを感じる小源。
奴の中に『底知れぬ邪悪』を感じ、恐怖したからだ。
それと同時に、『使命感』のようなものも芽生えて来た。
こいつは、近い内にまた同じ事をする・・・!!
他の人が被害に遭わない為にも、ここで絶対に殺しておかなければならない・・・!!
小源は、そう思った!!
果物ナイフを握る手に、自然と力が入る。
そして・・・
「もしかしたら、お前も・・・ウヒヒッ!弄ばれてただけかもしれねえなぁ~~~。」
この一言で、完全に箍が外れた!!
「野郎ォォォーーーーーーーーッ!!!」
怒りと憎悪に満ちた叫び声を発し、力強くナイフを突き出す。
刃がストーカー男の腹部をえぐり、大量の血が噴き出る・・・筈だった。
「なっ・・・何ィ・・・!?」
もう少しの所で、制止するナイフ。
大平が寸前のとこで彼の手首を掴み、殺害を阻止したのだ。
「やめるんだ、大五郎・・・!!こんなクズを殺しても、中さんは生き返らないッ!!君が・・・・・・君が汚れるだけだ!!」
「放せッ!!俺の事なんざどうでも良いッ!!それにこれは『彼女を生き返らせる為にやっている』んじゃあない、『彼女の魂に安らぎを与える為にやっている』んだッ!!」
「だったら尚の事、そいつを殺させる訳にはいかないッ!!自分の為に殺人犯となってしまった君を見たら、中さんはきっと安らげない・・・!!」
「いいやッ!!自分を殺したこいつが、のうのうと生き続けている事の方が安らげないに決まっているッ!!無念が晴れねぇんだからな・・・!!」
「冷静になるんだ、大五郎!!あの人は、他人を思いやれる人間だった・・・そんな性格の人が、君を殺人犯にさせてまで無念を晴らしたいと思う訳が無いだろうッ!?」
「知ったふうな口を利くなッ!!お前に彼女の何が分かるってんだ・・・ほんの数回しか会っていないお前にッ!!いいから、その手を離 ハッ!!」
問答の最中、ストーカー男が『隙あり』と言わんばかりに、小源の腹部へ右の拳を突き出す。
気付くのが遅れた小源は、これをまともに喰らってしまった。
「う゛っっっ!!!」
ズドン!!
漬物石でも落とされたかのような重い衝撃が、小源を襲う!!
やがてそれは『激痛』となって瞬く間に彼の全神経を支配した後、その場に膝を付かせた。
あれだけガッチガチに握り締められていたナイフは、手からあっさりと抜け落ち、情けない金属音を上げてアスファルトに着地する。
「大五郎!!」
「さっきから黙って聴いてりゃあ、俺の事を『人殺し』だの『クズ』だの、好き勝手言いやがって・・・・・・そもそもよぉ、『俺があの女を殺した』という証拠でも持ってんのか?ん?」
ずずいっと、小源に顔を近付けるストーカー男。
その問いに小源が苦虫を嚙み潰したような顔で答えられないでいると、彼はヘラヘラした声と顔でこう続けた。
「持ってる訳ねぇよなぁ~?天下のポリスメン達が見つけられないのに、お前等みてぇーなカス共が見つけられる訳がねえもんなァ~~~・・・ハハハハハハハハハ!!」
負け犬を見下すような嘲笑が、小源の鼓膜を震わす。
これによって再び怒りを爆発させ、攻撃に出ようとするが、そこをすかさず大平にガッチリと止められてしまう。
「駄目だ、大五郎・・・!!お前も下らない挑発をするんじゃあない!!とっととどっかへ消えろ!!」
「へーい。」
彼の言葉を受け、ストーカー男がだるそうに答え、二人から離れる。
そして、最後に振り返り、駄目押しにこう言う。
「そんなに俺を『殺人犯』にしてぇーのなら、『決定的な証拠』ってヤツを見つけて来るこった。まっ、無理だろうけど。ハーハハハハハ!!」
「やっ・・・ろう・・・!!」
勝ち誇った顔で立ち去っていく彼を、二人は怒りの眼差しで見送った。
大平が小源を解放したのは、それから少し経って、彼の気持ちが落ち着いてからだった。
復讐を果たせず、目に見えて意気消沈している彼に、大平は後ろから優しく声を掛ける。
「帰ろう、大五郎・・・凄く腹立たしいけど、今のままじゃあどうする事も出来ないのは確かだ。今度、奴の犯行を目撃している人がいないか、一緒に探そう。もしかしたら」
「何で・・・」
「?」
次の瞬間、小源はクルッと大平の方を向き、両手で彼の胸ぐらを掴む。
その時の表情は怒りに満ちており、目からは一筋の涙が流れていた。
「何で邪魔したんだよ、忠邦ィッ!!お前、それでも俺の『心の友』かよ!?」
「大五郎・・・」
「お前は俺の悲しみを理解してくれていると思っていたのに・・・・・・俺の復讐を肯定し、応援してくれると思っていたのに・・・!!」
「大五郎・・・僕は君に」
「もう良いッ!!!」
大平の言葉を、小源が大声を上げて無理矢理遮断する。
その後、シンとした空気の中で、彼は目の前にいる『三年間心の友だった男』にこう告げた。
「お前とはもう・・・」
「・・・絶交だ。」




