大家さんの『サウダージ』 その5
翌朝、中は会社近くにある川の下流で、遺体となって発見された。
恐らく上流で殺害され、そのまま流されて来たのだろう。
死因は、頭部を強くぶつけた事による脳挫傷。
今、これを読んでいる貴方にだけ特別に教えるが、犯人は彼女に散々付き纏っていたストーカーの男である。
この事件は、瞬く間にウマシカ王国中に広がっていった。
一方、あの後ずっと大雨の中を捜索していた大平は、すっかり風邪をひいてしまったようで、額に氷嚢を乗せて寝込んでいた。
イスチィから中の事を聞いて、何も出来なかった自分を責め、彼女と小源に対して『申し訳ない』という気持ちでいっぱいになりながら・・・
そんな中、突然部屋のドアから凄まじい音が聞こえて来た。
小源が乱暴に開けたのである。
彼は、そのままズカズカと無言且つ早歩きで入って来ると、寝ている大平を見下ろしてこう呟く。
「雛花が死体で見つかった・・・」
「うん・・・僕もたった今・・・・・・イスチィから聞いた・・・」
この時の彼の表情は、『怒り』というより『無』に近かった。
きっと中を殺された事で、『怒り』や『悲しみ』、『憎しみ』といった複数の感情が同時に出て来て、どれを優先して出力すれば良いのか分からないのだろう。
握り締められた両手の拳は震えており、口からは歯軋りの音が聞こえて来る。
こんな状態の彼は、初めてだ。
大平は、熱で重くなった頭を無理矢理起き上がらせ、役目を果たせなかった事を謝罪しようとした。
ところが・・・
「だ・・・大五郎・・・・・・僕は」
「何で・・・」
「え・・・?」
それは、小源によってキャンセルされた。
次に彼は、大平の胸ぐらを掴み、叫ぶ。
「何で殺されるんだよ!?俺、お前に言ったし、頼んだよな?『彼女がストーカーに狙われててヤバい』ってッ!!『今日は俺が迎えに行けないから頼む』って・・・・・・なのに何で・・・何でぇッ!!?」
「僕・・・僕は・・・」
「お前のせいだ・・・お前がちゃんと迎えに行ってやらなかったからッ!!彼女があんな・・・あんな目にィ~~~~~・・・!!」
「・・・・・・!!」
大平を睨み付ける小源の眼には、いつもの光が無かった。
多分中を失って『絶望』した事で、『憎悪』に汚染されて濁ってしまったのだろう。
いつもの彼ではなくなった事、そして頼み事を遂行出来なかった自分を確実に憎んでいる事が分かった大平は、何も言い返せず、ただただ涙を流すだけだった。
するとその時、
「!?」
乾いた音が部屋中に響き渡った。
目の前で起きている事に対し、見兼ねたイスチィが小源の頬を思いっきり引っ叩いたのだ。
これにより、小源の手が大平の胸ぐらから離れ、部屋が一瞬静かになる。
やがてイスチィは、小源に向かってこう言い放った。
「恋人を殺され、怒りが爆発するのは分かるわ・・・・・・でもねッ!!ぶつける相手を間違えてんじゃあないわよッ!!!」
そして、今度は逆にイスチィが彼の胸ぐらを掴み、至近距離でガンを飛ばしながらこう続ける。
「良~い!?チューちゃんはね、アンタが頼んだ通り、ちゃんと彼女を迎えに行ったわ。でも、いなかったの。会社の人間に無理矢理追い出されたらしくてね。そして、この子は捜し回った・・・アンタに連絡する前も、その後も・・・ずぶ濡れになりながら!!だから今、こういう状態になってんじゃあないの!!お前だけが悲しい気持ちになってると思うなよ、クソガキがァッ!!」
「イスチィ!!」
徐々にヒートアップしていき、最終的に限界を迎えて爆発したイスチィを、大平が慌てて止める。
こういう彼を見るのも、大平は初めてだった。
一方、今のビンタと怒声で冷静になった小源は、顔を曇らせ、今にも力尽きそうな声で言った。
「そう・・・だよな・・・・・・ハ・・・ハハハ・・・どうかしてた俺・・・・・・すまん・・・」
そして、ヨロヨロと立ち上がり、今にも倒れそうな動きでフラフラとドアまで歩いていった。
「大五郎!!僕は」
「悪い、忠邦・・・暫くの間、そっとしといてくれ・・・・・・お前の為にも・・・」
こうして彼は、大平の部屋から出て行った。
ドアはゆっくりと閉められたが、音は入って来た時よりも重く、そして大きく感じた。
数日後、警察は大平や周囲の人間の証言を受け、ストーカーの男を署に連行した。
そいつの自室から『彼女を盗み撮りした写真』が大量に出て来た事、地図に彼女の通勤ルートや先回りするルートを書き出していた事等、証拠もバッチリだった。
これでこの事件は解決・・・!!
