其之6 これがわたしの暮らす家
<お知らせ>
初めての方も、いつもの方も、ありがとうございます!
この連載は、まだまだ低空飛行といった感じなのですが――。
この連載のプロモーション短編『いわくつき令嬢は連敗中』が、
8/25(火)11:00~8/26(水)07:00にかけて、
ランキング[日間]現実世界〔恋愛〕・短編(68位→79位→80位)
に入っていたようです。
ご評価くださった方、まことに御礼申し上げます。
書き手として嬉しいですし、モチベーションUPにつながりますので、これからも頑張ります!
その日のお仕事を終えて、下宿先に戻ったわたしは、いつも通り、女中のトミさんを手伝い、道重家の皆さんのお世話をした後、お台所脇でトミさんと一緒にお夕飯を摂った。
とはいえ、わたしは女中ではないので、母屋にある女中部屋では暮らしていない。道重家には、ちょうど、物置みたいになっている「離れ」があって。そちらに空いている部屋があったので、そのうちの1室を借りている。
4畳半の和室。
出入口は普通に襖だけど、窓にはちゃんとガラスが入っていて。
カーテンは母屋のお古らしいのが最初からついていた。
収納は、小さい押入と天袋が1つずつ。
なので、押入には、畳んだ布団をしまい、上京してきた時に持ってきた行李を併せてしまい込んだ。あの時、スリに盗られたのは、財布類が入った貴重品入れの方だったから、衣類とかこまごました身の回り品や勉強道具だけは、どうにか無事だったんだ。
そうして、室内には、小さい座卓に座布団、卓上本棚、筆立て、小行燈を置いている。それと、こぢんまりとした和箪笥と、折り畳み式の衣文掛けもある。
けれども、これらの家具は、全部、道重家にあったお古。わたしの持ち物ではない。それらを、そのまま借りて使わせてもらっているので、本当にありがたい。
ところで、なぜ、この離れに、そんなにお古があるのかっていうと――。
お店が洋風の純喫茶だから、道重家も、或る時、母屋の家具まで、ごっそり洋風のに入れ替えたらしくって。その時、使わなくなった昔のがゴロゴロ出てきたのだそう。
そういうの、まだまだ使えるから捨てるのもったいない、みたいな感じになって。要不要の選別をして、不要なものを質屋に出した後、残りは離れに移動したんだって。
だから、下宿人のわたしは、幸運にも、その恩恵に与れたって感じ。
だって、わたしは、持参した行李の中の物しか持ってない状態だったから。
もし、まるっと全部、処分されてたら、布団は借りられたとしても、もろもろ、お金を貯めて買わないといけなかった。
一応、女学生だから、照明器具と机は必須だし、制服用の着物類に皺が寄らないよう、衣文掛けぐらいは無いと厳しいな、って感じだったと思う。
ちなみに、この部屋に鏡台はないけど、代わりに、千代子さんが、「これはもう使わないから、アンタにあげるよ」って、古びた拭き漆の手鏡をくれた。わたしは、実家でも自分専用の鏡なんて持ってなかったから、すごく嬉しかった。
そんな訳で、この部屋は、女の子1人が暮らす分には、まったく不足はなくて。
むしろ、おつりがくるくらい。
ただ、わたしの下宿が決まった際、ちょこっとだけ改良されたものがある。
それは、部屋の鍵だ。
この和室の襖と窓には、元々、2枚の戸が重なり合う中心に、内鍵として、戸を固定する団扇型のネジが付いていたんだけど。
流石に、若い女の子の1人暮らしにそれだけってのは「危ない」ってことで、千代子さんのご厚意で、防犯のためというか、外側にも、2枚の戸の両端に、戸枠と固定する掛金と南京錠を付けてくれた。
まあ、そもそも、離れの玄関にも鍵はあるから、現在、わたししか使用者がいない、この建物に「それ必要?」と感じたものの――。
母屋と離れの間には、若干の距離があるし。泥棒とか不審者みたいなのは、いったいどこから入ってくるか分からないから、用心に越したことはないってことで。
(ホント、千代子様々よね。でも――)
わたしはキョロキョロと誰も見てないのを確認して、自分の部屋で、衿元に挟んでいた懐紙入れと、そこに隠れていた手乗り白狐をこっそり出した。
(この白狐、飼ってるのだけは、バレないようにしなきゃ)
いえ、あの人型の姿を見ていたら「飼う」って表現もどうなのかと思うけど。
でも、これ、「同居」って言って良いのかしら?
