其之33 おキツネ様にも色々あるらしい(あかつき同盟、発足! -3-)
「――まさか」
確かに、現在、ここに「あのヒト」の姿はない。
それは分かっている。
けれど、九鬼さんのこの表情と口ぶりは、なんか、そういう意味じゃないような……?
「あの。えっと……。たぶん、銀の筒の中で……眠っている、と思うんですけど……」
わたしは動揺を隠せずに、ぽつりと言う。
だからこそ、夕紀子さんまで、眉をハの字に下げて、
「そうなの? それにしては、わたくしにも先程から狐上さんの気配が一切感じられないのだけれど」
と。酷く申し訳なさそうな顔をした。
これに、わたしも困り果ててしまう。
「えー……?」
なので、九鬼さんはすっかり呆れたように訊いてきた。
「把握していなかったのかね? 君は彼の宿主であるのに」
「はあ。申し訳ありません。わたし、霊感とか、全然そんなの無いので」
しゅんとしつつも拗ねた感じで、わたしが答えると、九鬼さんは「……」と何か意外そうに少し考えた。夕紀子さんも驚いているみたい。
(何の力もないのに、『それで依坐が務まるの?』って思われちゃったかしら)
正直、それを一番気にしているのは、このわたし。
だって、わたしに何かそういう特別な力があったとしたら、現在窮地に陥っている「あのヒト」をもっと助けてあげられるかもしれないのに、って反省しちゃうから。
「彼……、最初、わたしに言ってたんです。『正しき【宿】を用意できるまでは、【私】を肌身離さず伴うこと』って。だから、わたし、『あのヒト』はずっとわたしの傍にいるものだと――」
「なるほど。それは、あながち間違いではないよ。現在の彼にとって、神谷紗江が唯一無二の生命線であることに変わりはない。だが、君は彼が望む【宿】を手に入れた。その【宿】ゆえに、彼は【管狐】に見えるけれど、その性質は【オサキ狐】に近いからね。彼は、よほど弱っていない限り、己の好きなように行動する」
「――オサキ?」
あら。なんだか聞いたことあるわ。
実家の近所のお年寄り達が、急に裕福になった家の噂をしている時に、「あれはきっと【オサキ持ち】だ」とか話していたような。
わたしは【オサキ持ち】の人を見たことがないから、詳しいことは分からないけれど。
「ちなみに【オサキ】は、かの那須野で殺生石に変じた九尾の狐の毛から発生したアヤカシであるが」
「殺生石!」
わたしは思わず変な声でうろたえた。
(信じられない! わたしの地元の有名湯治場の近くにある史跡だわ)
といっても、わたしの実家がある場所は、埼玉に近い側の町で、那須野の方には、滅多に行ったことがないんだけど。
「彼は完全にソレとは別物だ。なぜなら、殺生石の九尾は時の帝を惑わした金毛白面の牝狐だったが、彼は白銀の毛並み持つ牡狐だからね。霊力得る狐は、大半がメスであり、より強大になるほど、その毛が黄金に輝く」
「え。神様の御使いだから白狐だった訳じゃないんですか?」
「私の知る限りでは、彼のあの毛並みは生来のもののはずだよ。彼の尾が9つに分かれたのは、アヤカシとして進化したからだが。西比利亜などには、保護色として白い毛を持つキツネがいるが、日本の本州以南で暮らすキツネでアレは珍しい」
「生まれつき……」
「まあ、彼が敬愛している森主も純白の毛並みであって、稲荷神の第一の神使であると聞くから、我が国の狐社会では、金毛より白毛の方が格上なのかもしれないな。だからこそ、彼もまた、牡狐ながら牝狐並みの霊力を得たのだと思うがね」
「おキツネ様達って、もしかして、女尊男卑なんですか?」
「おそらくね。というより、野生動物は大抵そんなものさ。通常はメスが子育てをする場合が圧倒的に多いから。オオカミやサルのように群れを成して行動したり、ライオンのようにハーレムを築く動物でなければ、単なる身体的な強さでは勝っても、生態的には、なかなかオスが優位にならないだろう」
「はあ……」
「ただ、キツネは夫婦で子育てをするから、一概に女尊男卑とも言い切れないが。そして、彼等が番になるには、オスがメスに選ばれないといけない。ゆえに、宿主である君が彼にそう認識させることが出来れば、その主導権を握ることは可能だろうね」
「つが……ッ!」
わたしはたまらず赤面した。
「おやおや? 何を照れているんだね。君達は既に『そういう仲』だと思っていたが」
九鬼さんはちょっとニヤニヤと目を細めている。
(これって、もしかして、『どうやって』わたしが『あのヒト』を繋ぎとめているのか、バレてる!?)
