其之32 ヌシサマ(あかつき同盟、発足! -2-)
<ご挨拶>
はじめての方も、いつもの方も、ありがとうございます。
本作につきまして、時系列確認のため、想定年代の月齢カレンダー等と照合した結果、日数・曜日などで一部無理な表記があったため、先日、26/10/21(水)に該当箇所を修正しました。
ストーリーは、ほぼほぼ、そのままですが、当方の確認不足で修正が二転三転し、ご迷惑おかけしましたこと、まことに申し訳ございませんでした。
和風ファンタジーのフィクションながら、史実準拠の構成をとっておりますので、改めて、己のツメを甘さを実感して情けない思いです。
以後気をつけますので、今後とも、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
蘇芳屋さんの社長室では、応接用テーブル・セットの上座側のソファーに九鬼さんと夕紀子さんが横並びで座り、わたしが下座のソファーで面と向かう。
これだと何だかわたしが新婚さんのご家庭におじゃましたお客さんみたい。
いいなあ、と思う反面、ほんの少し照れる。
ともあれ、わたしは、九鬼さんと夕紀子さんに勧められるまま、お2人とお茶をしている訳だけれど――。
わたしの首に掛けている【銀の筒】は、酷く静まり返っていた。
以前なら、「あのヒト」も紫希なり瑤子様なりの姿で、別段呼ばなくたってホイホイ外に出てきたりしてたのに。
(今日はもうお昼休みの間で出てきたものの、あれから気配が全然……。昨晩は、散々わたしと【口吸い】して【氣】を補充してたし、お昼だって瑤子様のままシちゃったし、たったあれだけで霊力消耗するはずないのに――)
考えた瞬間、わたしは「あれ?」とものすっごく恥ずかしくなった。
だって、わたし、「あのヒト」と出会って数日なのに、どれだけ艶めいたことしてるんだろう、って。
(いえ。お見合い結婚の人なんか、お互いよく知らないままに初夜を迎えたりするんだから。まだ一線を越えてないだけマシなのかしら?)
そんな風に考え直し、なるべくボロを出さないよう気をつけた。
でないと、夕紀子さん達に破廉恥な子だって思われちゃう。
いちいちこまかく説明するのも、わたし自身、きまり悪いし。
それで、「どうしようかな」と迷ったところで、わたしは「あ」と目を見開いた。
(そうだわ。紫希から聞いた『あのコト』……。夕紀子さん達なら分かってくれるかも)
わたしは思い切って、豪太が、あの彩迦稲荷の御社を破壊した犯人で、その霊威の宝物を盗んだ結果、酉田屋が不正に栄えていることを打ち明けた。
わたしの言葉に、九鬼さんも夕紀子さんも、
「なんと」
「まあ。お気の毒……」
と、しんみりする。
だから、わたしもついつい感情的になっちゃって。
「それで、紫希はすっごく怒ってたんです。早く、アイツのところから、それを取り返したい、って」
プンプンと顔を膨らませ、口を尖らせると、
「だが、あのサイカが奪還に苦労しているとは。よほど彼の霊力が弱くなっているか。もしくは――」
と、九鬼さんはつぶやきながら、少し物思いに耽った。
わたしはドキリとした。
そして、何だか不安になる。
なぜなら、九鬼さんは、凡人のわたしとは違い、アヤカシとか呪術に詳しい人間みたいだから。それに、「あのヒト」のこともよく知ってるみたいだし。
すると、夕紀子さんもおずおずと言った。
「それで、あの御方……、祟り神に近づいておいでだったのね」
「え?」
わたしが困惑すると、間髪入れずに九鬼さんが補足した。
「夕紀子は人ならざるものが視える特殊な眼を持っているのだよ」
「そうなんですかっ!?」
わたしは素頓狂な声を上げた。
そして、夕紀子さんの言葉を、今一度、頭の中で繰り返して「あら?」となった。
「あの……、祟り神って??」
「君は彩迦稲荷縁起を知っているかね?」
じっと重々しい瞳で九鬼さんに尋ねられ、わたしも遠慮がちに「あ。はい」と頷いた。
「以前、夕紀子さんに教えていただいたので」
「ならば、そういうことだよ。狐上君は、現状、まだ『陽』の『氣』を保ってはいるが。油断すると、再び、あの恐ろしい化物に戻りかねない不安定な状態である、とも言える」
「ええっ!? 霊力が尽きたら『消える』んじゃなくてっ??」
わたしが驚くと九鬼さんは悲しそうに笑った。
「いや。確かに『消える』とも。理性ある『彼』は。祀られる前など、理不尽に【肉の宿】を奪われた『彼』は暴走し、元々その土地に潜んでいた地縛霊やら低級アヤカシやらまでをも内に取り込み、村八分をおこなうような人間の邪心や怨念まで喰らい、真黒く肥大化し続けた。結果、呪いの集合体と変貌したアレは、かつて、現在、あの神社が建つ辺り一帯に存在していた1つの村を滅ぼしかけたのだからね」
「呪いの集合体……!」
「人間も獣も。祟りとなった際は手がつけられない。とりわけ、獣は本能に忠実に動くから見境ない。ヒトから出た呪霊だと、生前の知性や感情に従うから、己を害した相手と、その仲間のみを標的とすることが多いが。弱肉強食で生きてきた獣のソレは、目の前のものすべて敵と見做して消し去ろうとする」