「本当に、お夕飯はいらないの?」
「私ハ、清水カ清酒ヲ、一口、含メレバ良イ」
「でも、お昼は、あんなに油揚げサンドを食べていたのに」
「私ハ、人間デハナイノデ。あれらハ、食ベテモ食ベナクテモ問題ナイ」
「はあ。そうなんですか」
「君ガ、私ニ、【氣】ヲ分ケ与エテクレルナラ、ソレデ」
「う……」
そんな当たり前みたいに、【氣】って言われてもね。
わたしは、霊媒師でないし、呪術師でないし、太極拳の使い手でもない。
だけど、アヤカシが人間から霊力なり生命力なりを得るのって、いったいどうやるんだろう?
一番、分かりやすいのは、肉食獣が草食獣を狩るみたいに、人間を食べることだけれど。仮にも神様の御使いだったモノが、そんな血なまぐさいことはしないはず。
すると、手乗り白狐は「ソレヨリ」と、わたしの顔をじっと見た。
「コウナッタカラニハ、コノ【私】ニモ、別途、【名】ガ必要ダ」
「え。紫希か瑤子じゃダメなんですか?」
「名ハ体ヲ表ス。人間ト獣デハ、外見ダケデナク、魂ノ質モ違ウカラ」
「そうかもしれませんけど。あなたは、キツネで、あの人型は変化の術なんでしょう?」
「変化ノ術ダカラコソ、ソノ形ヲ表ス【固有名称】ガ要ルンダ」
理屈は分かるんだけれど、それって、なんだか、すごく煩雑な気がしてしまう。
でも、わたしも呪術は素人だし。複雑な手順が必要だからこそ、超常現象が起こせるということなのかもしれない。
わたしは、うんうん唸りながら、またまた頭を悩ませる。
(そういう区分けなら、混同を避けるためにも、もしかして、共通の文字は使えない……?)
確証はなかったけど。
そして、わたしは、三又に分かれた手乗り白狐の尻尾に目が止まった。
「じゃあ。【カエデ】で」
「かえで? 樹木ノ??」
「ええ。尻尾の形が似てるし。ここは、むしろ、普通の名前の方が。だって、あなた、これから、わたしの傍にいらっしゃるんですよね? だったら、他の人からは、わたしがそういう動物を飼ってるように見えるかもしれない、って思って。それなら、よくある名前にした方が――」
「ソレハ、ツマラナイ」
「え」
「ソレデハ、【私】ガ【楓の葉】ニナリカネン」
(あ。『名は体を表す』から?)
わたしは納得したけど、さっきから「好きに決めろ」って言う割に、いちいち注文が多すぎるな。このヒト、やっぱり面倒くさいヒトなのかしら?
まあ、神事って、色々、手順や作法があるから、必然的にそうなってしまう、ってことで。あまりツッコまない方が精神衛生上よろしいかもしれない。
(でも、それなら、どうしよう……。今は小さい狐だから――)
「……ショウコ?」
わたしがつぶやくと、手乗り白狐は、ピクンッと大きな三角耳を動かす。
「ソレハドウイウ……」
「どうもこうも! そのまんまですよ。小さい狐だから『小狐』!!」
「……」
手乗り白狐は、じとっとした目でわたしを見てくる。かなり不満そう。
わたしも少しおずっとして「うーん……」と考え直す。
「じゃ、じゃあ……『ココ』とか」
「単ニ音読みニシタダケナラ、イッソ、漢字ヲ変エテクレ」
またしても、スンとした顔で手乗り白狐は言う。
なんか、「そういうの言われそう」って、わたしも確かに気になったけど。
そこで、わたしもムッとしながら、備忘録と鉛筆を袖の袂から出した。
とりあえず、「ああでもない……こうでもない……」と頭悩ませ、本棚から漢和辞典まで引っ張り出してきて、とうとう決めた。
「じゃあ、これ! 『琥狐』!! これで如何ですっ?」
「……マア、コレナラ。悪クナイ」
プイッと手乗り白狐はそっぽ向いた。
いや、コレちょっと。なんか可愛くないな。
わたしも心なしかカチンときていると、不意に、
「お紗江ちゃん、お紗江ちゃん!」
と、襖の向こう側から、トミさんの声が聞こえてきた。
わたしは慌てて琥狐に「隠れてっ!」と囁くと、琥狐はちょろろ~っと素早く和箪笥の裏側に逃げ込んだ。
わたしもほっと胸をなでおろし、サッと襖を開ける。
「はい。何ですか?」
「旦那様、大奥様がた、みなさん、お風呂おあがりなすったよ。冷めないうちに、お紗江ちゃんも早くいただきなさいよ」
