其之29 オンナノコってフクザツだから
果たして、その日、下宿先に帰ったわたし達は、千代子さん達にバレないように気遣いながら、いつもの日課に戻ったものの――。
この晩、三尾の白狐な琥狐の姿から、狐耳狐尾の白銀髪の美青年になった紫希は、わたしに熱烈な【口吸い】をした。
いえ。最初は、いじらしい接吻もしてたんだけど。
気づいたら、わたしの方が布団の上に押し倒されていて。
わたしもついついのぼせちゃって、なんか「そういう感じ」になっていた。
しかも、いつもだったら、紫希は途中でふざけて(?)美女な瑤子様になるか、また、ちっちゃくてカワイイ琥狐に戻って、適当なところではぐらかすところなんだけど。
やっぱり、【銀の筒】が手に入ったからなのかしら?
この日は、一晩中、紫希の姿で、わたしがヘトヘトになるまで求めてきた。
あ。「求める」といっても。
あくまでも、唇を重ねるところまで。
豪太にあんな威嚇してた割に、実際に【繋がる】ところまではいたさなかった。
でも、ちょいちょい、首筋とか胸回りまで吸われてしまって。
すっかり恥ずかしくなっちゃったわたしは、自分でも驚くくらい甘ったるい声が出すぎて、本当に困ってしまった。
しかして、紫希は「君は数え年でなくば、15歳なのだろう?」って尋ねてきて。
わたしが「新暦*(:*太陽暦)の11月23日生まれよ」って答えたら。
紫希は「では、もうしばしの辛抱だな」って、溜息をついた。
だから、わたしは「もうしばし、って。16歳になるの、待ってるの??」って。
思わず声に出しちゃったけど、紫希は答えてくれなかった。
よく分からないけど、何か年齢制限みたいなものがあるみたい。
際どい愛撫には至らない代わりに、紫希は濃厚な接吻を重ねてきて。
けれど、添い寝した紫希の身体は、最後まで冷たいままだった。
ただ、求め合うと、わたしばかりが熱くなるのが、余計、顕著で。
そこに在るのは、やっぱり「生と死」なんだと――。
改めて、とてつもない越えられない「壁」を文字通り「肌で感じた」気がした。
朝、目が覚めてみると、紫希は、もう、三尾の白狐な琥狐に戻っていて。
出掛ける時には、銀の筒の中に、しゅるんっと入ってしまった。
毎朝あの廃神社に参拝して、琥狐を御守りに擬態させる必要がなくなったのは、楽ではあったんだけど。
銀の筒だと、前ほど思念波っぽい声も聴こえてこないみたい。
だから、ほんの少しだけ、わたしは寂しくなってしまった。
女学校に登校しても、わたしは、授業の間も休み時間も、訳もなく溜息ばかりついていた。
「神谷さん、元気ないわね」
「もしかして、昨日の風変わりなモガ*(:*モダンガールの略)さんに何かされたの?」
物怖じしない同級生達は、ざっくばらんにそんなことを尋ねてくる。
わたしは、「えっ」と変な声が出て、反応に窮してしまった。
「まさか、神谷さんまで、【あちら】じゃないわよね?」
「もし『そう』なら、お考え直しなさいよ。【あちら】なんて絶対不毛よ」
そんな忠告をしてくる同級生らの視線が痛かった。
なので、今日のお昼休みは、教室を飛び出して、思い切って中庭に出た。
それというのも、実のところ、我が女学校には、二極化した派閥みたいなものがあって。
一言でいえば、それはつまり、男女交際に憧れる女の子と、女の子同士の魂の繋がりを重んじる純愛論者だ。
前者は、玉の輿に乗りたくて良妻賢母を目指すのが一般的だという思考だから、お見合いや他校の男子学生等との出会いを熱望して、理想の殿方に出会いたがっている娘、っていう分かりやすさなんだけど。
後者は、男尊女卑社会に反骨心を覚えて、様々な理由から男性不信を発現して、極論的に「性愛は不潔だ」と言ってしまえる娘の集まり、というか。
そして、同性だからこそ、余計に唯一無二の純愛に固執する。
伴姉妹の契りを結んだ相手のみを愛さなければならない、とか。