「でも、あの妖狐は、生前、自分を助けようとしてくれた若者と、その恋人は助けた、って」
わたしは記憶の糸を辿りながら、どうにか「あのヒト」を庇おうと思った。
九鬼さんも溜息をつく。
「ああ。『サイカ』は。ただのキツネでなく、知恵ある狐精だったからね。かの信太の森を統べていた主の眷属だと、己で語っていたはずだが――」
「シノダ?」
わたしは聞きなれない地名に首を傾げた。
夕紀子さんがためらいがちに口を挟んだ。
「紗江さんは歌舞伎の『しのだづま』をご覧になったことは?」
「あ。すみません。わたし、そんな娯楽を見物できるほどの余裕はなくて」
わたしが「てへ」と苦笑いをすると、夕紀子さんは「そう……」としゅんとした。訊いてはいけないことを口にしてしまった、と感じたみたい。
(わたしと、わたしの実家が貧乏なのは今に始まったことじゃないから、そんなにお気に病まれる必要もないんだけどな)
わたしも申し訳なくなってうつむいていると、九鬼さんが言った。
「早い話、かつて彼が母のように慕っていた森主が、妙齢の美女に化け、その命の恩人である人間の男に嫁した。それを記憶していたからこそ、眷属の彼も学習したのだよ。『善良な人間には恩を返さなければならない』とね。ゆえに、その若者と恋人だけは助かった」
「えっ。『あのヒト』より偉いおキツネ様も人間に助けられたことがあったんですか?」
「恋しくば 尋ね来て見よ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」
九鬼さんが不意に和歌みたいなものを詠んだので、わたしも戸惑ってしまう。
すると、夕紀子さんが言葉を継いだ。
「有名な一首よ。『しのだづま』の中でも詠われる。元は説話からきているのだけれど」
「はあ」
わたしは呆気にとられながらも、
(イズミってドコ? とりあえず、西の方かしら??)
と、考え込んでしまう。
だって、漢字表記まで確認しないと、正確な場所が分からない。水に由来する「イズミ」って地名、全国各地に多いんだもの。
九鬼さんは静かに瞼を伏せる。
「とはいえ、私も直に見てきた訳ではないのでね。ただ、彼が女人に化けている時のあの様変わりようは、確か、その森主の真似をしていると、昔に聞いた気が」
「えっ」
わたしは動揺してしまう。
前々から、紫希の時と瑤子の時で差が激しいとは思っていたけど。
まさかのお手本がいたのね。
そして、九鬼さんがおっしゃる通りだとすると、紫希の生まれ故郷のヌシ様って、ずいぶんとおきゃんなおキツネ様だったということ?
(どんな牝狐だったのかしら……? しかも、人間の殿方と結婚するだなんて)
話題から逸れるのは不謹慎だと思いながらも、わたしはすごく気になってしまった。
だって、わたしも人間の女の子だけど、狐精の殿方である「あのヒト」に恋してしまっているんだもの。
「まあ、詳しいことは、本人に尋ねた方が間違いないだろう。しかし、本日、彼は君の傍にいないのだね? あんな状態で、まったくどこへ出かけたのやら――」
「……いない!?」
九鬼さんの一言に、わたしはきょとんとした。
<執筆後記>
おキツネ様の行方も気になりますが、その過去も興味深いですね。
ちなみに『しのだづま』に関しまして、ご存じの方は、既にピンときているかもしれません。
ただ、このエピソードをやるには、必然的に、あの平安時代のスーパースターを登場させざるを得ず、それに関わる人々も名だたる人物のオンパレードとなってしまうので、文庫数冊分のボリュームはないと、まず無理だという。
なので、ひとまず、この「酉田屋のお話」では、あまり掘り下げません。
主題からも外れすぎるので。
さすがに、あの方々が登場するとなれば、舞台は平安時代になりますし。
時代考証とか、関連文献の読み込みとか、きちんとしないと、リアリティに欠けてしまって。
あんまり捏造歴史をやると、読者の皆様はもちろんのこと、歴史上の人物がたにも、なんか申し訳ないですしね。
私自身、書き切れる自信が今一つというか。なかなか難しいものがあるので。
いつかは書いてみたいな、とは思いつつも、予定は未定、と。
まあ、ぼんやりと「こんな感じ」というのはあるのですけれどね。
過去関連の設定は、まだまだ決めかねていて、あやふやなところもありますので、その辺、どうぞご理解を。
さてさて。タイトルが「-2-」ときたので、次回もこの続きです。
本作は、ちょっとずつ登場人物達の背景が明らかになるにつれて、後々に繋がっていくというスタイルですから、なかなかもどかしい思いをされてる読者の皆様もあるかもしれません。
そこは本当に心苦しいんですけれども、これも文字数制限のないネット小説ならではの、物語の厚みというか、臨場感の演出というか、大切にしていきたいポイントかな、と思いまして。
どうか、彼等の生き様を、今しばらくお見守りいただければ、と存じます。