犯人に然るべき報いを受けさせる事が出来、殺された彼女と遺族も少しは救われる!!
大平はそのニュースを観た時、そう感じた。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
結局その男は、『殺人罪』で裁かれなかったのだ。
理由は、至ってシンプル。
揃っている証拠が、ストーカー行為をしていた事を示す物ばかりで、殺した事を示す証拠が一切無かったからだ。
中の遺体を隈なく調べても、彼に繋がるものは一切見つからなかったという。
事件現場も同様である。
恐らくあの時降った大雨と川の水が綺麗に流してしまったのだろう。
現代なら、アタマジラミも目を細めるくらい小さな痕跡から、彼がやった証拠を見つけ出す事は可能なのだろうが、この時代にはそれが無いッ!!
よって彼は、まさかの『不起訴』ッ!!
『ストーカー行為』に関しても、軽い罰金で終わった。
この『結果』を受け、小源は深い絶望へと陥る事となる・・・
あの一件があって以降、大平は小源と会っていない。
いや、『彼と会わないようにしている』と、言った方が適切か。
別に八つ当たりされた事で、彼の事を嫌いになった訳では無い。
ただ、何て声を掛けたら良いのか、分からないのだ。
一方小源も小源で、あの時大平に八つ当たりをしてしまった事で『良心の呵責』に苛まれ、会わす顔が無い状態だった。
そうして二人はすれ違い続け、数日が経過した・・・
「(大五郎・・・?)」
この日大平は、アルバイトをしに古本屋へ向かっている途中で、小源を発見。
彼は、何かを決心した顔でズカズカと真っ直ぐ歩いており、その姿はまるで今から戦いに赴く兵士のようだった。
瞬間、大平の胸の中がざわつき始める。
「(何だろう・・・・・・凄く・・・嫌な予感がする・・・)」
これからアルバイトに行かなければならない。
だが、小源の事が気になる。
迷いに迷った末、大平は・・・
「(すみません、店長・・・!!)」
小源を追いかけていった。
一方その頃、『コワレ荘』の大平の部屋ではイスチィが留守番をしていた。
そして、
「ん?・・・ゲッ!!」
窓の外に突然現れた来訪者・・・もとい、来訪亀を見て、露骨に顔をしかめる。
まるで、嫌いな人間と同じ班になってしまった小学生のように。
彼が視認した瞬間、そいつは勝手に窓を開けて入って来た。
「いつまでそうして遊んでいるつもりだ、ゴウキン。」
如何にも融通が利かない、堅物そうな男の声。
甲羅はイスチィ同様メタリックで、見た目はゾウガメ。
名は、『メタベック』という。
無許可でズカズカと入って来た彼に、イスチィが怒る。
「ちょっと!!ここまで押しかけて来ないでよ!!あと、『その名前で呼ぶな』って、この前言ったわよね!?アチキには、『イスチィ』っていう源氏名が」
「どうでも良い。とっとと帰島しろ。」
「だぁ~かぁ~らぁ~!!」
『お前の事なんか知るか』って感じに聞く耳を持とうとしないメタベックに、イスチィがこみ上げて来る怒りを紛らわすように地団駄を踏む。
「何度も言ってるでしょ!!チューちゃん・・・アチキが連れて来た子を最期まで見届けるまでは、絶対に帰らないって!!アンタ、アチキと同じ亀の癖に頭の方は鳥なのねん。」
「じゃあ、今日中にそいつが死ねば、すぐ島に帰るんだな?」
「!!」
メタベックが冷たく言い放った言葉に、イスチィの動きが止まる。
そして、静かに怒りを爆発させた。
「・・・チューちゃんに危害加えたら、承知しねぇぞ。」
「だったら、とっとと帰る事だ。今は俺一匹だが、その内何十匹も派遣される事になるだろうからな。そうなった場合、お前一匹じゃあどうする事も出来ないだろうよ。」
「・・・!!」
自分の怒りなど気にも留めてもらえず、逆に冷酷に返されてゾッとさせられるイスチィ。
それ以降は何も言い返せず、顔を俯かせた。
一方メタベックは、踵を返し、窓の縁に立つ。
「警告は以上だ。お前が間違った行動を取らない事を祈っとくよ。」
そう言うと彼は、手足と頭を甲羅の中に引っ込め、ドローンのように飛び立っていった。
こうして再び一匹だけとなったイスチィは、開けっ放しの窓を閉める事なく、ただ呆然と立ったまま呟く。
「チューちゃん・・・」
外の天気が荒れ始めた・・・