にこやかにトミさんは声を掛けてくれる。
勤続年数では、トミさんの方が圧倒的に長いんだけれど。
わたしは女中でなく下宿人だから、お風呂の順番は、いつも、わたしに先に譲ってくれる。それに、トミさんは、自分が入浴した後に、そのまま浴室の掃除もするから、そっちの方が助かるんだって。
「はい。ありがとうございます」
「うんうん。昼間のことは女将さんに聞いたよ。大変だったねえ」
「あ。いえ。わたしはそれほどでも」
「酉田屋の坊ちゃんは、女グセが悪いってもっぱらの噂だからね。アンタ、若くてぺっぴんさんだから、あんなフザケたのにホイホイ引っ掛かっちゃダメだよ」
それは別に嫌味とかじゃなくて、トミさんは本気で心配してくれていた。
聞くところによると、トミさんにはお子さんが2人いて、どっちももう結婚されて他所で暮らしてるんだけど。その下の娘さんの若い頃と、紗江が似てるんだって。それで、何やかやと、親身になって色々気遣ってくれる。
「それはもう! わたし、ああいうチャランポランな乱暴者、嫌いですから!!」
「そうだね。身持ちの堅い女は、世間様も信用してくれるからね。職業婦人を目指してるなら、アンタ、そういうのも大事だよ。だからって、いたずらにツンケンするのも良くないからね。『柔よく剛を制す』、『男は度胸、女は愛嬌』ってね!」
トミさんは、むん、と力瘤を作るような仕草をして、片目をつむる。
わたしもつられて、「ふふふっ」と顔を綻ばせた。
「じゃあ、お風呂終わったら、お声掛けしますね」
「ああ。頼んだよ」
そんな会話をするなり、トミさんは、母屋の方へと戻っていった。
道重家のお風呂は、五右衛門風呂で、母屋の方にある。
ちなみに、御不浄*(:*トイレ)は、外にあって、母屋と離れとは独立した建物だ。別個の建物なのは、衛生上の問題もあるけど、汲み取り式で、農家に下肥として売る肥取商人が買いに来るから、ってこともある。
そして、庭先には、釣瓶井戸もある。
母屋には、炊事場のところに上水道の蛇口を引いてるんだけど、離れにはないし、御不浄の手洗いのこともあるし。お風呂用の水を汲み出すには、水量的にやっぱり井戸がないと、って感じ。
とりあえず、トミさんを待たせてはいけないから、わたしも急いで、手ぬぐいとか、着替えとか、お風呂をいただく準備をする。
「ええと……お風呂にいるのは、これと、これと……。あと、戸締りにお部屋の鍵……」
つぶやきながら、わたしが室内をちょこまかしていると、矢庭に、琥狐が言った。
「私ヲ忘レルナ!」
「え」
わたしはきょとんとして、振り返った。
琥狐は、サッと隠れていた和箪笥の陰から飛び出し、プンプンと怒りながら叫んだ。
「私ノ禊ハ、原則、欠イテハナラナイ」
「――って! わたしと一緒にお風呂入る気なんですかっ!?」
わたしがあんぐりすると、琥狐は「……」と無の顔のまま、一瞬、間を置いた後、コク、と頷いた。途端に、わたしはアワワとなる。
だって、このヒト、ただの小動物じゃなくて、紫希(男性)だよねっ!?
お嫁入り前なのに、わたし、恋人でもない男の人とお風呂入るのっ……??
いえ、もしかしたら、瑤子様(女性)かもだけどっ。
それでも、なんか嫌かもしれない……。
だって、わたし、このヒトの前で素裸にならないといけないんでしょ?
そんなの、絶対、恥ずかしすぎる!
なんて、あれこれ、一気に頭の中がグルグルした。
ボッと照れた(知恵熱を出した?)わたしは、そのまま、ぷしゅうっと卒倒しかけてしまった。
<執筆後記>
今回もちょっと説明回っぽくなってしまって、申し訳ございません。
ただ、この手の解説は、登場回にまとめた方が、後々、読みやすいかな、と。
これが漫画とかなら、1~2コマで、絵でざっくり説明できると思うんですけど、ノベルだとなかなか……。
それにしても、ここへきて「次回は、まさかの微エロ回(!?)」な感じの〔つづく〕になってしまいましたね。いったいどうなるんでしょうか?
※注)これは、一応、全年齢対象作品ですwww
乞うご期待!