同時に複数の相手と親しくなるのは酷い裏切りだ、みたいな。
まあ、これは、男女交際でも言えることだから考え方としては、さして間違ってないけど。
とはいえ、男女とは異なり、この「伴姉妹」は肉体的に繋がれない女の子同士ゆえの精神愛の賛美が顕著で。下手すると、この伴姉妹同士で心中しかねないくらいの親密度、っていう、ものすっごくややこしい感じ。
こうした差異の所為で、「玉の輿派」も「伴姉妹派」も、お互い、忌避感とか偏見とか軽蔑とかがあって。そのどちらでもない、わたしみたいな中立の子は、その時によって、「あなた、どっちの味方なのよ!?」とか、よく言われてしまう。
まあ、わたしは、異性愛をしたい方だから。
基本的には「玉の輿派」に同意する感じに見せつつ遠慮して、のらりくらり逃げて、不用意に「供姉妹派」には近づかない。
でも、とりたてて差別もしない。
ひとまず、「人間だもの。そういうこともあるかもね」って、どっちにも当たり障りないようにして、とにかく目立たないようにする。
だって、どっちも、ささいなことで激怒して絡んでくるのは、同じだから。
向こうからしたら、常に賛同してくれるお仲間に囲まれていないと不安で仕方ないのか、「協調性がない」「はっきりしないのは卑怯だ」「長いものには巻かれなさいよ」って感じなのかもしれない。
世の中、助け合いは大切だから、時に合わせるのが大事なのも分かるんだけど。
相手のためじゃなく、自分のためだけに、やたら強引に同調圧力を迫る集団って、何か違うんじゃない? って。
わたしは、ちょこっとだけ、冷めた目で見てしまう。
そうして、わたしも、13歳になる年に女学校に入って、もう来年には、最終学年になる訳だけど。
「……なぁーんか、年々、こういう派閥争い的なの、激しくなってる気がするのよねえ。やっぱり、卒業後は、すぐ結婚する女の子達が相当数いる所為かしら?」
わたしは、「はぁぁ……」と大きな嘆息を漏らして、たった1人、御影石のテーブル・セットがある藤棚のところで、モソモソお弁当を食べていた。
「――なァにィーっ? 辛気臭いわねェ」
突然、聞き覚えのある鈴ふる声がしたかと思うと、わたしの座るの斜め隣の石椅子に、葡萄染め矢絣袴にブーツを履いた瑤子様が座っていた。
しかも、ちゃんと緑なす黒髪で、いつもの20歳前後の姿じゃなく、ご丁寧に16~17歳くらいの姿になっている。
「瑤子様っ!?」
わたしは驚かずにいられなかった。
だって、今まで、女学校の敷地で「このヒト」が現れたことはなかったから。
慌てふためいて、周囲をキョロキョロするも、幸い、誰もいなかった。
とはいえ、バレない保証もない。
ただただ、不安しかない。
このヒト、いったい、なに考えてるのっ!?
<執筆後記>
【エス】だと意味が広すぎるというか、「特定の交遊関係を指す表現として、もう少し踏み込んだ方が良いかな?」と感じ、【義姉妹】と書こうとしたんですが。
それだと、養子縁組や婚姻による続柄と区別がつかないので、ここは造語で【伴姉妹】としました。
単なる【組】だと浅い気がするし、【伴】以外の候補では、【番】【対】【双】も考えたんですが、この3つは、「対等」「対立」といった風に、その漢字の意味に、単なる「組合わせ」でなく「競い合う」ニュアンスがあったので。
あの時代の女学校の――男尊女卑の閉塞社会ならではの「百合(?)」は、「共依存の一歩手前」「いきすぎた主従関係」に近い、というか。
いわゆる同性愛とも異なるプラトニック・ラブなアレは、やっぱり「おとも」「つれあい」の意味だけの【伴】かな、と――。
それにしても、おキツネ様は神出鬼没ですね。
ただ、作者ながら、女学生コスの瑤子様と紗江のツーショットはちょっと見てみたい、とも思ったり。
さてさて。ヨーコはいったい何のために出てきたんでしょうか。
次回は、その解答編です。
かなりスローペースな進行で申し訳ありません。




