其之31 お似合いの2人(あかつき同盟、発足! -1-)
瑤子様にあんな風に頼まれたから、わたしも、その日の学校帰り、「蘇芳屋さんに寄らなくちゃ」って、一転、寄り道することを決めた。
あのメモリアル・ペンダントの月賦もまだまだ残っている状態で、水晶のさざれ石を買うのは大変だと、若干、腰が引けたけど。
ただ、「おキツネ様のお知り合いの九鬼さんなら、きっと分かってくれるかしら」って判断したから。
しかして、訪ねたところ、九鬼さんはお出かけ中で。
それでも、売り子の野村さんが、「とりあえず、御品、ご覧になってみます?」と言ってくださったので、わたしも「はい、お願いします」と見せていただいた。
まったく加工されてない、大地からそのまま持ってきたかの素朴な水晶の欠片は、1つ1つ、キラキラと――小さい粒の集まりは、どこか天の河みたいだった。
(量り売りだから、等級が1番下の、必要な数だけ頼めば良いと思うけど。それでも、コーヒー1杯分くらいのお値段はするのね)
今の手持ちで買えない値段ではないけど。
この前のぜんざいの材料費と、月賦の今月分とを考えるとなかなかの出費だ。
でも、満月はもう明日だし。
そこで買わなきゃいけないのに、なかなか決心がつかなくて。
どうしようか迷っていると、キィとお店の玄関が開き、九鬼さんが戻ってきた。
その隣には、銀嶺台女学校のセーラー服姿の夕紀子さんもいた。
そうして、2人の後ろには、九鬼さんの秘書・佐久間さんと、夕紀子さんの侍女・タツさんも控えていた。
「あ」
「おや?」
「まあ。奇遇ね。本日はお1人なの?」
九鬼さんと夕紀子さんに首を傾げられる。
つい反射的に、わたしは、カアッと赤面した。
「も……もしかして、お2人で逢瀬を??」
「えっ」
今度は夕紀子さんがドキリと面映ゆそうにうつむいた。
すると、その後ろで、秘書らしくキリッとしていた佐久間さんと、侍女らしく慎ましくしていたタツさんが、示し合わせたようにプッと笑った。
それに、わたしは、
(しまった。お連れがいる状態で逢引なんておかしいじゃないの)
と、自分の失言に気づき、冷や汗を感じた。
接客してくれていた野村さんも苦笑いしている。
対する九鬼さんは、一切動じることなくクスと口元を綻ばせた。
「そうであれば良かったのだけれどね。本日は偶々さ。私は、今しがたまで仕事の都合で外に出ていて」
「わ、わたくしは、『先日の御礼に』と、蘇芳屋へ立ち寄ったのだけれど。そこへ、ちょうど、庚興さんがお戻りになられたの」
そう説明する2人がなんだか可愛らしくて微笑ましくて。
蘇芳屋の皆さんもタツさんも家族みたいに優しいまなざしで2人を見守っているから、ますます、ほっこりしちゃった。
わたしは内心「いいなあ」と羨ましくなる。
だって、わたしは、いつも、あのおキツネ様に振り回されてばかりだから。
そこで、わたしも簡潔に水晶のさざれ石を買いに来たことを白状する。
すると、九鬼さんは「ふむ」と顎に手を添え、頷いた。
「なるほど。【浄化】か。それなら、むしろ、こちらが先に気がついて差し上げれば良かったかな。いや、西洋でも、『パワーストーンはお清めをしないと霊力が弱まる』との考えであるし」
「そうなんですか?」
わたしはきょとんとする。
日本と西洋とでは、宗教も風習もまったく異なるんだけれど。
その本質の考え方のところは、やっぱり同じなのかしら?