そう考えると、無意識に、わたしは、一瞬、自分の唇を触ってしまった。
「そ……それは、ただの習慣というか……、か、彼が消えないように……! 『氣』を補充しているだけですし。紫希が豪太に言ったのだって、大嫌いなアイツをギャフンと言わせるためで――」
なんて、茹蛸になりながら、モジモジ、わたしがうつむいていると、夕紀子さんがフッと微笑んだ。
「そうかしら?」
「え」
「先日お会いした時には、狐上さんは、ずいぶんと優しい眼差しであなたを見ていると、わたくしは感じたけれど。表情だけでなく、その全身から、『紗江さんのことが大事だ』というオーラというのかしら、何か温かい波動のようなものが滲み出ていらっしゃったわ」
「!」
わたしがドキリと身をすくめていると、九鬼さんもクッと笑った。
「彼は嘘をつくのが上手い男だが。夕紀子の霊眼にまで、そう映ったのなら、それは真実だろう」
「――はい?」
「正直、私も目から鱗が落ちる思いだったよ。あの人間嫌いがたいそう変わったものだ、と。彼は稲荷神の神使として人間に温情を見せることはあっても、それは、単にソレが彼の仕事だったからだ。彼が心の底から人間を好いているようには見えなかった。むしろ、彼は、前々から好き嫌いが激しかった。キツネ自体、神経質というか警戒心が強い動物だから、それも致し方ないと言えるが」
わたしも絶句する。
夕紀子さんや九鬼さんの言う通りなら、わたしもちょっと嬉しいけれど。
というか、九鬼さんって、ホントどれくらい昔から「あのヒト」のこと知ってるのかしら?
「とはいえ、君達と我々の利害は一致したようだね」
「へっ?」
九鬼さんに同意するように、夕紀子さんも重々しく頷いた。
「わたくし達も酉田屋さんのことは、ずっと気に病んでいたの。だから、わたくしも豪太さんの許婚という立場を利用して、色々調べてみるわ。狐上さんからも、紗江さんに協力してほしい、とお願いされているし」
「そうなんですかっ!?」
わたしが間の抜けた声で目を白黒させると、九鬼さんも言う。
「では、わたしは同業他社として、商売の方から酉田屋に探りを入れてみようかな。もちろん、夕紀子との今後を考えると、いつかは成さねばならない、と覚悟していたんだが。なかなか機を見極められなくてね。だが、既に狐上君が動いているなら、我々もオチオチしていられない。彼だけに任せるのは、いささか気の毒というか、不安というか」
「不安って……」
「我々のためだけでなく、君のためにも。清水に墨が混ざると、元に戻すのが困難であるように。忌まわしき業と向き合うことで、かの目的達成のために、彼の心身が邪怨に蝕まれることもある。それでは酉田屋どころか、その周囲にまで酷い悪影響が流布することも。彼の怨霊化だけは阻止した方が良いだろう」
「怨霊化ッ!?」
わたしはゾッとした。
「怨霊になっちゃうんですか? あのヒト……」
「いや。確証はないが。ただ、今まで単独で行動して上手くいっていない、ということは、下手すると『そうなる未来』もあるか、と。それに、こういうことは、出来るだけ仲間があった方が良い。何か不測の事態が起きても、仲間があれば、そちらで対処できることもあるからね」
わたしはゴクリと息を呑んだ。そして、グッと固く拳を握る。
そのまま、居住まいを正し、キッと九鬼さんと夕紀子さんを順に見つめた。
「はい! よろしくお願いいたします!!」
わたしは深々と2人に頭を下げた。
「ああ。もちろんだとも」
「こちらこそ。よろしくね、紗江さん!」
九鬼さんと夕紀子さんも意気軒高に微笑んでくれる。
こんな風に心強い仲間ができたのは本当に良かったと思う。
けれど、やっぱり、「あのヒト」の宿主は神谷紗江なんだし。
わたしも、精一杯、頑張らなくっちゃ。
<執筆後記>
連載当初、紗江の出身は「北関東のどこか」レベルで、はっきり決めてなかったのですが。
狐にゆかりある土地が良いかな、ということで。
ご当地餃子とイチゴが有名な「あの県」になりました。
(同地の方言は、当方あまり詳しくないので、割愛してます。ノベルとしても標準語の方が読みやすいですし)
とりあえず、味方も増えましたので、お話としても、ますます群像劇な感じになっていきますが――。
なんと、次回は、まさかのおキツネ様視点です。
(ちょっと固い文体でダーク味増します)