九鬼さんはフッと穏やかに言った。
「よろしい。では、そちらも月賦にするかね?」
「えっ。よろしいんですか? こんな少額なのにっ」
「確かに、そのさざれ石の金額分だけでは少ないが。そちらのペンダントと合わせて、ということならば。君は、我が愛する夕紀子の友人であるし。何より、君にそれの【浄化】を求めた【彼】は、私の古い知己だ。そうした御縁は、ささいなことでも大切にしないとな」
九鬼さんは落ち着き払って認めると、売り子の野村さんに目配せした。
「では、野村君。神谷さんのご希望通りの量を分割で」
「はい。社長」
そうして、わたしは、もろもろ考えた結果、100gの水晶のさざれ石をいただくことにした。支払いは、10回払いで。
その金額は、ペンダントの月額分に足してもらうことにした。
そのため、売買契約書も書く。
この時、わたしは印鑑を持ち合わせていなかったので、署名の後ろには、とりあえず、拇印を捺した。
ほどなく、野村さんが、購入分の商品を紙袋に入れて手渡してくれる。
「さあ、どうぞ。お買い上げ、ありがとうございます」
「あっ、はい! こちらこそ、どうもありがとうございますっ」
わたしは満面の笑みで野村さんから、さざれ石の包みを受け取った。
そうして、その包みと売買契約書とをカバンにしまう。
すると、九鬼さんが不意に言った。
「では、せっかくだから。神谷さん、この後、我々とお茶でもしないかい?」
「えっ」
わたしは目をぱちくりさせて、ちら、と夕紀子さんを見る。
「あの……でも……。わたし、お邪魔では?」
尋ねると、九鬼さんはどこか申し訳なさそうにしつつも笑みを崩さず、夕紀子さんは、また、にこやかに微笑んだ。
「まさか。昨日もあんなことがあったばかりだし。わたくしも紗江さんとは、もう少しお話しておきたいと思ったの」
「あれから後――、私も夕紀子に相談されてね。君があの酉田屋さんの坊ちゃんに随分と悩まされている、と。我々にとっても、あの坊ちゃんには、速やかにお引き取り願いたいというか。色々、思うところがあってね」
遠慮がちに話す2人に、わたしも「ああ」と納得した。
この2人にとって、夕紀子さんの許婚の坪井豪太は、目の上のたんこぶだ。
九鬼さんほどの社長さんなら、酉田屋と豪太に手切れ金を渡して「夕紀子と別れてくれ」と言えそうではあるけど、なまじ近しい業種の競合相手だから、それをやると、共通の卸さんとかお客さんとかに、すこぶる印象が悪くなる。
あと、夕紀子さんは、子爵令嬢だから、「成金の跡取り息子と豪商の社長がお金で、華族のご令嬢を取り合っている」って噂が流れると、神宮寺家としても体面がよろしくないんじゃないかしら。
だって、同じ華族令息が恋敵っていうなら「まあ、そういうこともあるよね」って、なりそうだけれど。どっちも商人で、九鬼さんの方が夕紀子さんより、ずっと年上となると、なんだか某「筑紫の女王」様っぽく囁かれそう。
そんな事をぼんやり考えていると、夕紀子さんが柔和に声を掛けてくれる。
「さ。参りましょう、紗江さん」
「あ。はいっ」
わたしが慌てて頷くと、九鬼さんは、佐久間さんにお茶の支度をするよう依頼していた。
わたしと夕紀子さんは、3階の社長室で九鬼さんとご一緒するようだけれど、夕紀子さんの侍女・タツさんは、2階にある売場の外れ、「関係者以外立入禁止」の扉の先にある、社員さん達の休憩室の方で待機させてもらうみたい。
「では、素晴らしいお嬢さんがた。こちらへどうぞ」
そんな風に、社長である九鬼さん自らが先頭に立って、わたしと夕紀子さんを3階へと案内してくれた。
<執筆後記>
今回は本当にお買い物しかしてないんですが。
まあ、後々の展開へと続く導入部ということで。
「あかつき」とは、太陽が昇る前のまだ仄暗い時間帯。
紗江達が同盟を名乗ることはありませんが、状況的に、各自、共通の目標に向かって水面下で動いている感じだったので、こんな副題となりました。
話題は逸れますが、本文で触れた「筑紫の女王」様とは、某朝ドラでもヒロインの「腹心の友」として話題になった、あの華族令嬢様のことです。
あの御方については、本当に波乱万丈な人生を歩まれていて、「事実は小説より奇なり」というか。
本作は、基本的にフィクションなのですが、「ファンタジーだからこそ、リアルの部分も大切にしないといけない」と考えておりまして。
時代背景などは、なるべく史実準拠で進めております。
そのような訳で、ああいった歴史上の人物がたと「同時代の話なんだー?」と思い知らされると、書き手としても、まったく恐縮いたします。
さてさて。タイトルに「-1-」とあるように、次回はこの続きです。
毎度のことながら、スローペースで申し訳ないですが、この辺りのエピソードはおざなりにすべきではない、と感じましたので。もうしばしのご容赦を。




